筆記



カテゴリ:金銀花【シンイ二次】( 18 )


【シンイ二次】触れもみで4


「王妃様は、結婚前、マリッジブルーとかありませんでしたか…」

ウンスが、城の庭をぼうっと眺めながら、憮然とした顔でそうつぶやく。

「ま、まり…?」

聞き慣れぬ言葉に、王妃がかくり、と人形のように横に首を傾ける。
チェ尚宮の頭も、王妃の動きに釣られるように、傾いた。
物思いにふけっているウンスは気づかない。

「ウンス殿」

チェ尚宮が咳払いをする。

「天界の言葉ではなく、も少しわかりやすい言葉でおっしゃいなさい」

そう言われてウンスは、はっと顔をあげて振り返る。
ぽかんとした顔で自分を見ている二人を見て、
肩をすくめて、苦笑いを口の端にぶらさげる。

「結婚する前に、いろいろと心配になって憂鬱な気分になっちゃうこと。
それをね天界では、マリッジブルーって言うの」

ウンスは橋の欄干に肘をついて、手のひらに顎を乗せ、
ふう、とため息をつく。
王妃は表情を変えぬまま、しばらく黙りこんでいたが、
頭の中ではめまぐるしく考えていたようで、

「ああ!」

とぽんと手を打って、急に合点がいったように声を上げる。
ありました? とウンスが尋ねる。

「チョナはよくよくお隠しになってはおられましたが、
元国の高麗国へのやりようや、自分のお立場について、
思うことがお有りだと私は気づいておりました。
婚約は決まっておりましたものの、
私がまだおのれの素性を隠してお会いしておりました頃で、
そのことが露見してチョナの身に何かありでもしたら、
ともうそれが気がかりで、ほんっとうに気がかりで!」

胸の休まる暇がございませんでした、
と王妃は自分の手で胸元を押さえながらぶるりと身を震わせる。
ウンスが腕を組んで、大きく首を傾げる。

「いやそれは、マリッジブルーとはちょっと問題が違うって言うか、
マリッジブルーにしては問題が大きすぎるって言うか…」

王妃はウンスの呟きには気づかずに続ける。

「それに私が元の人間であるため、チョナは私をお嫌いだろうと、
と思い悩み、どうしたら近しく、心やすくなれるのか、
もう毎日、毎日、案じておりました」

と昨日のことのように王妃が揉み手をしながら言うのを見て、
ウンスはため息をつく。

「皇女様レベルになると、マリッジブルーも私とは
レベルが違うっていうか……はあ」

ウンスは、肩をすくめながらため息をつく。

「どうしたか、ウンス殿。
婚儀の準備は、王妃様の采配で順調に進んでおるではないか」

何が気がかりなのじゃ、云うてみよ、
とチェ尚宮がウンスに問いただす。
ウンスは池の水面を眺めながら、もう一度盛大にため息をつく。

「……会えないんです」

王妃とチェ尚宮がまた、そろって首を傾げる。

「っていうか、会いに来ないんです!」

くるりと身体を半回転させて、ウンスは二人に向き直ると、
欄干に背をもたれかからせる。
ふう、と憂い顔でため息をつく。
王妃とチェ尚宮は顔を見合わせる。

「わたしもね、忙しくしてますよ? 
あの人だって仕事があるのはわかっています」

そりゃあ確かに、部屋に来たときに追い返しましたけど、
とウンスが言うのを聞いて、チェ尚宮の眉がぴくりと跳ね上がるが、
ウンスは気づかずに続ける。

「でもっ、顔ぐらい出したっていいと思いません?」

ねえ? と語気強く言われて、王妃が心配そうに眉根を寄せる。

「まさかあの人、釣った魚には餌をやらないタイプ?
結婚したあと、手のひらを返す男の話は嫌ってほど聞いてきたわ。
あ、わたし結婚が遅かったから、友達の結婚式だけはたくさん出てきたの。
よくよく考えたらご祝儀の払い損よね。
こっちじゃ貰えないし!」

ウンスがぴょんと跳ねるように欄干から離れ、顔の前で手を合わせて、
ぶつぶつと自問自答しながらチェ尚宮に迫る。

「プロポーズをしたから気恥ずかしい?
でも照れるっていうがらでもないわよね。
じゃあなんで顔を出さないのかしら。
やっぱり追い返したのを根に持ってる?」

覆いかぶさるようにチェ尚宮の顔に自分の顔を近づけて、
ウンスはどうしよう、と肩を両手でつかんで揺さぶる。

「落ち着かれよ!」

チェ尚宮がウンスの胸を手で押し戻して、大きな声で諌めると、
ウンスは不満げに口を尖らせる。

「ウンス殿」

思い違いでなければ、とチェ尚宮が顔をしかめながら、言う。

「こちらにお泊りになられて、まだ三日と立たぬかと思うが…」





「ああああ――」

頭をかきまわして、髪をくしゃくしゃにしながら、
ウンスは奇声を上げて、それから肩を落とす。
皇宮の渡り回廊の真ん中で。
きっと近くに侍従もいるのだろうが、皆見て見ぬふりで出てこない。

声を出したことで少し落ち着いて、ウンスはため息をついて、
また回廊を自分の部屋へと向かって歩き始めた。
ウンスのもといた時代であっても、結婚式の準備はひと仕事である。
それに比べても、この度の決めねばならないことの多さに、
ウンスは恐れをなしつつあった
数日であらかたを終わらせて、チェ・ヨンの屋敷へとさがれるという算段は、
どうやら甘いものであるらしい。

「高麗…、やっぱり一筋縄ではいかないわ」

疲れと感慨と、そこにいる自分をほんの少しだけ面白がるふうに
つぶやく。面白がりでもしないと、すぐに胸が苦しくなりそうだ。

与えられた部屋につながる角を曲がると、
部屋の前には毎度のごとく衛士が微動だにせず立っている。
赤の胸当てに足元まで長く垂れた直垂。
肩までを覆う板鎖の兜に、今日にいたっては口覆いまでつけている。
その物々しさにウンスはどうにも、気圧されてしまう。

今日の衛士はひときわ背も高く、圧迫感がある。
自分の寝床にたどり着いたというのに、ほっとするどころか、
この光景を見るとため息が出る。

「おつかれさま、ですっと」

肩をすくめるように頭をひょこりと下げると、衛士がいつもどおり、
微かに顎を引いて挨拶を返した。
逃げるように扉を開けて、部屋の中に滑りこむ。

「なーんか、わたしのほうが、閉じ込められてるみたいっていうか、
見張られてるっていうか」

ぶつぶつ言いながら、部屋の中へ何歩か進んでところで、
背後の閉めたはずの扉がかちゃりと音をたてた。
振り返ろうとするウンスの目が先ほど部屋の前で見た衛士の姿をとらえる。

何かようなの、と問いかけようとしてウンスは、大きく息を吸いこんだ。
何の誰何もなく部屋に衛士が入ってくるのはあきらかにおかしい。
叫び声をあげるまえに、衛士はかけより、大きな手がウンスの口元を覆う。

相手の顔に爪を立てようとして振り下げた手が、硬い板鎖の表面を滑る。
胸当てを殴ろうとした手首を、強く掴まれる。
口元を覆っていた手が一瞬離れ、ウンスが声を上げようとしたその瞬間、
離した手で衛士は、自分の顔の下半分を覆っていた口布を引き下ろす。

「ひぇっ?」

ウンスの口から、おかしな声が漏れる。

「驚かせて、すみませぬ」

その口元が、なだめるように笑んでからウンスの耳元に近づけられ、
俺です、と低めた声が告げる。

「チェ・ヨン!?」

ウンスが、しゃっくりのように思わず名前を口に出すと、
チェ・ヨンは肩をすくめて、笑いを咬み殺すように顔をうつむける。

「な、なんで? なんで、あなたが、その」

なぜと、そうお尋ねになるか、とチェ・ヨンはため息をついて呟くと、
つかんでいた腕をひいて、動転しているウンスを胸へと引き寄せる。

「しびれを切らしまして」

そう言いながら、腕の中でおとなしくなったウンスの髪を撫で、
口を押し当てる。ちっとも皇宮から下がる気配がありませぬゆえ、
そう不満げにチェ・ヨンが呟くと、ウンスは、ふう、と息をつき、
それから少し身体を起こす。
顔を見せて、と言って見上げると、チェ・ヨンは兜をじゃらりと頭から
取って、足元に落とす。
ウンスは手を伸ばして、チェ・ヨンの潰れた髪を、その指で撫ですきながら
文句をつける。

「三日も会いに来なかったわ」

数日ですむとおっしゃったのはあなたです、とチェ・ヨンは言い返す。
衛士がいるから、こちらでは手を出さぬようにおっしゃったのもあなただ、
そう言われて、ウンスはぷうっと頬を膨らませる。
その様子をじっと見つめてからチェ・ヨンは、正直に言えば、
と切り出す。

「この、なり、を手配するのに少し手間取りました」

あらためて、衛士姿のチェ・ヨンを上から下まで眺めて、
ウンスは、呆れたように肩をすくめ、それからまたチェ・ヨンの顔を見る。

「それにしても、どうして…」

薄く苦笑めいたものを浮かべながら、衛士に変装なんて、とウンスが言うと、
チェ・ヨンはしごく真面目な顔のまま、ウンスの目を凝視する。
ウンスが、わけがわからない、と眉根をかすかに寄せて見返すと、
チェ・ヨンは、その顔を崩さずに言う。

「これなら、人払いの必要もないゆえ」

ウンスは何か言い返そうと、口を開いたまま固まってしまう。
小さく、もうっ、とだけ声を出すと、チェ・ヨンの胸に顔を伏せる。

「呆れちゃうわ」

ウンスが胸に顔を押し付けたまま、くぐもった声で言う。

「我ながら」

チェ・ヨンは密かな声でそう言って、ウンスを抱き上げた。





「チェ・ヨン! お前というやつは! 
大護軍ともあろうものが、虎軍を買収だと!?」

大きな音とともに扉が開き、衝立の向こう側から鳴り響く、
チェ尚宮の怒鳴りつける声でウンスは目を覚ました。
最後のはからいで、衝立からこちらには入ってこないが、
ウンスは寝床に潜りこんで身体を隠す。

「叔母上、買収ではない。ただ、酒を飲み交わして、
少しばかり頼みごとをしただけのこと」

警備の穴があらわになってかえってよかっただろう、
と声にあらわれる機嫌の良さを隠そうともせず言うのを見ると、
チェ・ヨンはすでに床を出て、上着の紐も結び終わり、
胸当てを手早く身につけている。
ウンスを起こさぬよう、身支度を進めていたらしい。
直垂の腰紐をぞんざいに結ぶと立ち上がりかけたが動きを止め、
もう一度ウンスの傍らに腰掛ける。

「それでは、これにて。早く用事をすませて、皇宮をお下がりください」

掛布から目だけを出したウンスの頭を二度撫でて、
今度こそ立ち上がる。

「そうでないと、叔母上のいう買収とやらを、続けねばならぬゆえ」

ちと面倒です、そう言いながら、チェ・ヨンは帯剣し、
がちゃりと音を立てて、兜をつかむ。
衝立からチェ・ヨンが姿を現すと、チェ尚宮がダン、と地面を踏む。

「おまえというやつは、なんという…! それは禁軍の衛士の格好じゃあないか!」

なんでこんな奴に、兵たちは心酔するのか、というチェ尚宮の声に続いて、
ぱかん、と後ろ頭をはたかれたような音がして、急ぎ足で部屋を出ていく
足音がするのを、ウンスはそっと首を伸ばしてうかがっている。

