筆記



【シンイ二次】明日の風3

「それでは高宗の御治世においででしたか」

木の根元に座って、チェ・ヨンはウンスの話を聞き出していた。

「ずっとそこにおられたのですか。
こちらでは四年がすぎましたが、そちらは」
「四年、ね…」

四年という言葉をとらえて、ウンスの目が、何かを思うように細くなる。

「四年です」

チェ・ヨンは四日の聞き間違いかと思うほど控えめな口調で、四年と言った。
それがたいしたことではないことかのように。
そんなに、とつぶやきながら、ウンスの手が伸びて、チェ・ヨンの鼻筋をそっと触る。
それから、以前ははやしていなかったひげを指先で弄う。
チェ・ヨンは少しだけ目を伏せて、その指先の動きを目で追った。

「少し面立ちが変わったわ」

頬と首の間に、肉の削れたような傷跡があった。

「刀傷じゃないわね?」

急に硬い顔になってウンスの目つきが鋭くなる。
いつくしむようではなく、確かめる手つきで傷を触る。
よく見れば、目の上にも、手指にも無数の白く薄い傷跡がある。
別れたときも傷だらけだったが、これほどではなかった気がした。
チェ・ヨンはウンスの手をそっと取り、傷から離す。

「あなたはおかわりがない、が…少し面痩せられた」

チェ・ヨンはウンスの問いかけには答えずに、そう言った。
それから、わずかに憤った口調で続ける。

「ちゃんと食べておいでだったか? 
まさかお一人で食べ物が手に入らず、腹をすかせておられたか。
あなたは人より多くお食べにならないと足らないから―」

ウンスは相変わらず心配ばかりするチェ・ヨンを少し笑いながら答えた。

「私は大丈夫。
あのね、私がここに戻るまでにかかった年月は一年だったの」

ウンスもまた、声音から重さを取り払うよう心がけながらそう言った。
今度はチェ・ヨンが目を見開く番だった。

「一年、ですか?」

そう、と深くうなずくウンスを見て、チェ・ヨンは戸惑うように空を見て、
またウンスの顔に目を戻した。

「たったの、一年よ」
「高宗の治世に一年も……王都は江華島であったとか。
このあたりは、元の兵士たちが荒らしまわっていたのでは」

まあそうね、とウンスは言葉を濁す。
ひどいありさまだったわ、と胸の内だけで言う。
終わったことで、気を揉ませるつもりはなかった。
手の届かない時間と場所のことで、この人を苦しめてはならない、と思う。
まだもの問いたげなチェ・ヨンの気をそらせようと、ウンスは逆に問うた。

「ね、あなたはどうだった?この四年、何をしていたの」

チェ・ヨンはしばらく考えこんで、ひとこと答えた。

「いくさを、しておりました」

それ以上、何を尋ねてもそうです、とだけしか答えない。

「この傷もそれで? 手の具合はどうなったの? 
また命が危ないようなことをしたの?」

心配のあまり、矢継ぎ早に話すウンスをさえぎって、チェ・ヨンが言う。

「容易く命をかけるようなことはしないと、約束しました。
王命により、大護軍の職を賜り、多くの部隊を率いる身ゆえ、
指令を出すことがほとんどで、危ないことはありませんでした」

それに、とほころんだ口元で加えた。

「戻って俺がいなかったら」

チェ・ヨンはウンスの頬に手を触れて、
まだふちの赤い目の下を親指でゆっくりとなぞる。

「またあなたは、泣くでしょう?」

ウンスの表情はまだ硬い。

「戻れないかもって…思わなかったの?」

「あなたは、俺のそばにいると約束しました、ゆえに」

言いながらチェ・ヨンは、すい、と目をそらした。
信じることと決めたのです、とそう続ける。

「だから死ぬわけにはまいりませんでした」

チェ・ヨンは静かに視線を落としたまま、そう言った。





「テホグンは鬨の声をあげると、先陣をきられました。
一万の兵が、かっ、壁のように連なる中を馬で走り抜けまして」

テマンが声を上ずらせながら、語る。

「き、き、鬼神のようでした!」

手を握り締めてそう言ったのに重ねるように、トクマンが続けた。

「鬼剣でなぎ払いますと、馬上のテホグンに群がっていた敵兵が
草でもなぐように、いっせいに倒れたんです」
「そう、そうです!」

テマンが何度もうなずく。

「強かったなあ、なあ!」

先ほど宿に現れて、私も郎将となりました、とウンスに誇らしげに告げたトクマンが、
テマンのの背中を叩くと、テマンも嬉しそうに叩き返しながら、何度もうなずく。

あれから三日、チェ・ヨンは忙しなく働いているようだった。
日暮れてあたりが薄暗くなる夕餉どきに現れて、小半時、ウンスを都にやる手はずを
どのように進めているか話すと、汁物と飯をかきこんで、帰ってしまう。

