筆記



【シンイ二次】颶風16



ウンスを乗せた馬は、疾走していた。
ぴしり、ぴしり、と規則正しく鞭を入れる音が、鋭く空に鳴っていたが、
馬の毛が汗でびっしょりと濡れると、鈍い潤んだ音へと変わった。

限度を越えて走らせているので、馬の足は地面にほんのわずかにしか触れず、
馬の背はほとんど揺れもしなかった。
ウンスはただ必死にしがみついていた。
手綱を持つ指が、強ばってもう開く気がしなかった。

馬を鞭打っているのは、後ろからもう一頭の馬を走らせているテマンだ。
その黒い瞳をたった一つの目的に染めて、そのほかのことは何一つ考えていない。
大丈夫ですか、とはひと言も聞かれなかった。
そんなことを確認するのに必要な呼吸があるのなら、ひと息でもとっておけ、
そうチェ・ヨンなら言うだろうと、二人にはわかっていた。



「ならぬ、ユ・ウンス、断じてならぬ」

王はウンスの申し出を聞くと、驚愕してそう言った。
座っていた玉座から立ち上がる。
いいえ、とウンスは穏やかに言った。いいえ行きます、と。
王に向かって否と言う女人に、武臣たちは眉をひそめたが、
ウンスにはどうでもよかった。

「何を考えておる。まず皇宮から出たところ紅巾に捕まれば、嬲り殺しにされよう。
それから、どうするのだ。天門まで馬を乗り継いで、五日はかかる」

開いているのかもわからぬ天穴に行って、それでどうしようと言うのだ、
それにいまここには、そなたに割いてやれる兵も武器もないのだ、
と王は言った後、言葉を詰まらせながら続けた。

「チェ・ヨンを失ったいま、そなたの命まで捨てるような真似をさせたなら、
余は、テホグンに顔向けできぬ」

言葉の最後は涙声になりかけて、王はぐっと歯を噛んだ。
いいえ、ウンスは根気強く繰り返した。

「チョナ、あの人は失われておりません」

まだ、打てる手があるのなら、それは失われたことにはならないの、
ウンスはそう自分に言い聞かせるように、心の中で繰り返す。
そうやって自分に信じさせなければ、こうやって立ってはいられない。

「それに五日はかかりません。このテマンは和州より三日で戻りました。
天穴までも同じ日付でまいります」

ユ・ウンス、と王は顔を手で覆う。

「聞け、チェ・ヨンは」

そこまで怒鳴るように言って、王の声は尻すぼみに小さくなる。
毒によって死んだのだ、と言いながらウンスから目をそらす。

「そうでしょうね」

ウンスの声はもう、震えもしなかった。

「止めても無駄ですよ。わたしにできるのはもうこれだけなんだから。
馬を二頭だけ、くださればいいの」

喧嘩を売るようなウンスのもの言いに、内官が気色ばんだが、王が手で制した。
止めようとしたって無駄よ、チョナ、そう声を張り上げて言ってから、ウンスは
くしゃりと顔をしかめて、お願いです、と付け加えた。

長和殿の中が、しん、と静まり返った。

ウンスはまた、静かな目になって、王をひたと見つめていた。
王もまた、ウンスへと視線を戻した。
ふう、と王が息を吐く。

「できる限り脚の早い馬を二頭用意させよ。それからウンスに、農人の装束を」

その言葉を聞いて、ウンスの顔は明るくはならなかったが、
ただ感謝の色があらわれて緩んだ。

「于達赤隊長チュンソク」

呼ばれて控えていたチュンソクが、ウンスの横に歩み出る。

「そち自ら、壁外までユ・ウンスとテマンを送り届けよ。
ウダルチの人員のすべてを使ってもよい」

大護軍貢夫甫が、それは、と進言しかけたが、王の手によって制せられる。
いつ出るのがよいか、と王が尋ねると、チュンソクが答えた。

「今すぐ。今すぐでなければ、支度が出来次第すぐに」

王の顔が苦笑いを浮かべ、それが泣き笑いのように歪む。
夜闇に乗じて、でなくてよいのか、と王がもう一度尋ねると、
チュンソクは、それではあと五刻を無駄にいたします、ただちに、
といつもと変わらぬ穏やかな口調で言った。
ウンスが横を向いて、チュンソクに弱々しく微笑みかけると、
チュンソクは微かにうなずいた。

