バンの扉がスライドすると、まずチュンソクとトクマンが素早く飛び降り、
あたりの様子を伺った。狭い扉に身体をねじ込むようにして、チョナを
かばうようにしてチェ・ヨンも足を踏み出す。
「テマン」
チェ・ヨンは低くそう言うと、助手席の青年は身軽に後部座席を飛び越えて、
こんこんと眠る女性の横に膝をついて控えた。
最後にチョナが、ゆっくりと道路に足を下ろす。
その硬く平らはな感触に、足元に視線をやり、ならされたアスファルトの
うえで足をかすかに動かして確かめる。
おもむろに顔を上げたチョナが口を開く。
「ここが、そなたの屋敷か」
チョナがそう尋ねると、ドアに向かいかけていたウンスが振り返る。
腰に手を当てて、少しだけ顎を上げる。
「そうですけど!」
この年齢の女性が、事務所付きの一軒家を買うのは、
そうそうできることではない。
「仕事場もかねた住居なの。いわば、わたしの城、ってとこかな」
ウンスはチョナの口から何かしら褒め言葉が出るのを当然のように待って、
片頬を得意げに少しだけ上げた。
「そうか…」
眉を得意げに上げ下げするウンスの顔を、城? とかすかに眉をひそめて見ながら
チョナが黙っていると、チェ・ヨンが目顔でチュンソクに合図を送る。
チュンソクがウンスを押しのけるように一階の事務所部分についている
ガラス扉に近づき、数秒不思議そうに中を覗きこみ、ドアノブを引く。
ガタガタと揺れるドアを見て、ウンスが慌ててかけよった。
「ちょっとお、そこのヒゲ男、勝手に触らないでよ!
鍵を開けてないんだから、開くわけないでしょ!」
ひ、ヒゲ男…っ、と目を見開いてウンスを見ながらつぶやくチュンソクを
今度はウンスが押しのけて、鍵を開ける。
鍵ががちゃりと回るやいなや、チュンソクがウンスをさらに押しのけ返して、
先に事務所の中に足を踏み入れた。
「な、なにすんのよ!」
と文句を言いながらドアをさらに開けるウンスを突き飛ばすようにして、
チェ・ヨンが中に押し入る。
「ねえねえ、ねえ! ここわたしの家なの。勝手に入らないでよ!
ちょっと、あんたたち失礼じゃないの!!」
ようやくチェ・ヨンに続いて中を覗いたウンスの口から悲鳴めいた声が上がった。
車から降りてきたチャン・ビンが足早に駆けよる。
どうした、とウンスの後ろに立ったチャン・ビンが尋ねる間もなく、
ウンスの口から怒声が上がる。
「靴を脱いでよ!」
土足は事務所まで、奥の部屋はちゃんと脱いで! と言いながら、
ウンスも事務所の中に入ろうとすると、戻ってきたチェ・ヨンにまた
押し返される。
後ろによろけてチャン・ビンにぶつかり、なんとか転ぶことはなかった
ウンスは両手の拳を握りしめて、わなわなと言葉を失っている。
「チョナ、屋敷の中に人影はなく、安全です。
ワンビママをお連れしますので、先に中へ」
チェ・ヨンがそう告げると、むさくるしいところですが、
どうぞお入りください、とチェ・ヨンに変わってチョナの前で周囲を
うかがっていたトクマンが扉へと手ですすめる。
うむ、とチョナがうなずくと、チェ・ヨンが開けている扉を
物珍しそうに眺めながら足を踏み入れる。
「む、む、むさくるしい…ですってえ」
震える低い声が、ウンスの口から漏れたが、
この時代錯誤な男たちは、屋敷の持ち主をまったく無視して中に入ってしまった。
「ウンス」
まずは怪我人を運ぶのが先だ、とチャン・ビンの落ち着いた声がして、
後ろから慰めるように肩をぽんぽん、と二度叩かれる。
「今だけ、今だけよ…落ち着いたら、すぐに出ていってもらうんだから…!」
ウンスはぎゅっと拳を握り直すと、車に向かって踵を返した。
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