「医仙…いや、ウンス殿!」

静かになったので行ってしまったか、と思っていたところを自分の名を呼ばれて、
ウンスは首をすくめて、慌てて、はい、と返事をする。

「この男をどうか頼みますぞ。ただ一人の女のことになると、みさかいがない!
よくよく見張って首根っこを押さえていただきたい!」

チェ尚宮の気迫に満ちた声が鳴り渡る。
わかりました、と蚊の鳴くような声でウンスが応えると、
チェ尚宮の声はようやく平素に戻る。

「早う支度して、御前に参りますぞ。
一刻も早く話しをすませて、屋敷に下がらせねば、私の気が休まりませぬ」

そう言うと、衝立の向こうで一礼する気配があり、
回廊を歩く足音と、あの悪たれめ、とつぶやくチェ尚宮の悪態が
遠ざかっていく。

すっかり静かになると、ウンスは、ほうっと息を吐いて緊張をとく。
それから、誰に言うともなく、

「悪たれねえ」

とつぶやいて、それから盛大に声をあげて笑った。


(終)

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by kkkaaat | 2015-02-06 22:34 | 金銀花【シンイ二次】 | Comments(42)

【シンイ二次】触れもみで3

「チュンソク、いるか!」

チェ・ヨンは于達赤の兵舎に踏み入ると、
隊長室の扉を蹴破る勢いで開けた。
チュンソクは、咄嗟に腰の剣に手をかけたが、
チェ・ヨンだとわかるとかくりと肩を落として手も下ろす。
ほっと息をついたが、急なことかと思い直して姿勢を正す。

「テホグン、何かございましたか」

机の後ろから回って前に出ながら尋ねる。
チェ・ヨンはつかつかと前に進むと、チュンソクの前で歩みを止め、
その左肩に右手を置いた。

「チュンソク、おまえ」

はいっ、とチュンソクが鋭く答える。

「平壌から戻ってのち、屋敷に戻ったか」

いいえ、戻らずに詰めております、とチュンソクが答えると、
チェ・ヨンの左手もまたチュンソクの肩に置かれる。

「それは長い間、ご苦労だった。
半月ほども留守にして屋敷の様子も気になるだろう」

ねぎらいの響きをもった声で、チェ・ヨンがそう言うと、
チュンソクは、はっ、いえ、当然のことでありますから、
と照れたように答える。
目をそらしながらまんざらでもなさそうに言うその顔を
覗きこむようにして、チェ・ヨンが続けた。

「今日は、屋敷に帰っていいぞ」

は? とチュンソクがチェ・ヨンを見る。
チェ・ヨンの口の端が、かすかに笑んだようにチュンソクには見える。

「しかしながら、チョナが戻られてまだ日も浅く、
状況が落ち着くまでは今しばらく厳重な警護が必要かと…」

案ずるな、とチェ・ヨンがチュンソクの肩を両手で叩く。
いや、でも、というチュンソクから一歩下がるとチェ・ヨンが言う。

「俺が引き受ける」

はあ? と思いがけない言葉におかしな声が、チュンソクの口から飛び出る。
今日は俺が、この隊長室に泊まるゆえ、おまえは帰れ、
とチェ・ヨンが真顔に戻って言うと、チュンソクが何度も瞬きをする。

「あの…テホグン、ちょっとおっしゃっていることの意味が、
よくわからないのですが…」

恐る恐るチュンソクが言うと、
チェ・ヨンはチュンソクの身体を扉の方に押し出しながら、

「わからなくてかまわぬ」

と少し面倒くさそうに告げ、
とにかく今日は俺がここに泊まるゆえ、おまえは帰って嫁と子の顔を見てこい、
と言い終わったときにはチュンソクの背中の後ろで、
バタンと扉がしまる。

「テホグ…ン!」

振り返って情けない声で扉越しに呼んだが、行け、
という声が聞こえただけだった。
なかば呆然としながら于達赤たちが集まる入口近くの部屋にとぼとぼと
出て行くと、そこに于達赤隊員たちと話すテマンの姿がある。
チュンソクはどういうことだ、とつめよった。

「い、医仙が、こ、皇宮に、と、泊まることになったから」

テマンのひとことで、チュンソクと隊員たちの口から、
あー…、という納得の声が漏れた。





今日は風が強い、ウンスはようやく下がった部屋の長椅子にもたれて、
めまぐるしかった一日を思い返しながら、鎧戸を鳴らす音に耳を傾ける。
頬杖をついて軽く目をつむる。

「疲れたあ」

そうつぶやきながら微笑を浮かべて、
皆と打ち合わせた今日の午後を思い返す。
若い頃には友人の結婚式のあとで、私ならこうするああする、
と盛り上がったこともある。
けれど二年ほど前、江南にいた頃には、恋人もいなくて、
仕事も軌道に乗って、あまり結婚に夢見るようなこともなくなっていた。

高麗に来て、結婚なんて考えもしないほど目まぐるしい日々の果てに、
こんな一日にたどり着いたと思うと、幸福感が妙に落ち着かない。

「ヨン」

口の中で名前を転がしてみる。
言ってから、んふふ、とふざけたように笑う。
いない相手の名前を呼んだのがどうも気恥ずかしくなって、
長椅子に積んである小枕に照れ隠しに、とうっ、
とパンチを入れてみたりする。

コン、と窓の鎧戸が鳴った。
風だろうと、気にもとめないでいると、
またコンと何かがぶつかる音がする。
眉をひそめてウンスは窓に近寄る。
部屋の窓とは反対の入口扉の前には、警備の衛士が立っている。
声をかけようか迷って、ウンスはそのまま鎧戸の隙間から外をうかがった。

部屋の中は油に灯心を立てた明かりが二つで、
お世辞にも明るいとは言えなかったが、
外はさらに暗闇が濃く、鎧戸越しには何も見えない。
やはり衛士に声をかけようと、窓から離れかけたときに声が聞こえた。

「――イムジャ」

ウンスは身体をひるがえして鎧戸に手をかける。

「イムジャ、俺です」

すぐに声の主はわかって、ウンスは跳ねのけるように鎧戸を開けた。
暗い屋根の中途に、身軽な装束のチェ・ヨンが膝をついている。
ウンスの顔が窓から見えると、チェ・ヨンの目尻がわずかに下がり、
口元が緩む。

「ちょっ――」

ちょっと、なんでこんなところにいるの、とウンスは
大きな声を出しかけて、急いで声をひそめてチェ・ヨンに言う。
なんで、屋敷に帰ったんじゃないの、ってあなた危ないわ、と
混乱して言葉をつなぐウンスに、チェ・ヨンはあたりに目を配りながら
身軽く屋根をつたってくる。

「話はあとで。今は招き入れていただきたい」

チェ・ヨンは窓まで来ると、立ち上がって窓上のふちをつかみ、
反動をつけて、軽々と部屋の中に跳びこんだ。
そのままの勢いで駆け寄って、窓際に立っていたウンスをそのまま
腕の中に囲いこむ。
ウンスの頭の上に、チェ・ヨンが喉で笑う振動が伝わってくる。

「皇宮の警護は、もう少し屋根の上にも目を光らせるべきだな」

チェ・ヨンはかいくぐってウンスの部屋にたどり着いたのが
よほど嬉しいのか、禁軍のやつらに戒めねば、と言いながら
何度も胸の奥でさざなみのように笑う。

「どこにいたのよ、屋敷に帰ったって聞いたわ」

ウンスが少し身体を離して顔を上げて問うと、
于達赤兵舎の隊長室におりました、とこともなげに答える。

「隠れてたの?」

とウンスが笑いながら尋ねると、隠れてはおりません、
ただ居ただけです、とうそぶく。
ウンスが握った手を口元に当ててくすくすと笑っていると、
チェ・ヨンはその細い首をなぞるように手のひらで撫であげ、
ウンスの顎を長い指でそっと押して上向けると覆いかぶさってくる。
遠慮なしに唇を舌が割り、先ほど窓から跳びこんできたように、
ウンスの口の中に入りこむ。

ウンスもまた、チェ・ヨンの脇腹から背中に両手を回し、
ぎゅうとしがみついた。
痛いほど抱き寄せ合いながら、口づける。

「叔母上め、何が、嫁入り前は、実家で、すごす、もの、だ」

やっと口づけられた昂ぶりで出る忍び笑いと、口づけと、憎まれ口で
息を切らせるチェ・ヨンの様子は、昼間の皇宮でみせる真顔からは
予想もつかない熱烈さだ。

「触れもしないで帰れるものか」

一度唇を離して、額をウンスの額に痛いほど押し付けたまま、
そう言う。
チェ・ヨンの熱気が、ウンスの背中をかけのぼる。
髪の中に差しこまれた指が、耳をなぞって首の後ろを滑るだけで
ウンスは身体を震わせて、膝が立たないようになって寄りかかった。
もたれてくるウンスの身体を片手で支えながら、チェ・ヨンの手は
夢中で胸元を探りはじめる。

「ね、ちょっと、だめだったら」

ウンスは震える声で、チェ・ヨンの胸に両手を当てて押しとどめる。
乱れた髪が、ふわりと顔のまわりに漂うさまに、
チェ・ヨンの手には余計に力がこもる。
ウンスはチェ・ヨンの力に逆らいきれず、近寄ってくる顔を避けて
必死にうつむいて逃げる。

「なぜです。俺はもう一人寝はごめんです」

すがるようにウンスの肩を離さないチェ・ヨンが当然のように言って
さらに抱き寄せると、ウンスはもう腕に力の入らぬさまで、
それでもあらがう。

「ね、お願い。ぜったいに気づかれる」

部屋の入口に視線をやって、チェ・ヨンに衛士がいるのを伝える。

「途中で踏み込まれたらわたし、皇宮を歩けなくなっちゃう」

涙のたまった目で見上げて懇願するが、
それがかえってチェ・ヨンをあおる。

「じゃあ、あいつらを下がらせます」

チェ・ヨンが怒ったように言うと、ウンスは、
もうばか!と胸を拳で叩く。
熱と焦りを逃すように、チェ・ヨンは、長くと息を吐きながら、
首を振り策を探す。

「ウダルチの隊長室に行きましょう。あそこなら、ここよりましでしょう」

懇願を隠せない声で言うのを、ウンスが頭を振りながら、
手のひらで押し返す。

「ましなもんですか! 
みんなが扉の前で聞き耳を立ててるに決まってる」

そんなことはない、とは到底言えずに、
かといって諦める気にもならず、チェ・ヨンは口ごもる。
説得の言葉を思いつかぬまま吸い寄せられるようにウンスの顔を撫で、
自分へと引き寄せようとするが、だめ、だめ、と
繰り返されると無下にもできない。

「ならどうすればよい!」

チェ・ヨンは苛立ちのあまり、窓横の壁を拳でドンと叩く。

「ウンス殿?」

途端に扉の向こうから、衛士の声がかかる。
ウンスが大声で慌てて答える。

「なんでもないわ! 椅子に足をひっかけただけ」

慌てて答えるウンスの声を聞いて、チェ・ヨンがため息をつく。
チェ・ヨンの手が、ようやくためらいを見せ、
身体を撫でる手がゆっくりになり、止まり、
ただ強くウンスを抱きしめるだけになる。

「ね、ほんとに、ここはだめなのよ。お願いだから帰って。
あと数日もすれば、王妃様もチェ尚宮だって気が済むわ。
できるだけ早くいろいろ決めて、屋敷に戻れるようにするから」

チェ・ヨンは沈黙のままウンスを抱きこんで、
しばらくじっとしていたが、やおら顔を上げると、
ウンスの頭の後ろを引っつかんで手繰り寄せ、
自分の口を、噛み付くように押しつけた。

