筆記



カテゴリ:明日の風【シンイ二次】( 8 )


【シンイ二次】明日の風8 (終)

「テホグンニム、起きていらっしゃいますか。
プジャンが起こしてこいと…」

いつもなら部屋に入って着替えを手伝う衛兵が、扉の向こうで、
これ以上声を大きくしていいものか、迷うように何度も言っている。
なぜ入ってこぬのだろう、と思って、腕の中にある柔らかいものに気づいて、
目が覚めた。

「わかった! しばしさがって待て!」

扉の向こうに聞こえるように、声を張り上げる。
その声にウンスが目を覚まし、伸びをする。

「了解いたしました」

あからさまにほっとした様子で答えたあと、扉から離れる足音がした。
チェ・ヨンは惜しむように、ウンスを腕に抱きこむと、名残惜しげに乳房に手を回す。
ちょっと、とウンスが驚いて手をつかもうとすると、するりと逃げた。

「少しばかり寝過ごしました。朝飯にはありつけぬかも」

そう言うなり素早く起き上がり、チェ・ヨンは手早く身支度をはじめた。
薄明るい明け方の寒さの中で、ウンスは鳥肌を立てながら、衣を身につける。
窓外で、離れていて何を言っているかはわからないが、
はしゃいだような声が聞こえている。
チェ・ヨンが、短くため息をついた。

「思うていたとおりですが、あなたが私と共寝したこと、
外のものみな知っております。ご覚悟を」

ウンスが目を見開いた。
恥らう歳でもないが、それでも触れ回られて喜ぶような趣味もない。
だってちゃんと口止めしたのよ、と言い訳のように言うのを、
チェ・ヨンは鼻で笑う。

「まず、手引きされて入るあなたを見逃すほど、衛兵たちの目は節穴ではありませぬ。
俺の兵はそんな間抜けはおりません」
「なに、見てみぬふりをしてたってこと?」

ウンスは頭をかきまわして、そう言った。
チェ・ヨンはその手をつかんで止めて、椅子に座らせ、
櫛でウンスの髪をすきはじめる。

「テマンは黙っていたでしょうが、言ったつもりがなくても
あいつは聞き出されてしまうでしょう」

どうしよう、とうろたえるウンスの顔を見て少し笑うと、
チェ・ヨンは涼しい顔で言った。

「あきらめてください」

そして、まとめてあった荷をかつぐと、扉を開けてしまった。
ウンスにも小さな荷を投げてよこす。
さあ、とうながされて、ウンスもしぶしぶ外に出た。

堂々と歩くチェ・ヨンの後を、身を縮めるようにして着いていくと、
練兵の広場に整列した三百の兵にぎょっとしてまた目を見張る。
出立する兵だけが集まると思っていたのだが、大護軍の出立を見送るために、
すべての兵が整然と列をなしていた。

持たされた荷で顔を隠すようにして、手招きするテマンのそばに駆け寄る。
テマンは自分とウンスを乗せる二頭の馬の引き綱を引いて、
抑えられないといった様子で笑みを浮かべている。

「ちょっと、秘密にしてって言ったでしょ」

声を潜めて言うと、テマンがいつもの大きな声で言う。

「俺は約束はちゃんと守りましたよお。でも、トクマンとか、
ウダルチのやつらはみんな、医仙だって気づいちまって」

しーっ、しーっ、と口元に指を立てるジェスチャーの意味がわからず、
テマンは首をかしげて続ける。

「だから昨晩は、は、早くテホグンが部屋に戻れるよう、みんな必死に
仕事したんですが、それでもずいぶん遅くなってしまって、すみませんでした!」

もういいわ、と半べそになりながらウンスが言って、
大きな馬の身体のかげに隠れようとすると、
馬がぶるると鼻をならしてウンスを押しやるように顔を振った。
ひゃあ、と驚いてテマンの後ろに逃げこむウンスを見て、
チェ・ヨンは笑いを抑えきれず、少しだけ肩を揺らした。

大護軍の見送りはウンスが想像していたよりもずっと簡略なものだった。
チェ・ヨンは兵の前に立つと、これまでのねぎらいの言葉をかけ、短いそれが終わると、
ウンスを含めた十一名は馬に騎乗する。
三百の兵はざっと地面を足で払うと姿勢を正し、頭を下げて一行を見送った。





「丘を越えて、川沿いの道まで戻りましたら、一度休みをとりましょう」

馬を歩ませて数刻、先ほどからウンスは何度お腹がすいた、とつぶやいただろうか。
村邑を抜けてしばらくの旅道では、さほど苦でなかった乗馬も、
登り下りのある丘にさしかかってからは、馬の背から身体が滑り落ちないように
するだけで精一杯だった。

後で少し走らせましょう、とチェ・ヨンに言われてぞっとする。
明日からは走っての旅路となりますから、と信じがたいことを言っていたが、
テマンや若い兵らが命じられもしないのに、「少し様子を見てまいります」
と言っては馬を走らせまた戻ってくるのを見ると、ウンスに合わせて歩かせる
今の状態は、よほどのどかで退屈に近いものらしい。

「医仙さま、あの」

最後尾をつとめる、頭にやや白いものが目立つ徴用兵が、遠慮がちにウンスに話しかける。
これほどの歳のものが出兵するのは、あまりあることではなかったが、
体つきのがっしりとした丈夫で力のある男で、歳の割りに使える兵だった。

ウンスは他にすることもない馬上の旅がはじまると、遠慮なく同道の兵たちに話しかけ、
初対面だった兵たちも、このおしゃべりな天界の女人にすでに打ち解けはじめていた。

「あの、開京までのこの旅で、何か悪いことは起こりますでしょうか?
医仙さまはあの、先のことをお見通しになれると噂に聞いたもんで」

同行する者たちとウンスが話をすることを、特に気にもとめていなかったが、
問われた内容を聞いてチェ・ヨンは慌てて後ろを振り返った。
そんな力はない、そんなことを聞いて戸惑わせるな、
と声をはりあげようとして、ウンスに先を越される。

