筆記



【シンイ二次】火、狩人7


車の中は、重苦しい沈黙に満たされていた。

「ねえ、別に話とか、してもいいの…よ?」

後部座席のウンスが恐る恐る口を開いたが、
誰ひとりとして口を開くものはいなかった。

「っていうか、あのね、結局あなたたち、あそこで何をしていて、
こんなことになったのかしら」

横のチェ・ヨンに顔を向けて、ウンスが話しかけるが、
隊長(テジャン)と皆に呼ばれるその男は、じっと前方を見ていて、
微動だにせず、ウンスの言葉を無視している。
ウンスは少々むっとして、声のボリュームを上げた。

「ねえ、警察に突き出そうってんじゃないのよ。
その、わたしの手術の件もあるから、おおごとにするつもりはないの。
わかるでしょ? でもね、ここまで協力させておいて、だんまりは
ないと思わない? でしょ? 事情くらい話してもいいでしょう」

そこまで一気にまくし立てるウンスに、チャン・ビンが穏やかに
呼びかける。

「…ウンス」

バックミラー越しに目が合うと、チャン・ビンは短く言った。

「よく見ろ、ウンス。皆さん」

怯えているんだ。
チャン・ビンが静かにそう言うと、チョナの左側にじっと座っている
トクマンと呼ばれている男が、何をと気色ばんで、
運転席と助手席の間からチャン・ビンに向かって身を乗り出した。

「怯えてなどおらぬ」

そう言うと、助手席のテマンの肩をつかんで、なあ、
と同意を求める。テマンはドアの窓に子どものように顔を貼り付けて、
外の景色をむさぼるように見つめている。
トクマンの言うこともろくに耳に入らぬようで、生返事をする。
助勢がえられぬので、トクマンは一人でチャン・ビンに向かって、

「ウダルチのテジャン、プジャンに向かって無礼を働くと許さ」

と抗議の声をあげかけたところで、チャン・ビンがため息をついて、
強くアクセルを踏んで、エンジンをふかしてハンドルを揺らす。
エンジンに伝わる振動とエンジン音が、急に大きくなって、
ウオンウオン、と唸るような音が二度あがる。

「うおっ!」

威勢良く前に出していた身体を、反射で座席まで引いて、
トクマンはアームレフトに両手でしがみついた。
チャン・ビンはそれをちらりと振り返って、満足そうに微かに笑った。

よく見ると、チョナの右側に座っているヒゲ男は平静を装っているが、
すでに片手をアームレストにかけていて、指に力が入って赤くなっている。
落ち着いて見える、真ん中のチョナも、よく見ると膝の上で両手の
こぶしをぎゅっと握って耐えている。
ウンスが後ろから覗きこむと、目をつむって、
何やら経のようなものを小声でぶつぶつと一心に唱え続けている。

「あら」

あらららら、とウンスはようやく気がついて、
横のチェ・ヨンにも目を向けた。彼だけは平然とした顔を保っている。

とその時、こめかみを一筋汗が流れ落ちていくのに、ウンスは気づいた。
よく見れば、横顔の口元も妙にこわばっていて、ごくたまに、
ぴくり、ぴくりと痙攣のように震えている。

「なんで? え、なんで?」

そうつぶやきながら、もう一度、ルームミラー越しにチャン・ビンを見ると、
だろ? というように目が動いたので、ウンスはわかりました、
とうなずいた。

大の男たちがそろいもそろって密かに怯えているのがおかしくて、
ウンスは思わず笑いをかみ殺した。
なぜ車なんかがそんなに怖いのかわからないが、
ウンスは気の毒にさえなってきて、ごそごそとポケットを探った。

ウンスがこめかみに手を伸ばすと、チェ・ヨンはびくりと肩を引いた。
それから照れ隠しなのか、ウンスを軽く睨む。

「ただのハンカチよ。汗をかいているから」 

ウンスがなだめるように言うと、チェ・ヨンは、はっと気づいて、
気まずそうに、手の甲で汗をぬぐった。
汗をぬぐったあとの肌が白く筋になって、浅黒いと思った肌は、
泥だか埃だかで汚れているのだとウンスはその時に気づいた。
そう気づいてから一同を見回すと、皆が身にまとっている衣装は
それは見事なもので、観光地などで着ることのできるそれらしい
ものとは少々出来が違う。
なのに、そこらを転げ回ったように薄ぼんやりと汚れ湿っている。

ウンスはチェ・ヨンの汚れをハンカチで拭ってやろうと、
もう一度手を伸ばしたが、チェ・ヨンはゆっくりとその手をつかむと、
無言で押し戻した。
ウンスは、そのかたくなさに肩をすくめる。