「んんっ」

ウンスは息を奪われて、目を見開いてそれを受けたが、
すぐに心を奪われて力を抜く。
刻むようにくちづけて、チェ・ヨンは余韻もなく立ち上がると、
それでも少し笑ってみせて、「貸しです」と言い捨てる。

それから、窓のふちに手を置くと、飛び越えて姿を消した。



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by kkkaaat | 2014-10-12 23:48 | 金銀花【シンイ二次】 | Comments(10)

【シンイ二次】触れもみで2


王が傍らに顔を向けると、王妃がうなずく。
次に王妃がチェ尚宮に、話せ、というようにかすかに顎を引いた。
チェ尚宮が、あらたまった調子で話し出す。

「そなたたち二人には、親がおらぬ」

ヨンはぴくりと身を震わせ、ウンスの方をうかがった。
ウンスは気にもせず、そうだ、と納得するようにうなずいている。

「ヨン、婚儀においての後ろ盾は、お前の父の妹である私がつとめよう」

チェ尚宮がそう低い声で告げると、チェ・ヨンはこくりと頭を下げる。
続けチェ尚宮は、ウンスを見る。

「して、そなたじゃ」

ウンスは神妙な顔で、チェ尚宮の顔を見つめている。
チェ・ヨンが口を開きかけるのを、チェ尚宮は目顔で押しとどめて話し続ける。

「そなたは、そなた自身を除いてまさに何も持たぬ身。
そのような身になったのも、我が甥の振る舞いによるもの。
この男は、その責を一身にて引き受ける覚悟はできておる。
そうだな、ヨン」

言われてチェ・ヨンは、チェ尚宮の目を見つめたまま、素早くうなずき、
そのままウンスに顔を向けて、深くゆっくりとうなずいてみせた。
ウンスはチェ・ヨンとじっと目を合わせたまま、微笑んでみせる。

「しかし、だ!」

チェ尚宮は、二人だけの世界に入りこみそうな
ヨンとウンスを咳払いで引き戻す。

「婚礼の儀の支度は本来なら母親のもと、細やかになされるもの。
おまえのような粗忽な武人にまかせてまともな婚礼ができるとは思えぬ」

チェ・ヨンは図星をさされて、戸惑ったように視線を泳がせる。
確かに男の身で、婚儀について詳しいことなど何も知らぬ。
やりこめられる珍しい姿にウンスがにやついていると、
チェ尚宮が釘を刺す。

「かたや、しきたり作法を知らぬ天人じゃ」

自分のことを言われて、ウンスは身体を小さく縮こめる。

「そこで」

急に後ろから声がして、チェ尚宮が開きかけた口のまま振り返る。
王妃が、ウンスの方へとわずかに身を乗り出す。
話を待ちきれない王妃が、自ら声をかけたのだった。

「私が、ウンスの後ろ盾となり、婚儀支度、万事采配いたそう。
ウンスに命を助けられ、心細き折、支えになってくれた恩に
少しでも報いてやれればと思うておる」

私には、そなたが姉のように思える、と王妃がはにかむように言うと、
ウンスは、にっこりと微笑んで王妃に向かって何度もうなずく。

「だからこの度のこと、私にめんどうを見させてはくれまいか」

ウンス、チェ・ヨン、異議ないか。
王が、手を伸ばして王妃の手に重ねながら、付け加える。

「ありがたきこと」

チェ・ヨンが低く響く声でそう言うと、ウンスも少し慌てて
ありがとうございます、と頭を下げてお辞儀する。
チェ尚宮が、ふう、と肩の力を抜いて言う。

「これが、用件じゃ」

チェ・ヨンは王と王妃の顔をしっかりと見つめ、顎を引く。
それからくるりと身体を返すと、ウンスの肩に触れうながし、
下がろうとした。

「ヨン!」

間髪を入れずに、チェ尚宮が声を飛ばす。
チェ・ヨンは立ち止まり、なんとはなしに振り返りたくないふうで、
肩ごしにちらと顔をだけを向ける。
チェ尚宮が嬉しそうに付け加える。

「下がってよいのは、おまえだけじゃ。
ウンス殿はこれより、王妃様と相談せねばならぬでな。
おまえも皇宮を留守にしていたゆえ、仕事が山積みであろう」

まさか屋敷に戻るつもりでもあるまい、と釘を刺されて、
チェ・ヨンはチェ尚宮に見えぬように、歯噛みする。
ウンスは、チェ・ヨンと王たちの顔をせわしなく視線を行き来させ、
困ったように、わたしですか、と自分を指差す。

「お残りください。仕事がすみましたら、迎えにあがります」

チェ・ヨンは振り返らずに、ウンスにそう告げると、
不機嫌を隠しきれずに、足音も荒く部屋から出て行った。
その背中を見送りながら、チェ尚宮は肩をすくめ、
王と王妃はくすくすと笑いをもらした。





「だからねガーデンパーティーっていうのは、
えーっと、この時代で言うと、どうなるかな?」

話をまとめますと庭園にて宴をとりおこなうということでしょうか、
とドチが恐る恐る尋ねると、ウンスが、テーブルとか置いて、
そこにごちそうをならべてね、と説明を続ける。

「重陽の節句の、菊見のようなものであろうか…」

王妃がつぶやくと、ピンポーン近いわ! とウンスが手を叩く。
でももっとこうわいわい賑やかな感じかな、とウンスが言うと、
舞を見ながらの宴会のようなものか、とチェ尚宮が首をひねる。

「ほら、ここの中庭、あそこなんか広くて人もたくさん集まれるし、
手入れもよくされてるし。ほんとはねイングリッシュガーデンっぽい
ところが理想なんだけど、ほら、この時代にはないじゃない?」

ウンスの言うイングリッシュ某がわからずに、王妃とチェ尚宮は顔を見合わせる。
ねえ、あそこ借りられるの? とウンスがいいことを思いついた、
とでもいうように明るく尋ねると、ドチとチェ尚宮、数人の内官たちが声をそろえた。

「めっそうもありませぬ!」

いっせいに叱られて目を見開いたウンスに、ドチが説明する。

「ウンス殿、よいですか。この皇宮の主は王殿下でございます。
その皇宮を臣下がよいようにするなどということはあってはならぬこと。
キ・チョルがかつてここで祝宴を催したこと、覚えておられますか?
それは臣下の礼を欠く不遜な行いなのでございます」

ああ! とウンスにとっては格別には昔でもないことを思い出して、
ぽんと手を打ち合わせる。

「そうか、そうなんだ。ドチさん、教えてくれてありがとう!
わたしまた、失礼なことしちゃうところだったわ。ごめんなさいね。
じゃあ」

大護軍の屋敷の庭ならどうかしら、とウンスが尋ねると、
ドチとチェ尚宮は顔を見合わせる。

「まあ、それならば…」

屋敷にて婚礼の儀のあとの宴を行うは習わしである。
ただそれが、庭でなければ、という但し書きはつくわけだが。
チェ尚宮が腕を組む。

「まあそれならば、花見の宴のように毛氈を敷き、場をととのえて
宴席をもうければやれぬこともないか」

呟くように言うのを聞いて、ウンスが飛び上がる。

「嬉しいわ! 明るいお庭で、お世話になった人はみーんな呼んで」

絶対に来てね、とドチとチェ尚宮の手を握る。
チョナともちろんあなたも来てくれるわね、と王妃にも言う。
それから、于達赤のみんなに、アンジェも呼ばなきゃね、
あ、チェ・ヨンの職場の人ってどういう扱い? 上司、えーと、
上役にあたる人って誰なのかな? とまくし立てるウンスに、
またもや皆がいっせいに声をあわせる。

「めっそうもありませぬ!」

王と王妃の出る祝宴に、于達赤程度の身分のものが同席するのは
ありえぬ話だと諭す内官たちにウンスは、それは譲れないと、言い張る。
ならばそうしてやるがよい、と王妃が助け舟を出す。

「ウンスは天界の娘ゆえ、できることは天界の作法でしたいのでしょう」

王妃が静かにうなずきながらそう言うと、

「ありがとうございます!
わたしね、高麗に来てほんとにいろんな人に助けてもらったから、
そのお礼をしたいの」

スリバンのみんなも呼びたいわ、マンボ姐さんにはすごくお世話になったから、
と続けるウンスの横で、チェ尚宮とドチが頭をかかえ、
こっそりとため息をついた。





「テホグンチェ・ヨン、いらっしゃいました」

なんじゃ随分早いな、とチェ尚宮が言うと
チェ・ヨンは少しむっとしながら頭を下げた。
見ると、ウンスをのぞいた皆に疲労の色が濃い。
見当がついてチェ・ヨンは口元だけで、ふ、と笑った。
ウンスが、跳ね上がるように机に手をついて立ち上がるのを見ると、
途端に顔つきから険が溶けるように消える。

「イムジャ、お待たせしました」

落ち着いた言い方はいつもの通りだが、
声だけがウンスのもとにかけよるような弾んだ響きがあるのを、
隠しおおせてはいなかった。

それじゃあ、わたしは失礼して、次はいつ来ればいいかしら、
と言いながら、すでに足はチェ・ヨンの方へと一歩、二歩と
進み始めているウンスの腕を、チェ尚宮がむんずとつかんだ。

「何を言うておる」

へ? とウンスから間の抜けた声がこぼれる。
チェ尚宮は当然のことといった調子で続ける。

「ウンス殿の部屋は、典医寺近くに用意してあるではないか。
これより婚礼まで、衣装、作法、宴の準備もろもろ、
せねばならぬ事は山とある。いちいち通いでは間に合わぬ」

なにを、と声を上げるチェ・ヨンにかぶせて、
それにだ、とチェ尚宮が続ける。

「ウンス殿は嫁入り前の娘御であるぞ、わかっておるのか。
いくら許嫁となったとはいえ、婚儀までは実家で過ごすのが習い」

それは大護軍に少し酷ではないか、と王妃が後ろから控えめに言うと、
お優しいお気持ちはわかりますが、こういったことはけじめが肝心、
と深く頭を下げて言う。
しかし実家はなく俺がもっとも縁付いた者ではないですか、
とチェ・ヨンが突っかかるように言うと、
チェ尚宮は声を高めて言い返した。

「王妃様が後ろ盾となったからには、ここが実家のようなもの。
幸いにもお前が留守の間に過ごして、部屋もしつらえてある。
このままここに住まうのが道理というもの。
それとも何か、おまえはウンス殿の対面を汚してもかまわぬと言うのか」

正論をはかれて、チェ・ヨンは顔を少し赤くして言葉を失った。

「いえあの、娘御って言っても、もう娘って歳じゃありませんし、
あの世間体が悪いもなにも、あの、知れ渡っちゃってるわけですしね。
ほら、わたし高麗に親戚とかいないから、特に困る、ってことも――」

と半笑いで間に入ろうしたウンスをきっぱりと手で押しとどめる。

「こやつめ、少し浮ついておりますゆえ、ものごとには筋道がある、
という話をしておるだけです。口出し無用!」

チェ・ヨンは言い返す言葉が見つからず、しばらくじっと黙って
考えこんでいたが、ふう、と息をはいて肩の力を抜くと、
まっすぐにチェ尚宮の顔を見る。

「叔母上の言うことはわかった。今日のところは引き下がる」

続けてウンスと目を合わせる。

「今宵はこちらにお泊りください」

ウンスがかすかに戸惑ったように首をかしげると、
チェ・ヨンは、また来ます、と薄く笑って告げ、
部屋から出ていった。



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by kkkaaat | 2014-10-08 17:31 | 金銀花【シンイ二次】 | Comments(18)

