筆記



【シンイ二次】北斗七星7


トギはウンスの襟首を後ろからつかむと、ぐいと引っ張った。
そのまま強引に屋敷の方へと引きずっていく。

「ちょっと、何するの!」

ウンスは数歩よろけて立て直すと、襟を振り切る。
トギはウンスを睨むとその腕をぐいと引っ張って、
また屋敷へと連れていこうとする。

「わかった、わかったから!」

そうウンスが訴えても、トギは懐疑の目つきで一瞥するだけで手を緩めない。
本当にもうやめるから、と泣きそうな声で言うと、
ようやく足を止めてウンスに向き直り、ふん、と鼻をならして
腰に手を当てた。

「だってえ…」

ウンスは人差し指と人差し指の先を、顔の前でちょいちょいと合わせながら、
上目遣いにトギの顔色をうかがう。
トギは、素早く手を動かす。

そんなところに立ちっぱなしでうろうろしていれば、
姿を見た者から不審がられる。たまにならいいが、
予定日あたりから、毎日毎日毎日――

とトギは「毎日」というしぐさを大げさに何度も繰り返しながら、
目を大きく見開いて怒った表情を作って見せる。

「だってここらへん、旅人にしたって狩人にしたって通ったためしがないじゃない。
次に姿を見せるとしたら、ヨンしかいないわ。ね、ね」

そう訴えるウンスの言葉も一理はある。
十月十日めが過ぎ、ウンスは約束された王都からのヨンの来訪を
今か今かと待っているのだ。
トギの手がゆっくりと威圧的にウンスの前で動かされる。

「口に出して、読めっていうの?」

深々とトギはうなずくと、空に字を書くようにウンスの前に手文字を並べていく。

「ウンス、あなたの、その、膨らんだ腹には、何が、入っている」

ええと布団、と言いかけて、トギの目つきを見て慌てて、
赤ちゃんだわ、と言い直してウンスは腹を軽く一つ叩く。

「そして、そいつは、いつ、出てくる予定?」

王妃様の出産と時をおかずして…、と言うウンスの声が徐々に小さくなる。
トギの言わんとすることが、飲みこめてきたのだ。

「臨月どころか予定日を迎えたわたしがこんなところで
うろうろしてるのは、おかしい…わよね」

いてもたってもいられないの、とウンスは本当に泣きそうな顔で揉み手をする。
じっとしてると、頭の中がわけのわからない考えでいっぱいになって、
しまいにはほんとにお腹が痛くなってくるの、そう訴えるウンスを、
急にトギが押しとどめた。

「なに?」

尋ねかけるウンスの口に、トギが指を立てる。
しゃべるな、という仕草。
口を閉じたウンスが、はっとして顔をあげる。
馬の蹄が立てる、微かな音。
歩ませているのか、音の間隔は緩やかだ。

屋敷で待てるわね、というトギの手言葉にウンスは小刻みに首を縦に振る。
きびすを返して駆け出しそうになるウンスの手首を、
トギは急いでつかみ、眉をしかめて首を振る。

「あっ、そうよね。うん、走らない、走らないでいくわ。妊婦だもんね」

ウンスは、真剣な顔で、何度もうなずきながら、後ずさるようにして、
道を屋敷へと歩きはじめる。
ウンスの姿が見えなくなって、しばらくの間、
トギは張り詰めた表情を顔に貼り付けたまま、
道の向こうをじっと見つめていたが、急にはっと目を見開く。

一歩、二歩と前に進み、道をゆっくりとこちらへと進んでくる二頭の馬をじっと待つ。
それぞれの馬上に女の姿が見える。
近づいてくるにつれて、一人は見知らぬ若い女で赤子を背負っている。
赤子は馬の揺れが心地よいのか、眠っている。
もう一人は年配の女で見知った顔だ。

「久しぶりだねえ、トギと言ったね」

トギは頭を下げて挨拶を返すと、手振りで屋敷へと誘いかけたが、
ふと足を止めてすぐに一つ手振りをした。
両手を軽く握ったまま横へと開き、棒状の何かを示して腰へうつし、
その後に手を目の上にかざす。

「あいつなら、木立の中さ。つけられてないか、確かめながらついてきてる。
もちろんテマンもね」

こくり、とトギはうなずくと、もの問いたげに女を見つめる。
女は木立の方に目をやって、あいつが胸に抱いているよ、とトギだけに
聞こえるよう低められた声で言うと、もう一度深くうなずく。
それで満足したのか、トギは顎をくいと動かして、道を進めと合図する。

