筆記



【シンイ二次】明日の風4


チェ・ヨンは薄紫の稜線を、馬の背の上で、じっと見ていた。
少し離れて護衛の騎馬がたたずむ。

遁走する元軍を追い立てるために焼いた黒味を帯びた原に、
ようやく緑が芽吹いてきているが、この明けのはじまる時間には、
何もかもの色が薄れて、灰色めいている。
少ない草の上を、陽が出る前にわずかにちらついた雪が風に吹かれ、
白い砂のようにさらさらと吹き飛ばされていった。

兵営からも、宿場のある村邑からも、徒歩で半日、馬で一刻のこのあたりまでを、
昨年の秋の戦で高麗の地とした。
今でも、この先の尾根を越える細道を、単騎で進むのは安全ではなかった。
この兵営を基地とした駐屯は、長く続けていく必要があるだろう。
そう判断したチェ・ヨンは、地形の詳細を後で思い出せるよう目に焼き付ける。
いましばらく、この地でのんびりと過ごすのも悪くなかったな、と思う。
ウンスと共に、気楽で仲間のような部下に囲まれてすごした光景が
一瞬頭をよぎったが、薄く笑ってかぶりを振る。

ただ、ウンスのことがなかったとしても、どの道自分はこの地を離れ、
近々都に呼び戻されたはずだった。
赤巾賊が不穏な動きを見せており、小競り合いさえも起こらなくなりつつある
この地にいることは、そろそろ許されなくなる頃だったろう。

後ろの護衛兵が、寒さでふう、と息をついた。
春とはいえ、朝はまだ河岸が凍る地だ。
兵が気づかれないほどに小さく、身体をぶるりと震わせたのがわかったので、
チェ・ヨンは、馬の首を返した。兵営に向かって緩やかな早足で歩かせる。

昨日はウンスのもとに行くことができず、仕方がなしにテマンとトクマンを使いにやった。
今日は今日で郡守を兵営に呼んで、駐屯の指揮を執る後継について、
話し合わねばならない。夜は歓待の必要もある。

チェ・ヨンの名は自分が思うよりも知られていて、そうした場に立ち会うかどうかで、
その後の手配に差が出るのだから、面倒でも付き合わねばならない。
それでなくても、今度のことで、各所に無理をさせている。
現に時間が足りなくて、こんな早朝に馬を出しているのだ。

また今日もウンスに会うことは、できないだろう、と考える。
知らぬうちに、ああ、と吐き捨てるような乱暴な声が出て、
護衛の若い兵士が、何事かと、一、二歩と馬を寄せてきたが、
何でもないと手を挙げて止めた。

会いたい、会わねば、と呪いのように言葉が頭の中を回る。
馬を歩かせていると、ふと、このまま朝飯を抜いて一刻ばかり走らせれば、
起き抜けのウンスの顔を見ることができると思いついた。
すぐに取って返せば、朝の練兵と朝番の巡警から戻った兵からの報告にも間に合う。

自分でも気づかぬうちに、膝で馬の腹を押していて、走らせようと思う前に、
すでに馬は速足になりかけていた。
鐙で腹を蹴ると、馬はいっさんに走り出す。
会えると思うと、身体が軽くなるようで、鐙に立って腰を浮かすと、
馬はさらに速く走りだした。
氷のような風が顔を打つことえさ、嬉しかった。

「テホグンニム、テホグンニム!」

誰かが叫んでいる。

「いかがなされましたか!」

後ろから、遅れて走る馬のひづめの音と、護衛兵の声が聞こえて我にかえった。
は、と大きく息をついて、馬のたずなを引き締める。

「ともの騎馬を忘れるだと?」

信じられぬように頭を振って、後ろに届かない小声で、つぶやく。
これではまるで、盛りのついた牡馬のようだ、と苦笑いが口元に浮かんだ。
必死に追いかけてきた兵士に、なに、馬を走らせたくなっただけだと告げる。
そして兵の馬の尻を一つ平手で叩くと、チェ・ヨンは言った。

「ここより、駈けて戻るぞ。遅れるなよ」

そして、再び飛ぶように走り出した。



兵舎に戻ると、朝の食事に向かう兵たちが兵営を行きかい、馬上のチェ・ヨンに頭を下げる。
その中にチュンソクの姿を認めると、声をかけた。

「今日の午一刻にここを出て村邑に行く」
「本日午正刻に、迂達赤隊(ウダルチ)から今回の帰還の人選をすることに
なっておりましたが」

なんとかしろ、とチェ・ヨンが言うとチュンソクは、なぜに、
という表情を一瞬浮かべたが、医仙に会いにいくのだと気づいて、はっとする。

「しかしながら、この時間以外、ありませぬ」
きっぱりと告げるチュンソクに、チェ・ヨンはあからさまに舌打ちをした。
チェ・ヨンの苛つきが伝わるのか、馬が前脚で地面をかく。
チュンソクは間を置かずに続けた。

「ですから、お伴いたします! 道中に話す時間も取れます。
そこで相談いたしましょう」
「は?」

チェ・ヨンは一瞬固まって、それから思わず笑って、チュンソクに肯いた。

「すぐに、仕度いたします」

チュンソクが浮き立つ声で言った。
こいつも医仙に会いたいくちだな、とチェ・ヨンは飽きれたように目をやった。
しかたがない、あのころ、医仙もまたたしかに迂達赤隊の仲間であった。
生き残れた者は、あまりにも少ない。

「昼までまだ大分あるぞ!」

チェ・ヨンは小走りで去っていくチュンソクの背中に向かってそう言ってから、
もう一度笑みを浮かべた。




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by kkkaaat | 2013-10-09 10:38 | 明日の風【シンイ二次】 | Comments(12)
Commented by グリーン at 2013-10-09 11:48 x
フフフ・・・ヨンてばお供の者を忘れるほど気持ちはウンスに行ってるのですね。
逢いたくて、顔を見たくて。。。

チュンソク、自分も会いたいのもあるけど良い提案をしましたね。
ヨンを理解する忠実な部下です。
でもでもチュンソクが一緒なら二人きりになることはできるのかしら?