【シンイ二次】触れもみで1

「金銀花」13話と14話のあいだの期間の話になります。
話は、13話の翌日よりはじまります。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

瞼を通して刺さる光が、すでに陽が高い時刻だと告げている。
伸びをしようとして、身体がすっぽりと抱き込まれていることに気づいた
ウンスは開きかけた瞼をもう一度閉じ直して、微笑みを浮かべた。
伸びをするかわりに、くるりと身体を反転させる。

それから、目の前の寝顔を予想しながら目を開ける。

「目が覚めましたか」

チェ・ヨンはだいぶ前に起きたであろう顔で、
ウンスの開いていく目をじっと見つめていた。
視線がからんで、ウンスは驚きと面映さとで、
顔が赤らんで膨れあがるような錯覚をおぼえる。

「起きてたの?」

そうウンスが尋ねると、はい、とチェ・ヨンは短く答える。

「動かなかったし、寝てるのかと思った」

必要もない照れ隠しにそう言うと、起こしたくなかったので、
とチェ・ヨンは言いながら、ウンスの顔にかかった髪を
丁寧にかきあげて耳にかける。
耳の後ろを撫でた指が、そのまま頬の稜線を滑っておとがいにかかると、
ヨンは指一つでウンスの顔を引き寄せて、自分の唇を押しつける。
昨日の激しさが嘘のように柔らかな口づけに、ウンスも身を任せる。

そのまま身体も引き寄せられて、チェ・ヨンは自分の胸の中にすっぽりと
ウンスを抱きすくめて、ほうっ、満足げな息を吐いた。

「夢…のようだ」

そうチェ・ヨンが呟くと、ウンスがその顎の下で顔を上向ける。
チェ・ヨンが顔を下に向けて、ウンスの額に触れるようにして話す。

「夢想は毒です」

そう言うチェ・ヨンの腕にわずかに力がこもる。

「庭を作るのはよい。支度を整えるのもかまわぬ。
けれど、腕の中におらぬものを抱けば…人は、腐ります。
それでも、夜の眠りに見る夢はどうにもならぬので」

チェ・ヨンの唇が、ウンスの髪と額の境目に押しつけられる。

「たまには、夢にみました」

目が覚めると地獄です、とチェ・ヨンは笑いを滲ませながら言う。

「今朝は目が覚めても、まだ、夢が尽きぬ」

そう言いながら、腕の力を強くする。
夢じゃないわ、とウンスが声に力をこめる。

「わかっています」

チェ・ヨンは髪に顔をうずめて答える。
黙ったまま背中を撫ぜる手が、さらに下へと滑る。
腰を引き寄せられて、足をからめられても、ウンスはそのまま
チェ・ヨンの身体に自分を溶けこませるように寄り添う。

「そろそろ、起きたほうがいいかもね」

蕩けたような声でそう呟くと、チェ・ヨンは喉で笑って、
今日はもう寝床から出るのはやめだ、と勝手に決めこんで答えた。
髪に潜っていたチェ・ヨンの顔が頬沿いに降りてきて、
唇の上をそのまま通り、喉に吸い付く。
喉の下のくぼみを探り始めた唇が、ふと止まる。

「あの、旦那さま」

ためらいがちな声が、扉の向こうから呼びかけた。
チェ・ヨンが動きを止めたのは、声がかかる前に、
すでにその足音を聞きつけていたからのようだった。
ウンスが身をすくめる。

「あ、あの、旦那さま」

いらえがないのに、困ったように呼びかけているのは、
昨日屋敷の入口ですれ違った年かさの女だろう。
ウンスは掛布を鼻のあたりまで引き上げる。
黙りこんでいたチェ・ヨンが、一度口を引き結んで、
頭を手でがしがしとかきまわす。

「なにか」

諦めて答えると、扉の向こうの声が申し訳なさそうに言う。

「テマン殿が、いらっしゃっております。お伝えしたいことがあるとか」

ウンスは慌てだして、そこらに散らばっている自分の着物を布団の中に
引きこんで身に着けようとしはじめる。
チェ・ヨンはウンスの腕をぐいとつかんで、それを止める。

「おい、テマン。そこにいるな」

そうチェ・ヨンが言うと、います、俺です、と女のすぐ後ろで声がした。

「用件は」

チェ・ヨンが問うと、皇宮へ出仕せよとのお達しです、とテマンが答える。
ちっ、とチェ・ヨンは隠しもせずに盛大な舌打ちをした。
それからウンスと目を合わせる。
ウンスは半笑いで、肩をすくめる。

「急ぎなのか」

未練たらしく聞くチェ・ヨンに、ウンスは布団の中で思わずくすくすと笑う。

「い、急ぎかはわかんないですけど、チョナだけじゃなくて、
チェ尚宮も、い、いらっしゃって、早う呼んでこい! って」

チェ・ヨンは、くそっ、と部屋の外には聞こえぬ小声で呟いて、
一瞬寝床にがばと伏せたが、すぐに立ち上がって、下帯をつける。
下衣を瞬く間につけると、上の長い着物は羽織っただけで扉に向かう。
がすぐにきびすを返してウンスへと顔を向けた。

「用事をすませてまいります。少し、お休みになるといい。
あなたが寝床を出る前に、戻ります」

そう言ってから思い直したように、腹が減ったら厨屋に行けば、
何か食べられるよう言いつけておくから、と言葉を加えた。
ウンスがこくこくとうなずいて、掛布のふちから小さく手を振ると、
チェ・ヨンは名残惜しそうに口だけで微笑んで部屋を出る。

大股で廊下を歩いていく足音と、テマンと話す声が遠ざかると、
ウンスは今度こそうーんとうめきながら身体を伸ばす。
結局昨晩はろくに眠れず、くたくただった。
少し眠って、それからお腹いっぱい、と考えかけたところで、
足音が戻ってくるのに気がつく。

がらり、と扉が開くと、出て行ったはずのチェ・ヨンが立っていた。

「イムジャ」

呼びかけられてウンスは、なに? と戸惑いながら答える。

「それが、チョナは俺だけじゃなく、あなたもお呼びのようなのです」






「テホグン、チェ・ヨン、ただいま御前に」

康安殿では、王、王妃がそろってチェ・ヨンとウンスを待っていた。
ドチ、チェ尚宮、近しい内官たちも数人、控えている。
ぺこり、とウンスが頭を下げたのが合図のようになって、
チェ・ヨンが口を開く。

「して、どのような」

言いかけたのをさえぎるようにチェ尚宮が言葉をかぶせる。

「長旅の疲れもあろうと急かさず待っておったというのに、
まったくいつになっても出仕の気配もないゆえ、
テマンを呼びにやらせたが」

チェ尚宮がじろりとチェ・ヨンの頭から足までに視線を走らせる。

「なんじゃその腑抜けたありさまは。でれでれしおって。
同じだけの旅をなさったというのに、
チョナはすでに執務におつきになっておるぞ。
だというのに、まったくおまえは!」

チェ・ヨンは目を見開いて、何かを言い返そうとしたが、
王が言葉をはさむ。

「まあよい、チェ尚宮。それくらいで許してやれ。
こたびのテホグンの働き、誠に天晴れなものであったゆえ、
一晩ほど屋敷で休んだとてかまわぬ」

は、と短く答えてチェ・ヨンが頭を下げると、
王と王妃はその上で、口元を緩めながら視線をやりとりする。
内官たちの口元にも、笑みの気配がただよう。
その何やら思い含みの空気に、チェ・ヨンは怪訝そうに周囲に目をやった。

「して」

軽い咳払いとともに、王が再び口を開く。

「その、約諾は取り付けたのか?」

チェ・ヨンは、は? と語尾を上げて、かすかに眉をしかめる。
王妃が物思わしげに、王を見る。
チェ尚宮が一歩チェ・ヨンとウンスに近寄って、低い声で言う。

「チョナは、無事におまえがウンス殿と言い名付くことができたのか、
それをお知りになりたいのじゃ」

思わずチェ・ヨンとウンスは顔を見合わせる。
そして申し合わせたように同時に、王に顔を向ける。

「で、どうなのじゃ。婚儀の約定は成ったのか」

王ではなく、王妃が背筋をまっすぐに伸ばしたまま、
やや強い語調で尋ねる。
はあ、とチェ・ヨンは戸惑いの声を漏らし、
珍しく落ち着かなげに視線を床へとさまよわせたが、
すぐに顔を上げる。

一瞬ウンスの方を見て、すぐに視線を玉座へと戻す。

「このたび、このウンスと、夫婦となる約束を交わしました」

もう一度ウンスの方を見る。
今度は目が合って、チェ・ヨンの眼差しがそれとわからぬほど優しくなる。
ウンスが微笑み返すと、チェ・ヨンは前を向いて言葉を続けた。

「この場にて、ご報告申し上げます」

王と王妃は、今度はにっこりと笑みを浮かべてうなずき合う。
ぜひ、そちの口から聞きたかった、と王が喜びを抑えられぬように
口元に笑いを浮かべて言うと、チェ・ヨンの眉根が急に寄る。

「まるで、すでにご存知のような言い方ですが」

まあよいではないか、余にもそのくらいの手下(てか)はいる、
と王が気にもとめず機嫌よくそう言うと、ウンスの目が丸くなる。

「それにだ、屋敷の使用人を城下に追い出しておいて、何を言う。
うわさは千里を走ると言うではないか、うむ」

ウンスの顔がみるみるうちに赤くなる。
チェ・ヨンに向いて、声は出さずに、だから言ったじゃない!
と口の形だけで言うと、チェ・ヨンはそっとウンスから目をそらす。
ウンスはチェ・ヨンの着物の袖をくい、と引っ張って、
顔をこちらに向けさせようとする。
痴話喧嘩でもはじまりそうな様子に、王が本題を切り出す。

「二人を呼んだのはほかでもない」

王の声のあらたまった響きに、チェ・ヨンとウンスは王に向き直る。

「テホグンチェ・ヨン、ユ・ウンスそちら二人の婚礼の儀について話がある」

二人は目を見合わせた後、何がはじまるのかと王を見た。



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by kkkaaat | 2014-10-06 20:35 | 金銀花【シンイ二次】 | Comments(17)

【シンイ二次】金銀花14(終)


「前を向いて」

ウンスは明らかに強張った顔を前に向けたまま、ごくごく小さな声で言った。
もちろん、横に座っているチェ・ヨンに言っている。
チェ・ヨンは、はっと気づいて前を向くが、しばらくするとまた横にいる
ウンスの方に顔が傾いて、じいっとその姿を凝視する。

「前を向いて」

もう四度めだ。
叔母であるチェ尚宮以外の面々は、微笑ましい光景として、
笑いを噛み殺しているが、ウンスは気が気でない。
チェ・ヨンが妖術にでもかかっているかのように、ウンスの姿に
引き寄せられてしまうのも仕方がない。

ウンスの花嫁衣装は王妃自らが差配をしたもので、白の絹地にごく細い赤糸を使って、
動物や植物が刺されている。
白は身分の低いものが使う色だから、と王妃は渋ったが、ウンスはそれだけは、
と譲らなかった。王妃はウンスがそう言うならば、と言い分を飲んだが、
その代わり、と生地に白と薄桃でびっしりと地紋のように刺繍をさせ、さらにその上に
入れた赤の色刺繍も金の糸をふんだんに使わせた。

吹けば飛ぶような細い糸を幾重にも重ねて刺繍したそれは、
参道を上る折には、陽光を受けてきらめき、最後まで赤色の長衣(ファルオッ)
を用意したいと言い張っていた王妃でさえ感嘆する出来栄えだった。
仕立てられた花嫁衣装はずっしりと重かったが、ウンスの足取りは軽かった。

