颶風5
隣でマンボ姐が、小さな鼻鼾をかいて眠っている。
ウンスはシウルのことが気になって、浅い眠りを繰り返していた。
そろそろもう一度、様子を見てこようか、と音を立てないようにして
布団から抜け出した。
手術が終わればモニターが監視してくれるわけもなく、
もう二度ほどシウルの様子を診に行っていた。
高麗でまた医者として働き始めてから、ウンスは何度も、
やはりあれを持ってこればよかったかな、これも必要だったかな、
と空想することがあった。
「ま、電源ないから使えないんだけど」
戸を開けて廊下に出ながら、独りぽつりとつぶやきながら、
ウンスは大広間へと足を忍ばせる。
チェ・ヨンの手にコンセントを持たせて、機械を動かしている姿を
想像して、ふふ、と笑う。本人には絶対に言えない。
大きな広間の入り口近くに横たわっているシウルの寝息は至極安らかで、
先程来たときは起きていたジホも、ウンスが問題がないと告げたことで
安心したのか、目をつむって寝入っていて、ウンスが来たことにも
気づかない様子だ。
広間の入戸をそっと音のしないように閉めて、部屋へ戻る廊下を
皆を起こさぬよう足音をひそめて戻ると、部屋の前に人影があった。
人影は逡巡するようにウンスの部屋の戸に手をかけかけていたが、
離れたところに立っているウンスに気がついて、こちらを見た。
「どうしたの?」
小走りに近寄ると、まずいところを見られたとばかりに、
しかめ面のチェ・ヨンが、横を向いて顎をこする。
こんな廊下でだが、ようやく二人になれたのが少しばかり嬉しくて、
ウンスがチェ・ヨンの夜着の両肘をつい、とつかんで引っ張ると、
はあ、とため息をついて、白状する。
「あなたが、恋しゅうて落ちつかず」
横を向いて目をそらしたままそう言ってから、チェ・ヨンは顔を戻して
ウンスの目を苦しそうに見た。
ウンスはたちまち胸がいっぱいになって、肘をつかんだ両手に
少し力を入れて自分に引き寄せ、爪先立ってチェ・ヨンに唇を寄せた。
触れて、離れてから、目を開けると、間近でウンスの顔を見つめる
強い眼差しと合う。
下から押しつけるようにまた触れると、ウンスの目の前で、
チェ・ヨンは目を閉じて、味わうように唇を割る。
チェ・ヨンの腕がウンスにまわり、徐々に力がこめられて、
いっとき薄暗がりの中にで聞こえるのは、口から漏れる小さな音だけになった。
夜着の上から探る手が、念入りになりかけて、ウンスが困ったように、
チェ・ヨンの胸を弱く押す。
「今日は」
御客もいるし、言葉が見つからずに、ウンスはつぶやくようにそう言った。
言いながらウンスも離れがたく、チェ・ヨンの胸に額を押しつけてしまう。
チェ・ヨンは手を止めてウンスから身をはがすと、壁に拳を置くと寄りかかり、
忌々しそうに目をつぶる。
「ちくしょう」
シウルも紅巾もまとめて恨めしい、と苦笑を浮かべながらチェ・ヨンが言う。
それから手を伸ばして、ウンスの顎を指でそっとなぞる。
ちらと先ほど自分が出てきた寝屋を見たが、隣にマンボ姐が寝ているここで、
ウンスを抱くのは酷だろうと、うつむいた。
ひと月半の留守の後とはいえ、たった一晩一人寝をかこつことが、
これほど我慢ならないとはまったくもって大人げない、と自分で自分に呆れかえる。
大きくため息をついて、気を入れ替えると、ウンスに向き直る。
「明日戻ってきたのだと、そう思うことにいたします」
あまり困らせてもいけないと、少しばかり辛そうな顔をしているウンスに
そう言って、寝屋の戸に手をかける。