十日のうちにはこの地を離れ、開京に向かう。
明日にも発ちたいが、三百とはいえ軍を率いる身、いくつか始末をつけていかねばならぬ
ことがあります、と言う。
兵営に連れていってほしいと頼むと、男所帯ゆえ、女人は遠慮申し上げる、
とそっけなく断られた。それに、こちらの方が目立たない、と宿を見回す。
護衛はつけてありますので、ご安心くださいと言うが、向かいの飯屋にどうやら
子飼いの手裏房でも置いているようだが、顔もわからずだれが護衛かも
よくはわからなかった。

三日目の今日は宿に来ることもできず、代わりにとテマンとトクマンを様子を見に
よこしたらしい。二人は医仙にお会いしたいと、チェ・ヨンにまとわりつき熱心に
頼み続けていたそうで、医仙を見ると、お久しゅうございます、ご無事でよかった、
と涙を浮かべて、四年分大人びた顔を子どものようにくしゃくしゃにして喜んだ。

夕餉を宿でウンスと共にしてよい、と許しを得てきたというので、
三人はクッパをすすりながら、久しぶりの再会を祝っていた。

「初めて敵陣を見たときは、正直脚が震えました。
こちらが二千、うち騎馬三百。
対して元軍は一万、うち騎馬兵が少なくとも千騎」

それはちょっと多く言いすぎだ、とテマンが肘でつつくと、
まあとにかく、とトクマンが手でテマンを抑える。

「こちらに勝ち目があろうものか、という戦いであったわけですよ」
「でも、そ、そこで、テホグンが、我が五千を引き受けようぞ、って」
「そう、そう! 最後尾の一兵まで轟く声で。もう俺はしびれてしまって」

二人は感極まったように、相手の肩を叩きあいながらうなずき合う。
ウンスの尋ねに応じて、テマンとトクマンは身振り手振りを交えて、
赴戦江南岸の戦いでのチェ・ヨンの様子を語っているのだ。

「え? ちょっと、ちょっと待ってちょうだい」

ウンスは予想していたのとは違う話が二人の口から飛び出てくるので、
額に手を当てて、顔をしかめる。
丘でわずかの時間の中で言ってたのとはずいぶん違うじゃない、
とウンスは頭が痛くなる思いだった。

「ねえ、なに。じゃあこういうこと? 
テジャンはいっちばん危ないところで戦ったってこと?
あの人、大護軍になったんじゃなかったの?
ほら、上司になったら現場は若手に任せて指示するのが仕事でしょ」

トクマンは胸を張って言う。

「我らがテホグンは、ご出世なさったからと言って、
兵の後ろに隠れるような腰抜けではありませぬ!」

誇らしげに言う二人を前に、ウンスは歯軋りでも聞こえそうなほど、
口を強く曲げて、腕を組む。
明らかに腹を立てているその様子に、ようやくテマンが気づいて、
トクマンの腹を肘で突いた。

「あの人、この四年の間、危ないことはしてなかった、って言ったのよ」
歯噛みしながら言うと、トクマンが慌てて言い訳する。

「いえ、あの、テホグンは鬼のように強かったですから、
そんなときでも、危ない…というほどでもなかったような…」
「そそそうです。何度も矛で突かれて、普通なら、し、死んじまうって
ときでも、まったく堪えてなくて」

言えば言うほど、墓穴を掘る二人を尻目に、ウンスはため息をついた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


3,4回のお話と書きましたが、少し増えまして、残り3、4回となります。


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by kkkaaat | 2013-10-07 11:12 | 明日の風【シンイ二次】 | Comments(14)
Commented by かっこいい!!!! at 2013-10-07 12:46 x
あ~。悶々としてきました(笑
ウンスの帰ってくるあの場所をどうしても守りたっかたのね~
テジャンの思いが・・痛い・・(泣

Commented by グリーン at 2013-10-07 13:53 x
ウンスを心配させまいと言った事もトクマンとテマン喋っちゃいましたね。
2人はテホグン、チェ・ヨンが誇らしくてしようがないという感じですね。言えば言うほど墓穴を掘って。。

残り3,4回とおっしゃらずによろしければ長編として続けていただきたいです。
その後のヨンとウンスが読めたらとてもうれしいです。
Commented by kumamiya at 2013-10-07 22:47 x
すごく惹きこまれて読んでいます。ぜひぜひ、長編を!!
お願いします。
Commented by so at 2013-10-07 23:02 x
先ほど、こちらのお話を見つけ、夢中で読ませて頂きました。よろしければ、なるべく永く、長編として、この続きを読ませてください。お願いします。
Commented by kkkaaat at 2013-10-08 10:01
>かっこいい!!!さん
何がなんでもあの場所だけは! と思ったでしょうね〜。
やれることはとりあえず全部やっとこう、という真面目な面が
全開な4年間だったんじゃないかな、と想像してます。
ほんと、ちょっと痛々しい…。
Commented by kkkaaat at 2013-10-08 13:56
>グリーンさん
まあ黙ってられませんよね、握手をしたことも、人工呼吸もぺらぺら
しゃべっていた二人ですから(笑)
ウダルチたちは、基本チェ・ヨンファンですよね~。ずば抜けて強いし、
みんなのヒーローといったところでしょうか。