ここは松獄山の陰にそびえる開京鎮守の山、五冠山の山麓、霊通寺の普光院。
王城、城下よりはやや遠いが、崔(チェ)家ゆかりの寺での婚儀が
執り行われている真っ最中だ。
大師の敬白(式の説明)の最中は、ウンスをひやひやさせたチェ・ヨンも、
向かい合わせに座り、心ゆくまでウンスの姿を眺められるようになると
ようやく落ち着きを取り戻している。

目の前の盃に酒が注がれる。
一度目は捨てて、二度目はあける。
味などてんでわからない。
盃を手にとった時に、チェ・ヨンと目があって、口をつけて盃を持ち上げると
酒が口に流れこみ、顔を戻すとやはりチェ・ヨンと目があった。

チェ・ヨンがむず痒そうな顔で、ウンスを見た。
これで、わたしたちは、夫婦(めおと)になったのだ。
小さく微笑み返すと、チェ・ヨンは自分が浮かべていた表情に初めて気づいたようで、
慌てたように顔を横に向けた。



「あやつめ、有頂天、ですな」

チェ尚宮は、葡萄酒をごくりと飲みこむと、庭園に急ごしらえで作られた東屋の下で、
王と並んで酌み交わしているチェ・ヨンを、杯を揺らして指差した。
普段は冷静なこの人も、長く気にかけてきた甥の結婚には流石に心が動くらしく、
普段は飲まぬ葡萄酒を何杯かあけて、もの言いも心持ちあからさまになっている。

ウンスがチェ尚宮の差す方を見ると、王とチェ・ヨンが何やら顔を寄せて話している。
何か下世話な話でもしたのか、二人で肩を揺らして笑っていた。

「あら、いやあね、男二人。何を話しているやら」

こちらも少し酔い気味のウンスがそんなふうに言うと、王妃はぎょっとしたように、
ウンスを見た。高麗広しと言えども、王と大護軍を男二人などと言ってみせるのは、
このウンスだけだろう。

この風変わりな宴席もウンスが設けたものだった。
王を屋敷にお呼びすることの意味がわかっているのか、
もし呼ぶならせめて、本屋敷へと言うチェ・ヨンの言葉を退けて、
ウンスはこれから住まうこの屋敷で「ガーテンパーティー」がしたいのだと言い張った。
王と上臣を呼ぶのはわかるが、百歩譲って護軍ならともかく、于達赤隊の一兵卒を
同席させて饗応するなどありえない、とチェ・ヨンは説いたが、ウンスは粘り強く
ならばならばと宴のプランを修正し続けて、最後にはチェ・ヨンが白旗を上げた。

「俺にはあなたの考えていることが、わかりません。
もう、お好きになさってください」

ウンスの粘り強さに恐れに近い表情を見せながら、チェ・ヨンはそう言った。
まかせなさい、悪いようにはしないから、と言い放った通り、
宴席のあり方は異例ではあったものの、チェ尚宮とドチの大いなる助けによって
大きな問題を避けて開かれることとなった。
ウンスの言う「ガーデンパーティー」は典雅な宴であると、来客たちには概ね
好評を博しているようだった。

部屋の中に設けられた宴席からは、縁伝いに庭まで降りられるよう、毛氈が敷かれている。
庭の一角には大きな四角の緋毛氈があり、その上に並べられた卓には祝宴の支度が
整えられている。

駐屯の地より平壌に呼び寄せられ、そのまま本来の任務である王の護衛に戻って、
開京までを共にした于達赤隊の面々は、はじめこそ王や王妃、並びいる宰相
といった顔ぶれの客たちに、小さくなっておとなしくしていたが、
王と王妃は東屋に別に席を設け、上臣たちは部屋の中で過ごすということがわかると、
いっせいに庭に降りて、普段は口に入らぬ上等の酒やら料理に群がって、
そのあとは打ち鳴らされる銅鑼やら太鼓やら鼓に合わせて、
歌うもの、踊るもの、笑うもの、とはしゃいだ様子を見せていた。

「テホグンの嫁取りを、この目で見られるとは…」

めっぽう酒に弱いチュンソクは、同じ言葉を繰り返しては、同じように感激している。
テマンはチェ尚宮にいいように使われていて、あれを取ってきなさい、
これも足りないと言われるたびに、嬉々として走り回っている。
トクマンとチュモは、予想外に見事な舞を見せて喝采を受けた。
古巣の鷹揚軍の護軍アン・ジェの元で、控えめに何かの話をしているオ・ソクチェの
姿も見えた。
二人にゆかりのあるものは、皆すべて、この庭に集ったのだ。

王がふと顔を上げると、王妃がウンスの髪飾りと乱れかけた髪を直してやっている。
明るい日の光の下で、笑いながら。
王は、その姿を惚れ惚れと眺めた。





「これはすいかずら、解熱鎮痛に効果があり、厳しい冬の間も葉を落とさぬことから、忍冬、またふたいろの花を咲かすことから、金銀花、双宝花とも呼ばれています。こちらは連翹…」

低い声で流れるように説明をしていたチャン侍医の言葉が途切れた。
横で聞いていた王が、つと顔を上げる。

「どうした。続けよ」

は、と頭を下げながら、チャン侍医は言葉につまる。
王がその様子を見て、訝しげに首をかしげた。

「言いたいことがあるなら、言うがよい」

うながされてチャン侍医は頭を上げる。
恐れながら申し上げます、とためらいながら言った。

「薬草院のことなど、これほど詳しくお聞かせしてもせんのないこと。
城にご到着されて日も浅く、政務が山積みではございませんでしょうか。
チョナのお時間を無駄に使っているのではと…」

王は、そんなことか、とため息をつく。
それから自分の手のひらを胸の前で、揃えて見せた。

「チャン侍医よ、いまこの城の中で余の見方と呼べる人員はまことに少ない。
この両の指で数えられるほどだ。しかしながら、余はこの少ない臣を信じて進むよりない」

そちもその一人である、と王はチャン侍医を見る。
ありがたきこと、とチャン侍医は王の率直な物言いに、戸惑ったように言った。

「この貴重な家臣を余は事細かに知り尽くし、手駒として使わねばならぬ」

城の隅々についても、知らねばならぬ、ひとつもおろそかにできぬ、と王は言った。
だから、無駄と思わずに何事もつぶさに説明せよ、と。
チャン侍医は、御意、と答え、また薬草院を歩き出した。





「双宝花、と言うそうじゃ」

王が横のチェ・ヨンに、つぶやくように言った。
その視線の先には、竹垣のそばで何を話しているのか、手で口を押さえて
くつくつと笑っている王妃とウンスの姿があった。

「チョナ?」

チェ・ヨンは王の言葉が飲み込めず、問い返す。
王妃とユ・ウンスの側に咲いている、あの花の名である、と王が言うと、
チェ・ヨンもそちらに目をやって合点する。

「双宝花、ですか」

そうだ、と王が言ってチェ・ヨンを見ると、チェ・ヨンもまた王を見て、
それから口元に笑みを浮かべた。
どっと笑い声がして、二人が同じ方を向くと、酔った于達赤隊の面々が
可笑しなことをしでかしたらしく、ウンスがそれを指差して、王妃も
チェ尚宮も珍しく口を大きく開けて笑っている。

それを見て、チェ・ヨンが声を上げて笑った。
王は静かにチェ・ヨンを見ている。
それから、深く息を吸い、言う。

「善き日である!」

王がそう言うと、チェ・ヨンは笑いをおさめ、顔を向けた。
そして膝を打ち、まことに、としみじみと言うと、盃をあけた。


(終わり)




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by kkkaaat | 2013-11-10 23:42 | 金銀花【シンイ二次】 | Comments(43)

【シンイ二次】金銀花13



どうしても互いの身体に回した腕を、離す気持ちが起こらずに、
ずいぶんと長い間、二人はその小庭の黄菊の前でそうしていた。
と、やおらチェ・ヨンが立ち上がると、ウンスを肩に担ぎ上げる。

何をするのとぎょっとしたウンスは、驚いて最初は声もなかった。
ね、ちょっと、なに? と慌てているうちに、チェ・ヨンは大股で歩いて、
先ほどの道を戻り、屋敷の入口に立つ。
危険でも迫っているのかと、周りを見回したが特に人影も見えず、
担がれているので顔は見えないが、チェ・ヨンの足取りから伝わってくるのは
落ち着きと、いつにない軽やかさだ。

「ねえ、ちょっと!」

ウンスはチェ・ヨンの背中を小さな拳で何度か叩く。
何が起こってるの? と問うている間に、屋敷の入口をチェ・ヨンは開いた。
先ほど馬の世話を頼んだ男が控えている。
ウンスが担がれているのを見て、わずかに驚いたが、うまく隠して頭を下げる。
突然、チェ・ヨンが大声を出したので、ウンスは驚いてびくりとした。

「これより二刻、皆にいとまを申し付ける。
屋敷より出て、茶店でも市でも好きな場所に行ってこい」

目の前の男は、承知いたしました、と一礼すると一度屋敷の中に駆け込み、
母親だろうか、何か炊事をしていたのか、手を拭きながら現れた女と二人で
出て行った。年上の女は、ぎょっとして目を開いて、お辞儀をするのも忘れて、
小走りに横を通り過ぎた。

あと一人か二人、門から出ていく足音がして、屋敷は静まり返った。

そのまま、履物を脱いでチェ・ヨンが上がろうとするので、
ウンスはばたばたと肩の上で暴れだした。

「下ろして、下ろしてちょうだい! 自分の足で歩けるわ。
ねえ、どうしようというの。説明してよ! なんで皆を追い出したの」

下ろしたら意味がないではありませんか、とチェ・ヨンは戸惑った声でそう言った。

「ねえ、ほんとに。教えて、何を、しようと、して、いるのよ!」

甲高い声でウンスがわめくと、チェ・ヨンは担ぎ上げていたウンスの脚を引いて
ずり落とし、前で抱きしめるようにして、止めた。
それでも執拗に、ウンスの足を地面につけようとしない。

「新しく結婚をした者が、屋敷に初めて入るときは、夫が妻を担いで中に入るものだと」

ウンスはチェ・ヨンの腕に両手をつっぱって、抜け出そうとするが、びくともしない。
暴れるのを諦めて、ため息をついて呆れ顔で、チェ・ヨンの肩に手を置いた。

「だれに聞いたの、そんなでたらめ」

ウンスがそう言うと、チェ・ヨンは動揺したように目を泳がせた。
叔母が、あなたが天界でそうすると言っていたと、と呆然としている。
ようやくチェ・ヨンの手から力が抜けて、ウンスはとん、と着地した。
その顔を見て、ウンスはもう可笑しくて可笑しくて、チェ・ヨンの頬に手を当てる。

「担いで、じゃないわ。抱き上げて、よ」

おぼろげだが、酒宴の席で、ずいぶんと天界のプロポーズやら
ウェディングについて尋ねられて話した覚えはある。
出発前にでも話したのだろうか、チェ尚宮も仕事が早い。

「もう、筒抜けね」

チェ・ヨンの胸を手のひらで叩くと、ばつが悪いのか、まったく、
と悪態をついて顔をそらす。
ウンスはくつくつと笑いながら、チェ・ヨンの首に両腕を絡める。
大丈夫、まだ家に上がってないわ、とウンスが言うと、チェ・ヨンはおとなしく
ウンスを抱き上げた。
本当に軽々と抱えられて、自分が空に浮かぶ羽になったみたいな気分だった。