「では行け、そちに任せよう」

王がそう言うと、チュンソクは、御意と答えて走るように御前を下がった。
後を追って、ウンスとテマンが下がろうとすると、王の言葉が追った。

「医仙」

ウンスは顔だけを振り返って王を見た。

「無事を、祈っておる」

王は、誰の、と言わずにそう言った。
ウンスは、うなずいて、小さな哀しそうな笑みを口元に上らせると、
何も言わずに、走り去った。



西の城門横の伝令口で馬に乗った。
そこに走り寄ってくる人影があった。トギだ。
誰かに聞いたのだろう、手に薬や道具を抱えている。
ウンスは唇が震えてこみ上げてくるものを、血が出るほど強く噛み締めてこらえた。
トギの手が動く。無駄口は叩かない女だ、ただ持っていけと示す。

「ありがとう、でも持っていけないの」

トギの手が忙しなく動く。チェ・ヨンを助けるのに必要かもしれない、と。
ウンスは、答える。

「持っていけないの。なぜかはわからないけど、天穴は、拒むのよ。
ずれる、と言ったほうがいいかもしれないわ。
前はメスやクランプやプロジェクターだったけど。
はっきりしたことはわからないけど、危険はおかせないの」

ただ強く思う、想い以外のものを持っていくことができない。
ウンスは、過去への旅で導き出したその心細い結論に、背く気はなかった。
そう言ったウンスの手に、トギが一つの薬瓶を押し付ける。
透き通り古ぼけて、もう中身は一粒も残っていない。
それでも大切に、小屋の薬棚の一番上に、律儀に置かれていたそれを、
トギは持ち出してくれていたのだ。

ウンスは涙で目の前が曇って、急いで袖でそれを拭う。
うなずいて、それを懐に入れた。お守りがわりだ、これくらいいいだろう。
トギはもう何も手を動かさずに、後ろに退いた。

二十名の于達赤隊が、麒麟の紋様の鎧を胸に、騎馬している。
城壁上の兵の知らせにより、城壁外には十七頭の馬と無数の帯剣した男がいて、
伝令を阻んでいるとのことだった。
チュンソクから、手早く説明があった。

まず一名が出て、血路を開く。
剣を交えるのは程々にして、引きつけながら伝令口から馬と人を引き離す。
その後十名が走り出て、続いてウンスとテマン、その後残りの九名が後を追う。
比較的手薄らしい破られた玄武門を一散に目指す。
説明が終わるやいなや、トクマンが手を頭の上で振った。

「俺が、行きます」

皆がトクマンの方を見る。
トクマンがいつものにやとした笑みを浮かべて、手を挙げている。

「一番に、まいります」

へへ、と笑って、トクマンは急に真顔になって手を下ろした。

「わかった、一番手はトクマンだ」

チュンソクは落ち着いた声でそう告げた。
ウンスが見ると、トクマンは強張った顔で笑みを作って、ウンスに笑いかけた。
胸の奥が詰まったような、おかしな感覚があって、ウンスは胸をぎゅうと押さえる。
チュンソクが、最初の十名、残りの九名を手早く振り分ける。
最後尾を、チュンソクが務めると言う。
ウンスはどうしても黙っていられずに、チュンソクに馬を近寄らせた。
口を開こうとすると、チュンソクが先に口を開いた。

「ユ先生、ウダルチを見くびらないでください。トクマンも勝目があるから
ああやって名乗りを上げたのです。たとえテホグンのお命のためとはいえ、
無駄に命を使う気もなく、使わせるつもりもございません」

第一、とチュンソクは続けた。

「そんなことをしたら、テホグン殿にどのようにどやされるか」

なあ、とチュンソクがそう言うと、于達赤隊員たちは、
おう、と野太い声を揃えてそう言った。
では行くか、と続けると、チュンソクはテマンを見て、ユ先生は任せたぞ、と告げる。
テマンはこくりとうなずいた。

トクマンが伝令口の前に馬を進めた。
剣を前に向けて脇腹に当てて構える。

「開けていいぞ」

トクマンが、伝令口を城側から守る衛兵に、馬上から言った。
泣きそうな目でその背中を見つめるウンスの方は、一度も見なかった。



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by kkkaaat | 2013-12-11 00:24 | 颶風【シンイ二次】 | Comments(23)
Commented by 比古那 at 2013-12-11 00:38 x
末っ子トクマン、男をあげますね。

