筆記



【シンイ二次】蜃楼 5

「イルビョン、チェ・ヨォォン!」

人の引き上げてしまった練兵の広場を横切り、于達赤の兵舎に戻り、
自分の仮寝の床へと歩いていると、いきなり、太く張りのある声が呼び止める。
咎めるような怒気をはらんだ声だったが、チェ・ヨンは臆することもなく振り返る。
振り返った先には、険しい顔をした「テジャン」の顔があった。

チェ・ヨンは一瞬真顔になった。
于達赤に入って最初は、チュンソクはかたくなに「テホグン」とチェ・ヨンを呼んだ。
やめろ、と言うとしかたなしに、チェ・ヨン殿と呼び続けてきたのだが。
イルビョンと聞いて眉間に皺が寄りそうになったが、あえて、
その気持ちの高ぶりをないものとした。
そうだ、俺はただのチェ・ヨンだ、チュンソクは正しい。

「いい声、だ。チュンソク」

右頬だけを微かに上げて、そんなふうに言って、チュンソクの肩を一つ叩くと、
また後ろを向いた。
隊長(テジャン)と呼んだのは、最初の一度きりだ。
大護軍の身も名も捨てた今でも、自らより弱いものをテジャンと呼ぼうとすると、
何かしら喉の奥がつかえたようになった。

「待て」

びりびりと兵舎の高い天井に響くような声で、チュンソクはチェ・ヨンを呼び止めた。
なぜ待たぬとならぬ、と怒鳴りつけたくなったが、歯を食いしばる。
一兵卒扱いされて、苛つく自分が苛立たしかった。
無様に徳興君に毒を噛まされ、妻の不在に腑抜けになった自分は、
そのあたりでちょうどいい、そう開き直ったはずだった。
そもそも、皇宮を下がるまでの腰掛けの在職だ。

「なんだ」

と振り返らぬまま、肩ごしに尋ねる。
周囲の隊員たちがかたずを飲んで見守っているのがわかる。
散れ、散れ、とチェ・ヨンは心の中で大声を張り上げる。

こっちを向け、チェ・ヨン、そうチュンソクが言ったヨンの名の尾が、
裏返ったのを聞いて、チェ・ヨンは、ふ、と薄く笑った。
唇の上に浮かんだ薄笑いを消しもせずに、チェ・ヨンは振り返った。

こちらを見つめるチュンソクの目は、もちろん笑ってなどおらず、
怒気をはらんで、険しくしかめられていた。
おいおい、と口の中で呟く。
ほんのわずか、威圧を感じたのを無視して、チュンソクの目を見る。

「なんだ」

もう一度、低い声で尋ねる。
周囲の于達赤隊員たちの目が、自分とチュンソクとを忙しなく行き来する。
あの、と誰かが小さな声で何かを言いかけたが、チュンソクの手のわずかな
動きで静まった。

「やりすぎです」

待て、と言った声は荒ぶっていたが、そう言った声はもう静まっていて、
それでも何やら切羽詰まった響きがあった。
何がだ、とチェ・ヨンがわかりきったことを口にして問うと、
チュンソクは、苛立ちも見せずに繰り返す。

「やりすぎだと、申し上げているんです」

だから何を、としらを切ろうとするチェ・ヨンの言葉を遮って、
チュンソクは一歩前に踏み出すと、言う。

「務めている間は私事は二の次、いや百の次だ。
敵が陽が上って暮れるまで鍛錬するなら、俺たちは起きて寝るまで鍛錬する。
息抜き? それはお前の命を守るのに何か役に立つのか」

チェ・ヨンの目が、大きく見開かれ、一瞬口の端がふるりと震えた。

「すべて、あなたが俺におっしゃったことだ」

チェ・ヨンの口が何か言い返そうと半開きになったまま、
は、と息だけを吐いた。
言葉を失っているチェ・ヨンに向かって、
もう二度と、務めている間に抜け出したりなさらぬよう、
とチュンソクは落ち着いた声で言うと、ほっとわずかに肩の力を緩めて、
踵を返す。