木立が切れると柵に囲まれて屋敷があらわれる。
トギが屋敷の戸口を開けようとすると、扉が中から勢いよく開く。
ウンスが、口を強く引き結んで、そこに立っていた。

「待ってたわ!」

入って、と急いた口調でウンスが言うと、トギは横にどいて、
二人の女に中に入るよう手でうながした。
先に年配の女が戸口をくぐると、ウンスの強ばった表情が
ぱっとほどける。

「マンボ姐さん!」

久しぶりだねえ、ウンス、元気そうだ、と微笑みながらマンボ姐は
ウンスを抱き寄せ、背中をぽんぽんと叩く。
それから身体を離し、自分の後ろにいる娘を前に押し出す。

「約束どおり、テマンの女房を連れてきたよ」

若い女は固い表情だが、しごくまっすぐな目でウンスを見て、
ウンスの手を両手で取ると、痛いほどぎゅうと握った。
お久しぶりでございます、とそれだけ言って深々と頭を下げる。

「よく来てくれたわ、本当に本当にありがとう!
赤ちゃん、大きくなったわね」

ウンスが握り返して顔を近づけると、ありがとうございます、
と短く答える。
迷惑かけるわね、とウンスが背中の赤子に目を細めて言うと、
ユ先生からいただいた御恩に比べたら、
とテマンの女房は低い声で言って、ひとつ頭を下げた。

「それで、ヨンは?」

ウンスは、トギが最後に戸口をくぐり、扉を閉めたのを見て、
焦ったように言う。

「もうそこまで来ているよ。さ、部屋に通しておくれ。
乳をあげるしたくをしとかなくちゃあね」

この子も長旅でお疲れだ、休ませねばと、とマンボ姐に言われて、
ウンスは慌てて、二人を部屋にあげる。
奥の裏山に面した暖かい部屋に上がると、女は無言のまま、
胸紐をときはじめる。手を貸そうとウンスが傍に寄る間もなく、
するりと背中から赤子を滑りおろす。

ウンスが振り返ると、トギはすでに部屋の隅に重ねてあった布団を広げて、
赤子が休む場所を作っていた。
布団に横たえると、小さくぐずるような声を上げたが、
馬旅に疲れたのかそのまま寝入る。

「あの、お乳、飲ませなくていいのかな?」

ウンスが尋ねるとテマンの女房は、手早く自分の旅装束を脱ぎながら答える。

「もう、チェ・ヨン殿がお着きになりましょう。
まずは、あのお子に飲ませなくては」

この子は宿場を出るときに飲ませましたからまだ大丈夫、と
小さな声で早口に言う。
と同時に屋敷の戸口を開ける物音が聞こえた。
皆が振り返ると同時に、ウンスが小走りに部屋を出てむかう。

駆けでた先に、チェ・ヨンが立っている。
ちょうど、テマンが戸締りをしているところだった。

「ヨン、テマン!」

名前を呼ばれる前に、チェ・ヨンはそのどたついた足音を聞きつけて
すでに顔をあげ、ウンスを見ていた。

「イムジャ…」

ヨンの声には、無事にたどり着いたという安堵とは違う何かがあって、
ウンスの顔から浮かびかけていた笑みがすうと引く。

「さ、上がって。道中はなにもなかった? 王妃さまは?
まず、赤ちゃんを見せて」

ウンスは矢継ぎ早に言葉を繰り出すが、
チェ・ヨンは神妙な顔つきでウンスを凝視するばかりで動かない。

「いいわ、とにかく――とにかくまず、赤ちゃんを見せてちょうだい。
最後にお乳を飲ませたのはいつごろかしら。
健康状態をチェックするから、下ろして」

テマンが先に廊下を通って女房に話しかける声が部屋から聞こえると、
チェ・ヨンは、はっと我に返って、自分もようやく部屋に入る。
マンボ姐の姿を見ると、反射で言葉が出た。

「宿場からここまで、特に後をつけるものもおらず、不審な人影もない」

マンボ姐が、そりゃあ何よりだ、と言いながら、チェ・ヨンに近寄り、
胸元の布に手を差し込もうとするとチェ・ヨンは、いや俺がやる、と断って、
やけに丁寧に胸元の布から赤子を取り出した。

「よく寝ていた」

腕に抱きかかえると、チェ・ヨンはすぐに下ろさず、その赤子の顔を
まじまじと眺めながら、あやすように揺する。
顔にかかった産毛のような髪を、壊れもののようにかきあげる手が、
やけに大きく見える。

