筆記



【シンイ二次】胡蝶の夢



まどろみの中で、唇に花びらのようなふわりとした感触があったが、
ウンスは目を覚まさなかった。
うらうらとした春の日差しの渡りの廊下で、
猫のようになっているこの慶福のときにひたりきっている。

突然、顔に強い圧迫感が起こり、
寝ぼけているうちに口に勢いよく息が吹きこまれ、飛び起きる。

「な、なによ!」

水の中でもがくように手を動かすと、固く力強い胸板に突き当たる。
目を開けると、チェ・ヨンの顔が目の前にあった。

「もうっ」

唇の端に、いたずらを思わせる笑みを見つけて、
ウンスはそのままこぶしで一つ、ドンと相手の胸を叩く。

「ぴくりとも動かぬゆえ、人工呼吸とやらをおこなったまで」

涼しい顔でそう言ってのけるチェ・ヨンは微笑んでいるが、
その目が自分の目鼻を口を何かを探すようにさ迷いおよぐのに気づいて、
ウンスは手を伸ばし、チェ・ヨンの顎に触れる。

「なに、なにか心配?」

チェ・ヨンは身体を起こすと、ウンスの横に膝を立てて座り、黙ったまま庭をじっと見る。
ウンスも半身を立てて、チェ・ヨンの横顔を見て、それから同じように庭を見た。
白木蓮の花の周りを白羽の蝶が舞っているのが、
まるで花びらがそよぎ舞っているようにも見える。

「わたしの息が止まってるとでも思った? ただの昼寝よ。
こんなにゆっくりできるの、今じゃ珍しいから、ついね。
今日はテマンが」

この人は、ことわたしのことになると過剰にナーバスなところがあるのよね、
と先回りしてウンスが言いかけたところで、
知っている、テマンが家に連れていくのに会った、とチェ・ヨンはうなずく。
手をつないで歩いておった、と少しいまいましそうに付け加える。
それから、チェ・ヨンは思い切ったように口に出す。

「あなたの唇に」

言葉の一瞬の切れ目に、ウンスは顔を上げ、チェ・ヨンを見る。

「蝶が、とまっていて…」

とまどうように、ふうと息をつく。
言葉を探して、チェ・ヨンは指で額をこする。
ウンスは身体を起こし、自分もチェ・ヨンの横に座るとゆったりと身体をもたれさせる。
それからチェ・ヨンの腕を、軽く手のひらで撫ぜる。
チェ・ヨンは少し笑って、ウンスの肩を抱き、自分の方へと引き寄せた。

「わたしが夢みたいに、消えてしまうと?」

不安になったの、とウンスが小さく尋ねると、
顔をうつむけたまま、ふ、と鼻で笑って、チェ・ヨンは照れ隠しか顔を背け、
胡蝶の夢か、とつぶやく。
つかの間、沈黙が二人の間に落ちる。
微かな風の音の後に。

「大丈夫、テジャン、わたし、いるわ」

ウンスが優しく言う。

ぞくとチェ・ヨンの背中が震える。
肩に回されていた手が肩へ、首へと滑り、
ウンスの頬が柔らかくつかまれると、チェ・ヨンへと引き寄せられる。

「テマンに見られるわ」

弾んだ息でウンスがそう言うと、
テマンは先ほど子を連れて出かけたではないか忘れましたか、とチェ・ヨンが答える。
ヨンシクは使いに出したし、母親は買い物に出ている、
とウンスが尋ねる前に、先回りで言いながら、もう一度唇を弄う。

「手回しがよくなったわね」

チマに差し入れられた手がふくらはぎを滑り、ウンスが身をよじると、
チェ・ヨンは腕をつかみ、力をこめて立ち上がらせた。

「機を見て敏と言っていただきたい」

真面目な顔でそう言うと、チェ・ヨンはウンスの腕をひいて歩を進める。
抱き寄せられたウンスはチェ・ヨンの胸に頭を寄せて、身体をまかせている。

庭には春の花がつぼみを開き、
先ほどまで戯れるように飛んでいた蝶はどこかに行ってしまった。
ウンスはチェ・ヨンの肩ごしに見える、柔らかく晴れた空に眩しそうに目を細める。
チェ・ヨンは外廊下の端でいっとき立ち止まり、
ウンスの背中をそっとうながすように押す。

