筆記



【シンイ二次】颶風 6



翌朝、チェ・ヨンは長和殿への回廊を、急ぎ足で進んでいた。
皇宮より近づいてくる早馬の蹄の音が、眠るチェ・ヨンの目を覚ましたのだ。

「イ・ソンゲから書簡が届いた」

王の横に立って話していた枢密院副使、柳仁雨(ユ・インウ)は、
チェ・ヨンの姿を見るなり、厳しい表情でそう告げた。
奇轍(キ・チョル)の支配下をも切り抜けて王朝に使え続けてきた
その老武官の顔が緩むところなど、チェ・ヨンは一度も見たことがなかったが、
その男の声に、隠しようのない興奮がにじんでいた。

早春の平壌での王とチェ・ヨンが見せたまやかしの一件から、
父親の千戸長である李子春(イ・ヤチュン)の代筆で、
何度かまだ二十の歳を越えたばかりの若きイ・ソンゲと
密書のやりとりが進んでいた。

王の顔を恐れの入り混じった興奮が覆い、目が強く光っている。
チェ・ヨンは入り口で一度頭を下げ、進み出ようとするが、
書簡を手に握り締め、つかつかと王自らチェ・ヨンに歩み寄り、それを渡された。

「読んでみよ」

ひどく長々しい漢詩のようなその文の中に隠された、イ・ソンゲからの本当の
知らせを探して目が泳ぐ。まず飛びこんできたのは、その中に組みこまれた、

李親子はそろって高麗王との取り引きに応じることを決めた、

という一文だった。そこにさらに幾人かの双城総管府の役人の名が連なる。
双城総管府総監、趙小生の叔父、趙轍の名を見つけて、並みのことでは
動じることのないチェ・ヨンの目が、それとわかるほど見開かれた。

もともと高麗国の領である広大な土地を、元の出先として滑べる双城総管府に
仕える官達は、高麗人や、女真族なども多く、イ・ヤチュンもその一人だ。
元王朝への忠誠心など名分だけで、実権を求める者がほとんどで、今や
沈みゆく元から寝返りたくて、焦れたようになっている者も少なくない。
それに追い討ちをかけるように、高麗の王に、神意がくだるのをその目で
見たのだ。

それでも、双城総管府が設置されてより長くその長を務めた趙家の者までが、
高麗への内通を望むとは、思っていたよりもずっと、内情は乱れているのかも
しれないと、チェ・ヨンはそのことを頭に入れた。

入城の手引きをするのと引き換えに、イ・ヤチュンが求めているのは東北兵馬使の役。
チェ・ヨンは気づかれぬほどに、鼻で笑う。
高麗の東側一帯を指揮下に置き、実質双城総管府総監に成り代わることになる。
高く出たな、とチェ・ヨンは内心でつぶやく。

しかし、王とともに引き換えとしてはかっていたものの範疇であった。
李親子の裏切りによって戻ってくる高麗の故地の広大さを思えば、
あながち過大な要求とも言えまい。
この五年、王とともに、そのために戦ってきた。
高麗を、高麗として自立させることこそ、自分が元から伴った王が、
目指すものだ。

イ・ソンゲからの書簡には、その手はずを整えたく、
こちらから密使を送るとの知らせも書き記してある。
あの、俺の鬼剣を持ってみたいと子どものように言った若者が、
一人前に謀反の申し出を送ってくるとは、とチェ・ヨンは薄く笑った。

「この書状は」

チェ・ヨンがいったん目を上げる。
重くのしかかる恐れめいた石が、腹の中に落ちて居座った。
であるのに、血が沸き立つように騒ぐ戦さ前の火が、同時に胸に灯る。
これは、双城総管府に攻め入り、陥落させるまで、取り除かれることがないだろう。

「そうだ、待っていた返事だ」

王が深くうなずく。
ユ・インウが、はああ、と強く息を吐く。
腹の中で燃え立つ熱さを口から煙のように吹き出しそうな勢いだ。
チェ・ヨンは見定めるように、じろりとこの老将を見た。