「待て」

身体を半分だけ回したチュンソクの腕を、チェ・ヨンが自分でも何をしようと
しているのか、意識もせぬほど素早くつかんだ。
チュンソクは、薄く戸惑いを顔に登らせて動きを止める。

「俺は」

チェ・ヨンは、小さく唇を噛んだ。
お前なんぞに何がわかる、そうチュンソクにだけ聞こえる声で言って、
チェ・ヨンは腕ごと身体を突き飛ばした。
チュンソクは二歩ほどたたらを踏んで、止まると、驚いたように顔を上げた。
それから、ふーっと長く息を吐き、チェ・ヨンの顔を見る。

チェ・ヨンは顔に血を上らせたまま、ふい、と横を向いた。
チュンソクはもう一度、盛大なため息をつくと、つかつかと壁の剣置きに歩み寄り、
そこから木刀を一本つかみ出す。
これより、わかっていただく方法はなさそうですね、とつぶやくように言うなり、
丸い部屋の中央に歩み出て、言う。

「チェ・ヨン、これより剣の鍛錬をつける。構えい!」

そして、木刀を脇にかまえると、ぴたりとチェ・ヨンに目をすえた。



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by kkkaaat | 2014-01-25 23:10 | 蜃楼【シンイ二次】 | Comments(20)
Commented by グリーン at 2014-01-25 23:39 x
面白い!すごく面白いです。チュンソク言いました。まさしくテジャンですね。
開き直ったはずだったチェ・ヨン。「俺は」と唇をかむヨンに木刀を構えたチュンソク。

ココはチュンソクよくやりました。テジャンとして部下に当然のことでしょうけど相手がヨンですから勇気もいったでしょう。
さあヨンどうする?今のヨンではチュンソクに気持ちで負けていますからどうなるでしょう。
もう読んだすぐ後から次の更新が待たれます。
Commented by みわちゃん at 2014-01-25 23:42 x
ヨンの態度がおかしいのは、自分の不甲斐なさ故だったのですね。
それでも、一兵卒呼ばわりされ、チュンソクにしかりを受けるのは、苛立ちを隠せず、強気の態度が出てしまう。
完全に腑抜けになった訳じゃないからこそですね。
段々どのようにヨンが変化していくのか、楽しみです。
Commented by ミジャ at 2014-01-25 23:48 x
うわ~!
チュンソクテジャン、かっこいいです!

イルビョンチェヨンも、頑張って!!

ミチさん、更新ありがとうございます、嬉しかったです^^
二つのお話、ドキドキわくわくして、楽しみに待ってます^^
Commented by みさ at 2014-01-26 00:30 x
チュンソク、頑張れ!!
ヨン、心の中を吐き出して・・・
Commented by 5874dyre at 2014-01-26 00:39
今晩わぁ!
チュンソクテジャンとチェヨンテホグンがどうなりますか?的な‥^^;
でも、きっとチェヨンテホグンは復活‼︎して〜ウンスさんでは、ないですがファイティンな感じをチュンソクテジャンが考えてそうですね〜(≧∇≦)
楽しみィ~
Commented by かこ at 2014-01-26 01:04 x
ずっとヨンの側にいて支え続け、人一倍責任感の強いチュンソクだからこそ、今のヨンに「やりすぎてす」と言う事ができるのですね。

チュンソクとの剣の勝負を通して、ヨンのプライドや心の葛藤が、どう変化していくのか楽しみです。
Commented by mm5210 at 2014-01-26 02:06
チェ・ヨンと言った「ヨン」の名の尾が裏返っても、密かに歯を食いしばり、死んだ気で対峙するテジャンチュンソクが目に浮かんじゃいました!
「自分より弱いものをテジャンと呼ぼうとすると、〜」のくだりで、ヨンの心の内が垣間見えた気も。
剣の鍛錬、チュンソクに勝算は(勝ち負けではなくて)あるのでしょうか?