「これでよろしいか」

戸惑ったような、それでいて、わずかに子どもみたいに得意げな気持ちをにじませている
チェ・ヨンの口調がウンスには愉快でたまらない。
それでは、と真面目に言っておもむろに部屋に上がろうとするのが、また可笑しくて、
ウンスは脚をばたつかせて、頭を仰け反らせて笑う。

「何がそのようにおかしいのですか」

尋ねながら、チェ・ヨンもウンスの笑いがうつったように、笑っている。
笑いを噛み殺そうとして、顔を伏せて、また笑みが顔を上げさせる。
自分で自分の笑いに戸惑うように、顔をそらすが、それでも隠せない。
こんなふうに笑うこの人を初めて見たかもしれない、とウンスは嬉しくてたまらなかった。

「だって」

―こんなに愛されている。

「俺のすることがそんなに面白いですか」

―ええ、あなたのすることのすべてが好きよ。

「かまいませぬ、俺はあなたに笑っていていただきたい」

なんだろう、頭の中で音楽が鳴っているみたいだ、とウンスは思った。
笑いすぎて、はあはあと息を切らしながら、チェ・ヨンを見ると、
もう真面目な顔に戻っていて、そのまま乱れた息ごと口をふさがれた。

そのままうっとりと口づけているうちに、
大きな馬に揺られているみたいに快適に、ウンスは運ばれる。
屋敷の奥の部屋に入り、大きな寝台の上に座らされた。
唇が離れるのが惜しくて、顔がチェ・ヨンを追いかける。
チェ・ヨンは腰掛けたウンスの足を取ると、紐を解いて履物を脱がせ、寝台の脇に丁寧に置いた。

「ねえ、まさかと思うけど」

なんだか急なことばかりで頭がぼんやりとしているウンスは、
自分の足に触れているチェ・ヨンの頭を触りながら問いかける。

「こんな白昼堂々と、その、ここでするの? まさかよね」

現代のマンションと違ってカーテンもなく、部屋の中は紙張りの窓を通して白く明るい。

「きちんと人払いもいたしました」

チェ・ヨンは悪びれもせずにそう答えた。
そして履物を脱がし終わると、座っているウンスの衣の紐を当然のように解き始める。
さっき大声を出したのはそのため、と気づいてウンスは耳まで赤くなった。
ちょっと、恥じらいってものがないの、と腕を持ち上げられて袖を抜かれながら、
ウンスはチェ・ヨンに言う。

「あれじゃあ、いたしますから皆外に出ろって言ったようなものじゃないの。
せめて夜まで待てないの?」

明るい中で裸にされていく心細さで、声が上ずる。
そう責めると、チェ・ヨンは一言のもとに切り捨てる。

「馬鹿な」

待てるものなら、屋敷に連れてきたりはせぬ、と言う口調は有無を言わせない。
ウンスには何一つさせずに横たわらせ、不躾に身体を見ながら、自らも衣を脱ぐ。
身体を隠そうと手を動かすことさえ何か気恥ずかしくて、
ウンスは消え入りそうな気持ちでじっとしていた。

チェ・ヨンが寝台に上がってくると、大きな肩に視界が遮られて、
ようやく開け広げな感覚が和らいで、ほっとする。
なのにチェ・ヨンがあまりにじろじろと見るので、ウンスはまた居たたまれなかった。
あんまり見ないでほしいんですけど、と抗議すると、チェ・ヨンは言った。

「いいなずけとなりましたからには、好きにします」

今までだって好きにしてたじゃない、とつぶやくと、黙ってください、と言って、
ウンスの顔にチェ・ヨンの顔が降ってきて、そして、無駄口を叩けないようになった。



「イムジャ、寝てはいませぬか」

後ろから身体に手を回されてチェ・ヨンに抱き込まれたまま、
ウンスは疲れでとろとろとまどろんでいた。

ええ、起きているわよ、と身体を回してチェ・ヨンの方を向こうとして止められる。
振り返らないで聞いてください、と低い声で言われて、
ただ黙って顔の横にあったチェ・ヨンの腕に唇を落とす。
やはり、言っておきます、と言葉が続く。

なんのこと、と言う声がけだるい。
くたくたで身体が重い、指一本も動かしたくないわ、とウンスは思った。

「天界の言葉を言うのは、後にも先にもこれきりです」

とチェ・ヨンが言った。
少しだけ瞼が持ち上がって、ウンスが何か言う前に、髪にチェ・ヨンの顔が埋められる。
暖かい息がかかり、その心地よさにチェ・ヨンの腕に頬をすり寄せる。
チェ・ヨンが息を止めた。

「愛して、おります」

低く、小さいが、はっきりとチェ・ヨンはそう言った。
これで、あっていますか、不安をにじませた声でつぶやく。

ウンスは、何も言えなくなって、チェ・ヨンの腕にぎゅうとしがみつく。
しばらくして、腕に濡れた感触があって、チェ・ヨンは、はあと息を吐いて、
ウンスを抱く腕に力をこめた。





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by kkkaaat | 2013-11-09 23:41 | 金銀花【シンイ二次】 | Comments(30)

【シンイ二次】金銀花12


小走りにやってきた武女子が、チェ尚宮に小声で何か言うと、
卓について刺繍をしていたが気もそぞろだった王妃とウンスは、
がたりと椅子の音をたてて立ち上がった。

「チョナがお戻りでございます」

チェ尚宮が、躍る内心を隠しきれない様子でそう言うと、
二人は顔を見合わせる。

「どこ? 便殿、康安殿? それとも…まっすぐこっちに来る?」

ウンスが尋ねると、チェ尚宮は、長和殿に大護軍、郎将の皆様と
向かわれたそうです、と答える。 
じゃあ行きましょう! とウンスが王妃の手を取ると、走ろうとした。
そのような、と普段皇宮で走ることなどない王妃が慌てると、ウンスは、
ほらこうたくし上げて、と衣の裾を手でたぐりあげようとするのを
慌てて手で下ろす。

「そう遠くではございません。お二方、“はやあし”、で参りましょう」

見ていたチェ尚宮が王妃とウンスの真ん中に割りこみ、二人の腕を取ると、
はや足で二人をぐいぐいと引っ張りはじめた。

部屋の衛士が、王妃さまのおいでです、と王に告げる前に、
ウンスは王妃の手を取って部屋に飛びこんだ。
王妃は引きずられるような形になって、ウンスが手を離したあと、
はあはあ、と胸に手を当てて息を整えて、それから王と目があった。

「後ほど、余からまいろうと思うていたのに」

王は王妃に歩み寄り、じっと顔を見つめると、手を取った。
ご無事でなによりです、首尾は如何がでございましたかと、と王妃が尋ねると、
王はチェ・ヨンを振り見て、にやりと笑い合う。

「うまくいったのですね」

王妃が弾む声で言うと、時間稼ぎにすぎぬが、こちらの思うようにはなった、
と王がうなずく。
ウンスは二人の先にいる、チェ・ヨンとその肩ごしに目を合わせる。
チェ・ヨンの口元が微かにほころび、ウンスは二度、小さくうなずいた。



ひと時、再会を喜んだあと、王がウンスの前に足を踏み出して口を開いた。
国医大使に任ずるという話についてだった。

「そのお話ですが」

ウンスは背筋を伸ばし、王に正対するように居住まいを正した。
それはチェ・ヨンからの頼みであるということだけでなく、
王として医仙を手元に置くことの利を十分に考えたうえでの王の決断であった。
しかし。

「ありがたいことだと思います。チョナや、ほかの皆さんが、わたしのことを
気遣って考えてくださったことだって、よくわかります」

でも、とウンスは続ける。
チェ・ヨンはやはり、というように一度視線を上にあげて小さく嘆息し、
またウンスに目を戻した。

「わたし、皇宮では暮らしません。見てください」

ウンスは両手を広げる。
皆が、小柄で色の薄い髪で、表情をくるくると変えるウンスを見た。

「わたしもう、薬も道具も全部捨ててしまった。
最新の医療知識も、ここじゃ役に立たない」

わたし、ただの人なんです、
とウンスは言う。それでも、とウンスは続ける。

「わたし、この手で少しは人を助けられるわ。
漢方や脈の見方もずいぶん勉強しました」

城下で小さな診療所をやれないか、って考えているんです。
ウンスはちらと横のチェ・ヨンを見て、視線を戻した。

「もちろん、王さまや王妃さまにわたしができることがあったら医員として何でもいたします。
ただ、皇宮の中で何か大事なものみたいに守られて、お荷物になって生きるのは嫌なの。
わたしにできることをして、生きていきたい」

だから、もうこれからは医仙とはお呼びにならないでください。
ウンスはそう言って微笑んだ。

「大口叩きましたけど、まあ、開業資金は必要なので、そこらへんは
結局テホグンに頼ってしまうことになるかなあ、とは思うんですが」

肩をすくめてウンスはいたずらっぽい顔でチェ・ヨンの顔を見た。
あ、チョナの資金提供も喜んでお受けします。無利子だとありがたいかな、
ねえ高麗では医師免許ってあるの? 必要なら特例でもらえないかしら、
とやつぎばやにウンスが言うと、王は苦笑して王妃を見た。

「それでは、これからはどう呼べばよろしいのか」

王妃がウンスに尋ねると、すぐに答えは帰ってきた。

「ウンス。ただ、ユ・ウンスとお呼びください」





「ついて、きてください」

謁見が終わって部屋を出ると、チェ・ヨンが急にそう言った。
チェ・ヨンはウンスの腕をつかむと、ずんずんと歩き出した。
手近に内官を見つけると、城門に馬を一頭ひけ、と言いつける。
ウンスは気圧されて、何も言えないまま、引きずられないよう小走りになる。
城門につくと、指令が走ったのか、すでに黒毛のチェ・ヨンの馬が用意されていた。

鐙に足をかけると、チェ・ヨンが馬の背に身体を乗せる。
上から手を伸ばされて、ウンスが腕を上げると、肘の上をぐいとつかまれて、
馬上に引き上げられた。
ウンスを自分の前に座らせると、その腰に片手を回し、残った手で手綱を取ると、
馬の腹に足を入れる。
馬は緩やかに走りはじめた。

「ねえ、どこに行くの?」

腹に回されているチェ・ヨンの腕につかまって、ウンスは舌を噛まぬように慎重にしゃべる。
チェ・ヨンは口を開いて、言葉を探しているようだったが、どう言っていいのか
思いつかなかったのか、口を閉じてしまった。

城の目の前の大道を横切り、南に向かって走ると、文臣らの屋敷が並ぶ一帯に出る。
チェ・ヨンは通りが狭まってくると、馬の脚を緩める。
並足になった馬を、一つの屋敷の前で止めた。
黙ったまま、するりと馬を降りて、両手を伸ばし、ウンスの腰を持つと、馬から下ろす。

「こちらです」

ようやく口を開いたと思ったら言ったのがそれで、口調が固い。
不思議に思いながら、ウンスはチェ・ヨンについていった。

珍しく門柱のある屋敷で、大きくはないが、周囲の家に比べればずいぶんと立派だ。
豪奢ではないが、しっかりとしたつくりで、屋根には黒瓦が使われている。
すぐに若い男が走り出てきて、おかえりなさいませ、と言ったので、ウンスは驚いた。
馬の世話を頼むチェ・ヨンの後ろで、ウンスはうずうずと待っていて、
男が行ってしまうと、チェ・ヨンの着物の袖を引っ張る。

「ね、ここ、あなたの家なの?」

そう尋ねると、親の屋敷の一つですが兵舎にいることが多く、ほとんど住んでおりませんでした、
とだけいつになくぼそぼそと言って、屋敷脇の小径を歩き出す。
聞きたいことは山ほどあったが、行先があるようなので、ウンスは黙ってついていく。
小径を抜けると、そこに小庭が広がっていた。

