筆記



【シンイ二次】緑いづる7 ―テホグンのご出勤―


「行きます」

扉の前で振り向くと、ヨンはそう告げた。

「留守中は、トクマン率いる馬軍から、伍隊を一つこの家屋の周辺警備に当たらせます。トクマンはあれでも、この四年なかなか目端のきくところを見せましたから、任せてもよいかと」

それから、伍隊の校尉(キョウィ)はチュモですから、足りぬものなどあれば、遠慮なく申し付けてください。できるだけ于達赤出身のものを周辺に当たらせますから、とくどくどと説明を続けるヨンを、ウンスが笑って押し出す。

「はいはい、もう耳が痛くなるほど聞きました」

兵営から一息(いっそく=12キロ)はないほどの街道沿いの村里に、手頃な屋敷を見つけたのは、ウンスが大護軍の部屋に間借りをはじめて五日ほどのことだった。
すぐさまに借り上げの手配をすると、ウンスと赤ん坊はそこにうつされた。ヨンは約束した通り、昨晩からはそこに寝泊りをしている。
兵営へと戻るヨンにむかってウンスは、抱いている赤ん坊の小さな手をつかんで、振ってみせる。

「いってらっしゃい。待ってます、テホグン」

ねえこれって、前に于達赤の兵舎ですごしたときみたいね、あなたが出かけて、私が見送る、とウンスが思い出し笑いをしながら、付け加える。

(なんなんだこれは…)

ウンスの笑顔と、手をつかまれて迷惑そうな赤子の顔を見ていると、肺の奥のあたりからむず痒いような感覚押し寄せて、ヨンはわずかにうろたえる。
それを押し殺すように、急いで一つうなずくと扉を出てそれを閉めた。

「ねえ、これってなんだかサラリーマンのお見送りみたいにもみえない?」

目の前で勢いよく閉められた扉に、少し眉をひそめると、ウンスは赤ん坊に話しかける。

「ああ、サラリーマンっていうのはね、高麗で言ったら、うーん、文班のお仕事みたいな感じかしら」

これまでの一年で、すっかり癖になっている独り言をぶつぶつ言いながら、ウンスは部屋の奥へと戻っていった。

扉の外に出たヨンは、家屋の前にすでに引いてあったチュホンにまたがる。
すでに十二歳馬となったチュホンは、馬体に無数の刀傷があり、ひと目でほかの馬と見分けがつく。ヨンはまたがると、腹を蹴る代わりに首筋を軽くたたき、それを合図にチュホンはゆったりと歩きはじめる。

「テジャン」

そう呼んだのは、馬を寄せてきたテマンだった。
崔家の私兵でさえない、ヨンの驅使(ボディーガード)であるテマンにとって、ヨンはいつまでもただテジャンのままなのだ。
テマンは家屋の入口に近い一室をもらったが、ヨンやウンスが起きる前のまだ暗いうちに起きて兵営に行き、夜のうちの報告を受け取って、すでにヨンに届けるというひと仕事をすませたあとだった。

「いせ――ユ夫人はお疲れじゃないですか?」

ヨンは言いつけを守って医仙と呼ばないテマンに満足して、かすかに笑う。
ああ、大丈夫だと答えながら、馬の腹を踵で軽く打つと早足で進みはじめる。

「おまえが届けてくれた餅を、三つも食べていた」

そりゃあよかった、とテマンは破顔して、ミョンソンも大丈夫ですか、と念を押す。
昨日兵営から小さな箱馬車でここまで移動したが、初めての旅路に赤ん坊が疲れていないかが気にかかるのだ。

「ユ夫人は、あ、甘いもの、大好きだから」

こいつに買ってこさせました、とテマンは馬首をならべた自分とヨンの後ろを、少しあけてついてくる二人の兵の右側を指さした。髪を髷には結わず、くくっているだけの細面の男が、小さくヨンにむかってうなずいてみせる。
テマンとそろいの鋲を打った革の胴着を身につけた二人は、崔家の私兵だ。選りすぐって連れてきただけあって、もうひと方も、筋骨たくましく目つきも鋭い。
厳密に言えばテマンは上官ではなく歳もずっと若いが、指示に従うよう、ヨンから言い含められている。
西京まで書簡を届けさせるついでに、テマンが気をきかせて買い物を頼んでおいたらしい。

「テジャン、俺たち開京に戻るんですか?」

テマンが目顔で離れろと合図すると、後ろの二人はすぐに馬速を落としてヨンとテマンから離れた。
膳立てが整えばいずれはな、というと、テマンが少し嬉しそうな顔をする。
帰りたいのか、とヨンが問うと、どっちでもかまいません、とテマンが答える。

開京を離れて二年半、八つの故地を取り戻した。その折々に上級将校たちはいっとき帰京し、武勲を立てた武官の中には禁軍への配属を申し出て、戦地には戻らぬものいる。
多くの顔ぶれが入れ替わっていく中で、ヨンとテマンだけは、一度も開京へは戻らなかった。

