筆記



【シンイ二次】金銀花10



「本当に、あれは何でございましょう」

この度初めて朝貢の遣使に伴を許された李成桂(イ・ソンゲ)は、
いつもの離宮の様子など知らないので、その燃え立つ炎に声を浮き立てて父に問うた。
父、李子春は眉をしかめ、総管趙小生の叔父にあたる趙暾に目配せする。

「人影が見えますな。しかし迎えのようには見えませぬ」

子春は落ち着いた声でそう言った。
ソンゲは総管と父の声音に、不穏を聞きつけて黙る。
何かしております、と戸長が見ればわかることをさも大事そうに総管趙小生に
告げると、趙小生はうるさいというように手を振って黙らせた。

離宮の城門にはただ二人衛兵が控えるのみで、出迎えの人影は見当たらない。
城門をくぐるとすぐのところに、何やら見覚えのない丘と建物、石門、そして
石鼓がある。

その二重の塔の建物の周りに、轟々と音がするほどの勢いで火が焚かれ、
それが遠方からは、歓迎のかがり火と見えていたのだった。
騎馬したままくぐろうとする一行に、衛士がいきなり槍をがちりと打ち鳴らして交錯させ、
行く手を阻む。

右手衛士にチュンソク。
王城守備のための黒鎧に、臙脂の帽子飾りも凛々しく立ちはだかる。

「ただいま、ペハは、重要な祭天の真っ最中でございます」
(ペハ:陛下、皇帝の尊称。元に冊封されてより、高麗では使われなくなり、一段下の殿下、チョナを使用している)

皇帝、だと…? と聞き間違えではないかと総管趙小生が馬上で顔色を変えた。
見下ろして睨みつける視線をものともせず、チュンソクは槍を崩さない。

左手衛士にトクマン。
後れ毛のひとつもなく髷を結い、高い背で槍をかざして一行に見栄を切る。

「双城総管府の長、趙小生殿と言えども、馬を降りてこうべを垂れてお進みください」

その芝居がかった様子に一行は気を抜かれて口をつぐんだ。
後ろで控えていた護衛兵が馬を降り、がつ、と靴音を立てて一歩踏み出したが、
李子春が手を出して止めると、むっとしながらも一歩退いた。
一行戸惑ったように馬から降りる。

どこからともなく陰から兵士が走り出て、たちまちどこかに馬を連れ去ってしまう。
どういうことだ、と喚きながら総管趙小生が先頭に立って歩きだそうとすると、
すい、と二人が前に立ち、静かにお進みください、と頭を下げて言ったのち、
前に立って先導する。
自然と付き従う形になって、一行は面白くなさそうに顔を見合わせた。
チュンソクとトクマンは前を向いて、横目で目配せをしてにやりと笑うと歩き出した。

そして、城門をくぐって離宮前に忽然と見えてきた円丘壇に、一行は言葉を失った。
四角の基台の上に、正しく円を描く円丘壇が築かれ、
暗がりの中で、そこだけが炎で血のように赤く照らされている。

円の中央に、王。
台の四辺に郎将。
揺らめく炎で、王の影は四方に散り、大きいもの小さなもの、濃いもの薄いもの、
その無数の王の影が怪しく踊るようだ。
郎将はまるで四神の石像のように微動だにしない。

王が跪拝するのを見て、双城総管府からやってきた護衛兵を除く総勢十二名は息を呑んだ。
王が跪く相手は天下において元の皇帝のみである。
ここ高麗において膝を折る相手は、人にあらず。
――天帝。

天帝への祈願など、高麗の一王が行ってよいはずもなく。

「やめろ……やめろ!」

総管趙小生は常日頃の泰然とした態度を忘れて、
大声を出しながら円丘壇に駆け寄ろうとした。
自分の膝下で、このような勝手を許したと断事官に知られでもしたら。
気が焦って足がもつれる。

戸長が二、三歩を付き従うが、異様な雰囲気に足が止まる。
まだ若いソンゲにはことの次第がわからず、ただ呆然と事態を眺めるのみだった。
そのとき、駆け出す趙小生の前に、大きく足を開いて立ちはだかる姿があった。

「控えよ!」

大音声が一喝する。
高麗皇帝陛下の祭天のさなかであるが見えぬか、と地に轟く声で言ったは、
元までも名の轟く大護軍チェ・ヨンその人であった。
ソンゲは、あっ、と声を上げた。何年前であろう、まだ少年の頃に、
この方と親しく話したことを忘れたことはなかった。
父上この方は、とささやいた声は、総管の激怒の声にかき消される。

「このような狼藉、許されぬ、許されぬ! ええい、邪魔だ!」

趙小生はそう言うと、悠然と立ちのく気配もないチェ・ヨンに顔を真っ赤にして、
後ろの護衛兵を怒鳴りつける。

「このものをどかせ」

逆らわれることに慣れぬこの男、チェ・ヨンの態度がよほど気に入らないのか、
手を震わせて頭に血を上らせている。
お待ちを、と同時に声をかけた趙暾と李子春はわずかに遅く、二人の脇を兵が駆け抜ける。

チェ・ヨンが、鬼剣を抜く。
あまりに素早く抜いたので、刃が金属質の唸りをあげる。
手が空であったはずの男の手に、いきなり剣が現れたことに怯んだ護衛兵の
速度がほんのわずかだが落ちた。

チェ・ヨンは鬼剣を兵に人に向けてではなく、暗い虚空に向けて高々と掲げる。
剣を持たぬ手に、青白い火花が散るのを騒然とした周囲の人々は気づかない。
喚く声と慌てる人の中で、剣の先より、細く白い雷光が空へと一線に上がっていくのに、
一番後ろに立っていたソンゲだけが気づいた。

