話が終わり、部屋からぞろぞろと皆が出て行く中で、チュンソクは後ろから腕をつかまれて、驚いて振り返った。
じっと黙ったまま、チュンソクの顔を見つめた後、ヨンは
「話がある」
と重く聞き取りづらい声で言って、手を離す。
はっ、と返答すると、チュンソクは自分だけ残って、丁寧に扉を閉めた。
自分で呼び止めたというのに、ヨンは何かうわの空で、チュンソクに椅子をすすめると、自分も向かい合って腰を下ろす。
さて、とチュンソクが口を開こうとしたとたんに、ヨンは跳ね上がるように立ち、見世物の虎のように部屋を二、三度行ったりきたりした。
「あ、あの」
呆気にとられたチュンソクが、話しかけようとすると、ヨンが突然目の前に仁王立ちになる。
「テホ…グン?」
何か話そうと、口を何度も開くのだが、また閉じてしまうのを、チュンソクは自分も釣られて口を開け閉めしながら待っている。あの大きな目で射抜かれるように見られて、チュンソクはまるで虎に睨まれた山羊のように身動きがとれなかった。
あげくの果てに、急に腕をつかんで引きずるように立たせると、いや、やはりいい、と手を振って出て行かせようとする。
「ちょっ、ちょっとお待ちを」
肩をつかんで押し出そうとするヨンの胸に両手をつっぱり、チュンソクは足を踏ん張って押しとどめる。
ヨンはそれ以上無理に力を入れず、はあ、と長々とため息をつくと、ゆっくりと肩から手を外す。
「お待ちを、テホグン。何か内密に話さねばならぬことがあるから、私をお残しになったのでは?」
んん、と喉の奥で咳払いをして、ヨンはチュンソクから顔を背ける。
「ご安心ください、このチュンソク、口が固いことでは、少しばかり自信がございます」
チュンソクはちょっとばかり胸を張る。
この計画、それぞれの連携がかなめかと、そのためには秘密があってはなりませぬ、細かなことでもぜひこの中郎将チュンソクには、胸を開いてお話くださいませ――
そうチュンソクが朗々と述べたところで、ヨンの口がわずかに動いた。
「子を産んだ女人は」
ぼそりと吐かれた言葉をチュンソクは聞き取ろうと、一歩前に出て、耳を前に出す。
「赤子を産んだ女人について、お前に尋ねたいことが」
それと計画とどのような関係があるのだろう、と思いながらチュンソクは、ぐっとうなずく。
「いや、やはりよい!」
とても言えぬといった様子で、顔の上半分に手を当てたヨンの前で、チュンソクはト、ト、と一歩つんのめる。
いやテホグン、ここは言いましょうよ、ここでやめるのはいかがかと、とチュンソクが二の腕をつかむと、ヨンは怒ったような顔でその手を振り払い、むすりとした表情のままもう一度椅子に座った。
チュンソクももう一度向かい合って腰を下ろす。
「して、赤子を産んだおなごについて、私の答えられることでございましたら、なんなりと」
ユ夫人の体調なども、これからの計画にはかかわりの深いことでございますから、とチュンソクが言うと、ヨンは、は、と笑いとも呆れたともとれるように息を吐く。
それから顔を上げ、思い切った様子で話し出す。
「チュンソク…お前は、子をなしたあと、いつごろから妻と同衾した」
チュンソクの首がかくりと斜めにかたむく。
ええと、と口が声を出したが、チュンソクは質問の意図をはかりかねて、言葉につまる。
「それは、計画とどのような関係が……?」
まばたきを忘れたまま、ヨンの顔を見ながらチュンソクがおずおずと尋ねると、関係などありはせぬ、と斜め下に視線をそらしたまま、ヨンが低い声で答えた。
チュンソクは、ようやくヨンの聞きたい内容に思い当たって、首をまっすぐに戻す。
「は……はっはあ、なるほどお!」
思わず笑ってしまう頬を抑えながら、そう答えると、何がなるほどだ、とヨンがチュンソクを睨みつける。
いつもなら怖気づくその目つきを事も無げに流し、いやいやいやいや、とチュンソクは両手で膝を打つ。
「テホグンも、男ですなあ」
思わずそう言うと、俺のことはどうでもよい、質問に答えろ、と恫喝のように言う。
わかりました、このチュンソク、テホグンのためでしたらお答えしましょう、と言うと、咳払いをひとつして答える。
「私の場合はですね、赤子が産まれてひと月後に遠征に参りましたが、テホグンにお気遣いいただきまして、半年の後に開京への連絡員として一時帰京させていただきました」
まっ、その折にということになりますかな、とチュンソクが前で手をこすり合わせながら答えると、半年か、とヨンがつぶやく。
なんの抑揚もなく出たその言葉の裏に、かすかな落胆があったように聞こえて、チュンソクはいやいや、と付け加える。
「ひと月後にはすでにという者もおりますが、赤子の世話で母親というものは忙しく、疲れておりますゆえ、無理強いは禁物かと。まあ参月ほども待てばよろしいのでは、と思うのですが」
もっともらしくチュンソクが説明すると、ヨンはふいと顔をあげる。
それから、チュンソクにむかって不思議そうに尋ねた。
「おまえはなぜ、そのように詳しいのだ」
どこでそんなことを知る、と言われて、チュンソクはうなずきながら笑った。
「都を離れ、妻と共寝することもかないませぬ。
妻子のいる男同士で飲むときには、そのような開け広げな話でもして憂さを晴らします。
あさましいことですが…」
笑いながらそう言うチュンソクの目が、わずかに人恋しそうに細まる。
テホグンと酒を酌み交わすおりには、どうしても戦や武芸にかかわる話が多くていけませんな、ぜひ今度はテホグンも我ら嫁御のおる男たちの酒盛りにおいでください、とチュンソクがそれをごまかすように言うと、
「俺は房事は話さんぞ」
とヨンは、ふっと笑って、そう言った。
それから口元の笑みを残したまま、真面目な顔でチュンソクに言う。
「帰京までもうすぐだ。無事に戻るぞ」
はい、と答えたチュンソクに、こうしたことはお前にしか聞けぬ、これからも頼むぞ、とヨンが横を向いて付け加えると、チュンソクはいっそう力強く、はい、ともう一度答えた。