ハンカチをポケットに戻すと、横たわっている女性の脈をとった。
そらされていたチェ・ヨンの視線が、ウンスなのか女性なのか、
そちらの方向にようやく戻される。

「ねえ」

ウンスは下を向いたまま、チェ・ヨンに話しかけた。
チェ・ヨンは今度は顔をそらさずに、そのまま顔を向けて、
女性を診察するウンスの様子を見張っている。

「いい加減、なんの撮影だったか教えてよ。そんなに汚れて。
一日中だったの? KBS? それともSBSのドラマ?」

こちらを見ている気配はあるのに、答えはない。
ウンスはそのまま、質問をつづける。

「とにかく、この人の怪我が何で切られたかだけは教えてよ。
今後の治療に関係することなんだから」

ウンスがそう言うと、テジャン医仙殿に答えよ、と前の席の
中央から細い声がした。
チョナと呼ばれる青年が、経を唱えるのと一時やめて、
チェ・ヨンに命じてくれたのだ。ありがと、とささやくと、
チョナは青ざめた顔で小さくうなずいた。
ウンスがチェ・ヨンを見上げると、小さなため息の後に、
ようやく説明がはじまった。

「刀で斬りつけられた傷です。剣の刃で引き切られたのではなく、
剣先でえぐるような形で斬られました」

だから傷口が深いのね、とウンスがひとりごちる。
撮影用の模造刀なのかしら、それにしては傷口がきれいだけど、
と尋ねられて、チェ・ヨンは言葉に詰まる。

「おっしゃっていることの意味がよくわからないが」

だから、何で切ったのか正確に知りたいのよ、とウンスが
苛立ちを抑えて言うと、チェ・ヨンはますますわからない、
というように眉をしかめる。

「ですから、敵方の剣です」

ウンスの眉間に、この微妙な噛み合わなさに不穏なものを感じるように、
徐々に皺が寄っていく。

「あのね、剣がドラマ上の味方ものものだろうが、敵のものだろうが、
どうでもいいの。わたしが知りたいのは、純粋に医療的な目的なの。
おわかり? どういった形状の刃で斬られたかによって、経過が
変わってくるの。だから知りたいの。ドューユーアンダスタン?」

そう言ってウンスは、こんこんと眠る女性を見る。
チェ・ヨンは、首を振って、はあ、とため息をつくと、

「あなたの言うことはわけがわからない。
敵の剣など、手元にないのですから、見せようがありませぬ。
強いて言うなら、この者の持つ剣と似たものです」

おい、チュンソク剣を出せ、とチェ・ヨンが言うと、
前の座席のチュンソクと呼ばれたヒゲ男は、
アームレストを握り締めていた指を、
それでも素早く外して、自分の剣を鞘ごと差し出した。

「ほら、これです」

ぐい、と前に横一文字に差し出された剣を、ウンスは口を尖らせながら
最初からこうすればよかったのよ、と言いながら受け取った。
鞘から抜こうとして、扱いかねて、手を天井にぶつける。

「あいてててて」

手を振りながら顔をしかめるウンスを見て、チェ・ヨンは呆れたように
ため息をついた。

「お貸しください」

そういうとウンスの手から剣を取ると、狭い車内であるのに、
すらりと剣を抜いた。

「おおっ、うまいわね」

大げさに手を叩かれて、チェ・ヨンはなんなんだ、というように、
眉をしかめて顔をそむける。それからウンスの目の前に剣をかかげる。
ウンスは剣を受け取ると、うつむいて刃のあたりを慎重に指でさわってから、
険しい顔になって、顔を上げて、ねえちょっと、と斜め前に座った
チュンソクと呼ばれたヒゲの男の肩を叩く。
チュンソクは、え? と戸惑った顔で、振り返った。

「これ、本物の剣じゃないの。さっき、この人も」

ウンスが、この人と言ってチェ・ヨンを指さすと、チュンソクはぎょっとしたように、
目を開いてチェ・ヨンではなく、ウンスの顔を見た。

「この人の剣も、本物だったわ。ねえねえねえ、危ないじゃないの!
なんなのよもう、撮影では本物を使うの? だからこんな大怪我するんだわ。
絶対だめよ、そんなの! 危険だわ。ねえ、組合ある? 訴えるべきよ!」

まくし立てられて、チュンソクはその勢いに動きを止めて固まっていたが、
ウンスが、ねえ、聞いてるの! と詰め寄ると、はい、聞いております、
となんとか答える。

「に、偽物の剣では、チョナをお守りすることが、か、かないませんので」

チュンソクがそう答えると、ウンスは、ああもう、と苛立ちをあらわにして、
ドン、と車の内壁を拳で叩いて、また、いてててて、と手をぶらぶらとさせる。
言葉数も、見せる表情もあまりにも目まぐるしく、チェ・ヨンはウンスのことを
思わずに凝視している。
気づくと、チョナとトクマンも、振り返って恐れるようにウンスを見ている。

