筆記



【シンイ二次】颶風19

※先に18をアップしています。
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これはいったい、どういうことなのだろう?

ウンスは、馬に引かれた輿の中で、向かい合った男の顔を、まじまじと眺めながら、
もう昨晩から百度も考えたことを、また考え直していた。
目が会うと、徳興君はなんとも嬉しそうに微笑む。
新しい使い道のわからぬ玩具を手に入れて、これからどうやって遊ぼうか、
矯めすつがめす手の中でくるくると回す子どものような顔だ。

「ずいぶんと嬉しそうね」

ウンスがそう言うと、徳興君は身体を前に乗り出した。

「嬉しくないわけがありませぬ。
これからの道行をそなたとご一緒できるのですからな」

わたしは別のところに行きたいの、とウンスが言うと、徳興君はますます嬉しそうに
にやついて、お望みの場所にお送りいたしますよ、昨日もお話しましたとおり、
まずは和州に参ってからですが、とウンスに言い聞かせるように言った。
躍り上がりそうになるのをひた隠して、ウンスは徳興君を睨みつける。
徳興君はウンスの目つきなど気にも止めずに、続ける。

「それにしても、つくづく天穴というのは、摩訶不思議なものですな。
私が高麗を去ってより、あなたには時がたっていないとは。
確かにあの時と、あなたは変わらぬように見受けられる。
天界に戻ろうとして、天穴を抜けると、私のもとにつながるとは、
元許嫁殿と私は、よくよく縁があるのでしょう」


前の晩、暗い丘を、兵士二人に両脇を取り押さえられ、
ウンスは徳興君の泊まっている宿まで連れてこられた。
あまりにも大きな疲れがウンスの肩を押さえこんでいたのが幸いした。
そうでなければウンスは徳興君に飛びかかるか、悪口雑言を吐いて、
口を縫われるまで黙らなかったろう。
腕をつかまれたままのウンスに、徳興君が尋ねる。

「天界にお戻りになったのではなかったのですか? 
まさかチェ・ヨンのもとに残られたのか。
あのような野蛮な男のもとに」

徳興君の口から溢れた言葉が、ウンスの動きを止めた。
こいつはまだ、双城総管府であの人と会う前の徳興君だ、
でなければ、こんなふうに言うわけがない、とウンスの目が輝く。
ねえこの人たちにわたしは逃げたりしないから離してと言って、と頼んだが、
徳興君は意外なことに、それを許さなかった。

「あなたは、私の知っているあらゆる女人と違うからな、逃げられてはつまらぬ」

徳興君はそう言って、ウンスの顎を指でくいと持ち上げて、目を覗いた。
ウンスは、そのときようやく、徳興君が以前とは違う風貌であるのに気づいた。
少し落ち窪んだ目、灯心の明かりではよくわからないが、黒ずんだ肌色。
妙に輝いているが、瞳孔の開いたような黒い目。荒れた唇。
以前の無邪気で残酷な陽気さが息を潜め、ざらざらとした欲深さが際立っていた。


「あなたは本当に嫌な感じだわ。前よりもずうっと」

ウンスが呟くと、嬉しそうに笑う。
思わず立ち上がって殴りつけたい衝動を、拳を膝に押し付けて堪える。
憎しみを無駄遣いしてはならない、と自分に言い聞かせる。
非力な拳で殴るよりも、今はすべきことがあった。

「チェ・ヨンが嫁取りをなさったそうだが、ご存知か」

徳興君は、にやりと笑って、ウンスにそう告げる。
ああそう、と言った口調があまりにも冷たすぎたかもしれなかった。
ほう、と徳興君が声を上げる。
その意味がわからずに、ウンスは顔を背ける。

「私との婚礼に向かおうとしたときには、チェ・ヨンはあなたにずいぶんと
執心だと思うたのだがな」

人の心は変わるのよ、と投げやりに答えると、
そうですか、私の心は変わらぬが、と徳興君はひどく欝欝とした声でそう言った。
話をしていたくなくて、ウンスは輿の壁に背中をもたれさせて、目をつぶった。