ふと思ったことがあるのですが、いやーでもその解決法じゃダメかな…
カギはテジャンチュンソクと、やっぱりウンスがにぎっている?
展開がおもしろすぎて、読みながらニマニマしています。

こちらの物語の続きも、たのしみーに待っておりまする。
Commented by トナン at 2014-01-26 03:51 x
チュンソクも必死ですね(^^;;

チェヨンも自分が不甲斐ないせいて今の状況にいることをわかっているんでしょうけど、いざ一番下っばな位で呼ばれると何とも言えない気持ちになるんでしょうね

ここは両者とも負けるわけにはいかないですよね
Commented by りえ at 2014-01-26 05:52 x
ヨンとチュンソクのこの関係。
わたしは、なぜかチュンソクの肩をもって読んでしまいます。
チュンソクがんばって、て応援したくなる…。
ワクワクしますね。
Commented by ピヨコ at 2014-01-26 07:13 x
おはようございます。ミチさま。
チュンソクテジャン、たまらずかっこよすぎます。
ヨンに言われた事を忠実に守っている所、本当に
チュンソクという男には男気を感じて仕方ありません。
いかん、脳内ドラマが見えた。チュンソク様、カッコいい……
Commented by yu-yu at 2014-01-26 07:45 x
チュンソクも他のウダルチの仲間もヨンのことを心から尊敬し、苦楽を供にしてきたからこそ心配ですよね。
ヨンも自分の心が上手くコントロール出来なくて、苛立っているし…。
半端じゃない仲間の絆をきっと見せつけてくれるだろうと今からワクワクしてきます!
Commented by るんた at 2014-01-26 11:15 x
更新ありがとうございます!

ヨンのやりたい放題を諌めんと、テジャンとして、ついに意を決したチュンソク?!

周りのウダルチ達もオロオロですね(>_<)

腑抜けになって数ヶ月のヨン、毎日ヨンの教え通りに鍛練してきたはずのチュンソク。

実力の差がでちゃうのかっ??!
それとも…

これから、ヨンの心にも変化が起こりそうですねっ。
続きにワクワクします~((o(^-^)o))♪

P.S.どうやら削除パスワードに数字だけ記入したのでコメントできなかったみたいでしたf^_^;
何回も何回も…アホな私(笑)
( ̄▽ ̄;)ぷっ
Commented by aki at 2014-01-26 21:06 x
ヨン、「カッチーン」ときてる。
チュンソクに対してなのか、自分自身の行動にたいしてなのか・・

ヨンが自分から望んでしてることなんだけど、・・・・決して納得なんかしてない・・

「ど^ーすりゃいんだっ!!俺!!!」って、心の叫びも聞こえてきそう。

チュンソクだって、
ウダルチの面々だって・・・

そして、本人だってわかってる。

はぁ。

チュンソク、ヨンの心をなんとかして・・・切実・・・(´・_・`)

ミチ様、更新ありがとうございます。
引き込まれる世界の更新頻度が上がるのは、この上なく幸せです。
ご無理のないようにお願いします。
ヨンの住んでる開京ほどは寒くないですが、日本の北国に住む私は、ヨンの心の積雪が溶ける事を祈ってます。
Commented by 比古那 at 2014-01-26 21:17 x
お~、反応出てきましたねぇ(*´∇`*)

なんか嬉しいです。腑抜けに腑が入ってきた。反応があるってのはいいですね。

人形が人間になってきてますねぇ。

いーわー。

一度チュンソクから手痛い一本でもとられそうになればスイッチが入りますかね。

うふふ~。チュンソクを隊長と呼ばない?呼びきれない?辺りにチェ・ヨンをみましたね。

痩せ我慢がいつまで続くのかしら~。
Commented by mana at 2014-01-27 00:20 x
チュンソクの鼓動が聴こえてきそうです…(-_-;)
声が変にならない様に頑張って呼んだはずです。
ウダルチテジャンとして!ヨンの上官として正そうとしている勇気が感じられます!
チュンソクテジャン!応援したくなります(^-^)
Commented by mamikoっち♪ at 2014-01-27 22:04 x
「イルビョン、チェ・ヨン!」
って叫んだのも必死だったと思います。
ヨンを尊敬するからこその行動。
ヨンの気持ちもわからないではないけれど、歯がゆいチュンソクの気持ちもわかります。
剣を交えてどう変わるのか。
続きが楽しみです!
頑張れ、ウダルチテジャンチュンソク!
Commented by kkkaaat at 2014-01-28 19:10
すみません、コメントのお返事が追いつくまで、一括でレス
することをお許しくださいませ<(_ _)> 

