筆記



カテゴリ:雨【シンイ二次】( 4 )


【シンイ二次】雨4

「死ねぬな…」

チェ尚宮が念を押すように言った。
はは、と笑いとも吐く息ともつかない音をもらして、チェ・ヨンは肩を揺らす。

それから、クククと何が可笑しいのか笑った。
ついに狂うたか、とでもいうように怪訝な表情を浮かべるチェ尚宮を横目で見ながら、
チェ・ヨンは言う。

「あの方は、俺を生かす方策をよくよく心得ていらっしゃる」

しばらく、笑ったあと、まったく忌々しい、と本気で苛立つ様子で身体を揺すると
鎧ががしゃりと鳴った。
医仙を開京に連れ帰ったら王に申し出てあった通り、護軍の職を辞するつもりであった。
政にはかかわらず、二人、都に残れぬのなら野に出でて、庵でも編み…。

そのようなこと、夢の中でさえあり得ぬことではないか。

いまその道を選ぶことは、自分と医仙を殺す道であっただろう。
医仙不在のいま、チェ・ヨンに選びうる道は、死なぬこと、そして戻る場所を守ること。
はあ、とため息とともにつぶやく。

「結局あの方は思いどおりにしちまうんだ」

言わんとするところを何とはなしに悟って、チェ尚宮はじっと顔を見る。
甥は当分の間、どこかに行ってしまう心配はなさそうだった。

気づくと、先ほどまで絶え間なく音を立てていた雨はやみ、
軒先からぽつりぽつりと滴を落とすだけになっている。

「新兵をつのる計画を立てねばならぬ」
チェ・ヨンはぐっと身体を伸ばし、一度チェ尚宮に向き直ると、行く、と低い声で言い、
踵を反した。

チェ尚宮は何か声を掛けようと思ったが、見つからず、ただ一つうなずいた。

生きよ、とただ胸の内で言葉にする。
生きよ、と。

どちらに向けて言ったかはしかとはわからず、ただ思った。
生きておれ、と。

(終わり)




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by kkkaaat | 2013-09-29 11:57 | 雨【シンイ二次】 | Comments(12)

【シンイ二次】雨3

近衛隊の宿舎に戻ろうとする途中に、チェ尚宮は立ちはだかっていた。
先ほど王の間を出るときには、王妃の横にはべっていたはずだというのに
、どうやって先回りをしたのだか。
皇宮の中のことは、針の穴一本のことでも知っている。

人の気配のない回廊を曲がると急に表れた人影に、チェ・ヨンは少し驚いた様子を
顔に浮かべたが、すぐに平静を取り戻す。
庭に面した回廊の外では、いつの間にか雨が降り始め、頭の上の屋根を叩く音が、
やけに大きく響いていた。

「本当に、大丈夫か」
いつものように厳しい面持ちで、優しくもない口調だったが、
叔母が自分のことを心配していることが、チェ・ヨンにはわかった。

「大丈夫です」
「お前の大丈夫はあてにならぬ」
叔母の言葉に苦笑する。
「本当に」
空元気を見せるつもりもなかった。

「先ほど王にも申し上げた」
「なにをじゃ」
医仙に関する報告が終わり、王妃とそれにともないチェ尚宮が下がった後、
王と重臣に護軍として奏上したことを告げる。

「なんという!」
チェ尚宮は言葉を失った。ごくんと息を飲み込むと、胸を押さえ一歩よろめいたが、
すぐに身体を立て直した。
いまは元の領土となっている天穴の地に侵攻し、高句麗の時代の領土を奪取せしめ、
高麗の地とする。
その戦線を開こうというのだ。

「女のために国を争わせる気か」
チェ・ヨンは小さく首をふった。低い声で言い募る。
「これはもとより考えのうち。
徳興君が去り、徳成府院君が亡き者となったいま、元との何らかの競り合いは必須。
先手を打つのです。みだりに触れれば噛み付く獣と思わせなければ」

「惚れた女のために、王を焚きつけたわけではないのだな」
チェ尚宮が念を押すように言い、ほっと肩の力を抜く。
チェ・ヨンの口元に今度ははっきりとした不適な笑みが浮かぶ。

「まあ、それもある」

「不届き者めが!!」
まるで子どものように頭を叩かれて、顔をしかめる。
そして考え込むように、手を壁につく。

「それくらいは」

ぽつりと言う。
「それくらいは、…させてほしいか?」
「さあな」
チェ尚宮から顔をそむけて、チェ・ヨンは言った。

しばし沈黙が落ちる。
叔母と甥は、ただの叔母と甥ではなく、王の尚宮と護軍でもあった。
互いをいたわる言葉も、喉で止まる。

「あの方は生きている」

チェ尚宮が、それだけをチェ・ヨンに向けて言った。
「ああ、生きている」
息でその言葉を温めるように、チェ・ヨンは言った。
ゆっくりと力をこめて、うなずきながら。

また沈黙が落ちる。
「そろそろ、戻らなくては」
チェ尚宮は、王妃のもとに戻ろうと動きかけたときだった。

チェ・ヨンが言う。

「別の時にいて、……そして俺の命のことばかりを考えている」



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by kkkaaat | 2013-09-28 22:16 | 雨【シンイ二次】 | Comments(2)