迂達赤五番勝負で証明されたように、そこいらのものにトクマンが負けるはずがない。

あれから幾年も励んできた鍛練があのときより皆をより磨いているはず。

チョナに感謝します。やはり我らがチョナ。

トギに感謝します。流石は盟友トギ。

我らの大護軍を救うため、迂達赤、男になりまする。

医仙、天に導かれてきてください。
Commented by aki at 2013-12-11 00:49 x
ウンス、解毒薬を取りにいくのね。
好きな男のために、命かけるし、ウダルチの面々も命かけてくれてるし、なんとか、して!
やっぱり、泣きながらコメ入れてる。
まるで、映画見てるみたい←やっぱり、支離滅裂や、あたし。
どーか、みんな、無事で。
誰も失いたくない、もう。
コメしながら、頭じんじんしてる。
Commented by グリーン at 2013-12-11 00:49 x
あ~そうでした。天門は開いているのですね。あの時と同じように。
ウンスはそれに賭けたのですね。必要なものを持ってヨンのもとへ。
天は無事にウンスをヨンのもとへ送ってくれますように。

冷静に、的確に指示するチュンソク。トクマンもさすがウダルチですね。やる時はやります。

ミチさん、大スぺクタル映画を見ているようです。だって映像が目に浮かぶのです。
皇宮での王様とウンスのやり取り、城門のウダルチ達、そして冒頭のウンスとテマンが馬を走らせるようすが。。
素晴らしいです。

今度こそ憎っくきトックンを許しませんよね。王様は。
Commented by pekoe at 2013-12-11 00:54 x
トクマンと言えば、ウンスが一度一人で天門に行き、帰ると言い出した時に、護衛に付き、ウンスのお饅頭を美味しそうに頬ばる姿が忘れられません。ほんと成長しましたね。彼ならやってくれるでしょう。

でも、ウンスの気持ちを思うと、切ない。でも、泣き言を言っている暇も、怖いと言うことも出来ない。馬を走らせ、愛しいヨンを助けなければ...ウンス、頑張れ。
Commented by きら at 2013-12-11 01:07 x
読んでいてドキドキしています・・緊張感が伝わりテマンやトクマンやチュンソク達の鼓動が聞こえてくるみたい・・この先が怖いと思うのに
ウンスは愛する人を守る為に命をかけるのですね
その勇気に感服致します・・
がんばれウンス!!
Commented at 2013-12-11 01:09 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by saikai at 2013-12-11 01:33 x
ああ。今、会社でまだ残業中で、周りの席の上司が居眠りしている中、こっそり、このコメントを書かせて頂いています。
ヨンの状態、そして、皆の思い・・・。
ああ、泣きそう・・・。
ああ、上司が起きてしまいました。
こんなコメントですいません。
また、改めてコメント書かさせて頂きます。
でも、居ても立ってもいられず、書いてしまいました。
ホントに他の皆さまと同じ思いです。

ウンス、テマン、頑張って!!
Commented by チビママ at 2013-12-11 02:39 x
いつも、楽しみに拝見させて貰っています。
今回のシリーズは、チェ・ヨンの
武士としての活躍と、陰謀が、描かれていてハラハラドキドキしながらよんでいます。
執筆大変かと、思いますが
お身体大切にご自愛下さりませ。
Commented by チビママ at 2013-12-11 02:39 x
いつも、楽しみに拝見させて貰っています。
今回のシリーズは、チェ・ヨンの
武士としての活躍と、陰謀が、描かれていてハラハラドキドキしながらよんでいます。
執筆大変かと、思いますが
お身体大切にご自愛下さりませ。
Commented by まるごん at 2013-12-11 02:39 x
ミチさん、こんばんは。
14~16話と一気に読ませていただきました。

ウンスはもちろん、皆の必死な想いに涙が止まりません。
"医仙"に助けを求めに来たテマン。
時を急ぎながらもヨンの教えを守るウダルチ。
そして、チェ・ヨンは死んだのだ…と告げるしかなかったチョナの痛み。

トギがもってきた薬瓶はウンスとヨンを結びつけた小瓶ですよね?
何よりも強い想いを閉じ込めたそれならば、きっと天穴の道標となってくれるはず。
どうかウンスをヨンの元まで無事導いてくれますように。

