筆記



カテゴリ:短編【シンイ二次】( 15 )


【シンイ二次 掌編】買い物へ

※ドラマの終盤で、チェ・ヨンが宿舎に隠れているウンスを買い物に誘う場面のあと、こんなふうにお買い物してたのかなあという想像です。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「何を買ってもよいと、言うたではありませんか」

チェ・ヨンは少しばかり責めるような口ぶりで、店の入口を自分の身体でふさぐ。
ちょっとだけとがらせた唇に、チェ・ヨンの目が吸い付けられているのも気づかずに、ウンスは視線を下に落として、身体の横にたらした両手を所在無げに、こぶしに握る。
店主は急にはじまった押し問答に、目をそらして服をたたみだした。

「服でも、小物でも、靴でも、好きに選ばれたらよい」

あれほど喜んでおられたのに、なにゆえ、と尋ねる声がわずかに大きくなってしまって、チェ・ヨンは少しだけ天井を見上げて気を静める。
それから、自分の背中と入口の隙間から自分とウンスの様子を盗み見ようとしている于達赤の腹に、振り返りもせずに剣の鞘を食らわせる。
背中越しに、テ…ジャン…、と呻いた声は、トクマンだった。

「迷っちゃって」

よく考えたらどうしても欲しいってわけでも、と困ったように目をそらすのがまた、腹が立った。
于達赤の兵舎と典医寺の往復だけの毎日なうえ、うまくいかぬ薬作りで、明るくふるまってはいるが、目の下の隈も濃い。なんとか気を晴らしてやりたいと、買い物に行きましょうともちかけたときは、ぱっと顔に明かりが灯ったようになった。
その笑顔との落差に、戸惑いがわき上がる。
店に入り、しばらくの間は弾む鞠のように服を手にとったり、かんざしを頭に指してみたり。
だのに、チェ・ヨンがそれもこれもと店主に渡しはじめると、急に手を止めてしまったのだ。

「じゃあ、これを買ってもらおっかな」

ウンスがおずおずとかんざしを一つ差し出してそう言うが、チェ・ヨンはがんとして動かない。
近くの棚を後ろ手で軽々とずらすと、入口をふさいでしまう。
店主は目を丸くして、チェ・ヨンに文句をつけるどころか、荷物置き場に逃げこんでしまった。
中が見えないとかなんとか、外で騒ぐ声が聞こえるが、相手にもせず、チェ・ヨンはずいとウンスに向かって一歩踏み出す。

「な、なによお」

ウンスも一歩下がるが、その度にずいとチェ・ヨンが踏み出すので、たちまち店の奥端に追い詰められてしまった。ウンスはいきなりくるりとチェ・ヨンに背を向けて、すばやくしゃがむと壁替わりになっている天幕の端を持ち上げて店の外へと逃げ出そうとする。
そうは問屋が卸さないと、チェ・ヨンは猫の子でも持ち上げるようにひょいと首根っこをつかんで捕まえると、肩をつかんで、もう一度くるりと自分に向けて居直らす。

「気に入りませんか」

これも、これも、先ほどたいそう気に入った様子で手に取っておられた、とチェ・ヨンがそばにあった着物をわしづかみにしてウンスにつきつけると、じっと目を見て言う。
ウンスは、肩をすくめてため息をつくと、チェ・ヨンを見上げて目を合わす。