「それではユ・インウ殿が指揮を」

ここにいるということは、そういうことであろうと当たりをつける。
ユ・インウは狡猾そうな口角をにやりと上げて、逆にチェ・ヨンを品定めするように
じろじろと見た。
しかし抜け目のなさそうな口元とは裏腹に、目の奥の光には何とも言えぬ情味がある。

「まだ任じてはおらぬが、ユ・インウを東北兵馬使にするつもりだ」

王はチェ・ヨンにそう言った。
東北兵馬使として双城総管府を攻略し、その任を寝返ったイ・ヤチュンに手渡して、
生きて戻ればさらに高位を任ずる。そういうことだろう。

「妥当でしょう」

チェ・ヨンがそう言うと、なぜ若造にそんなことを言う権利が、というように、
ユ・インウからむっとした空気が流れたが、それでも王とチェ・ヨンとの信頼を知る
ユ・インウは黙ってそれを見守った。

老いてなお、時流を見る力は衰えずか、とチェ・ヨンは胸に思いとどめる。

「もう一枚を…見よ」

そう言った王の声音が少しばかりに気になった。
何かに強ばっているが、それが恐れなのか、高ぶりなのか、判別がつかない。
今読んでいた一枚目の下からするりともう一枚を引き出して、読み始める。
目が目当ての内容を探して、紙の上をさまよう。
チェ・ヨンの視線が、書簡のある部分を焦がすほどの勢いで、見入る。

いったい。悪い夢でも見ているのだろうか。

ユ・インウがふん、と鼻を鳴らす。
チェ・ヨンの目尻が上がる。憎々しげ、と言ってもいいほどの目つきだ。
それこそ、見たことのないチェ・ヨンの表情に、ユ・インウの目が細まる。

「徳興君が、和州にいると」

書簡を握りつぶしそうになって、チェ・ヨンは我に返り、すいと
また平生の顔に戻って、もう一度そこに書かれていることを丁寧に検めた。
ちっ、と盛大に舌打ちをする。

「戻ろうというのですか、高麗に。あの野面皮」

仮にも王の叔父上ですぞ、例え罪人でも、とユ・インウが心のこもらぬ声で
そう言った。

「叔父上は、赦免を求めておる」

チェ・ヨンは、爪が喰いこむほど強く、拳を握った。



紅巾についてご質問いただいたので、「颶風」を読んでいただく上で、
必要そうな史実についてまとめたものを、今晩か明日までにアップ
いたします~。


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by kkkaaat | 2013-11-28 13:35 | 颶風【シンイ二次】 | Comments(14)
Commented by itukitikal at 2013-11-28 15:23 x
チェ・ヨンも武人なのですね!戦で心に火がつくなんて。これからは戦が始まるのですね…この時代なら仕方ないことでしょうね。韓国の歴史は全く分からないので読ませて勉強させていただきます(^^;

しかし徳興君ってどれだけ面の皮が厚いのかしら?←下品な表現ですみませんm(__)m
戻って来たらどんなことになるかわからないのかしら?ヨンが黙っているわけありませんよね!

高麗が早く平和になって二人がいつでも一緒に要られる世になると良いですね♪
これはその前の試練なのですよね。
Commented by グリーン at 2013-11-28 16:37 x
物語が動き出しましたね。
高麗時代の歴史、いえ朝鮮の歴史も含めてですが全然知りませんのでどう物語が動いていくのかスゴク楽しみです。

王様、チェ・ヨン、イ・ソンゲ、そして徳興君。役者は揃いました。
ヨンは徳興君をどうするのか?憎き敵ですものね。
先が楽しみです。

Commented by トナン at 2013-11-28 17:22 x
ミチ様こんばんは(^^)♪

今日は朝からぐっと気温が下がり初雪となりました(^。^;)サムイ…

夏の暑さにも冬の寒さにも弱いトナンです(笑)

…徳興君、またまた復活ですね。
彼ってば狡猾で面の皮が厚く卑怯者でなかなか死なないし、シブトイゴキブリのような男ですね~(-"-;)
ひどい言いようですが…(笑)

またまたウンスに何かやらかしそうな予感がするのは私だけでしょうか?(^。^;)
戦も始まる気配ですし、徳興君の事もあってチェヨンの心も落ち着かないでしょうね。

私もつられてドキドキしてきました(^^;)

次回作が待ちきれない感じです。
Commented by aki at 2013-11-28 17:41 x
......
......

