筆記



【シンイ二次】触れもみで3

「チュンソク、いるか!」

チェ・ヨンは于達赤の兵舎に踏み入ると、
隊長室の扉を蹴破る勢いで開けた。
チュンソクは、咄嗟に腰の剣に手をかけたが、
チェ・ヨンだとわかるとかくりと肩を落として手も下ろす。
ほっと息をついたが、急なことかと思い直して姿勢を正す。

「テホグン、何かございましたか」

机の後ろから回って前に出ながら尋ねる。
チェ・ヨンはつかつかと前に進むと、チュンソクの前で歩みを止め、
その左肩に右手を置いた。

「チュンソク、おまえ」

はいっ、とチュンソクが鋭く答える。

「平壌から戻ってのち、屋敷に戻ったか」

いいえ、戻らずに詰めております、とチュンソクが答えると、
チェ・ヨンの左手もまたチュンソクの肩に置かれる。

「それは長い間、ご苦労だった。
半月ほども留守にして屋敷の様子も気になるだろう」

ねぎらいの響きをもった声で、チェ・ヨンがそう言うと、
チュンソクは、はっ、いえ、当然のことでありますから、
と照れたように答える。
目をそらしながらまんざらでもなさそうに言うその顔を
覗きこむようにして、チェ・ヨンが続けた。

「今日は、屋敷に帰っていいぞ」

は? とチュンソクがチェ・ヨンを見る。
チェ・ヨンの口の端が、かすかに笑んだようにチュンソクには見える。

「しかしながら、チョナが戻られてまだ日も浅く、
状況が落ち着くまでは今しばらく厳重な警護が必要かと…」

案ずるな、とチェ・ヨンがチュンソクの肩を両手で叩く。
いや、でも、というチュンソクから一歩下がるとチェ・ヨンが言う。

「俺が引き受ける」

はあ? と思いがけない言葉におかしな声が、チュンソクの口から飛び出る。
今日は俺が、この隊長室に泊まるゆえ、おまえは帰れ、
とチェ・ヨンが真顔に戻って言うと、チュンソクが何度も瞬きをする。

「あの…テホグン、ちょっとおっしゃっていることの意味が、
よくわからないのですが…」

恐る恐るチュンソクが言うと、
チェ・ヨンはチュンソクの身体を扉の方に押し出しながら、

「わからなくてかまわぬ」

と少し面倒くさそうに告げ、
とにかく今日は俺がここに泊まるゆえ、おまえは帰って嫁と子の顔を見てこい、
と言い終わったときにはチュンソクの背中の後ろで、
バタンと扉がしまる。

「テホグ…ン!」

振り返って情けない声で扉越しに呼んだが、行け、
という声が聞こえただけだった。
なかば呆然としながら于達赤たちが集まる入口近くの部屋にとぼとぼと
出て行くと、そこに于達赤隊員たちと話すテマンの姿がある。
チュンソクはどういうことだ、とつめよった。

「い、医仙が、こ、皇宮に、と、泊まることになったから」

テマンのひとことで、チュンソクと隊員たちの口から、
あー…、という納得の声が漏れた。





今日は風が強い、ウンスはようやく下がった部屋の長椅子にもたれて、
めまぐるしかった一日を思い返しながら、鎧戸を鳴らす音に耳を傾ける。
頬杖をついて軽く目をつむる。

「疲れたあ」

そうつぶやきながら微笑を浮かべて、
皆と打ち合わせた今日の午後を思い返す。
若い頃には友人の結婚式のあとで、私ならこうするああする、
と盛り上がったこともある。
けれど二年ほど前、江南にいた頃には、恋人もいなくて、
仕事も軌道に乗って、あまり結婚に夢見るようなこともなくなっていた。