「ほら、早くユ先生に見てもらえ」

マンボ姐がしびれを切らしてそう言うと、チェ・ヨンは目を赤子からそらせぬまま、
両手を出しておあずけの状態で待っているウンスにそっと差し出す。
ウンスは、危なっかしい手つきで受け取ると、大事そうに横抱きにする。

―待っててね、いま診察してあげるから。ちょっとだけ待ってね。

ほとんどささやくような声で、赤子に話しながら、その顔に目を引き寄せられる。
眉の形、鼻の形、薄い唇、まだ赤っぽい肌、もつれた髪の毛、
その一つ一つを黙って目で追っていく。

「遠かった? ずっとくるまれて抱かれてここまで来たの? 
大変だったわね、がんばった。ほんとがんばった、ね」

あやすのか、語りかけているのか、赤ん坊の匂いに吸い寄せられるように、
ウンスは赤子の顔に自分の顔をすりつけるようにして、
夢心地で何か言い続ける。
この子なの、この子なのね、とほとんど独り言のようにつぶやく。

「ユ先生」

テマンの女房が、きっぱりと名前を呼ぶと、ようやくふんぎりがついて、
ウンスは顔を離す。

「ユ先生、乳をやらないと」

そう言われて、ウンスはうなずき、赤子を布団に下ろした。
くるんだ綿布をほどき、産着の上から身体を指で触診する。
くるぶしをつかんで、脚を曲げ伸ばしして、関節の動きを確かめる。
赤子は触れられて目を覚ましたのか、細い細い泣き声をあげはじめる。
顔を寄せていたときとは違う、探るような目つきだったウンスは、
慌てて診察をすませると、ほっと息を吐く。

「わたし赤ちゃんにはくわしくはないけど、特に気になるところはないわ」

そうウンスが言うと、テマンの女房は前にいざり出て、
泣き始めた赤子をすくい上げる。

「ほら、出な」

マンボ姐がそう言うと、開京からの旅路ですでに習いになっているようで、
チェ・ヨンは言われる前から腰を浮かせ、さっと部屋を出ていく。
ウンスはなぜ、と目を泳がせたが、テマンの女房が胸元を開いたのを見て、
合点する。
赤子が乳を吸う様子を、吸い寄せられるように見ていたが、
マンボ姐に脇腹をつつかれる。

「ヨンと話さないでいいのかい」

そう指摘されて、名残惜しそうに目は赤子と娘に残したまま、
ウンスは立ち上がった。
部屋からひょこりと頭を出すと、廊下の途中の壁に背中をもたれかからせて
チェ・ヨンがうつむくように腕を組んでいる。

「おつかれさま、でした」

歩み寄って声をかけると、チェ・ヨンは生真面目な顔でこくりとうなずいてみせる。

「あの子、なのね」

ウンスが手にすがるようにしてそう言うと、チェ・ヨンは
突き通すようにまっすぐウンスの目を見ながら、深くうなずいた。

「王妃様のご様子は? お産でさわりはなかったの?」

どうやって皇宮を抜け出したかも知りたかったが、
まず一番気になっていることを問い詰めるように尋ねると、
チェ・ヨンの瞳が揺らめいた。
口が何かを言おうと半開きになって、そのまま力をなくして閉じる。
ウンスは背中が粟立つような感覚に、両手でチェ・ヨンの胸ぐらを
ほとんどつかみあげて詰め寄ろうとしたところで。

「いや、うむ」

―待ってくれ、とチェ・ヨンは戸惑いを喉にからませて、絞り出す。
終わったら、話す、それまで。
視線で部屋の乳飲み子の方を示して、そう頼みこむ。
チェ・ヨンの神妙な眼差しに、ウンスは不承不承、その胸元から
手を離した。

「わかった、でも、あんまり待てないわ」

そう下から見上げて言うと、チェ・ヨンはこくりとうなずいた。
しばらくすると、マンボ姐の呼ぶ声がする。

「終わったよ、さ、お入り」

二人が部屋に入ると、赤ん坊は乳を吸ったまま寝てしまったようで、
テマンの女房の腕の中でか細い寝息をたてていた。
ウンスが手を伸ばすよりも早く、チェ・ヨンはすうと膝をついて、
その赤子を抱きとると、柔らかな細工ものでも扱うように
腕の中にかかえこむ。