昨晩は、宿で眠ることができたが、身体はまだ鉛のように重い。
部屋の戸で張番をする元兵にが、年号や日付を尋ねてみたが、
怪訝な顔をしてひと言も口をきくことはなかった。
飯を運んできた宿の人間も、逃げるように部屋を後にして、話そうとはしない。
目をつぶりながらウンスは、これからどうするか、思いをめぐらそうとしていた。

「その、チェ・ヨンに会いに行くのですよ、私は」

目をかっと見開いてしまいそうになって、
ウンスは必死に顔の表情を動かさぬよう、耐えた。
今、徳興君はなんと言ったのだろうか。
自然に見えるようゆっくりと目を細くあける。
話の内容に少しばかり興味を引かれたとでも言うように。

「あら、そうなの」

ウンスが目を開くと、徳興君は、ウンスの様子を舐めるようにじっと見ていた。
なんの用事で会うのかしら、あなた高麗のお尋ね者でしょ、
あいつに捕まえてもらいに行くの、とウンスがうそぶくと、
徳興君は、ははは、と顔を上に向けて笑った。

「チェ・ヨンのおかげで、私の値打ちはひどく…そう、ひどく下がってしまいましてね」

徳興君は先ほどの笑いが嘘のように、低く、恨みのこもった声で言った。

「最後の残りで、どうしても欲しいものを引換えて貰おうと思うているのですよ」

そう言ってから、徳興君は目を細めて呟いた。
あなたにも中々の価値がありそうですな、医仙殿、そう言うと徳興君は、
ウンスをまた、じいと見つめた。

「あなたには関係のないことだわ」

唸るようにウンスがそう言うと、徳興君は、何も言わずに輿の小窓から
外を眺めて、黙ってしまった。
ウンスは、今度は目をつぶらずに、外を眺めるふりをして、徳興君の様子をうかがう。

どうやらウンスは、徳興君が双城総管府に向かう途中に行き合わせたようなのだ。
確かに王は、徳興君は鴨緑江東域の元軍の拠点に行っていたはずなのだが、
と言っていた。そこらから双城総管府に向かう道筋に、天門はある。
元から戻る王が天門の変を見たように、きっと徳興君もそれを見たのだろう。

あの人を殺した男に、目指していた場所まで送ってもらうことになるとは。

ウンスは目を自分の手に落とした。
今、手に刀があれば、とふと思って、もう一度目を上げた。
徳興君は、ただひたすらに暗い目つきで、窓外を見るというよりは、
何か考えにふけっている。
その姿を見て、ウンスは微かに当惑する。

今この手に刀があって、わたしはこの男を刺せるのだろうか。
徳興君のしたことを思い返すと、急に手が震えだして、
ウンスは手首をぎゅうと握ってそれを隠した。

「殺せるわ」

頭の中で言ったつもりが、口の中に言葉がこぼれた。
徳興君が、目だけでウンスをちらと見た。
くぐもって、何を言ったかは、わからなかったようだ。



昼間は徳興君と同じ馬に引かれた輿に乗り、夜は逃げ出せぬよう見張りを付けられて、
それでも宿では寝台で眠ることができた。
身体は休まっていったが、ウンスの焦りは一日、一日と嫌がおうにも増していく。
何か武器になりそうなものを、と宿の部屋に入るたびに探すが、
そう思い定めてみると、本当に目的を果たせそうなものなど、
身の回りにはないのだ。

「あと一刻ほどで、双城総管府に到着いたします」

突然、輿の窓から随従に言われて、ウンスは思わず、うそ、と声を上げた。
徳興君が、ウンスの驚いた顔を見て、愉快そうに笑う。

「なぜ、教えてくれなかったの。明日には着くって」

ウンスが何度尋ねても、徳興君は、まだまだです、としか言わなかったのだ。

「なぜでしょう、ね」

徳興君は、昔のような快活さはなりを潜め、陰った顔をしていることが多かった。
ただ、ウンスが嫌な顔をしたり、驚いたりしたときのみ、こうして
いやな笑顔を浮かべてみせるのだ。