高麗に来て、結婚なんて考えもしないほど目まぐるしい日々の果てに、
こんな一日にたどり着いたと思うと、幸福感が妙に落ち着かない。

「ヨン」

口の中で名前を転がしてみる。
言ってから、んふふ、とふざけたように笑う。
いない相手の名前を呼んだのがどうも気恥ずかしくなって、
長椅子に積んである小枕に照れ隠しに、とうっ、
とパンチを入れてみたりする。

コン、と窓の鎧戸が鳴った。
風だろうと、気にもとめないでいると、
またコンと何かがぶつかる音がする。
眉をひそめてウンスは窓に近寄る。
部屋の窓とは反対の入口扉の前には、警備の衛士が立っている。
声をかけようか迷って、ウンスはそのまま鎧戸の隙間から外をうかがった。

部屋の中は油に灯心を立てた明かりが二つで、
お世辞にも明るいとは言えなかったが、
外はさらに暗闇が濃く、鎧戸越しには何も見えない。
やはり衛士に声をかけようと、窓から離れかけたときに声が聞こえた。

「――イムジャ」

ウンスは身体をひるがえして鎧戸に手をかける。

「イムジャ、俺です」

すぐに声の主はわかって、ウンスは跳ねのけるように鎧戸を開けた。
暗い屋根の中途に、身軽な装束のチェ・ヨンが膝をついている。
ウンスの顔が窓から見えると、チェ・ヨンの目尻がわずかに下がり、
口元が緩む。

「ちょっ――」

ちょっと、なんでこんなところにいるの、とウンスは
大きな声を出しかけて、急いで声をひそめてチェ・ヨンに言う。
なんで、屋敷に帰ったんじゃないの、ってあなた危ないわ、と
混乱して言葉をつなぐウンスに、チェ・ヨンはあたりに目を配りながら
身軽く屋根をつたってくる。

「話はあとで。今は招き入れていただきたい」

チェ・ヨンは窓まで来ると、立ち上がって窓上のふちをつかみ、
反動をつけて、軽々と部屋の中に跳びこんだ。
そのままの勢いで駆け寄って、窓際に立っていたウンスをそのまま
腕の中に囲いこむ。
ウンスの頭の上に、チェ・ヨンが喉で笑う振動が伝わってくる。

「皇宮の警護は、もう少し屋根の上にも目を光らせるべきだな」

チェ・ヨンはかいくぐってウンスの部屋にたどり着いたのが
よほど嬉しいのか、禁軍のやつらに戒めねば、と言いながら
何度も胸の奥でさざなみのように笑う。

「どこにいたのよ、屋敷に帰ったって聞いたわ」

ウンスが少し身体を離して顔を上げて問うと、
于達赤兵舎の隊長室におりました、とこともなげに答える。

「隠れてたの?」

とウンスが笑いながら尋ねると、隠れてはおりません、
ただ居ただけです、とうそぶく。
ウンスが握った手を口元に当ててくすくすと笑っていると、
チェ・ヨンはその細い首をなぞるように手のひらで撫であげ、
ウンスの顎を長い指でそっと押して上向けると覆いかぶさってくる。
遠慮なしに唇を舌が割り、先ほど窓から跳びこんできたように、
ウンスの口の中に入りこむ。

ウンスもまた、チェ・ヨンの脇腹から背中に両手を回し、
ぎゅうとしがみついた。
痛いほど抱き寄せ合いながら、口づける。

「叔母上め、何が、嫁入り前は、実家で、すごす、もの、だ」

やっと口づけられた昂ぶりで出る忍び笑いと、口づけと、憎まれ口で
息を切らせるチェ・ヨンの様子は、昼間の皇宮でみせる真顔からは
予想もつかない熱烈さだ。

「触れもしないで帰れるものか」

一度唇を離して、額をウンスの額に痛いほど押し付けたまま、
そう言う。
チェ・ヨンの熱気が、ウンスの背中をかけのぼる。
髪の中に差しこまれた指が、耳をなぞって首の後ろを滑るだけで
ウンスは身体を震わせて、膝が立たないようになって寄りかかった。
もたれてくるウンスの身体を片手で支えながら、チェ・ヨンの手は
夢中で胸元を探りはじめる。