>グリーンさん
わーい! 面白いですか? ストレートにそう言っていただけて、
すごく嬉しかったです。
チュンソク、この人、ちょっと儒教的な人ですから、こういう
物言いはほんとにドキドキしたと想像してます。

>みわちゃんさん
いろいろないまぜになった気持ちかな、と思ってます。
でも一番大きいのは不甲斐なさに、自分自身への信頼を失った
んじゃないでしょうか。

>ミジャさん
かっこいいですか! うわ、嬉しい! 
チュンソクも、書いた私も(笑)
喜んでいただけて、私も嬉しかったです。

>みささん
応援ありがとうございます!
ヨン、どう応えるのでしょうか。

>5874dyreさん
チュンソクは、本当に心からヨンがテホグンに復帰することを
望んでいると思います。真面目な人ですからねえ…!
チュンソクファイティン!

>かこさん
ヨンを支えてきたのは自分だ! という自負はあるでしょうね。
チュンソク以外の誰も、ヨンにこんなことを言う権利も度胸も
ないですもんね。
Commented by kkkaaat at 2014-01-28 19:11
>mm5210さん
チュンソクは勝算とかはないかもしれません。
なんというか、ただやるべきだから、やる。テジャンとして、
そしてヨンの一の部下という自負からやるのかな。
ヨンも自分を責めながら、でも思っているよりはこれまで
積み上げてきたものが、自分の中にあることに
気づいてほしいなあ、と思います。

>トナンさん
チュンソクは、とにかく生真面目ですから、テジャンとしての
務めを果たさないと、という気持ちと、ヨンに何かを伝えたい
という気持ちの両方で、必死だと思います。

>りえさん
ええぜひチュンソクを応援してやってください!
私もチュンソク贔屓です(笑)

>ピヨコさん
こんばんは!
チュンソク、そんな言われたら照れちゃいますね。
「まあ、そういう一面もあると言えばありますが…」
意外と図々しい男チュンソク(笑)

>yu-yuさん
ヨンは尊敬するテジャン、テホグンであると同時に
やはり仲間なんですよね…!
ヨンのプライドを考えて表には出さなくても、皆いろいろと
心配していると思います。
Commented by kkkaaat at 2014-01-28 19:11
>るんたさん
周りは「どうしよう~、どうしよう~!」って泡食ってますよね。
でもどうにもならない(笑)
本来なら、勝負にならない実力差かな、と思いますが、
この数ヶ月の差と気力の差がどうでるか。
パスの件、ありがとうございます。
ちょっとそこらへん検証して、コメントのやり方、わかりやすく
記事にしようかと思います。

>akiさん
>ヨン、「カッチーン」ときてる。
あまりにも的確な描写に、コメント読んだ瞬間、
「そうそうそうそれそれそれ」って言ってしまいました(笑)
ヨンも、自分で自分をわかっていない部分もあるんでしょうね。
北国ですか! 今年の豪雪、乗り切ってくださいまし~!

>比古那さん
>腑抜けに腑が入ってきた。
相変わらずキレッキレのコメント、ありがとうございます。
チェ・ヨンだって男ですから、対男のときは、
自負も負けん気も出てくるんじゃないかと。
Commented by kkkaaat at 2014-01-28 19:11
>manaさん
そう、チュンソクすごーっく頑張ってます!
応援ありがとうございます!
チュンソクも私も嬉しいです。

>mamikoっち♪さん
ほんと、ヨンを尊敬し、自分がもっとも親密に仕えてきた
と思うからこそ、自分しか言うものはいない、と思ったんでしょうね。
ヨンの気持ち、現代なら大事にされてしかるべきかもしれませんが、
時は高麗。さて、どうなるでしょうか~?
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