「金銀花」に組み込もうと思って書いたのですが、入れらなかった話です。
結婚式の後の祝宴の後のいわゆるひとつの初夜話です。ひたすらそれだけ。
当ブログ比で、ちょっとだけ生々しいかもしれませんのであしからず。
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ウンスは宴席から立ち上がり、もうその時点で顔から火が出る思いだった。
やんややんやとはやし立てられても、怒ることもできない。
必死に強張った笑みを顔に貼り付けて、失礼にあたらないよう
何度もお辞儀をしながら退出する。
何が驚いたかといえば、チェ・ヨンが当然という顔をしてそれを
受け入れているということだ。あまつさえウンスの手を握って、
部屋を出ていこうとする。
愛想を振りまいたりはしていないが、心持ち、にこやかだ。
この平然とした顔で、それでも酔っているのかと呆然とする。
いや、酔っているわけではなさそうなのだが。
王や王妃、内官や上臣など身分の高いものは引き上げてしまって、
残っているのは于達赤や、衛士たちだ。
昼間からずっと酒を飲み続けているので、みな赤ら顔だが、
それでも赤面したウンスの方がずうっと赤い。
「テホグン、ばっちりきめてくださいよう!」
トクマンが調子に乗ってそう言ったときには、殺意さえ覚えた。
黙れ、この若造め。
こういうときには皆を止めてくれるはずのチュンソクでさえ、
うんうん、とうなずきながら、嬉し泣きのような顔をして手を叩いている。
こういうときこそ、しっかりしてよ!
もう…意味が…わからない…。
そりゃあウンスだって新房覗きのことぐらいは知っている。
そういう習慣があったことくらい知っているが、嫁側の人間のいない
この結婚では、覗く人もいないし、武女子を雇って閨の前庭には
人が入れないように見張りを立てたし、それでも念には念を入れて、
窓には厚く布を張った。
そういう対策はしたが、宴会から自然に部屋に引き上げるという
難事が待ち受けているなどと、想像もしなかった。
母親や姉妹、親類縁者の女性が多く宴席にいれば、
やじも控えめになったろうが、宴席に女性は一人もいない。
こういう飲み会の終わりの、下ネタオッケイみたいな雰囲気、
昔から苦手なのよ、とウンスは一刻も早く部屋から出たいと
じたばたしたいような気持ちだった。
それに、なにしろ屋敷にこれだけの客がいる時点で、
ウンスはチェ・ヨンとそうしたことをする気もなかった。
とにかく一刻も早くここから逃げ出して、そしてこの重い衣装を脱いで、
身体を休める。
今考えるのはそれだけにしよう、そうしよう。
握られた手を振り払いたい衝動を抑えきって、部屋の引き戸占めるやいなや、
ヨンの手を振りほどいて小走りに逃げ出す。
後ろから着いてくるヨンは急ぎもしないが、歩幅が違うので、
結局一緒に歩いていることになってしまう。
「どうしたのですか」
歩きながら機嫌よく話しかけられるが、手で顔を仰ぐばかりで答えられない。
どうしてこの男は恥ずかしくないのかしら。
まあ、男なんて男同士ではそんなもんよね、とにかく
部屋から抜け出せたんだから、問題解決だわ、とウンスは胸を撫でおろした。
一度庭に面した渡りを通って、別棟に入るとそこが寝屋だ。
広間での宴席の、笑い声が伝わってくる。
寝屋を通り過ぎて、その奥の自分用に与えられた部屋を開けようとすると、
チェ・ヨンの戸惑ったような声が追いかけた。
「どこに行かれる」
振り向くと、置き去りにされた犬のような顔をしたチェ・ヨンが、
寝屋の戸の前で立っている。
驚いた、こんな顔をするんだわ、とウンスは口元を手で押さえる。
「だいじょうぶ、着替えたらそっちに行くから」
と微笑んで言うと、どうして、というように眉をしかめる。
それから、ふらりと二、三歩踏み出すと、ウンスの手首を掴んだ。
なあに、と顔を見つめると、そのままぐいと引っ張られて、
部屋の中に連れていかれた。
「ちょ、ちょっと」
連れこまれてばたんと戸をしめると、そのままチェ・ヨンがくるりと振り返る。
戸板とチェ・ヨンに挟まれて、ウンスは逃げ場がない。