徳興君・・・・・

ドラマの中では、必ず、悪役(敵役)がいなきゃならないんだろうけど、あのくらい、嫌な奴っているんかいってくらいの悪役ですよね。
キ・チョルが子供に思える位の、悪巧みを得意とする奴で・・

はぁ。・・・・大嫌いです。

厚顔無恥ってのを人にすると、あいつになるっていう・・・・
あーあー。やだやだ。

でも、赦免されて、のこのこ帰ってくるんでしょうね。

帰ってきても、道中、明智光秀のように農民の手にかかって、地獄に堕ちて欲しい・・・・

って、帰ってくる前に、すでにぷりぷりしてる私です。

ウンスも、「気持ち悪っ・・・あの男!」って言うだろーなー。
Commented by 比古那 at 2013-11-28 20:58 x
徳興君、嫁と子供はいませんでしたっけ…?

大君になったのは別の人?

うん、わからん。

ソンゲ親子、動き出しましたね。
あの、道化とかみなりの話がうまく運んで良かったです。効果絶大。何故か私の鼻まで高い。

困った事に徳興君です。
元の情勢もキ・チョルの庇護もない状態では高麗での無頼な生活が嘘のように困窮していることでしょう。

すげ替える首より、勢いある甥にすがり付く方が優位と見たのでしょうね。

高麗でなら、腐っても国の主の叔父。
ウンスがいないのならチェ・ヨンも自分には触れまいとでも思っているだろう事が何となく臭うような気がします。

だって大護軍、新婚じゃん。
ウンスじゃない嫁の手前、もう水に流せるでしょ、位に思ってそう。

俺はしつこいのです、を聞いたのは府院君でしたか?知らないか。

美味しく料理していただきたい。

…、徳興君は嫌いじゃないけれど。

Commented by ちはや at 2013-11-28 23:38 x
イ・ソンゲが寝返ってくるのですね。
双城総管府攻撃準備に取り掛かれば、大護軍はますます忙しくなりそうです(^_^;)

徳興君、あれだけのことをしておきながら許してもらおうなんてよく思えますね。
厚かましさに、心底呆れました。
ヨンはどうするのでしょうか。
続きがとても気になります!
Commented by saikai at 2013-11-29 00:04 x
ミチさん、こんばんは。
徳興君・・・。嫌いです。
自分の手を汚さず悪事を働くところ、大嫌いです。
まだ、キチョルの方がいい。ちゃんと手を汚しているから。
ヨンの中に颶風が吹きはじめましたね。
続き、楽しみにしています。
Commented by kkkaaat at 2013-11-29 01:51
>itukitikalさん
戦に対するチェ・ヨンの心の内、現代人の私には、ちょいと
はかりかねる部分もあるのですが、無用な殺生を嫌う気持ちが
ありつつ、武人として、また高麗の臣として心躍る気持ちも
必ずあるだろうと思っています。

韓国の歴史、私もゼロ以下からのスタートで、けっこう失礼な
間違いをやらかしてるんだろうなあ…とひやひやしながら
書いてます。

トックンね、ほんと戻ってきたらどんな目に合うかわかりそうな
ものですが、そこがやっぱり、トックン(最近ではトクフングン
言うのが面倒くさいので、トックンと呼んでます)。
俺の口車と策士パワーでどうにでも、とか思ってそうです。

この時代の高麗、本当に嵐のような時代ですが、その中で、
ウンスとヨンが、どうにか幸せをつかんでいってほしいなあ
と願ってます。
Commented by kkkaaat at 2013-11-29 01:53
>グリーンさん
はい、動き出してきました!
高麗の歴史、私もまったくわからないところからのスタート
ですが、まあ逆にファンタジー世界なんだから何でもあり、
と割り切って書いています。