「気に入らないわけじゃなくて、すごく素敵よ、これも、これも」

ウンスは少し考えこんで言葉を探すが、うまく説明できずに髪をかき回す。
チェ・ヨンが怪訝な顔ををすると、もう一度、ウンスはしぶしぶ口にした。

「…高いの」

はあ? とチェ・ヨンが言うやいなや、ウンスはじれったそうに繰り返す。

「思ってたより、ずっと高いのよ。こんなの買ってもらえないわ!」

持ち合わせならあります、ご存知でしょう、とチェ・ヨンが手首をつかんで言い聞かせると、ウンスはまたもや口をとがらせる。

「あのね」

白状すると私、男の人に何か買ってもらったことあまりないのよ。自分の収入はあったし、どちらかって言えばつくす女だったし。あなたったらどんどん品物を積み上げちゃって、なんか私、図々しい女みたいじゃない? 金のかかる女って、そりゃあ若いこならまだ許せるけど―
べらべらとしゃべりだしたウンスのくるくると動く瞳や口に、チェ・ヨンの口元はほっとしたように緩んだ。
そんなことを気になさっていたのか、とつぶやく。
狭い店の天幕の端は、チェ・ヨンの背丈よりも低く垂れていて、そこに当たらぬよう、背をかがめるとウンスの顔が間近になった。

「俺が―さしあげたいのです」

チェ・ヨンが低くそう言うと、ウンスは近づいた顔にどぎまぎするように顎を引いて、いや、でも、呆れたりしない? と念を押して言う。
無言のままチェ・ヨンがうなずくと、ずいと差し出された衣の束に、遠慮がちに手を伸ばし、

「じゃあ、これ、…と、これ」

と先ほどかなり長い間、胸に当てては眺め当てては眺めを繰り返していた桃の色に赤みの花が散ったものと、若草に尾の長い鳥の大きな刺繍の入ったものを選ぶ。
他には、とチェ・ヨンがうながすとウンスは、この二枚が気に入ったからと説明したあと、

「ね、残りも無駄遣いしないでよ。また一緒に買い物に出かけたいから」

と嬉しそうにおどけてみせた。

「わかりました。それでは勘定をすませますので、外で待っていてください」

チェ・ヨンがそう告げて、片手でずるりと入口をふさいでおいた棚をずらすと、テマン、トクマンとそれを止める体で戸口に耳を寄せていたチュンソクが、うわっと声を上げながら倒れこむ。
冷たい目で見下ろされて、三人は飛び起きる。

「用をすませるゆえ、医仙を茶と菓子のある店へお連れしろ。すぐに追いつく」

わかりましたテジャン、とテマンを残して一行が立ち去ると、チェ・ヨンはすぐにきびすを返す。
ありがとうございます、と頭を下げる店主に先ほどの二枚を渡した。

「お代は―」

と言いかける店主と懐から財布を出すテマンの頭に、チェ・ヨンの声がかけられる。

「待て」

は、と顔を上げたところに、チェ・ヨンが端から着物を取り上げて渡す。
靴に小物に、ウンスが手にとったものをあらかた渡すと、店主の両手はいっぱいになって、積み上げられた品物で、前もろくに見えない。

「こ、これを、全部でございますか?」
「これ、ぜんぶですか?」

品物の横からようやく顔を出した店主と横に立つテマンが同時に言う。

「そうだ」

チェ・ヨンは、全部だ、と念を押すようにもう一度きっぱりと告げると、
かすかに口角を上げて、店を出た。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ドラマでもみんな大好き「遊びに行きましょう」のセリフですが、ドラマ本編にその後の場面はありません。ただし、脚本はあったし、実際撮影も行われたのかな? それっぽい場面のキャプチャー写真を見たことがあります。脚本の翻訳もすでにさまざまなブログにアップされていますし、それをもとにした二次創作もいくつか読んだことがあります。
なので買い物場面の掌編を書くと、どうしてもそれらとおんなじになってしまいますので、別バージョンでお送りさせていただきました~。

チェ・ヨン、名家の生まれなうえ、「金を石と思え」のお父さんに育てられ、家にも戻らずウダルチ兵舎で部下たちといっしょにご飯も食べてましたから、ほんと貯金はたんまりあるはずですよね。なのにケチじゃなく気前がよい(貯金がある男ほどケチの法則にはあてはまらない)。いつ見ても総合力高い男です。


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by kkkaaat | 2016-02-25 23:10 | 短編【シンイ二次】 | Comments(23)

【シンイ二次】胡蝶の夢



まどろみの中で、唇に花びらのようなふわりとした感触があったが、
ウンスは目を覚まさなかった。
うらうらとした春の日差しの渡りの廊下で、
猫のようになっているこの慶福のときにひたりきっている。