それにしてもミチさん、(まだ物語の途中ではありますが)こんなに素晴らしいお話を読めてすごく幸せです。
本当にありがとうございます。

続きを心から楽しみにお待ちしています!
Commented by みわちゃん at 2013-12-11 04:02 x
あのアスピリンの入っていた小瓶を持って、王の指示のもと、ウダルチたちに守られて、都を脱出できたのですね。
トクマンも皆も、無事かしら。
泣きながらコメントしてるので、何が言たいのか ‥ぐちゃぐちゃてすが‥‥。
ウンスのヨンに対する強い想いだけですね。
祈ることしかできません。
Commented by yu-yu at 2013-12-11 05:20 x
画面をスクロールするのが怖くて…皆様と同じく涙が滲みます。
テマンが城まで急いだ時の心情、王がウンスを送り出す心情、ウダルチがヨンを思う心情、そして自分の命より大事なヨンを想うウンスの心情…。
入り込み過ぎて、自分でも戸惑ってしまいます。
ウンスが無事に天門、ひいてはヨンの側に行けるように祈ります。
Commented by ちび at 2013-12-11 09:43 x
読みながら、涙がとまりません。                                                                    我が家の40インチtv画面一杯に、ウダルチ、トクマンが先頭に立つ姿がUPされましたよ。                                本当に壮大なスケールに、圧倒されています。                                                           毒に倒れたヨンに、テマンが頼れる所はウンスしかなく、どんな思いで馬で駆けてきたことか。それを聞いたウンス。                ウダルチの思いと、涙。涙。です                        ガンバレ、みんな(._.)                       
Commented by トナン*.・゚ at 2013-12-11 10:03 x
ミチ様おはようございます(*^^*)
今日は仕事が休みなのでゆっくりお話を読ませて頂いてました…ミチ様のお話はどれも素晴らしく思っておりましたが、今回、私…初めてお話しを読みながら涙がこみ上げてきて…コメントを書いている今も涙が溢れてきて止まりません。

黒点、トックンといろいろ布石を打ってこられたのはこの為だったんだと感心しきりです。まさか我らがヨンを殺してしまうとは…この展開は予想外でした…脱帽です!
Commented by 5874dyre at 2013-12-11 14:19
何か凄い展開ですねェ(^O^)
はじめましてですが‥わくわくですねェ❗️
気になって寝れなくなりそうですヨォ
ウンスさんファイティンって応援してる私ですよぉ〜*\(^o^)/*
Commented by そら at 2013-12-11 17:34 x
ミチ様、初めてコメントさせていただきます。
いつも楽しく読ませていただいておりました。
今、14,15,16話と一気に読み、もう涙があふれそうです(泣)
まだ会社で仕事中なのに(笑)
今のウンスの気持ちを思ったら、もう苦しくて。
でも、決して諦めない女、ユ・ウンスです。
ウダルチたちみんなに守られて。
きっとヨンを救ってくれるはず。ウンス、信じてるよ。

Commented at 2013-12-11 19:51 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented at 2013-12-11 20:21
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by ピヨコ at 2013-12-11 21:52 x
あぁ、ホントに許せないなぁ。トックングン。二人に穏やかな時間を
過ごさせもらいたかったのにぃ。また毒かって思っちゃいます。
頑張って!!ウンスもヨンもテマンもトクマンも。みーーんな頑張って。でもやっぱりチュンソク素敵です。格好よすぎる。
Commented by くまみや at 2013-12-11 22:07 x
お願いです。ミチさん。ヨンを助けて。なんか、読んでいたら、苦しくて、お腹が痛いです。
Commented by mana at 2013-12-11 23:54 x
今晩わ。
テマンは頑張りましたネ!( ̄^ ̄)!
チェヨン助けるためにずっと走り通しだなんて!
頭グリグリ!撫でて誉めてあげたいです!
ウンスの決意と、それを全力でアシストするウダルチの結束力と頼もしさに感動です!(T^T)トクマン!けがしないようにがんばって!
Commented at 2013-12-12 00:38 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by kkkaaat at 2013-12-14 22:56
ヨンのために戦うウダルチの姿に、コメントありがとうございます!

初めてコメントくださった皆様、一括のコメントで本当に申し訳ないのですが、こうして、そうした方々にまで、励ましの言葉をいただけたこと、心から嬉しく思っています。
そして毎回コメントで力づけてくださる皆様、書く気力を本当にありがとうございます。
まずは深く深く感謝を<(_ _)> 

ウンスが何をしようとしているのか、王も、ウダルチも、しかとはわかっていないかもしれません。
それでも、それだからこそ、天から下りてきたこのウンスにしかできないことをなのだろうと、命をかけて、力を貸してくれているのだと思います。
それくらい、チェ・ヨンは皆に愛されている、信頼されている、慕われているのだろう、と想像してます。
話も残りあとちょっと。

最後まで、お付き合いくだされば、こんなに嬉しいことはありません。
どうぞよろしくお願いいたします。
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