元軍が退いたあとも、ヨンは征戦のための選軍の一部とともにこの地の守護警備を自ら申し出て、この地に残ったのだ。

于達赤生えぬきで、ヨンの直属となったチュンソクやトクマン、その他の気心の知れた兵が率いる数百のこの選軍だけが、その理由をおぼろげに知っている。

「もう、お知らせはしてある」

誰に何をとは言わずにそう言うと、テマンがこくりとうなずく。
開京から加勢も来る、とヨンが言うと、何を思い浮かべたか、テマンが心配げな顔で言う。

「二百、三百と贅沢は言いませんけど、箱馬車を守るなら、ひゃ、百はいたほうがいいと思いますよ」

五年前に元から王を連れ帰る警護をした時のことを思い出して、テマンはそう言った。
数だけじゃただの人壁ってだけで、逃げる時間稼ぎがせいぜいですから、というテマンにヨンが答える。

「やってくるのは五人きりだ」

そう言ってヨンは、ぽかんとしたテマンを置いて、たずなをぴしりと鳴らすと馬を走らせはじめた。





by kkkaaat | 2016-03-22 19:27 | 緑いづる【シンイ二次】 | Comments(12)
Commented by mamikoっち♪ at 2016-03-22 21:21 x
こんばんは。ミチさん
落ちないペースの更新にウハウハして拝読しています。
チュモファンの私としては今回待ってました!とばかりにチュモの(名前だけでも)登場に舞い上がっております。
おとなしくウンスが借り上げた家でおとなしくしているとは思えません(笑)
また、是非にチュモを絡ませていただければなぁ、と願っております。
早いペースの更新、くれぐれも無理のないようにしてくださいね〜〜*\(^o^)/*
Commented by ぽんた at 2016-03-22 21:54 x
開京からの加勢の5人は選りすぐりの人選でしょうか?
数が多いと嫌でも目立ちますもんね。
私なら何事かと絶対見に行きます(笑)
赤子連れだとなかなか行動も制約されそうですしね。←未だドキドキなのでしょうか?おっぱいタイム(笑)

ところで…トクマンが何だか立派になって…
何だか嬉しくなっちゃいますね。
更新…ありがとうございました♪
Commented by eme at 2016-03-22 21:58 x
mamikoっちさんに同じく
更新嬉しいです。
以前は何度も読み返しながら、コメなんて恐れ多くて・・・でしたが
お休みされている間にこの世界にもだいぶ慣れてきました。
お返事までいただけて幸せ気分いっぱいです。
ヨンとウンス、どんな夫婦に、家族になっていくのかワクワクしてます。
Commented by kotomisa 884 at 2016-03-22 23:19 x
更新ありがとうございます。
赤ちゃん連れだから他の方法を考えたというヨンの頭の良さに想像力のない私は全く予想できませんでした。
ヨンの近くに住む!確かに「3歩以上離れては守れません」ね原則を守ってますね😃

今回、テマンさんがウンスのために買い物を頼んでいたくだり、なんだかテマンさんの成長に嬉しくなってしまいました。しかも、部下?らしきひとまでいるし。
こんな感想をかける場所があって本当に嬉しいです♪大好きなドラマについて話すのって最高の自分時間です。
素敵なお話をありがとうございます
Commented by たまうさ at 2016-03-23 00:32 x
ミチさま、こんばんは〜。
まさに新婚家庭の朝のワンシーンを見るようですね。
>肺の奥のあたりからむず痒いような感覚押し寄せて、ヨンはわずかにうろたえる・・
コノ感覚って、ヨンがまさに幸せを感じてるんですよね。
嬉しいです。こちらまで幸せ気分になります。^^
ミチさま、ありがとうございます。

>ヨンはまたがると、腹を蹴る代わりに首筋を軽くたたき・・
今回、萌え脳内変換はココでした。笑
落ち着いたヨンのこの感じ・・好きです〜。

開京に移ったら、チェ尚宮にも会えますね。
ウンスはホッとして泣いちゃうかも?
いろいろ楽しみです♪
Commented by ミジャ at 2016-03-23 10:45 x
ミチさん、おはヨンございます(*^^*)

>いってらっしゃい。待ってます、テホグン。
…ドラマのシーン思い出しちゃいました。テージャン、じゃなくなったけど…^_^;
新婚さん生活も始まって、ドキドキヨンですね。
ウンス、ドラマでも、花瓶に向かって独り言?言ってましたよね。
ヨンと離れてる間は、お腹の中の赤ちゃんに話しかけ出たのかな…

そして、テマナ…ミョンソンのことが可愛くて仕方ないんだろな。そのうちミョンソンも「サムチュ〜ン」と(オラボニ〜かな?)とテマンの後をついて回ってそう(*^^*)