「悪いが二人は席を外してはもらえまいか」

チェ・ヨンは珍しく、歯切れの悪い言い方でテマンの女房とトギに顔を向ける。
話をせねばならぬ、と理由にもならぬ言葉が続くと、
テマンは珍しく不満げな表情をぱっと顔にのぼらせた。

「こいつは、口が固いです。誰にも漏らしやしません」

だいたいの事情は知ってなきゃここまで来ない、と声を高める。
と、テマンの女房は素早く立って、後ろから強く肩をつかむ。

「わかんないの」

なにがさ、とテマンが気圧されながらも答えると、
聞かないほうがいいから言ってくれてんのよ、と静かに言う。
乳をあげてるあたしがいいって言ってんの、とウンスやチェ・ヨンに
対する丁寧な言葉使いとは少し違う口調で言うと、
テマンは気圧されて、わかった、とおずおずとうなずいた。

「恩に着る」

チェ・ヨンが頭を下げると、テマンは少し驚いて、
軽くのけぞり、承知しました、とつぶやくように言うと、
自分の赤子を抱き上げた女房の背中に手を添えて、部屋を出す。
トギは目顔でチェ・ヨンにうなずくと、その後ろからついていく。

部屋の中央に、チェ・ヨンは足を進め、トギが案内する足音が去ると、
大事に赤子を抱えたまま、部屋の真ん中に進み、腰を下ろす。

「あたしゃ、居ろってことかい」

マンボ姐がそう言うと、この四人で話をする、とチェ・ヨンが言う。
テマン、ウンスもチェ・ヨンの両脇に座る。
チェ・ヨンは赤子をその真中に置いた。
そして、例えようもなく優しく、産着の紐を解く。
普通に開くとその布が崩折れてしまうのではないかと思っているかのように、
慎重にその着物をはだける。

「これを……見てほしい」

チェ・ヨンは赤子の腕を持ち上げる。
はだけた肩の外側が見えるように。

「これが、なんだい。なんにもありゃしない。
ただの赤子の腕じゃあないか」

マンボ姐が、まじまじと見てから口を尖らせて言う。
テマンも、床につくほど身体を下げて見て、首をかしげる。
ここを、よく見てくれ、とチェ・ヨンはウンスに向かって言った。

指さした先を見て、ウンスの息が止まる。
驚きに見開かられた目が、射すくめるように細められる。

「なぜなんだ?」

チェ・ヨンはウンスにささやくように言った。

「なぜ、イムジャと同じものが、この赤子にあるのだ?」



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by kkkaaat | 2015-02-20 09:38 | 北斗七星【シンイ二次】 | Comments(6)
Commented by mm5210 at 2015-02-20 10:56
仕事中にもかかわらず…うずうずして拝読しました
シンイを見たことのない方でも楽しめるのがみちさんのお話なんだと深く納得です
お忙しい中、私たち読み手に大きなプレゼントをありがとうございます
ゆっくりと、何度でも読み返しながら、続きを待ちたいと思います
Commented at 2015-02-20 12:09 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by ばーばら at 2015-02-20 16:25 x
お久しぶりです(^-^*)/
いろいろ続きが読む事が出来て凄く嬉しいです~
ここに来て題名の北斗七星の意味がわかりました
勝手に妄想してしまいそうですが、私の想像なんて及ばない結末なのでしょうね~
それにしても全てを絡めて行く素晴らしさに感動しております
ミチさんの流れるような文章好きなんですよね
いつもありがとうございます
Commented by ミジャ at 2015-02-20 19:28 x
やったぁ!
やっと、赤ちゃんとご対面できましたね。
…ウンスと同じホクロが?
北斗七星の?
え⁉テマンの奥さん、子供?
……もう一度、1話から読んできます。
ミチさん、ドキドキです。続き楽しみにお待ちしてます!
Commented by kkkaaat at 2015-02-20 20:34
長い間が空いてしまったにもかかわらず、読んでくださって、本当にありがとうございます。この話に関しては、私の筆力が足らずなかなかアップできるところまでこぎつけられずにいたのですが、コメントを読んで、アップの勢いをいただきました。
ほんの少しでも楽しんでいただければ幸いです。
Commented by mamikoっち♪ at 2015-02-21 17:14 x
一気に公開、ありがとうございますm(_ _)m
テマンのあれ、気になります。
でも、そういうことなのだ、と妄想して乗り越えます。
いつか、読ませてくださいね〜m(_ _)m
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