ウンスは黙って、膝の上で拳を握って耐える。
到着までの一刻の間に、むしろウンスの考えが一つのまとまりを見せ始めていた。
女の手で、護衛のついたこの男を殺すのは難しい、ならば、双城総管府で
チェ・ヨンを待ち、本人に言えばいいのだ。
これほど確実に命を守る方法はないだろう。
タイミングを間違えてはいけない、とウンスは必死に考える。
徳興君が、チェ・ヨンと会う前に、できる限り早く。
これであの人の命を守れる、そう思うと、ウンスは心を覆っていた重い鉛が
流れて溶けていくような気さえした。

城門の開く音がして、輿の車の立てる音が変わる。
徳興君を迎え入れる、双城総管府の武官達の声がした。
馬が足を止め、輿の揺れが止まる。
ウンスは小さな窓から外を見て、ここが双城総管府なのね、と目をきょろきょろとさせた。
扉が開き、無言のまま、徳興君が降り、ぱたりとそのまま扉が閉まる。
外で、徳興君が何か指示を与えているのが聞こえた。

「ちょっと、ちょっと!」

ウンスは腰を浮かして、自分も降りようと扉に手をかけた。
すると外側からするりと扉が開いて、徳興君が立っていた。

「医仙殿、さあ到着いたしました。どうぞこちらへ」

徳興君がウンスの手を取ろうとする。
絶対に触れたくないその手を見なかったことにして、ウンスは自分で輿から降りた。
さ、とうながされて、城兵の後についていく。
考える間もなく、奥へ奥へと案内される。

「ここは、なに」

ウンスは、薄暗い階段を前にして、思わず尋ねた。
誰もウンスの問いに答えない。客人として案内されているはずと思っていたのに、
薄暗い階段を降りると、そこは砦の地下に鉄格子が並んだ牢獄だった。
その入り口の脇で、徳興君が嬉しそうに待っている。

ウンスは後ずさるが、後ろに控えていた城兵に、腕をつかまれた。
もがく暇もなく、突き飛ばされるようにその中に押しこまれる。
がしゃり、と牢の扉が閉められる。

「なにをするの!」

ウンスはすうと血の気が引くのを感じた。
何が起こっているのか、慌てて、格子をつかんで揺さぶる。

「医仙殿、私は半年ほど前に、ある話を耳にいたしました。
高麗にとどろく大護軍チェ・ヨンが嫁取りをしたが、その嫁は五年前に、
私が高麗にいたときの許嫁と瓜二つであると」

私もまだ、少しは高麗の朝廷につてがあるのですよ、と徳興君は言う。
それにあなたは、私が二度ほど毒を盛ったときでさえ、
そんな目で私を見たことはなかったのですよ医仙殿、
何かを企むときにそのような怖い顔をなさってはいけません、
そう言って徳興君はひどく落ち着きのない甲高い笑い声を上げた。
それから目を爛々と輝かせて、鉄格子を握って徳興君を睨みつけるウンスに
顔を近寄せて、深く響く声で言った。

「あなたはご存知なのだ」

どういう手立てかはわからぬが、前に私がチェ・ヨンを殺そうとしたときと同じように、
あなたはこれから私がしようとしていることを、知っておられるのですね、
あの紙は燃やしてしまったのに、と徳興君は、薄気味悪いにやつきを頬にはりつけて言う。

「お願い、やめて」

ウンスの気丈さが、崩れ去った。
鉄格子にすがりつくようにして、徳興君の前で平静を装っていた顔が
みるみるうちにくしゃくしゃになる。

「あの人に、手を出さないで」

涙を流しながら、ウンスは歯を食いしばって徳興君を睨みつけた。
そのような顔をすると、美しい顔が台無しですぞ、と徳興君がからかうように言う。
どうしたらいいの、どうしたら、ウンスは格子に額を打ち付けるように悶えた。