と、その刹那。

轟音を立てて、目を射る稲妻が、円丘壇の中央に立つ王めがけて真っ逆さまに落ちる。
あたりは真っ白な閃光と耳の潰れるほどの大音響に満ちて、
皆、目が潰れたようになってうずくまる。
空気の微かな振動がおさまると、あたりは水を打ったように静まり返り、
地に伏した者たちはぶるぶると震えていた。

「双城総管府総管、趙小生。お待たせいたした」

幾時たったか、総管が顔を上げると、そこに高麗の王が立っていた。

「龍が、龍が」

震えて言葉にならぬ趙小生に、優しく手を貸して、王は立ち上がらせる。
どういたしましたか、そうゆっくりと顔を寄せて尋ねると、趙小生は目をしばたたかせ、
王の顔を初めて見るもののように凝視した。

「いま、た、確かに光る龍が、チョナの身体へと」

何をご覧になられたか、と王は趙小生の目を覗きこむ。
大人しげな目が気遣うように細められる。

「りゅ、龍が……」

王は気の毒そうな表情で趙小生の手を離すと、一歩後ろに下がった。
趙小生は今自らの目で見たものが信じられぬというように、地面を見つめ、
それからゆっくりと顔を上げるその途中で、もう一度息を止めた。
王のまとう黒に金龍の刺繍の衣は、見慣れたものであるのだが。

その胸の龍の爪は、もっとも尊い龍が持つという五本爪。
元の皇帝ただ一人に許されたその印。

「どうか、いたしましたか」

優しげに問う口調とは裏腹に、その目の奥は笑っていなかった。
趙小生は耐え切れずに、衣からも王からも目をそらした。



あと4回です。
コメント少しずつお返事させていただいています。<(_ _)> 

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by kkkaaat | 2013-11-08 00:09 | 金銀花【シンイ二次】 | Comments(10)
Commented by 比古那 at 2013-11-08 01:17 x
…、………、……………。

っっかっこいいー!!

ゾワゾワしました。かっこいい!!

ウダルチやるねぇと思いましたが、こりゃ高麗軍、役者が上ですね。

ヨンに目がいったソンゲ。
やはりただ者でなく。

チョナ、改めペハ。

ついていきます!!
Commented by itukichikal at 2013-11-08 06:01 x
チョナって一番偉い位ではなかったんですね!この攻防は凄い場面のですね。
どちらが勝つのか、勿論高麗に勝ってもらわなければ困りますが。
元の皇帝しか許されないことのオンパレードで一触即発の雰囲気ですが、ヨンとウダルチがおりますから無事におさめてほしいです。
Commented by ナナ at 2013-11-08 06:44 x
ただ ただ かっこいい〜。
我らが高麗軍 素敵です。
情景を思い浮かべて
読んでいてワクワクしちゃいました。
Commented by saikai at 2013-11-08 09:02 x
うわぁ~。やることが半端ないですね。
『道化』はやっぱり本物ですね。凄い!
Commented by pekoe at 2013-11-08 12:58 x
わぁ…カッコいいですね。
情景が目に浮かぶようです。
ウンスや王妃様にも見せたかったですね。
韓国の時代劇は、だいぶ見てきたのですが
チョナとペハの違いが分かってませんでした(^^;;
ありがとうございます(^^)

信義ほど、はまって見たドラマはないです。
再放送されているのを途中から見て、
隊長の眼差しに首ったけになり(笑)
ウダルチなどの回りの役の人たちのキャラクターに魅せられ…
あの最終回の物足りなさから、
検索して二次小説にたどり着きました。
いつも楽しみに読ませて頂いてます(*^^*)
これからの展開が楽しみです。
Commented by kkkaaat at 2013-11-10 00:00
>比古那さん
やったーヽ(*´з`*)ノ
そんなふうに言っていただいて、どんなに嬉しいか!
読んでくださってありがとうございます。
ソンゲ、やはり若いときから、きっと切れ者であったと思います。
王朝の開祖ですからね。
王、頑張りましたよね、ついてきてくれてありがとうです!!
Commented by kkkaaat at 2013-11-10 00:09
>itukichikalさん
そうなんです、最初は陛下(ペハ)が敬称として使われていたのですが、
冊封されるようになってからは、殿下(チョナ)と呼ぶようになったそうです。
とりあえず、びびらせていろいろなことを遅らせられれば、
という感じで落ち着きました。
金銀花もあと少し、お付き合いくださいませ!
Commented by kkkaaat at 2013-11-10 00:11
>ナナさん
ありがとうございます~!!
ほんと、「我らが高麗軍」ですよね!
なんだか過去のことなのに、無駄に肩入れしてしまいます(笑)
金銀花もあと少し、もうちょっとだけお付きあいくださいませ~。
Commented by kkkaaat at 2013-11-10 00:16
>saikaiさん
とにかくこけおどしは派手に(笑)
やりきる王様でした!
この場の主役はやっぱり王様ですよね~。
Commented by kkkaaat at 2013-11-10 00:24
>pekoeさん
かっこいいと言っていただけて、嬉しいです。
読んでいただき、ありがとうございます!
敬称とか、難しいですよね。
正直書いている途中で間違いに気づいてこっそり
直したりすることも多々…(笑)

私もこれだけはまったのは、6~7年ぶりです。
オンデマンドの最初の画面のミンホチェ・ヨンの写真が
どうにも気になって見はじめて、
>隊長の眼差しに首ったけになり
で私もどっぷり!
そのうち王と王妃カップルからも目が離せなくなり、
キ・チョルが大好きになり、ウダルチが大好きになり。

楽しみに読んでくださって、本当に感謝です。
金銀花、本日2話アップしました。あと1話ですが、
どうぞあと少しお付き合いくださいませ~。
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二次小説。いまのところシンイとか。
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