「うーん、それがね、わからないのよね」

ほんとに私わからないのよ、ごめんなさいね、とウンスが顔の前で手を合わせて
あやまり、また慌てて手綱を取る。
一瞬、振り返ったチェ・ヨンとウンスの目が合った。
ウンスは微かなほほえみを頬に浮かべて、なのに目は笑わずに、
ひたとチェ・ヨンを見ていた。

「そうでございますか」

いくぶんがっかりしたような口調で、その初老の徴用兵が言う。
道中の無事がわかれば、少しばかり安心かと思いまして、
ぶしつけに失礼いたしましたと言うその兵に、励ますようにウンスが言う。

「大丈夫、なるようになるわ。明日は明日の風が吹く、ってね」

この人はこれからの国難を、そして俺とこの人にふりかかる多くの難事を知っている。
チェ・ヨンは槌で頭を殴られたように、そのことを悟った。

これまで、この人が何かしらの力で先のことを見通すのを見てきたが、
時折もたらされる遠い場所の知らせほどにとらえていたが、
この人は自分が思うよりもずっと、知っている。

知っていて、そして、こんなふうに鼻歌でも出そうな口調で言うのだ。
そう思ったときに、馬に揺られながら本当にウンスが鼻歌を歌い始めたので、
あっけにとられ、その後、思わず噴き出した。

笑いながら、前に一度だけウンスが調子っぱずれに歌ったときのことが頭をよぎる。
腹の底から笑いたくなるような熱と切られるような冷たい痛みが、
同時に胸をしめつけるのにチェ・ヨンは戸惑いながら、笑った。

「何よ、笑って。もう!」

ウンスが並んで馬を走らせるチェ・ヨンの背中を叩こうとして、
馬から落ちそうになるのを、急いで支える。

「おっとっとっと」

可愛らしく悲鳴を上げるのではなく、とぼけた低い声でそんなことを言うのが、
また可笑しくて笑う。
笑った声がわずかに割れていたのに、誰も気づかない。

少し強い風が、草の上を走ってくるのが見え、ウンスの髪を巻き上げた。
チェ・ヨンは一緒に巻き上がった砂埃に、顔の前に手をかざし、
砂をぬぐうように目を擦った。
ふわりと舞い上がった髪を、ウンスは手櫛でおさめようとしているが、
余計にもつれさせている。

馬を降りたら、あの人の髪をすいてあげるとしよう、とチェ・ヨンは思った。
そして懐に入れてある櫛に触れ、馬の腹に足を入れ、
少しだけ速度を上げた。





(終わり)



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by kkkaaat | 2013-10-15 11:09 | 明日の風【シンイ二次】 | Comments(24)

【シンイ二次】明日の風7



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by kkkaaat | 2013-10-13 23:26 | 明日の風【シンイ二次】 | Comments(19)

【シンイ二次】明日の風6

昨晩、開京から早馬がついた。
書状を開くと、大護軍の王都への帰還を許す旨、したためられていた。
内密に願い出ておいたおかげで、医仙のことには触れられていない。
「思いのほか早かったな」
チェ・ヨンは満足げにそう言った。

早馬と同時に、手裏房(スリバン)も都へ向かわせ、チェ尚宮へ事情を伝えた。
医仙のことは、王にも伝わっているはずである。
でなければ、天穴から医仙が出でて九日、このように早く使いがたどり着くことは
できない。馬を何頭乗り捨てたのか、使いは都から四日、食事も眠りもほとんど
取らずに来たようで、げっそりとした様子だった。

「飯でも寝床でも、欲しいだけ与えてやれ」

言い残すとすぐに、出立の最後の手筈の指示を出しに、この後六人の隊長を集めるよう
テマンに言いつけた。
人と馬と荷の手配はすでにつけてあったが、明日出立となれば、
急ぎ荷作りをさせる必要のある兵もいる。

目の前に立たせている九名を見渡す。都行きに同行させるものたちだ。
迂達赤隊(ウダルチ)のテマン、チュモの腕は確かだが、隊に入り三年めとなる二人は少し劣る。
年嵩の徴用兵の二人はなおさら使えない。
それでも、大護軍と医仙の同道として選ばれたと胸を張っている。

位階のあるのは中郎将のオ・ソクチェと校尉のチュモだけだったが、
指揮をする自分が急遽立ち去るのだから、位の高いものを連れていくわけにはいかなかった。
腕がたって、忠誠心が強く、そしてできれば都に家族の待つもの。
そうして選んだ九人で、最善とまではいかなかったが、ただ急ぐのみでさほど危険のある
わけではない道中にはまずまずの人選だった。

「出立は明日だ」

すでに聞いていたと見えて、皆慌てもせずうなずく。

「卯の正刻に各人騎馬にて営門近くに集まるとする。
徴用兵は開京にて役目をとかれることとなる。テマンはいつもどおり俺に随従しろ。
この三人戻らぬものとして、身の回りのものすべての始末をつけておけ。
持てぬものは、全部仲間にくれてやれ」

明日の準備について、次々に指示を続ける。
チェ・ヨンは最後にテマンに声をかける。

「お前はもう荷作りはすんでいるな」

はい、迂達赤隊の仲間にみなやってしまいました、とテマンはうなずく。
この男はよくよく、欲がない。

「まず隊長を呼んでこい、わかってるな」

はい、隊長を六人呼んできます、と言って出て行こうとするのを、チェ・ヨンが
呼び止める。

「待て、もう一つだ。その後、宿に行って医仙に出立が明日になったと伝えてこい」

隊長を呼ぶ、医仙に伝える、とテマンは指折りながら繰り返す。

「隊が宿まで迎えに行くので、辰一刻までに支度をすませて待つように」

わかりました辰一刻ですね、と復唱すると、テマンは風のようにその場を去った。

皆が出て行くと、チェ・ヨンはどさりと椅子に腰をおろした。
明日の出立を決めて、朝から休みなく動いている。
明後日でも、と言うものもいたが、チェ・ヨンの一日でも早くという意思は固かった。
噂は千里をかける。だれか医仙を気にかけるものの耳に入る前に出てしまいたい。
自らの準備が整わないということは、敵の準備も整わないということだ。