よく手入れされた、様々な植物が植わっている。
黄色い小菊が目に入って、ウンスは思わず微笑んで、チェ・ヨンを見上げた。
チェ・ヨンはなぜか笑わずに、むすりとした顔のままだ。

「ご覧になってみてください」

珍しく強張った声で、チェ・ヨンがうながす。
ウンスは言われるままに、庭に足を踏み入れる。
今が盛りの黄色の連翹の木と並んで咲く黄色の山茱萸。
庭を囲む竹垣にはすいかずらが咲き誇っている。
ひときわ大きな白木蓮、その足元に群生する藤袴、影には紫、近くに当帰も植わっている。

微笑んでいたウンスの顔から微笑みが消えて、一つ、一つを確かめる顔つきになる。
何度か尋ねるようにチェ・ヨンの顔を見るが、チェ・ヨンは固い顔のまま、
ウンスの様子をじっと見ていて、何も言わない。

美しい小庭園は、そのまますべて薬草園でもあった。
よく根付いた樹木、太い株に育った多年草。一日や二日で作れるものではない。
一年か、いや、同じ季節を二回か三回巡って、ようやくといったところだろう。

「これは…」

ウンスはぎゅっと口を結んで、そのまま進む。
庭の外れに、小さいが上品な小屋がしつらえられている。
外の路につながる小木戸があって、表から小屋に人が入れるようになっていた。
戸をあけると、寝台と卓と椅子と小棚。
小棚にある道具の類は、自分と同じ医事に素養のある人間でなくては、
目的はしかとわからないかもしれない。

先ほど王に語ってみせた、しかと形をとらない「これから」が、
どうしてか忽然とそこにあった。

卓の上に、見覚えがある薬瓶が一つ置いてある。
綺麗に拭ってあったが、自分が埋めたときより、古ぼけていた。
手に取って振ると、薬はまだ少し残っているようだった。

ウンスの唇が小さく震えた。

「ねえ、これって」

口を尖らせて、手を胸の前で落ち着かなげに動かす。
怒ったような顔になっているが、怒っているわけではなかった。
目に力を入れて泣かないようにこらえているのだ。
それでも目の下の淵にみるみる涙がたまる。

「これって、わたしのために」

用意してくれたって思っていいのかしら、と言いたかったが言葉がつまる。
ぽとり、ぽとりと涙が勝手に手に落ちた。
はい、とチェ・ヨンが答える。

「いつから」

三年ほど前になりますか、チェ・ヨンは控えめな声で言う。
そんなに前から、戻るかわからぬもののために、こうして。
トギが力を貸してくれました、薬草のことはよくわからないので、
とチェ・ヨンがは付け加える。

「そう、トギさんが」

噛み締めるようにウンスは言う。
遠征を終えて、開京に戻るたびに、少しずつ整えたので、
思ったより時間がかかってしまった、とチェ・ヨンは言い訳のように言った。

「あなたがお戻りになって、ずっと俺と暮らすなら、必要だと」

チェ・ヨンが言葉少なに説明する。
なら、なんでわたしを皇宮に置こうとしたの、と尋ねると、
その方が安全だからです、とぽつりと言った。
あなたをお守りすると、約束しました、と。

この人は、本当に、本当にわたしが戻るのを待っていたのだ、とウンスは確信する。
ありとあらゆる手を打って、未来へのどの道にもつながるように。
それが無駄になるなどと思いもせず。

ウンスは顔を両手で覆ったまま、動けなくなった。
チェ・ヨンがウンスの前に歩み寄り、ウンスの肩に手を置いて、そっと抱き寄せる。

「俺はあなたから、多くのものを奪いました。 
あなたの父からも母からも、家からも、引き離した」

チェ・ヨンの眉間に深い皺が刻まれる。
ウンスの肩が、チェ・ヨンの胸の中で小刻みに震えた。

「だというのに、俺があなたにさしあげられるものはなにもない」

それでも、とチェ・ヨンの声が吐いた息でかすれる。
 
「俺はこの欲を捨てきれぬ」

それから、しばらく迷ったような表情を見せたが、ごくりと喉を鳴らすと、
ウンスから離れ、その前で両膝をついた。

「ひざまずく、というのはこれでよいのですか」

ウンスはそう言われて、意味がよくわからなくて、目を拭いながら首を傾げる。

「あなたが前に、結婚の申し込みをするときは、
ひざまずくものだとおっしゃっていた」

ウンスは泣きながら、笑っていた。
プロポーズをすると言うのか、
この男は。

ウンスがうなずくと、チェ・ヨンは固い顔のまま何かを言おうとした。
たぶん言い慣れぬことを言おうというのだろう、顔が少し紅潮している。

その胸に、ウンスは勢いよく飛びこんだ。
どん、と胸にぶつかって、それからその大きな身体に手を回す。
チェ・ヨンは驚いて動きを止めたあと、おずおずとウンスの身体に手を回し、
それからその腕に力をこめた。

「ねえ、答えはね」

イエスよ、とウンスは胸の中からチェ・ヨンの顔を見上げて泣き笑いで言った。
それは天界の言葉でどういう意味ですか、とチェ・ヨンは何かを待ち望む声で問う。
あなたと結婚しますってことよ、と言うと、ようやくほっとした顔になって。

それからウンスの息が止まるほど強く抱きしめた。




13話も連続でアップしています。

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by kkkaaat | 2013-11-09 23:22 | 金銀花【シンイ二次】 | Comments(17)

【シンイ二次】金銀花11

総管の肩ごしに、王はチェ・ヨンと目を合わせ、微かに口の端を上げた。

「長旅でお疲れでしょう。城内へお入りください。ゆっくりと酒肴なさるとよい」

王がそう勧めると、内官が進み出て案内に立つ。
さあこちらに酒宴の用意ができております、と誘われて、趙小生は虚ろに首を振った。

「歓迎の意、ありがたくお受けしたいのですが、今はとにかく一刻も早く横になりたく…」

趙小生は足が萎えたようになって、歩くのもおぼつかない様子だった。
そうですか、それは残念至極、明日またお目にかかりましょう、
王はそれだけ言って、双城総管府の一行を城内に入らせた。
彼らの姿がすっかり見えなくなると、兵たちの密やかな歓声があたりから漏れる。
王のもとへ、チェ・ヨンが駆け寄る。
二人の目が合うと、チェ・ヨンは深くうなずいた。

「チョナ!」

チェ・ヨンの声が、思わずに弾んだ。
おやりになりましたね、と言うと、祭天なぞ初めてのことゆえ、
胸が早く打って困ったぞ、それらしくできたかどうか、と王も笑いながら言った。
あやつら、震え上がっておりました、とチェ・ヨンが言うと、王が言葉を返す。

「テホグン、チェ・ヨン。そちも見事な芸当であった」

そう言われて、チェ・ヨンは急に厳かな表情を取り戻し、頭を下げる。
俺はただ、雷功を空から落としただけでした、とチェ・ヨンが言った。
その光で龍を形作るなど、到底無理な芸当、と王の目を見据えて言う。

「稲妻の加減でそう見えたに違いない」

王がそう言うと、チェ・ヨンは首を振った。
ほかの者も驚いていました、龍が天より降り立ち王の身体に入ったと。
王は夜天を仰ぎ、考えこむように視線を戻した。
天の助けか、とぽつりと王はつぶやく。

「迷信深い趙小生、たいそう参っている様子でございました。
朝貢をはねつけても、しばらくは怯えて兵を出すこともためらうでしょう。
元国に便りをするでしょうが、それも急ぎではしますまい」

報告を受けたとて、今は漢族が暴れておる、あの荒れようでは、
すぐにこちらに手を打つこともできないだろうて、と王が言う。

「あと一年、一年あれば、戦の準備が整います。まずは双城総管府を陥落させ、
故地(以前は高麗であった土地)をすべて取り戻したく」

チェ・ヨンの言葉に王は力強くうなずく。
それから、とチェ・ヨンは付け加えた。

「一行の中に趙小生の叔父の趙暾、また李子春、李成桂の親子がいたのにお気づきでしたか」

ああ、気づいておった、と王はうなずく。
確か前に医仙が李成桂の腹を切って病を取り除いたのではなかったか、
と王が言うと、その通りです、チェ・ヨンもうなずく。

「この三名、雷の落ちたる後も、さほどうろたえもせず、
じっとチョナと趙小生のやりとりを見ておりました」

こたびのことをどのように受け取ったかはわからぬが、ものごとを見聞きして、
風向きを読むほどの人物ではありそうです。李親子は王城での恩もある。
こちらの陣営に引きこむことができれば、チェ・ヨンは力強くそう言った。

チェ・ヨンがそう言うと、王は、賂か、それとも位階を与えるか、
とぶつぶつと考える様子を見せる。
チェ・ヨンが傍で黙って控えていると、はっと気づいて顔を上げた。

「すまぬ、気が急いてな。それより、火の始末をさせ、兵士たちを休ませよ。
この数日ろくに寝てもおるまい」

そう言うと、チェ・ヨンは気遣わしげな顔で、王を見た。
それはチョナも同じでございます。明日に備えよくお休みください、
とチェ・ヨンが言うと、王はふうと息を吐いて、疲れの見える顔を
それでも晴れ晴れと微笑ませた。

「明日は縮み上がった趙小生と、少うしばかり決めごとをするだけじゃ」

それさえすめば、とチェ・ヨンが切望をにじませた声で言う。
チェ・ヨンの声にそれを聞きつけて、王がうなずく。

「開京へ戻ろうぞ」

王は南を向いて、そう言い放った。



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by kkkaaat | 2013-11-08 21:41 | 金銀花【シンイ二次】 | Comments(10)

【シンイ二次】金銀花10



「本当に、あれは何でございましょう」

この度初めて朝貢の遣使に伴を許された李成桂(イ・ソンゲ)は、
いつもの離宮の様子など知らないので、その燃え立つ炎に声を浮き立てて父に問うた。
父、李子春は眉をしかめ、総管趙小生の叔父にあたる趙暾に目配せする。

「人影が見えますな。しかし迎えのようには見えませぬ」

子春は落ち着いた声でそう言った。
ソンゲは総管と父の声音に、不穏を聞きつけて黙る。
何かしております、と戸長が見ればわかることをさも大事そうに総管趙小生に
告げると、趙小生はうるさいというように手を振って黙らせた。

離宮の城門にはただ二人衛兵が控えるのみで、出迎えの人影は見当たらない。
城門をくぐるとすぐのところに、何やら見覚えのない丘と建物、石門、そして
石鼓がある。

その二重の塔の建物の周りに、轟々と音がするほどの勢いで火が焚かれ、
それが遠方からは、歓迎のかがり火と見えていたのだった。
騎馬したままくぐろうとする一行に、衛士がいきなり槍をがちりと打ち鳴らして交錯させ、
行く手を阻む。

右手衛士にチュンソク。
王城守備のための黒鎧に、臙脂の帽子飾りも凛々しく立ちはだかる。

「ただいま、ペハは、重要な祭天の真っ最中でございます」
(ペハ:陛下、皇帝の尊称。元に冊封されてより、高麗では使われなくなり、一段下の殿下、チョナを使用している)