思いつめたようにじっと見下ろされて、ウンスは冷や汗が出て来るような気がした。
じりじりと短い距離をさらに詰められて、そのままチェ・ヨンはどん、
と戸に両手をつくと、屈んでウンスに口づけた。
がたり、と戸板が軋んで、ウンスは外れるかと思って冷や冷やする。
獲物に飛びかかるように最初から、口をこじあけて舌が入ってくる。
チェ・ヨンの舌は、酒の味がした。
もう酔いの醒めていたウンスも酔いそうなほどだ。
やりすごすように、口づけていると、一瞬チェ・ヨンが顔を引いた。
暗がりだが、顔が近いので、憮然とした表情をしているのがわかる。
「真剣に」
はあ? と返すと、抗議するように、右手でどんと戸を鳴らす。
何をよ、と口を尖らせてウンスが言うと、尖った唇に吸い付くように
顔を寄せる。
「真剣に、なさってください」
駄々でもこねるようにそう言って、ウンスの頬を包むように大きな手を当て、
あまった親指を閉じた口の端にねじこむと、驚いて開いた口に自分の口を重ねる。
乱暴なそぶりとはうらはらに、歯をなぞる舌はいやに優しく、
ウンスは流されるように応えてしまう。
「ね、ね、ちょっと待って、ね、ちょっと」
チェ・ヨンの胸を両手で押し戻して、必死に顔をそむける。
ちょうど良いとでも言うように、あらわになった頬と首の境い目に
何度も吸いつかれて、おかしな声が出る。
いっぱいお客がいるのよ、勘弁して、と言うと、
離れています、騒いでいて聞こえませぬ、とチェ・ヨンが返す。
「騒いでる声が聞こえるでしょ。ってことはあっちにも聞こえるってこと」
必死に抗弁すると、声を出さねばいいのです、とあっさりと切り捨てられる。
チェ・ヨンは少しばかり強引に衣装を肩から剥ぎ取ろうとして、
気がついて手を止める。
わずかにウンスから身体を離して、乱れかけた髪と花嫁衣装のウンスを
まじまじと見る。チェ・ヨンの息がわずかに早まる。
すう、と引き寄せられるように顔がまた近づく。
唇に触れる手前で、何か言おうとチェ・ヨンが口を開いて、
ぽかんと数秒ほど止まっていた。
なに、とウンスが上目遣いで言うと、何でもありませぬ、と慌てて
誤魔化すように口づけに戻ろうとする。
「ちょおっと、何よ、気になるじゃない」
両手で頬を押さえこんで、ウンスはチェ・ヨンを睨む。
チェ・ヨンは困ったように目をそらして、誤魔化せないとわかると、
深くうつむいてぼそぼそと言った。
「その姿を褒めようと思うたのですが」
ばさりと落ちた前髪で、顔の上半分はよく見えないが、
ウンスの手に触れている頬がもとより熱を持っていたのが、もっと熱くなる。
「そういうときには、綺麗って言ってくれればいいの」
優しく言うと、チェ・ヨンが少しだけ顔を上げる。
髪の隙間から黒い目が見えて、それがウンスを見つめている。
「綺麗でした、とても」
そう思ってたの、見てればわかるわ、と思ったが、口には出さなかった。
ウンスが嬉しそうに微笑むと、チェ・ヨンは堰を切ったように顔を寄せて、
口づけをはじめる。
夢中で応えてしまって、頭の芯がしびれたようになりながら、
ウンスは何かを忘れているような気がして、はっと気づく。
「だーかーらーっ」
胸を押し戻す手に力が入らない。
「今日はね、やめましょう、って言ってるの。聞こえてる?」
チェ・ヨンはウンスの言葉を無視して、今度は少しばかり丁寧に、
衣装の襟首を後ろに引いて脱がせる。
それを床の上に落とされて、ウンスが慌てた。
「そんなところに置かないで」
チェ・ヨンの腕を抜け出して、衣装を抱えるときょろきょろと見回して、
しかたなく畳んで棚の上に置くことにした。
大きな衣装を畳むのに四苦八苦していると、チェ・ヨンはその隙に後ろから
近づいて、チマの巻き帯の結び目を解いてしまう。
ちょっと勝手なことをしないでよ、と身体を揺すってさせないように
しようとしたが、チェ・ヨンは今度は髪飾りを抜き取ってしまう。
「俺は、夫になりましたゆえ」
こうしたことをする権利があるのです、とチェ・ヨンは上衣の打ち合わせに
手を忍びこませた。
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