筆記



【シンイ二次】颶風20


誰だろうこの男は、そう思ってから、ウンスはその面影に息が止まった。

「徳興君殿、いったい何をなさっておいでです。
着くなり牢に下りるなぞ。お戻りを聞いて、趙小生殿もお待ちです」

背の高い細身の若者は、ウンスの姿を見て、眉をひそめる。
自分を見る目のあまりの素っ気無さに、ウンスはとたんにあやふやな
気持ちになる。

「この女、泣いているではありませぬか。何か咎(とが)でも」

そう男が問うと、徳興君はしごく落ち着いた顔を作って、ウンスを横目で見た。
それから、男に向き直って腕を後ろに回し、胸を張って答える。

「私の世話をする女の一人でしたが旅の途中で、私の持ち物を盗んだのです。
顔が美しいので多めに見てまいりましたが、あまりにも目に余るので、
牢にぶちこんでやりました」

ほう、手癖の悪い、とその男が徳興君におもねるように言って、
それからウンスを汚いものでも見るかのように、斜めに見下ろした。
嘘よ、わたしは盗みなんかしていない、とウンスが訴える。
徳興君はウンスを見積もるようにじっと見て、それから今までより低い声で言った。

「大変に価値のあるものを盗みました。到底許すことはできぬものです。
ですから、ここで片付けてしまおうと思いまして」

徳興君が、脇にいる牢番の腰の刀に手を伸ばす。
ウンスが、違うの、私は、と声を張り上げて、そこで言葉が出なくなった。
もしこの男が、ウンスの思う人物だとしても、今では徳興君の仲間のように見える。
それに、ウンスのことをかけらも覚えている様子がないのだ。
指先が凍るように冷たくなって、ウンスは格子から急いで手を離し、後ずさった。

その男が、物柔らかに徳興君の腕をつかんだ。
それから顔を寄せ、ごく小声で耳打ちする。

「徳興君殿、お忘れめさるな、いよいよ今宵です。
その前に砦が女の血で汚れるのは、あまりにも縁起が悪い。後ほどでもかまわぬでしょう。
これほど美しい女、いろいろと使い道もありましょうに」

下卑た笑いを浮かべて、徳興君にそう言うと、男はさあ、と手でも示す。
徳興君は、少し考えこむようにウンスを見たが、黙って男の言うに従った。

二人がいなくなり、牢の前にいるのが牢番だけになると、ウンスは、
大きく息を吐いて、ずるずると座りこんだ。
心臓が大きな音を立てていて、おさまらない。
胸にぎゅうと手を押し当てて、目をつむった。

「どうしたらいいの」

ウンスは微かな声で、そう言った。
ほんのわずか、命は長らえたが、ただそれだけのこと。
苛立ちを落ち着かせようと、深く息をしてみる。

「どうしたらいいのよ…」

両手で顔を覆う。あまりの無力さに、涙も出ない。
ただ身体のすべてから、砂のように力が抜けていくような気がしていた。
ふと、天穴のことを考えた。
あの弱くもうすぐに閉じていきそうだったあの場所のことを。
もう、閉じてしまっただろうか、それともまだわたしを待っていてくれているのか。
諦めないわ、それでもウンスはわずかに残った気力を、腹の中で温める。

「考えて、ウンス、考えて」

ウンスは自分の膝に顔を埋めると、ぎゅっと抱えて丸くなった。



地下牢では陽が射さぬので、時がわからない。
ウンスは、遠くから響いてくる戦鼓の音で、目を覚ました。
考えても、考えても埒があかない状況に疲れ果てて、ウンスは少しだけうたた寝を
してしまっていたのだ。

なんだろう、とぼんやり考えて、はっと目を開ける。
あれは、高麗軍の戦鼓だ。
階段を駆け下りてきた城兵が、牢番の兵に戦線に加われと声をかける。
牢番は行くのをためらったが、女ひとりに何ができる、と言われると、
戦のためにその場を離れた。
ウンスは思わず立ち上がった。
格子を何度も揺すり、叩いてみるが、強固なそれはびくともしない。
戦鼓の音が高まって、小さな地震のように、ときの声が響いてくる。
けれど、ウンスの力では牢を抜け出すことは、どうやっても無理なようだった。

階上の兵たちが行ったり来たりする足音が、ここまで響いてくる。
指示を出す声に合わせて、兵たちが重い鎧をがしゃつかせて右往左往する。
ウンスはじわり、と涙が滲んでくるのを止められなかった。
近くに、チェ・ヨンがいる。
生きて、もうそこに。
だというのに、自分はこんなところに閉じ込められているのだ。

ウンスは牢の格子を拳で殴った。
格子は揺れもせず、ウンスの手に痺れるような痛みが走っただけで、
ウンスは、その自らのあまりに非力さに、微かに苦笑いを浮かべた。
その申し訳程度の笑みも、すぐにかき消えて、そのまま足から力が抜けて、
崩折れて膝をつく。