皇帝、だと…? と聞き間違えではないかと総管趙小生が馬上で顔色を変えた。
見下ろして睨みつける視線をものともせず、チュンソクは槍を崩さない。

左手衛士にトクマン。
後れ毛のひとつもなく髷を結い、高い背で槍をかざして一行に見栄を切る。

「双城総管府の長、趙小生殿と言えども、馬を降りてこうべを垂れてお進みください」

その芝居がかった様子に一行は気を抜かれて口をつぐんだ。
後ろで控えていた護衛兵が馬を降り、がつ、と靴音を立てて一歩踏み出したが、
李子春が手を出して止めると、むっとしながらも一歩退いた。
一行戸惑ったように馬から降りる。

どこからともなく陰から兵士が走り出て、たちまちどこかに馬を連れ去ってしまう。
どういうことだ、と喚きながら総管趙小生が先頭に立って歩きだそうとすると、
すい、と二人が前に立ち、静かにお進みください、と頭を下げて言ったのち、
前に立って先導する。
自然と付き従う形になって、一行は面白くなさそうに顔を見合わせた。
チュンソクとトクマンは前を向いて、横目で目配せをしてにやりと笑うと歩き出した。

そして、城門をくぐって離宮前に忽然と見えてきた円丘壇に、一行は言葉を失った。
四角の基台の上に、正しく円を描く円丘壇が築かれ、
暗がりの中で、そこだけが炎で血のように赤く照らされている。

円の中央に、王。
台の四辺に郎将。
揺らめく炎で、王の影は四方に散り、大きいもの小さなもの、濃いもの薄いもの、
その無数の王の影が怪しく踊るようだ。
郎将はまるで四神の石像のように微動だにしない。

王が跪拝するのを見て、双城総管府からやってきた護衛兵を除く総勢十二名は息を呑んだ。
王が跪く相手は天下において元の皇帝のみである。
ここ高麗において膝を折る相手は、人にあらず。
――天帝。

天帝への祈願など、高麗の一王が行ってよいはずもなく。

「やめろ……やめろ!」

総管趙小生は常日頃の泰然とした態度を忘れて、
大声を出しながら円丘壇に駆け寄ろうとした。
自分の膝下で、このような勝手を許したと断事官に知られでもしたら。
気が焦って足がもつれる。

戸長が二、三歩を付き従うが、異様な雰囲気に足が止まる。
まだ若いソンゲにはことの次第がわからず、ただ呆然と事態を眺めるのみだった。
そのとき、駆け出す趙小生の前に、大きく足を開いて立ちはだかる姿があった。

「控えよ!」

大音声が一喝する。
高麗皇帝陛下の祭天のさなかであるが見えぬか、と地に轟く声で言ったは、
元までも名の轟く大護軍チェ・ヨンその人であった。
ソンゲは、あっ、と声を上げた。何年前であろう、まだ少年の頃に、
この方と親しく話したことを忘れたことはなかった。
父上この方は、とささやいた声は、総管の激怒の声にかき消される。

「このような狼藉、許されぬ、許されぬ! ええい、邪魔だ!」

趙小生はそう言うと、悠然と立ちのく気配もないチェ・ヨンに顔を真っ赤にして、
後ろの護衛兵を怒鳴りつける。

「このものをどかせ」

逆らわれることに慣れぬこの男、チェ・ヨンの態度がよほど気に入らないのか、
手を震わせて頭に血を上らせている。
お待ちを、と同時に声をかけた趙暾と李子春はわずかに遅く、二人の脇を兵が駆け抜ける。

チェ・ヨンが、鬼剣を抜く。
あまりに素早く抜いたので、刃が金属質の唸りをあげる。
手が空であったはずの男の手に、いきなり剣が現れたことに怯んだ護衛兵の
速度がほんのわずかだが落ちた。

チェ・ヨンは鬼剣を兵に人に向けてではなく、暗い虚空に向けて高々と掲げる。
剣を持たぬ手に、青白い火花が散るのを騒然とした周囲の人々は気づかない。
喚く声と慌てる人の中で、剣の先より、細く白い雷光が空へと一線に上がっていくのに、
一番後ろに立っていたソンゲだけが気づいた。

と、その刹那。

轟音を立てて、目を射る稲妻が、円丘壇の中央に立つ王めがけて真っ逆さまに落ちる。
あたりは真っ白な閃光と耳の潰れるほどの大音響に満ちて、
皆、目が潰れたようになってうずくまる。
空気の微かな振動がおさまると、あたりは水を打ったように静まり返り、
地に伏した者たちはぶるぶると震えていた。

「双城総管府総管、趙小生。お待たせいたした」

幾時たったか、総管が顔を上げると、そこに高麗の王が立っていた。

「龍が、龍が」

震えて言葉にならぬ趙小生に、優しく手を貸して、王は立ち上がらせる。
どういたしましたか、そうゆっくりと顔を寄せて尋ねると、趙小生は目をしばたたかせ、
王の顔を初めて見るもののように凝視した。

「いま、た、確かに光る龍が、チョナの身体へと」

何をご覧になられたか、と王は趙小生の目を覗きこむ。
大人しげな目が気遣うように細められる。

「りゅ、龍が……」

王は気の毒そうな表情で趙小生の手を離すと、一歩後ろに下がった。
趙小生は今自らの目で見たものが信じられぬというように、地面を見つめ、
それからゆっくりと顔を上げるその途中で、もう一度息を止めた。
王のまとう黒に金龍の刺繍の衣は、見慣れたものであるのだが。

その胸の龍の爪は、もっとも尊い龍が持つという五本爪。
元の皇帝ただ一人に許されたその印。

「どうか、いたしましたか」

優しげに問う口調とは裏腹に、その目の奥は笑っていなかった。
趙小生は耐え切れずに、衣からも王からも目をそらした。



あと4回です。
コメント少しずつお返事させていただいています。<(_ _)> 

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by kkkaaat | 2013-11-08 00:09 | 金銀花【シンイ二次】 | Comments(10)

【シンイ二次】金銀花9

平壌の離宮は、大陸から高麗への門である。
元よりの遣使があれば、まずは平壌にて出迎えもてなし、その後に開京に向かう。
開京の王城や南京の雅やかな離宮に比べて、
剛健な砦の役目を持ちながら、元におもねって派手な胡風の建物が目立つ。

離宮に南面した庭園に、その急ごしらえの円丘壇はあった。
王の諡(おくりな)に、元に逆らわぬものとしての忠の字が置かれて、はや百三十余年。
開京の円丘壇は名ばかりのものになり、
そこで王による祭天が行われぬようになってから長い。

天を祀るはただ一人、唯一の天子である元の皇帝のみ。
行われるは北京の天壇のみ。
高麗王は皇帝の臣下である、だから祭天は行わぬが筋。
それが皆の了解であった。

そのはずであるのに、ここ平壌で使われぬはずの円丘壇を整えるために、
昼夜を問わずに働く職人と兵の姿が見える。
ほとんどはりぼてのようなものだが、見た目だけはなんとか体裁を整えた
皇穹宇(ファングンウ:神位板を収める建築)の足元に、
于達赤隊隊長チュンソクの姿があった。

「どうせ暗がりでよく見えぬ。適当に塗っておけ!」

指示を出しながら、辺りを見回して走り出す。

「トクマン、そこはもういいから、こっちの大門の石材を運ぶのを手伝え」

急なことで必要な石材は手に入らず、離宮裏手の石垣から
無理に外してきた石を運んでいる。
ふと気になってチュンソクが横に並んで引き始めたトクマンに尋ねる。

「おい、これ使ってよいか、誰ぞに確かめたか」

チュンソクが脚を踏ん張り綱を引くと、肩の筋肉が恐ろしいように盛り上がった。
男たちは春の平壌の寒さの中、諸肌脱ぎで身体から湯気を立てている。
トクマンが、いえだれにも、と歯を噛み締めて力を込めながら言うと、
チュンソクはぎょっとした顔をした。
おいおい、とつぶやきながらも手は止めない。

だって仕方がないじゃありませんか、これしか使えそうなのがなかったのです、
いざとなったら隊長が責任を取ってください、
とトクマンが言うと、チュンソクは嘆息する。

「おまえ坊ちゃんだからなあ、そう言うところはほんと図々しいよ」

トクマンは、にやにやしながらすいません、と言った。
褒めてるんじゃねえぞ、とつぶやきながら、チュンソクは歯を食いしばる。
一つ目の石を大門を作るべき場所に転がすと、すでに皆汗が額に垂れていた。

「もうすぐ王と大護軍がお着きになる頃合だ! 気合を入れろ!」

チュンソクが大声を張り上げると、おう、と其処此処から威勢の良い声が返った。



その夜、不格好な石の大門の元に、一本の松明が近づき、照らした。

「間に合わせだな」

チェ・ヨンが石柱が倒れてこないか、手で押して確かめながら、
松明で照らして眺めて苦笑した。
今日の夕刻日が暮れるころ、ようやっと王とチェ・ヨンはこの平壌の離宮に
到着した。

「いや上等。火で陰影がつくと、多少のあらはわからぬ」

王は自らも円丘壇まで来て、その出来を見ていた。
こけ威しであるな、と王がつぶやく。
役者の使う書き割でも、そこに魂がこもれば本物に見えます、とチェ・ヨンが返した。

「これは手厳しい」 

王は口元を歪めて笑い、チェ・ヨンを見る。
余次第であるとそちは言うのだな、余が誠の王であればここに天意が宿ると、
と王が言うと、チェ・ヨンはしばらく下を向いて、それから王に正対した。

「民は暮らしが平穏であれば、王の名も国の名も気にしますまい。
王があって、官がいて、国があるのではありませぬ。
国まずありて、それを支える人柱、それが王ではないでしょうか」

チェ・ヨンは王の目をしかと見据えて話し続ける。
王は目をそらさずチェ・ヨンを見返した。

「ここで余がしくじれば、元に追封されるまでもなく、
余はすでに王ではない、ということか」 

チェ・ヨンは息を吐いて、不遜なことを言う。

「高麗の危うきありさまをどうにかしてくれる者なら、
王でも役者でもかまわぬのです」

やり遂げた道化こそが王。

そう言い放った後、チェ・ヨンは頭を下げて、すぎたことを申しました、と王に言った。
王はしばらく黙ってチェ・ヨンを睨んでいたが、にやりと笑って、石柱を手で叩く。

「道化の性根は座ったぞ。して、かみなりの芸当の支度はすんでおるのか」

王がからかうように言うと、準備万端ととのってございます、
とこちらもにやりと笑った。





「おお、ご覧くだされ」

双城総管府から総管の趙小生に伴ってきた戸長が喜びの声を上げた。

「チョウ殿、我らの到着を歓迎して、あのように明々と火を炊いて」

戸長が指差した先には確かに明々と見たこともない大きな火が見えた。
確かにそれは、西京平壌の王の離宮に灯っているように見える。

「夜の到着になる、ついては酒肴の準備をしておけと、早馬で知らせておきました」

と戸長は自慢げに報告する。
うむ、と威厳をもってうなずいた総管趙小生は、
離宮に向けてはじまった上り坂を、馬で粛々と進んでいた。

半時も馬を進めると、総管府の一行は、見えていた火がただならぬ大きさを
備えていることがわかってきた。
城下の村を通ったが、あたりが暗くなったことを差し引いても、ひと気がない

歓迎の夜明かりにしては大掛かりすぎる、辺りの様子も何かおかしいと話すうちに、
離宮正面の大通りに出た。
馬を進める一行の言葉数が少なくなった。
目的の城が目の前に徐々に大きくなっていく。

「あれは、なんだろうか」

今まで黙っていた総管趙小生が、ぽつりといぶかしむような声をあげた。



コメント少しずつお返事させていただいています。<(_ _)> 
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by kkkaaat | 2013-11-07 00:10 | 金銀花【シンイ二次】 | Comments(12)

二次小説。いまのところシンイとか。
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