すると後ろからおずおずと、チェ・ヨンの指に絡まるものがあった。
引かれて振り返ると、ウンスの指が、チェ・ヨンの指に遠慮がちに絡まって
引き止めている。
「こっちに」
そう言ったウンスの顔は上気していて、指先が急に熱くなった。
チェ・ヨンは、胸の奥が驚くほど大きく、どくん、と音を立てたのをひた隠して、
何も言わずに弱く引かれるままに、ついていく。
ウンスは恥ずかしさでどうにかなるのじゃないか、と思うほどに、胸が高鳴っていた。
冗談で誘いめいたことを言うのなら何でもない。
実際はこんなふうに自ら先導したことなど一度もなく、
チェ・ヨンがどのように思うのか、
見当のつかなさに、なんだか泣きたいような気にさえなる。
裏庭に面した渡りの廊下に出ると、ウンスは少し困って考えこんだが、
意を決したように裸足のまま庭へと降りる。
チェ・ヨンもそれを追って、なんのためらいもなく素足で庭に降りると、
ただ絡んでいた指を、後ろから追いかけるように強く握る。
ウンスは顔を見られたくないようで、チェ・ヨンの方を振り向かない。
チェ・ヨンがわざと足を緩めて、自分を引く手に力をこめさせようとすると、
ウンスが肩ごしにわずかに振り返った。
笑ったり怒ったりする余裕もなく、ただ消え入りそうな顔をしているのを見て、
チェ・ヨンは一歩、二歩と早く足を進めて、ウンスの横に並ぶ。
包みこむように、ぎゅうとウンスの手を握りなおす。
外は寒くて、二人の吐く息が白いほどなのに、肌が熱を持っているのか、
あまり寒いとも感じない。
白木蓮の横を抜けて、ウンスの使う診療小屋の入り口にたどり着く。
ウンスは戸の前に立って、呆然とした声を上げた。
「かぎ…」
チェ・ヨンはウンスが振り返る間も与えずに、小屋脇の細枝を折りとると、
ウンスを押しのけて、錠の穴にそれを差しこむ。
ウンスが驚いたように、それを見て、チェ・ヨンの顔を見上げた。
チェ・ヨンが悪戯をする子どものように微笑んで、ささやく。
「こちらの、ここをぐいと引っ張っていてください」
ウンスが横から手を添えると、チェ・ヨンが枝に力をこめる。
枝がぽきりと折れると、二人は同時に、ああ、と残念そうな声をあげる。
チェ・ヨンはむきになって、もう一回枝を折りとると、まだ差しこむ。
「もう一度」
そう言われて、ウンスはチェ・ヨンに手を貸す。
かちゃかちゃと手を動かしながら、チェ・ヨンはなんだか無性に愉快になって、
ウンスを見ると、ウンスがくすくすと笑っている。
たまらなくなって手を止めて、顔をかぶせるように寄せて、強く口付ける。
口を離すと、今度は慎重に枝で鍵穴を探る。
ばちんとばねでも跳ねたような音がして、錠が開いた。
戸を開けて、ウンスが中にチェ・ヨンをためらいがちに引きこむと、
チェ・ヨンはそのまま突き当たりの壁までウンスを押しこんで、
行き止まりになると、ほとんどぶつかるようにして口づけた。
ウンスの背中が壁に当たって、低い音が鳴り、
勢いがつきすぎて、がちりと歯がぶつかる。
「つっ」
チェ・ヨンが反射的に顔を引いた。
唇がわずかに切れている。
大丈夫、と心配そうに言いながら、ウンスが指で唇に触り、
それから血の滲んだそこを何も考えずに、小さな舌で舐めた。
「あなたはまた、そのような」
離れていくウンスの顔を、チェ・ヨンは追いかけて、唇を捕まえる。
音をたてて吸いながら、チェ・ヨンは乱暴にウンスの夜着を引き下ろした。
内着を剥ぎ取りながら、ウンスを患者を診る台に横たわらせる。