ふう、と息をついて、首を後ろに投げ出す。

「わたしね、やっぱり医者をやっていこうと思うの。
医仙じゃなくて、普通の医員としてよ。
現代医学のアドバンテージがあるから、私きっとかなり腕のいい医員になるわね」

ウンスはそんなことを言っていた。
一昨日、用件のついでに宿に立ち寄ることができて、顔を見るだけと思ったが、
結局立ち去り難くて、ウンスに通りの茶屋に連れていかれたときだ。
剛釘と茶食を並べられて、得意げに、ここが一番美味しいのよ、と言う。
高麗ではもうこういうお菓子ができてたのね、天界でも同じのがあるわ、
とまずは自分が口に入れていた。
自分がいぬ間に、病人の世話をしたり、この辺りをぶらついたりして過ごしていると
手裏房から報告は受けていた。

「あまり宿からお出にならないでいただきたい」

そう言うと、頬を膨らませる。
こんな面白い顔をする女人は見たことがない、と思う。

「部屋の中で一人でいると心配ばかりして、ヒステリー起こしちゃうわ。
心配したって何もできないときは、せめて別のことをしてたいの」

どうやら先日チェ・ヨンにあたったのは、天界の言葉でそう言うらしい。
お願い、と手を合わせられると返答につまる。
宿の近辺だけで、と念を押すと、嬉しそうにぱっと笑った。

茶を飲んで、そう言えばと尋ねると、天界の道具は昔に置いてきたのだという。

「未練が残るでしょ持ってると。抗生物質も手術器具もサージカルテープも
あと二巻、とか思って、天穴にまた入りたくなるかもしれないし。
それに、ああいう道具はどうしても目立つから」

あと、私が過去にあの道具とかプロジェクターとかを置いてこなかったら、
あれを私がこの高麗で見ないことになっちゃうでしょ? 
ええと、タイムパラドックスが起こっちゃうわけよ、
と最後の言葉は天界語だらけでまったく意味がわからなかった。

人前で天界の言葉を使わなくなったというのに、ウンスは二人で話すときには、
以前と同じで、わけのわからない言葉を減らすことがなかった。
むしろ、わけがわからないという顔をするチェ・ヨンをからかうような顔で覗きこむ。
それがチェ・ヨンには、嫌ではなかった。

昨日は行けなかったので、しかたがなくテマンに様子を見に行かせた。
明日の出立を控えて、今日も当然兵営を離れることはできない、
と思うと忌々しくて、舌打ちが出た。

「ウダルチテジャン、チュンソク参りました」

部屋に入ると、チュンソクがチェ・ヨンの前で足を揃えて言う。
この男を伴えれば一番安心なんだがな、と思い、そのまま口に出す。

「おまえを連れていければな、俺が楽なんだが」

チュンソクはまんざらでもなさそうに口元をぴくぴくとさせたが、
浮かんでしまう笑みを噛み殺して、平静を装う。

「ついて参りたいのはやまやまですが、テホグンが急かしますので、
仕事が山積みですから」

俺みたいに、副隊長(プジャン)にやらせればいい、と言うと、苦労を思い出したのか、
ははは、と作り笑いをした。

卓に足を投げ出して、腹の上で指を組む。
明日からは、旅程とはいえウンスと離れずにすむと思うと、口元が自然と上がった。

「頼んだぞ。医仙の件がすんだら、ウダルチは開京に呼び寄せる。
次がここよりいいとは限らないがな」

そう言うとチュンソクは、大護軍の行くところならどこへでも、
と地図を広げながら、そう言った。



チェ・ヨンがようやく私室へと足を向けることができたのは、もう日も変わろうとする
刻限だった。月は天のもっとも高いところを通り過ぎ、暗がりの中の影を濃くしている。
寝ずの番のものだけが、ぽつりぽつりと辺りに目をやったり、歩き回ったりしているが、
話をするものもほとんどなく、辺りは静かだった。

早く床につきたくて、足早になる。
明日のことを考えると妙に目が冴えて、あまり眠れそうになかったが、
身体だけは休めておきたかった。

集合所の部屋を抜ける。
多くの人の集まるこの部屋は、侮られぬ程度に調度も整えられている。

ただそこに連なるチェ・ヨンの私室は、あまりにも簡素だ。
木台に筵を重ねて布をかけて申しわけ程度に整えた寝台と、
身の回りのものを入れてある行李も一つきり。
飾りのない椅子が二つと書き物卓が一つ、風除けの壁に剣置きが
申しわけ程度に置いてあるだけだった。
掃除洗濯だけは行き届いているが、ただそれだけの部屋だ。

どんな場所でも豪奢な自室を求める上将軍の話も聞き、もう少し快適な部屋をと
薦めるものもいたが、戦場で快適な部屋を求めるなど頭のおかしい者のすることだと
チェ・ヨンは一笑にふした。

この部屋で寝るのも今日でおしまいだ、と思ったが感慨めいたものは
何一つわいてこなかった。

扉に手をかけわずかに開けかけて、そこでチェ・ヨンは眉をしかめて動きを止めた。





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by kkkaaat | 2013-10-12 07:25 | 明日の風【シンイ二次】 | Comments(14)

【シンイ二次】明日の風5

宿の横で馬を降りてつなぐと、もうウンスの声が聞こえてきた。
チュンソクはすぐに聞き分けて、笑みを浮かべると、チェ・ヨンの顔を見る。
うなずくと、そわそわと入り口に足を向けた。