「ちょっとあなたたち、その役者根性は認めるけど、ものごとには
げ・ん・ど、というものがあるの! 何? そんなに素晴らしい監督?
有名な人? わたしに言わせたら俳優をこんな目に合わせて―」

ウンス、と低く呼ばれて、ウンスは言葉を詰まらせて、
何ですか! と少し怒ったように、返答する。
チャン・ビンは何も言わずに、目で外を示した。
何ですかもう! そう言いながらウンスが窓の外を見ると、

「あ」

ついたぞ、と車内の皆を見回しながら、チャン・ビンはそう告げた。




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by kkkaaat | 2014-02-19 22:46 | 火、狩人【シンイ二次】 | Comments(17)
Commented by ピヨコ at 2014-02-19 23:14 x
こんばんは。今日も寒かったですねぇ。子供の風邪もらった
みたいで鼻の奥がイターイ。ミチさまは風邪などひいていませんか?
近頃忙しそうですが、そんななか更新ありがとうございます。
また寝る前に迂逹赤'sに会えて嬉しいです。いい夢みれそ。

さて、魔物に乗った彼らですが、やはり黙ってはいませんでしたね。
でずっぱりの髭男の怯えっプリは最高でした。飄々とやり過ごしているようで、実は力んでるって。可愛い(笑)
チャン先生も意地悪なんだから(笑)でも、無事に目的地についた
ようですね。降りるのにも一悶着ありそ~(汗
Commented by ピヨコ at 2014-02-19 23:17 x
連投……うっそ、また一番コメっすか。恐れ多いっす。
すみませぬ、すみませぬ、毎晩徘徊してすみませぬ。
でも、何だか嬉しい。えへっ>^_^<
Commented by kkkaaat at 2014-02-19 23:31
>ピヨコさん
こんばんはー!
おおっ、一番コメありがとうございます!
風邪は引いてませんが、雪かきで手首を痛めてしまいました。
こんなに雪かきしたことなかったので、限度がわかならくて(笑)
雪国の人たち、腱鞘炎にならないのかしら???
ピヨコさんの風邪も早く治りますように。

ウダルチたち、手に汗握ってます。
まあ納得する前に、無理やり乗ってますから、仕方ない。
さすがに武人、みっともなく騒いだりはしませんが、
こっそり怯えてます(テマン除く…)(笑)

チャン・ビン先生、ドラマで最初のひとことが、この人本当に
医者ですか、だったとき、この人クールな顔をしてぐっさり言う
よね、って思いました(笑)
意外と手荒い人?

毎晩の徘徊、とっても嬉しいです。
さっそく読んでいただき、ありがとうございます!!
Commented by ぽんた at 2014-02-19 23:33 x
こんばんは。
心優しいミチ様に白花の続き(ラブ注入)を無理におねだりしたせいで、お仕事の時間を割いてしまったのではないかと心配しておりました。

車中でおびえるチョナ君とゆかいな武者たち…
ウンスのひとりマシンガントーク…

これから現代社会での珍道中が繰り広げられるのですね。
更新ありがとうございました。




Commented by チビママ at 2014-02-19 23:58 x
何処までも天然なウンス。
まだドラマの撮影だと思ってるのが笑える(^o^)
でも、チャン先生は何となく気付いていますね。
さりげなく意地悪してるし
ウダルチも王様も、ヨンも神仏に祈りたい心境かと思うと笑いが止まらない♪
さぁ次はどんな驚きの顔を見せてくれるのかと、今からドキドキです(^^)
今日もメダル取れたのですね
何気に7個も…凄いな♪
女子のフィギュアが始まりますね、こっちもドキドキ。
Commented at 2014-02-20 01:06 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by みさ at 2014-02-20 04:55 x
高麗組、本当に、怖くてたまらないのでしょうね
ヨンは、ウンスに惹かれ始めてますね
楽しみ~

忙しい中、更新、ありがとうございます
まだまだ、インフルエンザも流行ってますので、
体に気を付け下さいね
Commented by りこ at 2014-02-20 08:08 x
パラレルは何となく避けてましたが(笑)、読み始めるととっても面白いですね!
ステキな作品をありがとうございます。
続きを楽しみにしていますね。
Commented by aki at 2014-02-20 08:18 x
ぶはっ。