ヨンはトックンのことは本当に怒ってますし、快適で、王にさえ
なれるはずだった高麗を追い出されて、トックンの方もヨンの
ことを強く恨んでいるでしょうね。
さてどうしましょう~?(え?)
Commented by kkkaaat at 2013-11-29 01:59
>トナンさん
こんばんは~! っていうか、こんばんはにも遅いもう2時でした。
そろそろ寝なければ(笑)

なんとなんと初雪ですか!
私の近所では、2月くらいにしか雪が降りません。
雪好きなので、ちょいとうらやましい~。

トックン、まあおとなしく元で隠遁するとは思えず…。
彼の魅力はこの面の皮の厚さですね!
最後にはキ・チョルさんでさえ、怒ってましたもんね(笑)

トックン、ドラマではウンスに散々ひどいことをしてましたが、
話の中では何をしでかすやら┐('~`;)┌

少しずつアップしていきますので、よろしかったらお付き合い
くださいませ。
Commented by kkkaaat at 2013-11-29 02:07
>akiさん
ドラマ見ていて驚いたのは、キ・チョルさんが悪役だと思っていたら、
キ・チョルさんももちろん悪役ではあるものの、天界・医仙に
魅せられたメンバーの一人であり、真の悪役はトックンだったこと
です。

目的があって悪いことをするのではなく、すでに悪いことをする
こと自体が目的、みたいなやつですよね。
ウンスに毒とかも、なんだか遊びでやってるみたいで、
あの幼稚さがちょっと怖くもあり。

実は悪役としては、かなり好き(という言い方でいいかな?)です。
子どものように無邪気に悪事を働く、という怖さと、世界で一番
大事なのは自分という反社会的なサイコパスっぽさ、なのに
あのイケメンぶり、というあたり、憎みがいのある、いい(?)
悪役だと思います(笑)

>帰ってくる前に、すでにぷりぷりしてる私です。
いや登場させてよかったな!! と思えるコメントありがとう
ございました。
ウンスと一緒に「あの男、キモイわ!!」って言ってやって
くださいね~。
Commented by kkkaaat at 2013-11-29 02:15
>比古那さん
あ、そこらへん、私もあやふやです。
Wikiだけが頼りの私です(笑)

ソンゲ親子、機を見て敏。
あのまやかしにひっかかったというよりも、あれをやって
のけた王とヨンに寝返るべき何かを見出した、という感じ
かな、と思っています。

>元の情勢もキ・チョルの庇護もない状態では高麗での
無頼な生活が嘘のように困窮していることでしょう。
そうなんです! 元内部の崩壊も進み、役に立たないコマなんて
さほど大切にされるとも思えず。
その分、ヨンに対する恨みもかなりのものではないかと。

ウンスは天に帰ったと思ってると思いますし(ヨンを愛して
残ったとか、絶対思わないと思います。自分一番の人だから)、
この人、わりかし自分に都合よく考える人なので、
情報ほしいだろ、ほれほれ、なら赦せ、くらいの感じじゃない
かと想像してます。

私も、シンイの登場人物で、嫌い!ってのはいないかな~。
憎める感じならそれはそれで、悪役として美味しいというか、
とにかく皆人間味があって、類型的に終わってなくて、
面白い人物ばかりだな、って思って。
そこがシンイのすごいところだな、って感じています。
Commented by kkkaaat at 2013-11-29 14:10
>ちはやさん
そうなんです。
イ・ソンゲ、この事件によって元の人だったのが、高麗の人になる
というわけです。

トックンね、こういう反社会性人格っぽい人って、自分の都合のよい
ようにしかものごとを考えないですよね。
ウンスに毒もっといて、仲良くやりましょうとか、意味がわからない
んですが、本人は当然と思ってるという。
さて、ヨン、どのように対応するのでしょうか?
Commented by kkkaaat at 2013-11-29 14:10
>saikaiさん
おお! トックン、思いのほか真剣に嫌われていていることが
判明しました。
いわゆる、悪辣というやつですよね。
悪役の中でも、一番ダーティーなタイプですよね。
だからこそ、図々しくこんな申し出をしてしまうのですが。
さて、このあと、どうなっていくのでしょうか。
ヨンも悩みどころです。
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