宿の正面に回ると、向かいの飯屋にウンスの姿があった。
歩み寄ろうとして、チェ・ヨンがチュンソクの肩に手をかけて、止める。
ウンスは飯屋の長椅子に子どもを横たわらせ、胸を打診している。
あれだけ目立つことをするなと言っておいたのに、とつぶやくと、
チュンソクが心配そうに、チェ・ヨンとウンスを交互に見た。

「しかし」
チュンソクが、小さく指をさす。
「以前お持ちになられていた、あの天の道具はお使いではないようですね」

ウンスの横に広げられた布包みの中には、チェ・ヨンでも見慣れたものばかりだった。
そのまま眺めていると、母親に子の病状を説明しているが、あの素っ頓狂な
天界の言葉も口にせず、渡した薬もよく見る漢方であった。
安心はしたが、この一年の苦労がうかがえるようでもあり、
チェ・ヨンはじっと動かず見ていた。

そのとき、診察を終えたウンスが目を上げた。
喜ぶだろうと思っていたのに、表情を変えず、また手元に目を戻してしまう。
チェ・ヨンとチュンソクは少しばかり拍子抜けしたが、
そのままウンスのもとへ、歩み寄った。
ウンスの側に立って、声をかけようとしたその時、ウンスが下を向いたまま言った。

「うそつきっ」

チェ・ヨンの目が驚きで丸く見開かれる。
チェ・ヨンと並んで、にこにこと笑いながら近づいてきたチュンソクの目も、
これ以上ないほど丸くなった。
チュンソクが何か言いかけたがそれをさえぎってチェ・ヨンが前に出る。

「嘘つきとはなにごとですか!」

再会してからは声を荒げたことのなかったチェ・ヨンだが、
聞き捨てならないことを言われ、戸惑いで声が大きくなる。

「嘘つきじゃなかったら…大嘘つきの、えーと、大馬鹿野郎!」

ウンスは、怒りをあおるように言って、べーと舌を出す。
あっけにとられている男二人を置いて、広げていた包みをさっさと片付けると、
傷を手当てしていた飯屋の主人に声をかけて、さっさと宿屋の中に戻っていく。
ウンスが宿の階段を上がりだしてようやく、棒切れのように突っ立っていたチェ・ヨンが、
階段へ近づき数段を一跳びでまたいで、ウンスの腕をつかんだ。

「なぜそんなことを言われるか」
「だってあなた、本当のことを言わなかったでしょ」
「嘘など申した覚えはない!」

階段の途中で言い合う二人を、チュンソクはうろたえて見ている。

「危ないこと、しなかったって言ってたじゃないの!」

何のことかわからず、チェ・ヨンは戸惑いながら返答する。

「危ないことなど、しておりません」
「いーえ、聞いたわよ!」

ウンスはつかまれていない方の手で拳を握り、チェ・ヨンの腕を何度も叩くが、
チェ・ヨンは蚊にさされたほども意に介さない。
ぐい、と腕をつかまれたまま、ウンスは声をはりあげる。

「戦場で取り囲まれて、兵があなたに群がったそうじゃないの。
先頭でつっこんだんですってね。それのどこが危なくないっていうのよ」

ウンスの言う嘘つきの意味がわかったのか、
チェ・ヨンの顔から潮が引くように、怒りの色が薄れた。

「そういうの危ないって言うの! 飽きれちゃうわ!」
「嘘は、ついておりません」

チェ・ヨンはウンスの言うのを聞いて、落ち着いた口調で言った。

「なによ、 嘘つき! サイコ!」

久しぶりに聞くその呼び名に、チェ・ヨンは思わず笑いかけて、顔を引き締める。
ああ、もう、とつぶやくと、そのままウンスが振り回すもう一方の腕も、
素早くつかんで動けなくして、チェ・ヨンは顔を覗きこみながら、
言い聞かせるように言った。

「だから、嘘をついてはおりませぬ。勝ちの目があったから戦ったまでのこと。
声望雷名のために命を捨てるようなこと、いっさいしておりません」

身体を揺すって逃げようとしてたウンスは、しばらくすると諦めたように動きを止めた。

「もう、そういうのが、いやなのよね」

ウンスは階段にそのままへたりこむ。
はあ、とため息をついて、上目遣いにチェ・ヨンを睨む。
腕をつかんだまま、チェ・ヨンもしゃがんだ。

「そういう、命がけが当然みたいなの慣れられないの。
っていうか慣れたくないし!」

チェ・ヨンは何も言わず、黙ってウンスの顔を見ていた。

「もう、ね、しかたがないのはわかる、わかるけど。
でもね、だからって私諦めないわよ!
人間の命は地球よりも重く尊い! これ、高麗で広めてやろうかしら」

手をつかんだまま、チェ・ヨンは言う。

「慣れていただかなくてよいのです」

慣れていただかなくてよいのです、と繰り返して、
文句を言い続けるウンスを思わずに抱き寄せようとして、
チェ・ヨンは階段の下に呆然とたたずむチュンソクに気づいた。
咳払いをしてウンスの手を離すと、立ち上がる。

「チュンソクがあなたに会いたいと。連れてまいりました」

チェ・ヨンから少し身体をずらして、階段の下に立つチュンソクの姿を見ると、
ウンスの顔がぱっと明るくなった。
駆け下りて、チュンソクの前に立つ。

「おなつかしゅうございます…」

搾り出すように、チュンソクが頭を下げる。
そして、顔を上げると言葉を続けた。

「お姿を見たときは男泣きしてしまいそうで困っておりましたが、
今ので涙も引っこみました」

お変わりないのですね、そう言いながら、チュンソクの声も顔も泣き笑いのようだった。
ウンスはばつが悪そうに肩をすくめながら、小さく鼻をすすりあげた。




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by kkkaaat | 2013-10-10 12:55 | 明日の風【シンイ二次】 | Comments(6)