その時だった。

「医仙さま」

階上の喧騒にかき消されそうに潜められた声が、ウンスを呼んだ。

「医仙さま、でございますよね」

ウンスは、恐る恐る顔を上げた。
壁にかけられた灯心は油が切れかかっていて薄暗く、誰だかよく顔が見えない。
城軍の鎧をまとった男が、ウンスの牢に足早に駆け寄った。

「やっぱり!」

ウンスは勢いよく立ち上がると、そのまま格子に飛びついて顔を寄せる。
腹の底に希望の種が生まれて、それが急速に身体を満たしていくのがわかる。
衣が変わっていたのでわかりづらかったが、それは先ほど徳興君を呼びに来た
あの背丈の高い若者だった。
先ほどとは打って変わって、人懐こそうな笑みを浮かべている。
笑い顔を見ると、ウンスは先ほど考えたことがみるみる確信に変わるのを感じた。
牢の鍵をがちゃつかせながら、若者は言う。

「覚えていらっしゃいますか。私、開京で医仙さまに命をお救いいただいた」

「イ・ソンゲ!」

ウンスが格子越しに、彼の名前を叫ぶと一瞬手を止めて、
覚えていてくださいましたか、と破顔する。
ウンスは、いいから手を動かして、と牢の扉の前で足を踏み鳴らす。

「先ほどお顔を見ましたときは、心の臓が口から飛び出すかと思うほど驚きました。
なぜここにいらっしゃるのですか。天にお戻りになられたとばかり」

驚いたようには見えなかったけど、と言っていると、扉が開いた。
ウンスは急いで牢の外に出る。
こんな陰気臭い場所に、一秒でも入っていたくない。
ありがとう、とウンスが伝えると、何があったかは知りませんが、医仙さまを
このようなところに閉じこめるなど、ましてや殺そうとするなど、
徳興君殿は何をお考えなのか、とイ・ソンゲがそう言った。
ええと、とウンスは何をどう話そうか、二つの拳を額に押し当てて必死に考える。

「とにかく、人目につかない場所に連れていって。
そうしたら詳しく話をするから」

わかりました、ただし、とイ・ソンゲが振り返る。
私はすぐに戻らなければなりませぬ、すでに私を探しているものがいるやも
しれませぬ、とウンスの腕をつかむ。
引きずられているように、歩いてください、とイ・ソンゲが階段を上りながら言う。

「わかったわ」

そううなずきながら、ウンスの頭の中はめまぐるしく動いていた。



チェ・ヨンのことを口にしようとして、ウンスは呆然と押し黙った。
兵たちは戦の準備に忙しく、ウンスにはほとんど目もくれなかった。
父親のイ・ヤチュンのものだという執務室で、ウンスはイ・ソンゲと向き合っていた。

「なぜ、このようなことに。いや説明を聞いている時間はありませぬ。
こちらの部屋に隠れていてください。ことが落ち着きましたら、まいりますゆえ」

そう言って、イ・ソンゲは出ていこうとした。

「待って」

待って、一分だけ。一分という言葉がわからなくて、イ・ソンゲは怪訝な顔になる。
城軍のイ・ソンゲにチェ・ヨンのことを、どう頼めばいいのだろうか。
これから、戦をする相手なのだ。
でも、戦にチェ・ヨンたちが勝って、この城の偉い人たちと話をするはずだ、
それだけはウンスにもわかっている。

ウンスは今にも部屋から駆け出しそうなイ・ソンゲの顔をじっと見つめて考える。
そして無言のまま、イ・ヤチュンの卓に歩み寄ると、その上にあった紙をちぎって、
横にあった筆を取る。
後ろでイ・ソンゲが見ているのだ、迂闊なことは書けない。
もう待てません、とイ・ソンゲが言ったその時、ウンスはイ・ソンゲに駆け寄って、
その両手を取った。
イ・ソンゲの目を覗きこむ。

「わたし、あなたの命を助けたわね」

はい、とイ・ソンゲがうなずく。このご恩は一生、と言いかけるのを遮って話す。

「一つだけ、わたしの頼みを聞いてほしいの。
約束して、あなたの命にかけて、わたしの頼みを果たすと」

イ・ソンゲの若々しい顔が、急に引き締まり、不思議に老成した顔に変わる。
ウンスは、イ・ソンゲの手に、それを乗せた。




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by kkkaaat | 2013-12-14 00:18 | 颶風【シンイ二次】 | Comments(8)
Commented by saikai at 2013-12-14 00:31 x
やっぱり!
希望の光が見えてきました!
Commented by グリーン at 2013-12-14 00:32 x
やはりイ・ソンゲでしたね。良かった。これで希望の光が見えてきました。
あとはイ・ソンゲに賭けるだけ。なんとしても助けなければ。
でも天欠が閉じるかもしれない。。
ハラハラですね。
Commented at 2013-12-14 00:34
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by aki at 2013-12-14 00:38 x
きゃー、あの時の少年やぁ。
イ・ソンゲをウンスが助けたのは、まるで、この時のためだったような…
ますます、このあとの展開が楽しみです。

Commented by トナン*.゚ at 2013-12-14 00:47 x
あぁ…イソンゲ!
ウンスを覚えてくれてましたね(*^^*)
切れかかっていた糸が繋がりましたね♪
Commented by 比古那 at 2013-12-14 00:55 x
ソンゲ、ウンスの「大丈夫」だか「逃げて」だかを届けてくれ。

頼む。
Commented by くまみや at 2013-12-14 01:11 x
ありがとう、希望を。ヨンを将来、殺すはずのイ・ソンゲがヨンを助ける??
もう、興奮しています。ドラえも~~ん、何か、いい道具な~い?
Commented by pekoe at 2013-12-14 02:10 x
イ・ソンゲでしたか...
縁とは不思議なものですね。
ウンスは、何と書いたのでしょうか?
続き、読んできます^^
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