前のお話のコメント欄で、同人誌…って見かけました。
ミチさん、またいつか時間ができて…作ってみようかな、って思われたら…また教えてくださいね。
Commented by kkkaaat at 2016-03-23 19:16
>mamikoっちさん
こんばんは!
そろそろストック切れと春休み開始でペースダウンすることになりそうですが、分量少なめでも更新しちゃうのと、やはりきちんとまとめて更新するのとどっちがいいんでしょうかね~?
私は少しでもいいから見せろ、もとい、見せて♥派なんですが、区切りがいい方が読みやすいよなあ、と迷い中です。
しばらく続けられるよう、無理はせずにやっていこうと思います。

チュモファン、珍しいですね!?
私も弟分的な感じで好きなんですが、ファン、初めて聞きました(笑)
今回のお話は、チュモが当ブログ始まって以来の大活躍いたしますよ~!
あと4回先のあたりをご期待ください!
いやあ、チュモが出てくる話でよかったです(笑)
Commented by kkkaaat at 2016-03-23 19:26
>ぽんたさん
大名行列になっちゃうと、みんな見に来ますよね。
私もお神輿とか絶対に見に行く方なので、わかります(笑)

>未だドキドキ
なんせヨン、暗がりで一回しか見てないですからね。
その上、吸った回数も断然赤子の方が多い(下品失礼…)
プロポーズも四年前、こんな状況ではガン見はできないかなあと。
話の中では書けないですが、内心ヨン(いいなあ…)って思ってるだろうと思います。

トクマンくん、出世しております。開京に戻ったらウダルチの次期テジャンは彼かも!?
こちらこそ、お読みくださり、ありがとうございます。
Commented by kkkaaat at 2016-03-23 19:33
>emeさん
更新、喜んでいただけて、こちらこそありがとうございます!
コメント、気軽に入れていただけるようになって、とても嬉しいです。
読み始めのときは、なんでか敷居が高いですよね。
私も、こうしてシンイファンの方、お話を読んでくださる方と、お話することでとても刺激を受けています!
この二人、やることはやったわけですが、それ以外はまるでまだ、付き合う前みたいな状態かなと思ってます、赤ちゃんがいるから余計に。
まず、恋人に戻っていき、立派に夫婦に…なれるかしら!?
Commented by kkkaaat at 2016-03-23 19:43
>kotomisa 884さん
こちらこそ、お読みいただきありがとうございます。
ウンスは、一年間離れていたので、ヨン以外は本当の意味では信用できない、というような心持ちからもしれないな、と思ってます。
ヨン、いろいろと頭をひねって、ウンスのため、そして自分のために、安全な道を探してくれるはずです!

テマンの成長、喜んでいただけて、嬉しいです!
今回のテマンはまたちょっと立ち位置が違います。
赤子連れウンスに振り回されるヨンを、がっちりサポートしてくれるんじゃないでしょうか?
ドラマでははっきりと書かれていない部分を、こういう立場かな、ああいう地位かな、といろいろ違えて想像できるのが二次の楽しいところですが、今回は私兵のあり方や、ウダルチの立ち位置やメンバーも少しずつ変えて楽しんでます。

感想を書くのを楽しんでくださって、私も嬉しいです!
私もこのブログにたずさわる時間が、日々の癒しの時間になってます♪
みなさんもここで、そういう気持ちを一緒に楽しんでくださっているのだと知って、本当に幸せな気持ちを味わってます。ありがとうございます!
Commented by kkkaaat at 2016-03-23 19:49
>たまうささん
ヨンの幸せ、一緒に感じてくださって、嬉しいです~!!
ヨン、このむず痒いような感覚が嬉しくもあり、赤子という障壁があって、まだある意味恋人直前的立ち位置な自分が、そんなふうに思っていいのか、迷う気持ちもあり。
得意のバックハグとかかましたれ! 赤ちゃん抱っこしててもできるヨン! と書いていて思うのですが、きちんとしてから、という生真面目さがいろいろと邪魔をしているようです。

チュホン、ヨンとはツーカーですから、鞭を入れたり、そういう必要はもうないんだと想像してます。
チェ尚宮、もちろん会っていただきますよ~。
ウンス、きっとすごく喜ぶと思います♪
Commented by kkkaaat at 2016-03-23 22:58
>ミジャさん
コンミンワンならぬ、こんばんワン!
(だじゃれで返そうとして滑りました)

温かく送り出されたり、心がほどけたりすることに慣れてないヨンですから、嬉しくも落ち着かない日々のはじまりですね。
ウンス、ドラマ内の女性特有の独り言の多いキャラだけど、百年前の世界なら余計に、しゃべる相手もいなくて、ずっと赤ん坊に話しかけていたかもな、と想像してます。

テマンはすっかり妹ができた気分ですよね。
子ども遊ぶのも得意そう~!

同人誌、仕様なども調べているんですが、表紙のイラストをお願いしようと思ってる友人が今、めちゃくちゃ忙しく。そこがそろえば、印刷に出したいな、と思ってます。また決まったら、お知らせしますね~!
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二次小説。いまのところシンイとか。
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