そして静かに、扉を閉めた。


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by kkkaaat | 2016-02-12 22:23 | 短編【シンイ二次】 | Comments(20)
Commented by ままちゃん at 2016-02-12 22:54 x
久しぶりの更新、とてもうれしいです。
白羽の蝶に唇を奪われるウンスを見て、そのまま儚くなってしまう不安に襲われちゃったのかな?
でも、これからこのウンスのぬくもりを直に感じて、安心して欲しいわ❤
ちょっと切なくて、ほっこりとする落ち着いた二人。ウンスの生を取り戻すがごとく人工呼吸してしまうヨンが、かわいく感じました。
Commented by レン at 2016-02-13 01:59 x
ミチさん、更新ありがとうございます。
未来に繋がっていく命と、幸せな二人の姿と。読み終えて、今、胸がいっぱいになってしまいました。
もう2年ちょっと前、私が初めて辿り着いたのは、ミチさんのお話でした。それからずっと、ミチさんの描き出すヨンとウンスが、私の中にいた気がします。生き生きと動き出す、その後の二人の姿、ありがとうございました。
Commented by ポチッとな at 2016-02-13 02:56 x
更新まってました。うれしいです。
ウンスの魂が蝶になってはなれていってしまうのではと感じたのでしょう。チェヨンはウンスの事になるととても心配性だから。でも、暖かく柔らかいウンスを抱きしめれば、そんな不安など直ぐに消えてしまいますね。
Commented at 2016-02-13 12:20 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by h-imajin at 2016-02-14 11:25 x
ミチさん、お忙しい中の更新ありがとうございます。お待ちしておりました。

激動の時代の中、大きく歴史を変えられなくても、各自が出来ることをして幸せを掴む……ヨンとウンスはこれからも、そうして生きていくのですね。
素晴らしいお話達を、ありがとうございました。
これからも、お時間が許す限りは、更新していただけると嬉しいです。
テマンの『あれ』とかとても気になっておりますので…………
Commented by kkkaaat at 2016-02-14 22:58
>ままちゃんさん
こんなにも久しぶりの更新に、まず見ていてくださる方がいるのかな??? 見ていらしても、一ヶ月とかに一度のぞくとかだろうから、ゆっくり気づいていただければ、それで嬉しいなあ、と思っていました。
そうしたら、当日にこうして、更新を嬉しいと言ってくださるコメントがあって、本当に幸せです。
ヨンは、ウンスに関して、最初の出会いから別世界の人間でしたから、いつでも小さな不安を胸に持ってい続けるんじゃないかな、と思ってます。
強い強いヨンのウンスにだけ見せる弱さというかセンシティブさがキュンとさせるところでもありますよね~!
ウンスとの人生で、より人間的な強みを増しながら、それでもウンスにだけは甘えるんだろうな~、ふふふ、と想像しています。
温かいコメントありがとうございました。
Commented by kkkaaat at 2016-02-14 23:15
>レンさん
こちらこそ、ずっと更新がなかったのに、こうしてチェックいただいて読んでいただけて、本当に嬉しいです。
胸がいっぱいに、とのお言葉を読んで、書いてよかったな…!って、なりました。しみ一つないハッピーエンドではないけれど、未来に続く光を感じる話にしたいな、とずっと思って書いていました。
2年もの間、ずっとこうして読み続けてくださったこと、心からお礼申し上げます。ドラマを見ることにも、書くことにも間遠な生活になってしまっているのですが、これだけ書いているとウンスとチェ・ヨンは、ある種のリアリティを持って生きているような感覚があるので、生き生きと、と言っていただけるとすごく感慨深いです。
温かいコメント、ありがとうございました!
Commented by geko-geko at 2016-02-15 01:17 x
ああ、やっぱり最後はほっこりさせてくださるんだ。
ミチ様最高です!みなさんみたいにうまく表現できませんが、
チェ・ヨンとウンスの何気ない日常がこれからも穏やかに続いていきますように。
待ってって良かった。ありがとうございます。
Commented by 比古那 at 2016-02-15 22:18 x
続けて読ませていただいてるので、まだセンチです。私も消えてしまうのかとちょっと怖くなってしまったので。
王妃さまがいなくなって、ウンスがいなかった日々を重ねて、何だかまだ切ない。
このまま、幸せな日々が続けばいいのに。
(。´Д⊂)
Commented by kkkaaat at 2016-02-15 22:37
>ポチッとなさん
更新を待っていたと言っていただけて、こちらこそとても嬉しいです。ここに残している文章を、こうして読んでいてくれる人がいることが、ほんとに嬉しいです。
チェ・ヨンの心配性は、一生ものでしょうね。天人である、いつかは帰ってしまうかもしれない、それが、ウンスの出発点ですから。でも、いろいろなことを乗り越えて、ウンスとともにある人生を選び、ウンス自身も選び、そういう中で心の拠り所を彼女の中にしっかりと見出していくのだと思います。
ほとんど更新のない中、お読みいただき、心からお礼もうしあげます。ありがとうございます!
Commented by kkkaaat at 2016-02-15 22:39
>鍵コメさん
幸せと言っていただけて、書き、アップロードをしてよかったなあ、としみじみと思いました。
実生活に追われて自分の余暇に使う時間があまりなく、久しぶりにブログ村に行ってシンイの二次創作サイトがたくさんあるのに驚き、ほんとに嬉しく感激しました。と同時に、一年も放置したラストをアップする必要性もあまりないなあ、まあこのままでもいいかなあ、とよぎったのも事実です。
ただ、自分が何年(何十年?)と追いかけているようなサイトや本があるのも事実で、とりあえずなんでもいいからラスト書いて!って思うのですよね(笑)
じゃあ書きたい自分の気持ちを大事にしよう、と書き上げた次第です。
喜んでいただけて、そしてシンイの二次創作の入口になれて、本当に嬉しいです。
また、いつか読んでいただけたらと願っています。
Commented by kkkaaat at 2016-02-15 22:45
>h-imajinさん
こちらこそ、こちらこそ、ずっと追いかけてくださり、ありがとうございます。
私も読んでくださる方をお待ちしておりました(反応があるにしても、何日後か何週間後かだと思っていたので、とても嬉しかったです)。
本来の歴史の奔流は大筋を変えることはできなくて、ただ騙す程度に流れを変えることしかできないんじゃないかなあ、と想像してます。与えられた歴史の中で、でもあきらめずに生きる、そういう二人かなと。