【シンイ二次】明日の風4


チェ・ヨンは薄紫の稜線を、馬の背の上で、じっと見ていた。
少し離れて護衛の騎馬がたたずむ。

遁走する元軍を追い立てるために焼いた黒味を帯びた原に、
ようやく緑が芽吹いてきているが、この明けのはじまる時間には、
何もかもの色が薄れて、灰色めいている。
少ない草の上を、陽が出る前にわずかにちらついた雪が風に吹かれ、
白い砂のようにさらさらと吹き飛ばされていった。

兵営からも、宿場のある村邑からも、徒歩で半日、馬で一刻のこのあたりまでを、
昨年の秋の戦で高麗の地とした。
今でも、この先の尾根を越える細道を、単騎で進むのは安全ではなかった。
この兵営を基地とした駐屯は、長く続けていく必要があるだろう。
そう判断したチェ・ヨンは、地形の詳細を後で思い出せるよう目に焼き付ける。
いましばらく、この地でのんびりと過ごすのも悪くなかったな、と思う。
ウンスと共に、気楽で仲間のような部下に囲まれてすごした光景が
一瞬頭をよぎったが、薄く笑ってかぶりを振る。

ただ、ウンスのことがなかったとしても、どの道自分はこの地を離れ、
近々都に呼び戻されたはずだった。
赤巾賊が不穏な動きを見せており、小競り合いさえも起こらなくなりつつある
この地にいることは、そろそろ許されなくなる頃だったろう。

後ろの護衛兵が、寒さでふう、と息をついた。
春とはいえ、朝はまだ河岸が凍る地だ。
兵が気づかれないほどに小さく、身体をぶるりと震わせたのがわかったので、
チェ・ヨンは、馬の首を返した。兵営に向かって緩やかな早足で歩かせる。

昨日はウンスのもとに行くことができず、仕方がなしにテマンとトクマンを使いにやった。
今日は今日で郡守を兵営に呼んで、駐屯の指揮を執る後継について、
話し合わねばならない。夜は歓待の必要もある。

チェ・ヨンの名は自分が思うよりも知られていて、そうした場に立ち会うかどうかで、
その後の手配に差が出るのだから、面倒でも付き合わねばならない。
それでなくても、今度のことで、各所に無理をさせている。
現に時間が足りなくて、こんな早朝に馬を出しているのだ。

また今日もウンスに会うことは、できないだろう、と考える。
知らぬうちに、ああ、と吐き捨てるような乱暴な声が出て、
護衛の若い兵士が、何事かと、一、二歩と馬を寄せてきたが、
何でもないと手を挙げて止めた。

会いたい、会わねば、と呪いのように言葉が頭の中を回る。
馬を歩かせていると、ふと、このまま朝飯を抜いて一刻ばかり走らせれば、
起き抜けのウンスの顔を見ることができると思いついた。
すぐに取って返せば、朝の練兵と朝番の巡警から戻った兵からの報告にも間に合う。

自分でも気づかぬうちに、膝で馬の腹を押していて、走らせようと思う前に、
すでに馬は速足になりかけていた。
鐙で腹を蹴ると、馬はいっさんに走り出す。
会えると思うと、身体が軽くなるようで、鐙に立って腰を浮かすと、
馬はさらに速く走りだした。
氷のような風が顔を打つことえさ、嬉しかった。

「テホグンニム、テホグンニム!」

誰かが叫んでいる。

「いかがなされましたか!」

後ろから、遅れて走る馬のひづめの音と、護衛兵の声が聞こえて我にかえった。
は、と大きく息をついて、馬のたずなを引き締める。

「ともの騎馬を忘れるだと?」

信じられぬように頭を振って、後ろに届かない小声で、つぶやく。
これではまるで、盛りのついた牡馬のようだ、と苦笑いが口元に浮かんだ。
必死に追いかけてきた兵士に、なに、馬を走らせたくなっただけだと告げる。
そして兵の馬の尻を一つ平手で叩くと、チェ・ヨンは言った。

「ここより、駈けて戻るぞ。遅れるなよ」

そして、再び飛ぶように走り出した。



兵舎に戻ると、朝の食事に向かう兵たちが兵営を行きかい、馬上のチェ・ヨンに頭を下げる。
その中にチュンソクの姿を認めると、声をかけた。

「今日の午一刻にここを出て村邑に行く」
「本日午正刻に、迂達赤隊(ウダルチ)から今回の帰還の人選をすることに
なっておりましたが」

なんとかしろ、とチェ・ヨンが言うとチュンソクは、なぜに、
という表情を一瞬浮かべたが、医仙に会いにいくのだと気づいて、はっとする。

「しかしながら、この時間以外、ありませぬ」
きっぱりと告げるチュンソクに、チェ・ヨンはあからさまに舌打ちをした。
チェ・ヨンの苛つきが伝わるのか、馬が前脚で地面をかく。
チュンソクは間を置かずに続けた。

「ですから、お伴いたします! 道中に話す時間も取れます。
そこで相談いたしましょう」
「は?」

チェ・ヨンは一瞬固まって、それから思わず笑って、チュンソクに肯いた。

「すぐに、仕度いたします」

チュンソクが浮き立つ声で言った。
こいつも医仙に会いたいくちだな、とチェ・ヨンは飽きれたように目をやった。
しかたがない、あのころ、医仙もまたたしかに迂達赤隊の仲間であった。
生き残れた者は、あまりにも少ない。

「昼までまだ大分あるぞ!」

チェ・ヨンは小走りで去っていくチュンソクの背中に向かってそう言ってから、
もう一度笑みを浮かべた。




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by kkkaaat | 2013-10-09 10:38 | 明日の風【シンイ二次】 | Comments(12)