突然、顔に強い圧迫感が起こり、
寝ぼけているうちに口に勢いよく息が吹きこまれ、飛び起きる。

「な、なによ!」

水の中でもがくように手を動かすと、固く力強い胸板に突き当たる。
目を開けると、チェ・ヨンの顔が目の前にあった。

「もうっ」

唇の端に、いたずらを思わせる笑みを見つけて、
ウンスはそのままこぶしで一つ、ドンと相手の胸を叩く。

「ぴくりとも動かぬゆえ、人工呼吸とやらをおこなったまで」

涼しい顔でそう言ってのけるチェ・ヨンは微笑んでいるが、
その目が自分の目鼻を口を何かを探すようにさ迷いおよぐのに気づいて、
ウンスは手を伸ばし、チェ・ヨンの顎に触れる。

「なに、なにか心配?」

チェ・ヨンは身体を起こすと、ウンスの横に膝を立てて座り、黙ったまま庭をじっと見る。
ウンスも半身を立てて、チェ・ヨンの横顔を見て、それから同じように庭を見た。
白木蓮の花の周りを白羽の蝶が舞っているのが、
まるで花びらがそよぎ舞っているようにも見える。

「わたしの息が止まってるとでも思った? ただの昼寝よ。
こんなにゆっくりできるの、今じゃ珍しいから、ついね。
今日はテマンが」

この人は、ことわたしのことになると過剰にナーバスなところがあるのよね、
と先回りしてウンスが言いかけたところで、
知っている、テマンが家に連れていくのに会った、とチェ・ヨンはうなずく。
手をつないで歩いておった、と少しいまいましそうに付け加える。
それから、チェ・ヨンは思い切ったように口に出す。

「あなたの唇に」

言葉の一瞬の切れ目に、ウンスは顔を上げ、チェ・ヨンを見る。

「蝶が、とまっていて…」

とまどうように、ふうと息をつく。
言葉を探して、チェ・ヨンは指で額をこする。
ウンスは身体を起こし、自分もチェ・ヨンの横に座るとゆったりと身体をもたれさせる。
それからチェ・ヨンの腕を、軽く手のひらで撫ぜる。
チェ・ヨンは少し笑って、ウンスの肩を抱き、自分の方へと引き寄せた。

「わたしが夢みたいに、消えてしまうと?」

不安になったの、とウンスが小さく尋ねると、
顔をうつむけたまま、ふ、と鼻で笑って、チェ・ヨンは照れ隠しか顔を背け、
胡蝶の夢か、とつぶやく。
つかの間、沈黙が二人の間に落ちる。
微かな風の音の後に。

「大丈夫、テジャン、わたし、いるわ」

ウンスが優しく言う。

ぞくとチェ・ヨンの背中が震える。
肩に回されていた手が肩へ、首へと滑り、
ウンスの頬が柔らかくつかまれると、チェ・ヨンへと引き寄せられる。

「テマンに見られるわ」

弾んだ息でウンスがそう言うと、
テマンは先ほど子を連れて出かけたではないか忘れましたか、とチェ・ヨンが答える。
ヨンシクは使いに出したし、母親は買い物に出ている、
とウンスが尋ねる前に、先回りで言いながら、もう一度唇を弄う。

「手回しがよくなったわね」

チマに差し入れられた手がふくらはぎを滑り、ウンスが身をよじると、
チェ・ヨンは腕をつかみ、力をこめて立ち上がらせた。

「機を見て敏と言っていただきたい」

真面目な顔でそう言うと、チェ・ヨンはウンスの腕をひいて歩を進める。
抱き寄せられたウンスはチェ・ヨンの胸に頭を寄せて、身体をまかせている。

庭には春の花がつぼみを開き、
先ほどまで戯れるように飛んでいた蝶はどこかに行ってしまった。
ウンスはチェ・ヨンの肩ごしに見える、柔らかく晴れた空に眩しそうに目を細める。
チェ・ヨンは外廊下の端でいっとき立ち止まり、
ウンスの背中をそっとうながすように押す。

