「それは…?」
泣き声は丘いっぱいに響き渡った。
まるで怒っているかのように、声を張り上げる。
見つめ合う魔法がとけて、急に動けるようになったかのように、ヨンは大股で数歩、ウンスへと歩み寄った。
ウンスは、よしよし、と腕の中でむずかる赤ん坊をなだめている。
「これは…これは赤子ではないですか」
ヨンはこの四年の歳月と経験が身につけさせた落ち着きを、どこかにすっぽり落としたかのように、目を泳がせて、口をまるで魚のようにパクつかせた後に、ようやくそれだけを言った。
言葉が出ないのは、先ほどまでとは違う理由だ。
ウンスは再会の哀しみをひとまず脇に置いて、ただひたすらに嬉しいという笑顔を見せて言った。
「ごめんなさいね、お腹がすいてしまったみたい。ちょっとだけ待って」
そう言って、ウンスは木の袂に座りこむと、上衣の紐を解きはじめる。
呆けたようにそれを見下ろしているヨンに気がついて、ごめんね、ちょっとあっちを見ててくれる? と指を丘のくだった先にちょいと向けて、にかみながら言う。
ヨンはなぜ、とかすかに首をかしげたが、ウンスの胸元を開く仕草に慌てて目をそらし、木の裏側に行きかけたあげく、姿が見えなくなるのはやはり嫌で、少し距離を置いてウンスの横にならび、同じように木の袂に腰を下ろした。
「おなかすいたねえ。ほうら、もう泣かなくていいよ」
ウンスの声音は耳にあまりにも懐かしく、ヨンは貪るようにその一言ひとことに耳をすます。
しかし赤ん坊にささやきかけるその響きは、今まで聞いたことのない柔らかさを持っていて、ヨンは戸惑うように、顔を振った。
「ほら、おのみ」
そう聞こえたあと、乳を飲む喉音が続く。
横目で見ると、見たこともないウンスの甘い表情と白くはだけた胸がちらりと見えて、ヨンは急いで視線を戻した。
意味をなさない、赤ん坊をあやすウンスのつぶやきだけが、草擦れの音とまざって、あまりにもゆったりとした時間が流れていく。
「生きてるって、信じてた」
ウンスが突然吐き出すように言ったのを聞いて、チェ・ヨンははっと顔をあげた。
鼻をすする音がする。
「絶対に生きているって」
涙がぽたぽたたれる音まで聞こえてくるようで、ヨンはたまらなくなって立ち上がる。
この方が最後に目にしたのは、ヨンが凍てついた姿だったことに思い当たる。
「俺も」
ウンスの方を見られないので、丘からの、この四年間飽きるほど見た眺めを目に入れながら、叫ぶように伝える。
「俺も、信じておりました」
必ず、必ずまたお会いすると。
ヨンの言葉に応えるように、丘を風が駆けのぼり、草を揺らしヨンの前髪を巻き上げる。
びゅうと顔を風がなめ、ヨンは目をつむった。
衣の裾がはためいて、風がやみ、その裾が静かにまた下りると、何か思いつめたようだったヨンの目が開き、はあと大きな息が口から漏れる。
「おなかいっぱい? ん?」
まだ物言えぬ赤ん坊に問いかける声が聞こえて、それから身支度の気配があり、ウンスが立ち上がる。
ヨンはウンスの支度がととのうのを、黙って待った。
「お待たせ」
その声を待って、ヨンはウンスに向き直る。
ウンスは、濡れた目で、それでもこぼれる笑みをたたえて、ヨンを見ていた。
「一つだけ、聞きます」
ヨンはウンスの前に立って、赤ん坊を抱いたその肘にそっと両手をそえて、ゆっくりと目を覗きこむ。
「どうしたの、あなた……顔がまっ青よ……!」
優しげな瞳はそのままなのに、蒼白なヨンに驚いて、ウンスは声をあげた。
大丈夫ですそれより、とヨンは張り詰めた様子で、問いを続ける。
「この赤子の父親は、どこに、いるのですか」