やーっぱり、マシンガントークで、「?????」って、感じのウンス!
てか、チョナやウダルチ面々だって、「!!!!!!」って、感じで、ワンボックスに乗ってるわけで・・

車だけで、この様子だから、実際、事務所について、現代のソウルの様子をみたら、みんな、どーーーなるのーーー。
ぷぷ

便器の水で、うがいしたり・・ぷぷ←屋根部屋のシーンを回顧♪

これから、どーなるか、ほんと、楽しみです。

ラブラブになるのが、楽しみなんですが・・・

イ・ガクとテヨンの二人がいるから、パクハはいいけど、ウンスは、ヨンが高麗に帰ったら、どーーーなるのーーーって、今から、そこまで心配してる・・・私です。

アイゴォ・・・
Commented by ピヨコ at 2014-02-20 11:46 x
こんにちは。風邪のほうは大丈夫そうです(笑)
ミチさまのほうが重症ではないですか。
お仕事のほうに支障はありませんか?
あまりご無理なさらないようにして下さいね。
お気遣い本当に感謝しています。風邪なんかに
負けてらんなーーーい。ミチさまもご自愛下さいね。
Commented by mana at 2014-02-20 12:11 x
(^-^)♪
テマンだけ違いマスね♪
外の景色を楽しんでいるみたい!
チャン先生に「あ!あ、あれはなんですか!」とか聞いてそうです♪
チャン先生は、高麗の方々の扱い形をマスターしてますね♪
Commented by 5874dyre at 2014-02-20 12:52
こんにちはァ~
やっぱり時代の違いが逆だと更に違いますねぇ~
これからが展開楽しみがしています‼︎(^○^)
Commented by 比古那 at 2014-02-20 15:14 x
危うく名前が飛行機になるところでした。危ない危ない。

脂汗、冷や汗垂らして我慢する鎧の男たち。
ちょこんと挟まれるチョナ。

笑えてしょうがない。

昔のことは何らかで見知っていても、遥か未来のことなんてわからないでしょうし、毎日、その日をいきる彼らには、そんな未来なんか頭にないでしょうから、怖かったろうな、と。

チャン先生、云い性格してる(笑)
好きですよ、かなり。
Commented by mamikoっち♪ at 2014-02-20 15:33 x
手に汗握るウダルチ、念仏唱える王様、平気なようで冷や汗たらりのヨン。
ひとり車内でハイテンションのウンスに観察しているチャン先生。
もう、ニヤニヤしながら読んじゃいました。
いま、定期検診の病院の待合室ですが、完全に怪しいひとですよ、私(笑)
車が馬より早いのもビックリだし、音もすごいし、イルミネーションなんて知らないもの。カルチャーショックどころじゃない高麗のみなさんが、今度はなにに驚くだろう?エレベーターの反応がみたかったりして。
屋根部屋とは似ているようで違うので展開の予想がつかず、更新楽しみにお待ちしています。
Commented by みわちゃん at 2014-02-20 22:52 x
大の男たちが怯えてる様を見れば、ウンスにしたら、この人たち何なの~?ですよね。
そして、話も全然噛み合わないし。

しばらく、何を見ても、何をやっても、驚きまくる男たち。
楽しみです。
Commented by at 2014-02-25 16:18 x
たしか始まる前に「コメディ」って言葉がどこかに…と思いながら、なぜハラハラと、と読んでおりましたが。6・7とまさに狼狽えるウダルチの面々が目に浮かび笑わせてもらっております!!
「そうでしょうねぇ」と云う各々の狼狽ぶりに加え、ヨンのソレでも流れた冷や汗(?)がGootです!適応力は男性よりも女性が上だとか、頑張れテジャン(笑)
Commented by トナン at 2014-02-25 17:25 x
みち様お仕事お疲れ様です。
忙しいみたいですね(^^;;

こちらではインフルエンザが猛威をふるっていて、私もここ数日体調が良くなかったのでインフルエンザになってしまったのかしらとビクビクしてました。幸いただの体調不良で助かりました、みち様もご自愛くださいね。

話の感想に戻ります。
チャンビン先生、エンジンをふかしたりハンドルを揺らしたりとなかなかあざとい(笑)ですね(^^)
チョナがお経のようなものを小声で唱えるところでは笑ってしまいました。
でも初めて車に乗ったなら誰だってそうなりますよね(^^;;
さすがのチェヨンもこめかみに一筋の汗。
心境お察しします。(笑)

ウンスのマシンガントークとくるくる変わる表情。
チェヨンの周りにはウンスのような女性はいなかったでしょうから凝視するしかないでしょうね(笑)

チェヨンがどうやって現代に溶け込んでいくのか楽しみです。
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