そして静かに、扉を閉めた。


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by kkkaaat | 2016-02-12 22:23 | 短編【シンイ二次】 | Comments(20)

【シンイ二次】バレンタイン2(終)


「あなたには、手を焼かせられる」

その夜の隊長室で、チェ・ヨンは椅子の背に向かって座り、
背もたれに顎を乗せて、ため息をつく。
ウンスは兵装束はといて、ちょこんと寝台に腰掛けている。

「表に出ぬよう、何度もきつく言い渡した俺の命もどこ吹く風で、
部屋を抜け出しては目立つことをする」

これではあなたをお守りできませぬ、と目を見つめられると、
ウンスは手を顔の前に合わせて、ごめんね、と肩をすくめる。
チェ・ヨンはその愛らしい仕草に、思わず、ふ、と口元を緩ませて、
頭を振る。

「あなたが、隊員を思ってしてくれることはありがたいが、
それよりもご自分の身を守ることを第一にしてください」

いいですね、と立ち上がって横に腰掛けたチェ・ヨンに顔を覗きこまれ、
ウンスは二度頭を縦に大きく動かして答える。
そのまま、二人はなんとなく黙って、見つめ合うような形になった。
微かにウンスの顔がチェ・ヨンの方へと引き寄せられる。

と、チェ・ヨンが立ち上がる。

「今日は忙しく、少々疲れました。休みます」

そう言って、もう一つ椅子を引き寄せ足を乗せようとする。
ウンスは弾かれたように立ち上がると、小走りに何かを取りに行く。
チェ・ヨンはウンスの様子を、不思議そうに目で追った。

「ね、これ」

どうぞ、とウンスが差し出したのは、小ぶりの美しい布が貼られた飾り箱だ。
チェ・ヨンはわけがわからずに受け取って、箱をあらためる。

「これは?」

突然のウンスの行動に当惑して、箱の開け口に指をかけてながら
チェ・ヨンは尋ねる。
ウンスは小さく笑って答える。

「昼間作ってた菓子よ。出来上がったから、持ってきたの」

っていうかだいたいがあなたにあげるのが、本来の目的だったし、と
ウンスはぶつぶつとつぶやく。

「ありがたい。任務の折には持っていきます」

チェ・ヨンは微笑んで箱を顔の横へと持ち上げる。

「この箱はイムジャの持ち物でしょうに、いま別の箱に入れかえてお返し
いたします」

チェ・ヨンはそう勘違いして、執務机の上に飾り箱を置いて、
別の入れ物を探しはじめる。
ウンスが慌ててチェ・ヨンを止める。

「違うの、あの、その箱はラッピングっていうか、あの、
なんて言えばいいのかしら、本気の贈り物をするときは綺麗に包んで
渡すものなの、わたしのいた場所ではね。それに、本題は中身なの」

中を見てほしいの、とウンスに言われて、訳が分からずに
チェ・ヨンは箱へと戻る。

「この中を、見ればいいのですか」

チェ・ヨンがうかがうように言うと、ウンスはこくこくとうなずく。
箱は片蝶番の飾り箱で、爪をひっかけると容易に開く。
開けた箱の中には、典医寺で見た飴菓子が一口で食べられる大きさに固められて、
いくつも入っている。
特に他のものは入っておらず、チェ・ヨンはもの問いたげに顔を上げて、
ウンスの目を見る。

「うまそうです。それに、侍医の話によれば身体にもよいものらしい。
感謝しています」

チェ・ヨンがこの答えで合っているのか、探るように答えたが、
ウンスの目の奥の、何かを期待するような風は変わらない。
戸惑いの浮かぶチェ・ヨンの顔を見て、ウンスはその飴菓子の一つを指さす。