「何をなさっているのですか」

そのとき、階段を降りてくる足音がして、誰何する声に、
ウンスと徳興君は同時に顔を上げた。



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by kkkaaat | 2013-12-13 01:09 | 颶風【シンイ二次】 | Comments(13)
Commented by saikai at 2013-12-13 01:22 x
嗚呼。ウンスの心はどうなってしまうのか。
もしや現れた人は・・・・・。
自分の想像が当たっているのを願うのみです。
Commented at 2013-12-13 02:54 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented at 2013-12-13 02:54 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by トナン.*゚・ at 2013-12-13 04:31 x
あぁ!…良いところで終わっちゃった(ToT)
ミチ様夜中にこんばんは(^^)
18、19と続けて読みましたが…
トックンという人は悪人ですが頭は切れますよね。
…チェヨンのように剣はつかえないから、あるのは自分の知恵のみ(悪知恵ですが…)王族であるがゆえに子供の頃から命も狙われていたでしょうし、その中で生き延びる事だけを考え、自分の頭をフル回転させて生きてきたトックン…。必死で食らいついてきたその人生をチェヨンとウンスにズタズタにされたと思い込んでる恨みは相当なものでしょうね。

***ウンスの必死な想いがどうかヨンに届きますように…*.・゚
Commented by みわちゃん at 2013-12-13 04:58 x
ウンス、今まさにヨンを殺しにいこうとしているあいつに、遭遇しちゃっんですね。

ヨンがウンスと結婚したことを知っていながら、知らないふりをしていたあいつ。ほんと、嫌なやつ。

牢に入ってきた人は誰でしょう?
ソンゲでしょうか?
気になります。

天がウンスに与えたチャンスを生かして、ヨンを上手く救えますように‥。

ああ、続きを早く読みたいです。
Commented at 2013-12-13 05:22 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by aki at 2013-12-13 07:57 x
ヨンを毒殺する直前のあいつに会うってのは、この時点では、まだ神は見放してない・・
っつか、神様!!とっくに、あいつを地獄に突き飛ばしていんじゃないのぉおおおお( *`ω´)

ウンス!泣くな!(←あたしでも泣くけど・・・)

今更ながら、あいつは、キ・チョルもかすむほどの悪人・・・だとしみじみ・・・(←しみじみしてる場合じゃなぃっ!!)

どーーーーーなるのーーーーーー(ノ_・,)

Commented by グリーン at 2013-12-13 08:26 x
何処までも卑劣な徳興君ですね。その容貌は自分の毒に侵されてる?
朝廷に徳興君とつながっている者がいるとは。ヨンとウンスの婚儀も知っていてヨンを殺そうと企んでいる。。にっくき徳興君です。

ウンスがたどり着いたのが数日前で良かった。足音の主がウンスにとって救いの人でありますように。想像している人だと良いのですが。

ミチさん、この展開面白すぎです。次が待ちきれません。
Commented by 比古那 at 2013-12-13 11:54 x
徳興君を嫌いになれないのは、辛酸も煮え湯も腹一杯に飲まされてきたことが本人を見ていると伝わってくるからなんですよね。

母親と共に宮中を追われ、人の世から一番遠い場所にいたのに元と府院君の思惑で勝手に引っ張り出され、人質のように元に連れられて高麗が虎になり、足元が崩れ去りそうな元では冷遇。

一番時代に翻弄されている気がしないでもない。

餌をちらつかされ、夢を見て、恨むことしかできず。

かわいそうな人だなと。保身のため人を弄んだ事に変わりはないけど。

なぜこのタイミングなのか。なぜ徳興君なのか。声の主は誰なのか。

いまだに巣くう朝廷での敵は誰なのか。

寝て起きて、あら、もう一話あった、な私の胸中やいかに。
Commented by グリーン at 2013-12-13 12:18 x
比古那さん、そう、そうなんですよね。にっくき徳興君ですけど。
憎みきれないんです。

いつも比古那さんの奥深い読み、コメントに感服しています。
私も、寝て起きて、あら、もう一話あった、、でした。
Commented at 2013-12-13 15:14 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by pekoe at 2013-12-13 20:21 x
徳興君も、幼い頃から幸せじゃなかったでしょうからね...大人の嫌なところばかりみて。宮殿の生活って、一見華やかで、恵まれているような気がしますが、欲望と権力が渦巻いていて、決して幸せではない生活ですよね。でも、だからと言って、罪もない人を傷つけていいということにはならないから。

ウンスの勇気と心意気が報われますよに。
Commented by きら at 2013-12-13 20:42 x
ここで止まるのですかぁ~ウンスのピンチ!!声の主は誰?
気になる・・気になる・・オットケ~~(泣き)
ミチ様続きお願い致しまする~
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