時間が許すときは、ぜひともここに戻ってきたいと思います。
実は、家人、自分激務の中、4月からPTA役員…ど、どうなるの((((;゚Д゚)))) と思っていたところ、子が野球をはじめて土日に練習で不在になり、休日なのにちょっぴりですが自分の自由時間が!
それもあって更新ができました(笑)
今年はなんとか自分の趣味の時間、うるおいタイムを取り戻したいものです。
テマンのあれも、ぜひ書きたいです。またそのとき、ぜひよろしくお願いします。
Commented by kkkaaat at 2016-02-15 22:47
>geko-gekoさん
長い間お待たせしたものを、こうして喜んでいただけて、どんなに嬉しいか、お伝えできたらなあ、と思います。読んでくださって、本当にありがとうございます!

チェ・ヨンとウンスの人生は、いわゆる順風満帆ではきっとないのだと思います。でも、二人には絆があり、愛情があり、そうした辛いことを受け入れて前に進む度量もある、そういうカップルだと思ってます。
そして、嵐のような歴史の流れの中でも、こうしてほっとする瞬間が幾度もあるんだと想像してます。いつでも明るいウンス、そういうウンスだからこそ惹かれたチェ・ヨンですからね~。
これからも何かしら、書いていけたらと思います。
そのときは、ぜひ読んでやってくださいませm(_ _)m
Commented by geko-geko at 2016-02-16 10:12 x
ミチ様
ある意味習慣で、そして更新が本当にうれしくてまたのぞかせてもらったらなんとお返事が!!!!
ありがとうございます❤恐縮です。
シンイが大好きで、でも最終回がちょっぴり物足りないと思っていたところ、ミチ様の作品に出会えて、私の幸せな時間はずっと続いています。ご無理のないよう、これからも楽しませてください。
Commented by kkkaaat at 2016-02-17 22:49
>比古那さん
続けてお読みいただき、ありがとうございます。
チェ・ヨンにとって、一生をともにする覚悟は決めても、ウンスが「天にお帰しする人」であることに変わりはないのだと思います。その気持ちをずっと抱えながら、繰り言を口に出すこともせず、首枷のように感じて重荷に思うこともせず、ただ抱えて生きる、そういう男じゃないかなあ、と想像してます。
こうしたうららかな日は、彼らの人生にとって一時でしかない、そうわかっていても、のほほんとした場面を繰り返し、繰り返し、夢見、書いてしまいますね。
Commented by ミジャ at 2016-02-21 18:40 x
ミチさん、お久しぶりです。
お元気でしたか?
お話更新されてたの…今頃気付きました……
北斗七星のお話も最後まで読ませてもらえて本当に嬉しかったです。
そして、新しいお話も…
ミチさんが、ミチさんちのヨンとウンスが元気で幸せでよかった、ほんとによかったです。
また、北斗七星も初めから読ませてもらおうと思ってます。今、またお会いできてほんとに嬉しかったです。
またいつか、ミチさんちの幸せなヨンとウンスに会わせてほしいです。
まだまだ寒い日が続きますが、体調崩さないように気をつけてくださいね。
では、また……
Commented by mamikoっち♪ at 2016-02-21 18:58 x
さきほど、「北斗七星」を読ませていただき、涙がまだ完全に乾かないうちにこちらのお話を読ませていただきました
先ほどの、悲しみが癒え今はほっこりとした気持ちです。
ああ、こうして、きっと二人の日常は続いていくんだろう、と思うだけで胸があたたかくなりました。
ありがとうございました