更新お待ちしていました。
Commented by yu-yu at 2013-10-09 12:19 x
あの鈍感だと思っていたチュンソクが…イイ仕事しますね〜。
やっと会えた2人だから、甘々な時間を過ごさせてあげたいですね。
まぁ、そうなったらなったでウンスが羨ましくなっちゃうんですが(笑)
Commented by くまみや at 2013-10-09 13:15 x
凄く情景描写が美しく、映像を見ているかのようです。
キャストのそれぞれの性格が、浮き出ていて、ニヤニヤしながら
読んでしまいます。チュンソクも素敵なんですよね、男気あふれる優しさが。
あまあまも良いですが、じらして戴いても構いませぬ(笑)
続きが楽しみです。
Commented by ちび at 2013-10-09 15:09 x
素敵なお話しです 
読んでいつもドラマの続きの様と、感じております。            願わくば、連載が、このまま続きますように。
Commented by kkkaaat at 2013-10-10 13:03
>グリーンさん
待っていていただいて、本当にありがとうございます。
四年待って、会って数日ですから、いつもの顔して内心どれだけ落ち着かないか
と思って書いてます。

チュンソクは、腹心ですよね。
他のウダルチはヨンに心酔している、という感じですが、
チュンソクとチュソクは、その底の考えもくんでいる印象があります。

>二人きり
大丈夫です、いつかは必ず(笑)
Commented by kkkaaat at 2013-10-10 13:10
>yu-yuさん
ドラマで手を握っていたと聞いたとき、トクマンとかがにやにやしてる
中で、チュンソクだけ超ショックを受けてるんですよね。笑いました。
チュンソク恋愛関係にはうとそうですが、ヨンの考えを読むことには
長けていると思います、できる男です。
4年待ったんだから、もうその日のうちにどうにかなっちゃえよ! 
と思いますが、やはりそこはヨンなのかな、と。
早く二人にいい思いさせてあげたいと思って書いてます。
Commented by kkkaaat at 2013-10-10 13:22
>くまみやさん
素敵に褒めてくださって、本当にありがとうございます。
チュンソクがヨンの部屋の前から皆を追い払ったり、王のところでヨンを迎え入れて、笑顔を抑え切れなかったり、ウダルチの中で、一、二番にヨンを尊敬して慕っている姿が大好きなんです。

構いませぬか!(笑)そう言っていただけると楽に進められます、ありがとうございます。しかしながら、ほんと、じらしません(笑)
自分自身もあまあまに書くのを楽しみに書いてます。
Commented by kkkaaat at 2013-10-10 13:25
>ちびさん
ドラマの続き、と感じてもらえて、本当に嬉しいです。
ドラマを見て、楽しくて面白くて心を動かされたその気持ちを
話にできたら、と思ってます。
このお話はあと3回となりましたが、そのまま別タイトルで
続きを書いていきますので、よろしければそちらも読んで
いただけたら嬉しいです。
Commented by so at 2013-10-10 14:48 x
ヨンの心、ものすごく伝わってきました。出だしの描写もステキですね。
更新、ありがとうございます。
Commented by とんとん at 2013-10-10 17:38 x
更新ありがとうございます(号泣)
わたくし、すでに、このブログの記事を最低でも1話読んでからでないと会社を出たくない症候群にかかっております!
何度読み返しても、飽きません~。
ドラマの中のヨンが、ミチさんの小説の中でそのまま動いているように目に浮かんでしまいます。

「チェ・ヨンは薄紫の稜線を、馬の背の上で、じっと見ていた。

出だしの1行で、
あ~。じーっと遠くを見つめるヨン。
色々背負ってるな~。けど、じ~っと遠くを見てなんも言わないのね~。「背負ってる男」って素敵(ため息)
っと、このお話も感無量で読ませて頂きました。
ありがとうございました♪
Commented by kkkaaat at 2013-10-11 08:11
>soさん
こちらこそ、読んでいただき、ありがとうございます。
ヨンは言葉数はあまり多くないものの、感情は実はとても豊かですよね。出だし気に入っていただけて嬉しいです!
シンイは風景や衣装も素敵ですので、そういうのをまねていければな〜と思ってます。
Commented by kkkaaat at 2013-10-11 16:55
>とんとんさん
更新を喜んでいただけて、嬉しいです。こちらこそありがとうございます(深々)
それは重傷のシンイ中毒ですね(笑)
私も起きてから寝るまで何かしらチェ・ヨンやらウンスやらウダルチのことを考えていて、自分で自分が気持ち悪い状態です…。

話についても気にいっていただいたようで、ほんと嬉しいです。
下手なりに頑張って書いているので、そうやって褒めていただくと、とても幸せです。
チェ・ヨンは、背負ってますよね。あまり表に出さないけど、行かねばならないときは、ウンスを置いてでも行く、でもそのことをすごくつらく思っている、というのが、ドラマを見てて、悶えまくりました! はあ〜、かっこいいなあヨン。
あと少し、この話におつき合いいただければ幸いです。
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