「3枚目」
キ・チョルの手を逃れて(判読不可)に入ると、一度現代のソウルの町に出られた。
連れ去られた直後なら大喜びだったと思う。
でもあの時は、一刻も早く戻ることしか考えられなかった。氷功を受けたあの人のために、病院へ走り、医療用具をかき集めて、全速力で(塗りつぶし)に戻った。なのに。
何がいけなかったんだろう、どうすればよかったんだろう。
もとの時間に戻るためには、何が必要だったのか、今はわからない。
(塗りつぶし)をくぐって十五日が過ぎてしまった。
しばらく(塗りつぶし)の前で、もう一度くぐることができないか待ってみたけれど、かすかに時折光るだけで、通ることができず、悔しくてたまらなかった。
あの人を思うと、気ばかりが焦る。
このあたりは、広く戦地になっている。
合戦場はないけれど、元軍が進軍する道筋になり、その際に焼き討ちや略奪が行われているみたい。
幸運と言っていいのか、私が丘を逃げ降りた際には、元軍は数日前に通り過ぎた後だったようだった。
空腹に耐えかねて丘を下りて、人家を探してみた。丘を降り、ふもとを通る街道沿いに、15分ほど歩いたところから東に行ったところに集落を見つけた。
様子をうかがうと、無理な徴収を受けて怪我人が出ていた。
敵でもないのに斬るなんて、というより子どもを斬るなんて、非道すぎる。
見かねて、治療を申し出たのだけれど、言葉があまり通じなくて怪しまれる。
言葉もろくに通じないここでめったなことはできないと思った。
今、私は死ぬわけにはいかないから。
でも立ち去れなかった。
「医師として、生涯かけて、人類への奉仕の為に捧げる。」
私とて誓った身。チャン先生が私にしてくれたことを考えたら、立ち去るわけにいかなかった。
あの人が私の肩をつかんで「ご自分をもっと大事にしてください」と叫ぶように言うのが見えたような気がする。
なんとか医者であることを伝えようと、地面に棒きれで「医生」と書いてみたけれど反応ははかばかしくなかった。どうやら字を読めるらしい僧装の男性が皆に説明しているようだったけれど、目つきが変わったのは母親だけ。
ふと思い出して、イチかバチかで「学子華佗」と書いてやった。
どうしても見捨てては行けないと思ったから。
あの人、なんでそのような思慮のないことをなさるのです、って怒るだろうなと思う。
一人、父親によく似た顔の男が怒った口調でつっかかってきたが、母親が取りすがって何かを言うと黙り、その母親が私に診てもらうというようなことを騒ぎ立てると、子どもと父親を守るように立っていた人たちがどいてくれた。
ひどい刀傷で、出血がひどかったが、子どもの方は額と肩で、見た目より傷は深くなく、消毒と縫合で特に問題なかった。父親の方は、被さってかばった際に大腿部の動脈を傷つけられており、かなりの大手術となったけれど、非常に体力のある人物で、それが幸いして一命は取り留めた。
術後、汚染手術となったためセファゾリンを投与。
あの人のために持ってきてすべてが、とても役に立っている…。
その後、治療にあたり、その親子の家に寝泊りを許された。
村から(塗りつぶし)のある山が見えるので、一度弱い発光らしきものを確認して急ぎ丘を上がったが、出たばかりのときと同じで、弱く光るだけで抜けることはできず、見ているうちに消えてしまったので、村へと戻った。
食事、寝床が確保できたのは、本当にありがたいけれど、正直とほうにくれている。
いったいここで、私はどうすればいいんだろうか?
「これっ、あの、ソウルの病院にあらわれて姿を消しってって…」
ウンスの母親が、前に身を乗り出して男性に先ほどの紙を差し出す。
男性は受け取らずに、ため息をつきながらうなずく。
「まあ、そのように読もうと思えば読めるのですよね。
しかし意味不明な記述が多いのも確かです」
とにかく、もっと読んでみよう、と母親の手をそっと押さえると、父親が次の紙を手にとった。