「この形、かわいいでしょう?」

菓子の一つ一つが、何かの紋様のような形に揃えられているのに気づく。
一つ持ち上げると、上下逆さまかな、とウンスに控えめに指摘される。

「わざわざ、整えてくださったのか」

そう尋ねると、ウンスははにかむようにうなずく。
この形には何か意味があるのか、と尋ねられて、ウンスは驚く。

「意味、知らない?」

チェ・ヨンがうなずくと、ウンスは拍子抜けしたように肩を落とす。この時代にはこうした記号の意味がすでに伝来していると、思いこんでいたのだ。

「ええとね、この形は、心の臓を表したハートという形なの」

その続きを聞かぬまま、チェ・ヨンが合点がいったようにうなずく。
説明を続けようとするウンスより先に、チェ・ヨンが口を開く。

「なるほど、心の臓腑の形とは、心も身体も鼓舞する菓子にふさわしい。
疲れた身には、染み入る糧食となりましょう」

部下たちには医仙のまじないがかかっている、と言ってやりましょう、
喜びます、と言われてウンスは半笑いでチェ・ヨンを押しとどめる。

「あ、まあ、みんなのはただの球状に丸めたらから、うん、
まじないをかけてあるのは、あなたのだけよ。
天界では弐月の十四日、つまり今日ね、大切なひとにチョコ…、
って言ってもわからないか。
ええとね、甘いお菓子を贈る習わしがあるのよ」

大切なひと、というウンスの言葉に不意をつかれて、
チェ・ヨンの口元が思わずほころぶ。
咳払いでそれをごまかすと、箱を大事そうに閉じる。

「ならば、つまりこれは、俺だけへの贈り物―なのですね」

そうチェ・ヨンに言われて、ウンスはようやく嬉しそうに大きくうなずいた。
それでは大事にいたします、と言ったチェ・ヨンの動きがはたと止まる。

「ですが、困りました」

視線を床に落として、考えこむ。
どういうことかと、じっとチェ・ヨンを見つめるウンスへと
顔を上げて目を見つめ、口を開く。

「そうした天界の風習もしらず、俺は何も用意しておりませぬ」

ウンスは慌てて、両手を顔の前でばたばたと振る。

「そんな、いいのよ。だってバレンタインは女性から男性へと
贈り物をする日だから」

しかしそれでは釣り合いが取れませぬ、とチェ・ヨンが納得しかねる
といった風に口元を引き結ぶと、ウンスは続けて説明する。

「あのね、バレンタインデイ、つまり今日は女性から男性へ渡すでしょ。
そのひと月後の参月の十四日のホワイトデイには、男性から女性に
贈り物をするの」

このことは、なんかお返しを要求してるみたいで言いたくなかったんだけど、
とウンスは、いたずらっぽい目でチェ・ヨンを見ながら指で唇を隠すような
仕草をした。

「ひと月ののちに…」

微笑みながらそう言ったチェ・ヨンの言葉が途切れ、視線に薄く幕が降りる。
すいとそらされた視線が、一瞬手首の傷をかすめたことに、
ウンスは気づいてしまった。
落ち着いた足取りで、チェ・ヨンの傍まで歩み寄ると、
ウンスはわずかに顔を背けているチェ・ヨンの頬に手を当てて、
自分へと向かせる。

「そう、一ヶ月あとよ。もらったものの、三倍くらいのお返しを
しなきゃいけないのよ」

ウンスが明るい声を作ってそう言うと、チェ・ヨンは自分に伸ばされている
ウンスの手首をぎゅうと握った。
そのまま、自分の頬へ強くウンスの手のひらを押し付ける。
チェ・ヨンの揺れるような眼差しを、ウンスは静かに受け止める。

「必ず、ひと月ののちに、差し上げます」

チェ・ヨンは我が身にも言い聞かせるように、そう言った。
食べ物でも、衣でも飾り物でも、あなたが望むものをおっしゃってください、
チェ・ヨンは固さは残るものの、笑みを作ってウンスに言う。