ひどく狭いそこに自分も乗り上げようとして、足が台からこぼれて滑り、
チェ・ヨンはがたんと膝を強く打った。
痛かった? とウンスが顔を持ち上げて見ようとしたが、
腹に手を置いて、起き上がれないように押さえつける。
ウンスの脚を見ると、チェ・ヨンはごくりと喉を鳴らして、
立てられた膝を痛いほど強くつかんで脚を開かせた。
「あなたをいとう余裕が、今夜は」
かすれた声でそう言うと、チェ・ヨンは自分の手を舌で濡らし、
ウンスのそこに擦り申し訳程度にやわらげる。
そして自分を充てがうと、まだきついそこに無理にとわかりながら押しこんだ。
チェ・ヨンは短く二度、詰まったような呻きをあげると、
一瞬ぶるりと身体を震わせて、眉根を寄せる。
のしかかられ、きつく押し広げられる感触に、ウンスはチェ・ヨンの腕をつかんで耐える。
先ほどの口づけで、奥まったところはすでにぬくまり、
チェ・ヨンが何度か擦りあげると、ゆるりと溢れてくる。
それでもきつく狭い中を、抑えられぬように何度も行き来させると、
ウンスは小さく顔をしかめて息で逃した。
すまないと思いながらも止められず、チェ・ヨンは何度も
ウンスの乱れた髪を顔からどけて、そのウンスの顔を確かめずにはいられない。
わずかに苦痛を宿したウンスの顔を見て、余計に高ぶる自分に戸惑いを覚える。
それほどまでに性急に求められて、ウンスは脚の間の引き攣れるような感覚など、
気にも止めなかった。
目の前のチェ・ヨンの惑乱した様子に、むしろひどく嬉しくなる。
頭の芯がしびれたような昂奮に、すぐに身体が追いつき始めた。
我慢が出来ずに、甘い声が口から漏れると、
チェ・ヨンのものが、中でいっそう膨れ上がる。
「あなたも」
荒げた息の中から、チェ・ヨンが溺れ喘ぐように問いただす。
「俺のことを恋しゅう思われましたか」
乱れて答えられないでいると、どうなのです、と声でも身体でも詰め寄る。
うなずくと、お言葉で、と掻き口説く。
すごく会いたかったわ、すごく、すごく、と切れ切れに言うと、
チェ・ヨンはウンスの首元に、痛いほど顔を押しつける。
そしてウンスの言葉を飲みこむように猛然と口の中を自分の舌で探ると、
両腕で、ウンスの細い身体をぎゅう、と抱きしめた。
渡りの廊下に先に上がると、チェ・ヨンはウンスを引っ張り上げた。
ひょい、と持ち上げられて、そのまま廊下に置かれるのではなくて、
チェ・ヨンの腕の中に着地させられる。
名残惜しそうに抱きしめられて、顔をあげると、チェ・ヨンが
ウンスを目を細めてみている。
首を伸ばして、顎に軽く口づけてみると、チェ・ヨンは嬉しそうに
息を吐いて、それから少しばかりすまなそうに笑った。
「次はきちんと、あなたをいとうていたしますゆえ」
言いながら、何度も肩を撫でる。
「気にしないで」
よかったし、とたぶん聞き取れないだろうと、甘えて顔を押し付けた夜着に
息のような声で打ち明ける。
すると、肩を撫でる手が止まり、指が喰いこむように握られる。
「もう一度小屋に、行きとうなりました」
冗談とも本気ともつかぬ口調で、チェ・ヨンが言う。
ウンスは、さあ戻るわよ、と胸に手のひらを当てる。
シウルの様子を見てから戻るからあなたは先に、と押し出すと、
チェ・ヨンは名残惜しそうな顔はしたが、廊下を二歩、三歩と歩き出す。
途中で一度振り返り、ウンスが自分を見送っているのを確かめると、
ほのかに笑んで、ようやく寝屋に戻った。
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