【シンイ二次】明日の風3

「それでは高宗の御治世においででしたか」

木の根元に座って、チェ・ヨンはウンスの話を聞き出していた。

「ずっとそこにおられたのですか。
こちらでは四年がすぎましたが、そちらは」
「四年、ね…」

四年という言葉をとらえて、ウンスの目が、何かを思うように細くなる。

「四年です」

チェ・ヨンは四日の聞き間違いかと思うほど控えめな口調で、四年と言った。
それがたいしたことではないことかのように。
そんなに、とつぶやきながら、ウンスの手が伸びて、チェ・ヨンの鼻筋をそっと触る。
それから、以前ははやしていなかったひげを指先で弄う。
チェ・ヨンは少しだけ目を伏せて、その指先の動きを目で追った。

「少し面立ちが変わったわ」

頬と首の間に、肉の削れたような傷跡があった。

「刀傷じゃないわね?」

急に硬い顔になってウンスの目つきが鋭くなる。
いつくしむようではなく、確かめる手つきで傷を触る。
よく見れば、目の上にも、手指にも無数の白く薄い傷跡がある。
別れたときも傷だらけだったが、これほどではなかった気がした。
チェ・ヨンはウンスの手をそっと取り、傷から離す。

「あなたはおかわりがない、が…少し面痩せられた」

チェ・ヨンはウンスの問いかけには答えずに、そう言った。
それから、わずかに憤った口調で続ける。

「ちゃんと食べておいでだったか? 
まさかお一人で食べ物が手に入らず、腹をすかせておられたか。
あなたは人より多くお食べにならないと足らないから―」

ウンスは相変わらず心配ばかりするチェ・ヨンを少し笑いながら答えた。

「私は大丈夫。
あのね、私がここに戻るまでにかかった年月は一年だったの」

ウンスもまた、声音から重さを取り払うよう心がけながらそう言った。
今度はチェ・ヨンが目を見開く番だった。

「一年、ですか?」

そう、と深くうなずくウンスを見て、チェ・ヨンは戸惑うように空を見て、
またウンスの顔に目を戻した。

「たったの、一年よ」
「高宗の治世に一年も……王都は江華島であったとか。
このあたりは、元の兵士たちが荒らしまわっていたのでは」

まあそうね、とウンスは言葉を濁す。
ひどいありさまだったわ、と胸の内だけで言う。
終わったことで、気を揉ませるつもりはなかった。
手の届かない時間と場所のことで、この人を苦しめてはならない、と思う。
まだもの問いたげなチェ・ヨンの気をそらせようと、ウンスは逆に問うた。

「ね、あなたはどうだった?この四年、何をしていたの」

チェ・ヨンはしばらく考えこんで、ひとこと答えた。

「いくさを、しておりました」

それ以上、何を尋ねてもそうです、とだけしか答えない。

「この傷もそれで? 手の具合はどうなったの? 
また命が危ないようなことをしたの?」

心配のあまり、矢継ぎ早に話すウンスをさえぎって、チェ・ヨンが言う。

「容易く命をかけるようなことはしないと、約束しました。
王命により、大護軍の職を賜り、多くの部隊を率いる身ゆえ、
指令を出すことがほとんどで、危ないことはありませんでした」

それに、とほころんだ口元で加えた。

「戻って俺がいなかったら」

チェ・ヨンはウンスの頬に手を触れて、
まだふちの赤い目の下を親指でゆっくりとなぞる。

「またあなたは、泣くでしょう?」

ウンスの表情はまだ硬い。

「戻れないかもって…思わなかったの?」

「あなたは、俺のそばにいると約束しました、ゆえに」

言いながらチェ・ヨンは、すい、と目をそらした。
信じることと決めたのです、とそう続ける。

「だから死ぬわけにはまいりませんでした」

チェ・ヨンは静かに視線を落としたまま、そう言った。





「テホグンは鬨の声をあげると、先陣をきられました。
一万の兵が、かっ、壁のように連なる中を馬で走り抜けまして」

テマンが声を上ずらせながら、語る。

「き、き、鬼神のようでした!」

手を握り締めてそう言ったのに重ねるように、トクマンが続けた。

「鬼剣でなぎ払いますと、馬上のテホグンに群がっていた敵兵が
草でもなぐように、いっせいに倒れたんです」
「そう、そうです!」

テマンが何度もうなずく。

「強かったなあ、なあ!」

先ほど宿に現れて、私も郎将となりました、とウンスに誇らしげに告げたトクマンが、
テマンのの背中を叩くと、テマンも嬉しそうに叩き返しながら、何度もうなずく。

あれから三日、チェ・ヨンは忙しなく働いているようだった。
日暮れてあたりが薄暗くなる夕餉どきに現れて、小半時、ウンスを都にやる手はずを
どのように進めているか話すと、汁物と飯をかきこんで、帰ってしまう。

十日のうちにはこの地を離れ、開京に向かう。
明日にも発ちたいが、三百とはいえ軍を率いる身、いくつか始末をつけていかねばならぬ
ことがあります、と言う。
兵営に連れていってほしいと頼むと、男所帯ゆえ、女人は遠慮申し上げる、
とそっけなく断られた。それに、こちらの方が目立たない、と宿を見回す。
護衛はつけてありますので、ご安心くださいと言うが、向かいの飯屋にどうやら
子飼いの手裏房でも置いているようだが、顔もわからずだれが護衛かも
よくはわからなかった。

三日目の今日は宿に来ることもできず、代わりにとテマンとトクマンを様子を見に
よこしたらしい。二人は医仙にお会いしたいと、チェ・ヨンにまとわりつき熱心に
頼み続けていたそうで、医仙を見ると、お久しゅうございます、ご無事でよかった、
と涙を浮かべて、四年分大人びた顔を子どものようにくしゃくしゃにして喜んだ。