この話の最後の2回分は書き上げているので、残り真ん中が一回分におさまるか、二回分か以上は変わらないんですよ、すみません(汗)
ただ時系列的に続く話の書きかけが、2編ありますので、続けて読んでいただければ、少し長めのお話として楽しんでいただけると思います。
長く読みたいって言っていただけるのって嬉しいですね、ありがとうございます。
Commented by kkkaaat at 2013-10-08 13:59
>kumamiyaさん
はじめまして! お読みいただき、ありがとうございます。
そんなふうに言っていただけて、すごく嬉しいです。
たくさん話がたまって、長いお話として楽しんでいただけるようになると
いいなーと思ってます。よかったらまた読んでみてくださいね~!
Commented by kkkaaat at 2013-10-08 14:01
>soさん
見つけていただいて、ありがとうございます。
そうやって熱心に読んでいただけるって嬉しいですね。
シンイの魅力ってすごいな、って思います。
このお話は予定通り終わっちゃいますが、この後のお話も続いて書いていきますので、よかったらまた読んでくださいませ!
Commented by とんとん at 2013-10-08 17:34 x
シンイを観て、チェ・ヨンの男気に射貫かれ、すっかり恋をして、流れ流れてこちらのブログにお邪魔しました。
一気に読んでしまいました。
「すごーく。いい!なんて素敵なお話が書かれているの!」
思わず電車で独り言が出そうでした~。そのくらい、このブログに書かれている小説が好きです-。

チェ・ヨンの4年間・・・何とも言えない壮大な4年だったでしょうが、やはり男気のチェ・ヨンだわ。
切なそうな表情や、鬼神のような強さで戦っているヨンが目に浮かびました。

どうぞ末永く執筆を続けて私たちに夢を与えて下さい~。

更新、とても楽しみにさせて頂きます。
頑張って下さい。
素敵なお話、ありがとうございました。
Commented by yu-yu at 2013-10-08 21:31 x
ウンスとトクマン&テマンの再会のシーン、スゴくイイですね〜。
脳内再生バッチリです。
そして、相変わらず多くを語らないヨンは素敵です。
皆様が書いておられるように、ず〜〜っと続けていただけると嬉しいです!
Commented by kkkaaat at 2013-10-09 10:52
>とんとんさん
はじめまして、読んでいただき本当にありがとうございます。
チェ・ヨンの男気、私もすっかりとりこになってます。
誰よりも筋が通って決めたらやりとげる男チェ・ヨンに惚れこんでますが、
そういう男が心が揺れ動いて少しだけ筋の通らないことをしてしまうのが
また、たまらないんですよね…!

書いた話を気に入っていただけたようで、すごーく嬉しいです!
まだ自分のふところに、シンイのドラマからもらったいろいろが
一緒くたに入っていって、それを消化するまではしばらく
書き続けたい! と思ってます。がんばります。
一緒に楽しんでいただけたら、と思いますので、よろしかったら
また読みにきてくださいませ~!
Commented by kkkaaat at 2013-10-09 11:02
>yu-yuさん
脳内再生していただけましたか! 
ウダルチの愉快な面々、大好きで、ラストにちょっとだけ
出てきたときもすごく嬉しかったんですよね~。
ヨンは寡黙ではないんでしょうけど、いらんことは言わない印象があります。
なのに必要なことはちゃーんと言葉にするのがまた惚れてしまいます(笑)
そして、お言葉ありがとうございます。ほんと、嬉しいですね。
できるだけ息長く書いていけるよう、がんばります。
Commented by めらこ at 2013-10-16 19:42 x
最終回の続き、ほんとにドラマで見ているようです。
ほんまありがとうございます。
文才のない私はただただ感動するばかり…
心配かけまいとするヨンの優しい嘘を暴露しちゃうのは
やっぱ、テマン&トクマンなんですね(笑)
あとで頭はたかれるのも想像出来て笑ってしまいました。
今はどっぷりハマりすぎて怖いぐらいですが
どうぞ長く~連載お願いします。
楽しみにしています
Commented by kkkaaat at 2013-10-18 00:05
>めらこさん
はじめまして! ドラマを見ているよう、と言っていただけて、とても嬉しいです。
読んでくださって、こちらこそありがとうございます。
テマン&トクマンはひとこと、ふたこと、十言くらい多い感じですよね。あんまり空気読まないし(笑)
ドラマでもヨンに蹴られたりしてましたが、四年後の今もその関係は変わっていなさそうです…。
>今はどっぷりハマりすぎて怖いぐらいですが
私もです…! 「テージャン?」のところなんかもう多分50回くらい見ていて自分がキモいです。
この熱い状態のまま少しずつ書いていこうと思いますので、またどうぞ読んでやってくださいませ。
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