【シンイ二次】雨2

「ゆえに」

王と王妃の前に立つチェ・ヨンの眼差しは、強い光が宿っていた。
チェ尚宮は意外な思いでそれを見ていた。
医仙を連れずに戻った甥がどれほどの失意の底にいるか、
鳩尾に鉛の塊を飲み込んだような重さを感じながら、報告の場に馳せ参じたからだ。

「医仙が天穴に逃れたのは確かでしょう。徳成府院君は天穴の前で、
己の内功で凍てつきこと切れておりました。
その死に際の面相、様相から天穴に入った医仙を追おうとして、
そこで力尽きたと思われます」

王と王妃が医仙が死んだわけではない、
という報告にわずかに緊張をほどき、目配せを交わす。
それでも硬い面持ちを崩さず、王が尋ねた。

「して、医仙はなぜ戻らぬ」

チェ・ヨンは眼差しを伏せたが、すぐにまた上げると言葉を続けた。

「戻らぬのではなく、戻れぬのだと」

王妃が思わず手で口を覆った。
「息を吹き返したとき、私の手の下にこのようなものがありました」
チェ・ヨンは苔むした薬瓶を王に手渡した。
これは、と王が目顔で聞く。

「以前、私に同じような瓶をくださりました。薬です。
その瓶の中にも薬が入っておりました。
土に半ば埋もれ、ずいぶんと時を経たもののように見受けられます」

視線が何もないどこかを見据え、ひたと止まる。
息を止め、しばらくしてはぁ、と吐き、言葉を吐き出す。

「あの方が…置いたのです。氷功をうけた私が使えるようにと」

王が合点がいかぬ、というふうに首をかしげる。
「しかしそなたは先ほど、医仙はそなたが気を失いかけたときに
キ・チョルに攫われていったと言ったではないか」
チェ・ヨンがどう説明したらいいか、と迷うにように頭をふる。

「なんと申し上げたらよいか。
医仙の言葉を借りれば、『昨日の世界』とでも言うのでしょうか。
私たちの親の親の親の親の時代。
そこに医仙はいるのだと、そして倒れた私がいつかこれを使えるようにと、
置いたのだと考えています」

「医仙が天穴を通って昔に行ってしまった、と言うのか」
王妃が思わずに口走る。
「そうです。医仙は薬瓶を一つしか持ってはいなかった。
このもう一つの薬瓶は、医仙が天界、いや『明日の世界』に一度戻った証でしょう。
薬を持って、医仙は…あの方は、引き返した」
チェ・ヨンは緩く目をつむる。
唇の上に微かに喜びが走ったのは気のせいか。

「けれど天穴はあの方を別の時に送った。そしていまもあの方は別の時にいる」

言葉の最後が、微かに震えた。



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by kkkaaat | 2013-09-28 22:01 | 雨【シンイ二次】 | Comments(2)

【シンイ二次】雨1

24話(最終話)キ・チョルとの最後の戦いの直後からの話。
ドラマではありませんでしたが、脚本ではチェ・ヨンが生き返るのは雨のおかげで、
目が覚めるとそこに薬があったとか。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





暗闇の中にいた。
見えない。
何にも触れず、何も触れてはこない。
明かりが音が匂いが、…熱が弱まっていく。
怒りの心は遠に消え、意外なことに悲しみもまた遠ざかっていく。
ただ最後に、あの人への心配と嬉しさと苛立ちと温さが混じり合ったものが、
微かに我の中に息づいている。

ああ、それも消える、と思う。
最後の一息が漏れる。

そのとき、温いものがぽつりと落ちてきた。
一粒、間を置いて、ゆっくりと一粒。
硬く凍えていたものが、溶けて戻ってくる。
あの人が泣いている、温かい涙だ…また泣かせてしまった。

それが自分の頬に落ちる雨だと、チェ・ヨンはしばらくして気づいた。
雨がこれほど温かく心地良いものだと、初めて知った。

戦さ場では、髪の根元に流れこみ、背中を伝って爪先までしんしんと冷やすそれは、
心底嫌なものでしかなかった。
だからあの人に好きなものを尋ねた時に、
「雨が一粒、二粒、とふりはじめるとき。あ、と顔をあげて」と言われても、
また奇妙なことを言う、と思った。
ただそう話して煌く瞳から目を離すことができなかった。

今ようやく、あの人が言いたかったことがわかったような気がする。

雨がさあさあと絶え間なく粒をつなぎはじめ、眼をじかに叩きはじめた頃、
水の中にいるような視界のおかしさに、光が戻ってきたことを知った。
自分がキ・チョルの氷功に凍らされて目を開いたままであったことも。
ぐ、と目をつむる。
目を閉じるのも一苦労だ。

熱が戻ってくると同時に、激しい焦りも戻ってくる。
血と気が巡り始めるのがわかるが、しかし身体はまだ動かない。
ようやく血が通いはじめた指先で、草と泥を掻く。
次第に平に力が戻り、地面をつかむような動きができるようになる。
手首と肘が鈍痛を伴いながらわずかに収縮を見せる。
泥を掻く指に、この時代に不似合いなつるりとした硬い感触があった。

けれどもチェ・ヨンにはその感触に馴染みがあった。

知っている。

俺は、これを大切に持っていた。

身体をなんとか動かせるまで、小半時がかかった。
起き上がったチェ・ヨンの手には苔むしたプラスチックの薬瓶が握られていた。





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by kkkaaat | 2013-09-27 19:10 | 雨【シンイ二次】 | Comments(3)

二次小説。いまのところシンイとか。
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