夕餉を宿でウンスと共にしてよい、と許しを得てきたというので、
三人はクッパをすすりながら、久しぶりの再会を祝っていた。

「初めて敵陣を見たときは、正直脚が震えました。
こちらが二千、うち騎馬三百。
対して元軍は一万、うち騎馬兵が少なくとも千騎」

それはちょっと多く言いすぎだ、とテマンが肘でつつくと、
まあとにかく、とトクマンが手でテマンを抑える。

「こちらに勝ち目があろうものか、という戦いであったわけですよ」
「でも、そ、そこで、テホグンが、我が五千を引き受けようぞ、って」
「そう、そう! 最後尾の一兵まで轟く声で。もう俺はしびれてしまって」

二人は感極まったように、相手の肩を叩きあいながらうなずき合う。
ウンスの尋ねに応じて、テマンとトクマンは身振り手振りを交えて、
赴戦江南岸の戦いでのチェ・ヨンの様子を語っているのだ。

「え? ちょっと、ちょっと待ってちょうだい」

ウンスは予想していたのとは違う話が二人の口から飛び出てくるので、
額に手を当てて、顔をしかめる。
丘でわずかの時間の中で言ってたのとはずいぶん違うじゃない、
とウンスは頭が痛くなる思いだった。

「ねえ、なに。じゃあこういうこと? 
テジャンはいっちばん危ないところで戦ったってこと?
あの人、大護軍になったんじゃなかったの?
ほら、上司になったら現場は若手に任せて指示するのが仕事でしょ」

トクマンは胸を張って言う。

「我らがテホグンは、ご出世なさったからと言って、
兵の後ろに隠れるような腰抜けではありませぬ!」

誇らしげに言う二人を前に、ウンスは歯軋りでも聞こえそうなほど、
口を強く曲げて、腕を組む。
明らかに腹を立てているその様子に、ようやくテマンが気づいて、
トクマンの腹を肘で突いた。

「あの人、この四年の間、危ないことはしてなかった、って言ったのよ」
歯噛みしながら言うと、トクマンが慌てて言い訳する。

「いえ、あの、テホグンは鬼のように強かったですから、
そんなときでも、危ない…というほどでもなかったような…」
「そそそうです。何度も矛で突かれて、普通なら、し、死んじまうって
ときでも、まったく堪えてなくて」

言えば言うほど、墓穴を掘る二人を尻目に、ウンスはため息をついた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


3,4回のお話と書きましたが、少し増えまして、残り3、4回となります。


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by kkkaaat | 2013-10-07 11:12 | 明日の風【シンイ二次】 | Comments(14)

【シンイ二次】明日の風2

騒ぎ立てる兵たちをなだめ、それでもおさまらぬのを一喝し、
形ばかり静まったのを確かめると、チェ・ヨンは営門から練兵の為の広場と食糧倉を抜け、
正面右奥の集合所に向かった。
集合所の中に休むための私室がある。

歩く間も自分を見る目や声が聞こえたが、知らぬふりで建物の中に入る。
入り口の両脇に立つ衛兵も、騒ぎは見えていただろうが、
チェ・ヨンが通り過ぎるまでの間は、しごく真面目な顔を保っていた。

チェ・ヨンはチュンソクに、医仙のお戻りについてはしばらく兵営の中だけの
話とするように、徹底しろ、と告げた。
けれども若く楽しみの少ない兵士たちは噂好きで、
口に戸は立てられのとはわかっていた。

こうなったら一刻も早く、開京にあの方をお連れせねば、と思う。
噂が広まる前に、安全な皇宮にウンスを入れてしまいたかった。

ウンスのいない間のうちの、ほぼまる一年を皇宮に黴のように根をはった政敵を
駆逐するのに使った。
徳興君や奇轍が放ったものたちは、静かに深く皇宮に入り込んでいたが、
主を失って、風になびくように王に仕えはじめたものもおれば、
その胸の内に小さな謀反の芽を抱えたまま潜伏し続けるものもおり。
それを探し、見分け、判じ、必要であれば取り除く。
それを繰り返して、今では皇宮は王と王妃にとってようやく危険のない場所となっていた。
今の皇宮であれば、とチェ・ヨンは考える。
隠せないならば、大樹の加護のもとにあの方を置こうと思う。

大きな卓と複数の椅子のある部屋を抜け、私室に入る。
窓に風ふさぎにかかっている覆い布をそっとよけて、外を覗く。
外は、いつもよりも少しだけ賑やかだ。
今日のことを肴に、兵たちが酒でも飲んでいるのだろう。

空を見ると、薄く削られた月が見える。
さほど離れてはいない場所に、あの人がいると思うと、
チェ・ヨンの口元が、抑えようもなくほころんだ。
それからしばらくじっと月を見上げていたが、
月を見ているわけではなく、ただ今日のことを思い返していた。


 *


あの時、どれだけ黙って互いの顔を見ていただろうか。
自分の頭の中にあった顔と、目の前の顔を重ねて、なぞって何度もなぞって、
今ここにいるお互いを現実のものだとようやく自分に納得させる。

「夢ではないか」

と言えば、本当に夢になってしまいそうな恐ろしさがあって、
ただ黙って相手を見るばかりだった。

「よくぞ、」

戻られた、と言おうとして、言葉尻がつまって、チェ・ヨンは自分でも驚いて言葉を止めた。
口元が震える。
ウンスも何かを言おうとしたが、目から一筋二筋と流れるものがあって
喉がつまり、うつむいた。

それを見て、チェ・ヨンはようやく足を踏み出し、ウンスの前に立つ。
かぶった傘が邪魔で顔を見ることができない。
顎の下に手を伸ばし、紐を解くとそっと外した。
抑えを失った髪が顔にはらりと落ちる。
チェ・ヨンはそっと髪をかきあげる。その指もまた、わずかに震えていた。