これから、またミチさんのお話が読めるのかしら?
寒い冬から希望の春が見えてきたような気持ちです
更新、お待ちしています
Commented by kkkaaat at 2016-02-22 23:01
>geko-gekoさん
そうなんです、ずっとお返事できてなくて、とても心苦しく思っていたこともあり、今回一区切りのタイミングでコメントいただいた皆様に、お返事させていただいています。
不在の期間にはげましてくださった方にも、なんとか時間を見て、お返事できたらと思っているのですが、まずもう見にこられてない方も多そうで(;´Д`)
シンイはほんと不思議な作品ですよね。物足りなかったり、ツッコミどころもけっこう(かなり)あったり。でもそれを超える魅力があふれてて、かつその隙が、逆に後を引くというか、想像をかきたてられるというか。
私も読んでいただけて幸せです!
Commented by kkkaaat at 2016-02-22 23:21
>ミジャさん
お久しぶりです。
元気です、元気でした。
ミジャさんには、この場をお借りして、失礼をお詫びしたいと思います。不在のとき、折に触れて、コメントを残してくださったの、読んでいました。お返事をせねばと思いながら、何か書けてから、と先延ばしに。ネットの顔の見えないお付き合いの中、不誠実なこのブログ管理人に、誠実にメッセージくださったこと、本当にありがとうございました。
しみじみと嬉しく思っていましたので、コメントに来ていただけて、とても嬉しいです。

うちのウンスとヨンをずっと見守ってくださって、感謝です。
書き手は勝手なもので、読み手の方に何を言われても、話の筋は変えないし、書きたいものしか書けません。でも、読んでくださる読み手の方がいないと、書けないし、書いても存在する意味がない。いつもはげましてくださるミジャさんのおかげで、最後まで書き上げることができました。
そのこと、心からありがたく思っています。

今、掌編でドラマで買い物に行くところを書いてます。リクエストいただいた颶風のラスト後の一場面も続けて書けたらと思ってます。しばらく長い話はちょっと難しいので、掌編をぽちぽちとでも書いていければなあ、と。
いつになるか、またあれで冷や汗ものなんですが、よろしければ暇なときにのぞいてやってくださいませ。
Commented by kkkaaat at 2016-02-23 22:47
>mamikoっちさん
続けてお読みいただき、ありがとうございます!
あの、私の考え方なので、異論もあると思うんですが、私は「不幸」な人というのは、あまりいないと思ってるんです。不幸な瞬間、波乱な瞬間、というのはあっても、人間ずーっと24時間怒り悲しみ続けることって難しいですよね。大変な状況の中でも、お菓子を食べれば嬉しいし、愛している人と話していれば慰められるし(もちろん異常な状況下での不幸というのはあると思いますが)、不幸な瞬間はあっても、不幸な人、というのは本人の決めることなんじゃないかと。
ウンスとヨンは、これからもたくさんの「不幸な瞬間」に向き合わざるを得ない人生かなと思います。
でもこの二人
>きっと二人の日常は続いていくんだろう
と、その時、その時でいつも乗り越えて、幸せな瞬間を見つけていく強さがあるんじゃないかなあと。
そんな幸せな時間を、また切り抜いていければな、と思ってます。
胸が暖かくなる、と言っていただけて、ほんとうに嬉しくて、つらつら語ってしまいました。
春になる前に、何かしらアップしたいですね!
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