「ね、ちょっと、だめだったら」

ウンスは震える声で、チェ・ヨンの胸に両手を当てて押しとどめる。
乱れた髪が、ふわりと顔のまわりに漂うさまに、
チェ・ヨンの手には余計に力がこもる。
ウンスはチェ・ヨンの力に逆らいきれず、近寄ってくる顔を避けて
必死にうつむいて逃げる。

「なぜです。俺はもう一人寝はごめんです」

すがるようにウンスの肩を離さないチェ・ヨンが当然のように言って
さらに抱き寄せると、ウンスはもう腕に力の入らぬさまで、
それでもあらがう。

「ね、お願い。ぜったいに気づかれる」

部屋の入口に視線をやって、チェ・ヨンに衛士がいるのを伝える。

「途中で踏み込まれたらわたし、皇宮を歩けなくなっちゃう」

涙のたまった目で見上げて懇願するが、
それがかえってチェ・ヨンをあおる。

「じゃあ、あいつらを下がらせます」

チェ・ヨンが怒ったように言うと、ウンスは、
もうばか!と胸を拳で叩く。
熱と焦りを逃すように、チェ・ヨンは、長くと息を吐きながら、
首を振り策を探す。

「ウダルチの隊長室に行きましょう。あそこなら、ここよりましでしょう」

懇願を隠せない声で言うのを、ウンスが頭を振りながら、
手のひらで押し返す。

「ましなもんですか! 
みんなが扉の前で聞き耳を立ててるに決まってる」

そんなことはない、とは到底言えずに、
かといって諦める気にもならず、チェ・ヨンは口ごもる。
説得の言葉を思いつかぬまま吸い寄せられるようにウンスの顔を撫で、
自分へと引き寄せようとするが、だめ、だめ、と
繰り返されると無下にもできない。

「ならどうすればよい!」

チェ・ヨンは苛立ちのあまり、窓横の壁を拳でドンと叩く。

「ウンス殿?」

途端に扉の向こうから、衛士の声がかかる。
ウンスが大声で慌てて答える。

「なんでもないわ! 椅子に足をひっかけただけ」

慌てて答えるウンスの声を聞いて、チェ・ヨンがため息をつく。
チェ・ヨンの手が、ようやくためらいを見せ、
身体を撫でる手がゆっくりになり、止まり、
ただ強くウンスを抱きしめるだけになる。

「ね、ほんとに、ここはだめなのよ。お願いだから帰って。
あと数日もすれば、王妃様もチェ尚宮だって気が済むわ。
できるだけ早くいろいろ決めて、屋敷に戻れるようにするから」

チェ・ヨンは沈黙のままウンスを抱きこんで、
しばらくじっとしていたが、やおら顔を上げると、
ウンスの頭の後ろを引っつかんで手繰り寄せ、
自分の口を、噛み付くように押しつけた。

「んんっ」

ウンスは息を奪われて、目を見開いてそれを受けたが、
すぐに心を奪われて力を抜く。
刻むようにくちづけて、チェ・ヨンは余韻もなく立ち上がると、
それでも少し笑ってみせて、「貸しです」と言い捨てる。