「待っていました、長く」

赤みを帯びた髪を耳にかけてその手でそっと頬を包み、
顔を上向かせて、ようやくそれだけ言った。

「戻って、こようと、したのよ、そしたら、そしたら、違う時代に、行っちゃって」

ウンスの口からも言葉がこぼれ、それと同時に涙が堰を切ったようにこぼれた。
ぼろぼろと大粒の涙があふれて、とめどもない。

「泣かないで……嬉しいのですから」

チェ・ヨンはウンスの背中に手を回し、胸に抱きこんだ。
そう言うチェ・ヨンの目もうっすらと赤い。
抱きしめても消えない、その感触を味わうために目をつむる。
力が強すぎて、ウンスが少し苦しそうだったが、緩めることはできなかった。
夢の中で何度もこうして抱きしめ、目が覚めると腕の中はいつも空だった。

そろそろと目を開ける。
チェ・ヨンはそれだけのことで額に脂汗をかいていた。
それほどに目を開けるのが怖ろしかった。
そして、止めていた息を吐き出した。
腕の中の感触はそのままで、チェ・ヨンはウンスの肩に顔を伏せる。
ウンスの髪が、チェ・ヨンの口元に触れた。

「あなただ…」

微かにわななく声で、チェ・ヨンは言った。
うん、うん、と鼻をすすりながらウンスがうなずく。

「あなた、だ」

今度は笑いながら、そう言うチェ・ヨンの背中を、ウンスはあやすように撫でた。




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by kkkaaat | 2013-10-04 14:20 | 明日の風【シンイ二次】 | Comments(18)

【シンイ二次】明日の風1

ドラマの最後ので再び出会えたところからの話です。
3〜4回くらいの予定です。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



大護軍その人が女人と丘から降りてきた。
あろうことか、手を繋いで。

その噂はまたたくまに兵営を駆け巡った。
当初は二千の兵が進軍したこの地も、今では三百の駐屯を残すのみとなり、人数はだいぶん減っていたとはいえ、その日の夕の食事では卓にそろったものがこぞってその話をしていたのは、知らせの伝わるのの速いを褒めるべきか。

チェ・ヨンは丘に来るようになってしばらくしてから、必ず持ってくるようになった荷物を開き、ウンスに頭巾をかぶせ、念入りに男のなりをさせ、兵営には呼びこまず、商人や旅人が泊まる旅籠にウンスを留まらせた。
無理なことだとはわかっていても、まず第一の方策として、医仙の帰還を、誰にも知らせず隠し通すことを、ある時から決めていたのだ。

王にも信頼する迂達赤隊(ウダルチ)生き残りにさえ、秘して、そのままどこかに匿い…。
医仙を表舞台に出してはならない、何度考えても、たどりつく結論は一つだったからだ。

けれどもそのための方策は、あまりにもあっさりと瓦解した。

再会の喜びを味わうことも抑えて、その後のことを手はずするために急ぎ兵営地に入ると、様子がおかしい。
営門の近くに焚かれた火の近くで、迂達赤隊出身の今ではそれぞれに役を持つ身となったものらが幾人かずつ固まって何やら話しこんでいる。
夕餉後の休息の時間とはいえ、夜の訓練に立ちあわねばならぬ者の姿も見える。
何があったか、と声を出そうとしたそのとき。

「テホグン、テホグン! いいいいい医仙は! 医仙がお、お戻りになったとか!?」

最近は少年のような様子も抜けて、少しばかり落ち着きが出てきたと
思っていたテマンが、連絡兵だったころのままに転がるように駆けよってきた。

チェ・ヨンの目が大きく見開かれた。
自制が解けて、思わず、

「どこで聞いた!」

と声を荒げてしまった。

「みみみみんな言ってます。あの、テジャンがおおお女と手をつないで、それで…」

動揺のあまり、テマンは昔のようにチェ・ヨンを隊長と呼んでいた。
チェ・ヨンは強く口を結び、苛立ちを顔に表し息を止めていたが、はああ、とため息をつくと、すぐに平静の表情を取り戻した。
そして、あたりを見回すと、今は迂達赤隊長になっているチュンソクの顔に目をとめた。

「チュンソク!」

こちらへ来いと、目で呼ぶ。
にやついていた兵たちは、大護軍の大声に固唾を呑んで笑いをおさめた。

「は! チュンソクここに。何でしょうか」

チュンソクは思わずに笑んでしまう顔と、どうやら機嫌が悪いらしい大護軍に困惑する顔の中途で、おかしな表情を浮かべている。

「お前だな」
「は?」
「丘のそばに斥候を置いたな。俺を見張らせるために」
「いえ、あの、テホグン、」

うろたえるチュンソクの答えを待たず、まったく、と忌々しそう吐き捨て、チェ・ヨンは考え込む。
あたりは静まり返り、騒ぎを聞きつけて兵舎から出てきた兵たちも遠巻きに様子をうかがっている。

「失礼いたしました。お一人で、とは言われておりましたが、火急のときに備えまして…」

必死に言い訳をするチュンソクの言葉を、軽く手を振ってやめさせる。
そして、もう一度長いため息をついて、チェ・ヨンは肩を落とした。

「まあ、隠し通せるとも思っていなかったがな」

結局第二の策を取ることになるだろうとは思っていた。
自分が隠し通そうとして、隠しとおせるお人ではない、あの方は。
「どうせ、誰かの怪我でも治しちまって結局知れてしまうのだ、きっと、まったく!」
ぶつぶつとつぶやいているチェ・ヨンを、チュンソクが身体を小さくして見ている。

は、と強く息を吐き出した。
それからチェ・ヨンは気を取り直して顔をあげる。
それから横でそわそわと足踏みしているテマンを横目で見た。

「知りたいか」
「はいっ、テジャン!」

勢いこむテマンだけでなく、チュンソクもこくこくと肯いている。
チェ・ヨンは口の端をにやりと持ち上げた。
そして、言った。

「おい、医仙が戻ったぞ」

そして、久しく見せなかったあの頃の笑顔を浮かべる。


一瞬を置いて、周囲からどっと歓声が上がった。




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by kkkaaat | 2013-10-02 19:01 | 明日の風【シンイ二次】 | Comments(7)

二次小説。いまのところシンイとか。
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