それから、窓のふちに手を置くと、飛び越えて姿を消した。



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by kkkaaat | 2014-10-12 23:48 | 金銀花【シンイ二次】 | Comments(10)
Commented at 2014-10-13 00:28 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by mamikoっち♪ at 2014-10-13 00:52 x
熱い情熱のヨンを見た思いです。
抱きたくて抱きたくて
愛しい女人のそばにいたくて。
ヨンの想いが、溢れてきます。
最後の、貸し。
貸しがたまると、ウンスの体は壊れちゃうんじゃないかしら。
ミチさん、ヨンの熱情の吐く時間を早く作ってあげてくださいね
Commented by mayu at 2014-10-13 10:34 x
お~~~^^;
そうでしょうね。この時のヨンは、一時も離れたくなかった筈だもの。
しかし、この状況でこれ以上は、ウンスにとっては有り得ない。
チュンソクと交代までしたのに、可哀相なヨン・・・
ウンスに、早くパーティーの段取りつけてもらわないとね。
最後に言った一言、「貸しです」が怖い(笑)
Commented by うさたま at 2014-10-13 13:07 x
イイですイイですねぇ~!!
この駄々っ子みたいなヨン♪
どのシーンをイメージしてもニヤニヤがとまりません。
「今は招き入れていただきたい」・・この敬語もたまりません。
やってることと言葉のギャップが楽しいです。
勝手に夜這いをかけて、困らせておきながら
「貸しです」と言い捨てるヨン・・
思い通りにいかず、ちょっと悔しかったのかしらね。ふふ。
ウンスしか知らないヨンの一面を垣間見られる私たちは
幸せ者ですね♪ ホントに楽しいぃ~!ミチさんに感謝です。

そういえば、チュンソクは妻子持ちだったんですね。
彼は、ウンスにちょっと想いを寄せているのかと思ってました・・笑
Commented by ミジャ at 2014-10-13 13:38 x
ミチさーん
もう〜!ウンスは、昔のこと思いだしたりヨンの名前呼んで照れて枕にパンチしたり…ヨンは屋根つたってウンスの部屋に忍び込んで来たり……もう、もう〜!いい大人なのに、天下の大護軍と医仙なのに……可愛すぎます!!
…て、台風で雨風強くなってきたのに、お話読みながら、ひとりにやにや笑ってる私も可愛かったり……(^ω^)
これからも大変なこと辛いこといっぱいあるけど、今はほんとに楽しい時ですよね。こんなラブラブな様子読ませてもらってなんか嬉しくて喜んだり、うるうるしたり。
ミチさん、いつもありがとうございます。

関西は雨風強くなってきました。
ミチさんも気をつけてくださいね。被害がでませんよーに。
Commented by トナン at 2014-10-13 17:01 x
きゃあ(#^.^#)
ヨンの熱情と苛立ちが伝わってきて私も熱くなってきました(笑)
チュンソク達も納得するところが可笑しくて…
俺はもう一人寝はごめんですって言葉。
噛み付くようなKiss。
ヨンの切実な想いが伝わってきてウンスも嬉しいのではないでしょうか。

ヨンのはやる気持ちとそれをなだめるウンスの気持ちにも共感できて…
ミチさんはもしかして恋の達人ですか?
(#^.^#)
次回もとっても楽しみです。

最大の台風がとうとう九州に上陸です。
雨風が強くなってきました。
ミチさまや皆様も気をつけてくださいね。
ご安全をお祈りします。




Commented by ままちゃん at 2014-10-14 20:34 x
ウンスもヨンも可愛いです。
ヨンの情熱的な行動にキュンときました。
少しでも早く打ち合わせを終わらせて、お屋敷に帰りたいですよね。
今晩は、ふたりとも眠つけないんじゃないかな。
Commented by at 2014-10-14 21:31 x
一同の「あー」がツボです。読み返して、そこだけ音読してしまいます。
声に出して、迂達赤と一体感を味わってます♪
人望のある公認カップルって、こんな感じなのでしょうね。

叔母上の言う事は確かにもっとも、年寄り(?)と若者(?)の軋轢って、昔から有るんだなぁと妙に納得してしまいました。
ヨンの次の手が有るのでしょうか?
Commented by チェにゃん at 2014-10-17 19:04 x
ヨンのこのみなぎる自信はなんなのでしょう。。
うっとりモ-ドで読みました。
熱い、オトコだ。
貸しかぁ・・・・
怖いなぁ・・ウンス頑張れ。。。
ホント素敵なヨンでした。。。ミチさんありがとう。。。
Commented at 2014-10-23 16:10 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
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