「わたしは物欲が強いから、そんなこと言ったら大変よ。
あなた、破産しちゃうかも」

ウンスがわざとおどけて言うと、チェ・ヨンの微笑みがようやく柔らぐ。
頬からウンスの手を外し、チェ・ヨンは両手でそれを包みこみ、
そのまま温めるようにしばらくじっと握る。

「大丈夫よ。典医寺で解毒剤を作ってる。きっと培養は成功するわ」

そう力づけるように言うと、チェ・ヨンは何も言わずに、
ウンスの目を見ながらうなずく。
そして、壊れもののようにウンスを抱きしめる。

「ひと月ののちに、必ず」

チェ・ヨンは意志のこもった声でもう一度そう言って、
ウンスを抱き寄せる腕に、少しだけ力をこめた。

(終)



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by kkkaaat | 2015-02-16 00:29 | 短編【シンイ二次】 | Comments(13)

【シンイ二次】バレンタイン1

ウンスが身を隠すために、ウダルチの兵士として、チェ・ヨンの部屋に匿われていた頃のお話です。バレンタインの頃は、たぶんウンスはまだ発病はしておらず、チャン侍医も生きていて、わずかな平穏を甘受していたころ、と思ってます。2話で終わります。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

チェ・ヨンは、何か考え事をしているふうで、ややゆっくりとした
足取りで長和殿へと続く中庭に面した回廊を進んでいた。
ふい、と何かが心に兆して顔が上がると、わずかに足が早まる。

その顎はもう少しだけ上がって、目の中に光が灯る。
急ぐだけの足だったのが、自然と駆け足になって、
チェ・ヨンはいっさんに走っていた。

目は、まだ眼前に現れてはいない求めさがすものへと、
真っ直ぐに向けられている。

―あの人のもとへ。

いつの間にか、頭の中がそれだけで占められている。
薬草園に入る簡素な木門をくぐり、脇目もふらずに典医寺の建物に
足を踏み入れる。

―ここだ。

誰に確かめたわけでもなかったが、チェ・ヨンには、予感があった。

―あの人は、ここにいる。

部屋の前を一つ一つ通り過ぎながら、チェ・ヨンの予感は
確信へと変わる。
この部屋でもなく、この部屋でもなく、あの、あの扉の向こうに。
チェ・ヨンの両手が扉にかかる。
そして、勢いよく手間に向かって大きく引き開けられる。

「医仙! 何をやっている!」

チェ・ヨンは鍋の中身をかき回しているウンスを発見して、
大きな声を上げた。

「あら、テジャン」

ウンスは、険しいチェ・ヨンの顔などものともせずに、
にっこりと頬に笑いを浮かべて、木べらを持ち替えて空いた手で
チェ・ヨンに軽く敬礼してみせる。

「隊長室から出ぬよう、言っておいたはずですが」

チェ・ヨンはウンスの傍に歩みを進めて肩をつかむ。
ウンスは手を止めずに、上目遣いで尋ねる。

「ねえ、どうして私がここにいるってわかったの?」

誰にでもわかります! とチェ・ヨンが歯噛みするように言う。

「皇宮中に甘ったるい匂いが漂っている。皆仕事にならぬ!
こんなことをするのは、一人しか考えられません」

匂いのもとをたどってここに参りました、簡単にあなたを見つけられましたよ、
とチェ・ヨンが苛ついた口調でそう言うと、ウンスはさすがに、
小さくしゅんとなる。

その横に、今にも逃げ出しそうにして、なんとか鍋の影に隠れようと
でも言うように腰をかがめるチュンソクとトクマンの姿を見つけて、
チェ・ヨンの目尻がひときわ釣り上がる。

「プジャンチュンソク、トクマン!」

名前を呼ばれて、二人はしまった、と目をぎゅっとつむり、
ぴしりと両手を身体の横に揃えて直立不動になる。

「お前らはいったい、何をしている」

今度こそ本当に歯ぎしりが聞こえそうな勢いで、チェ・ヨンは怒鳴りつける。
チュンソクが額にうっすらと汗を浮かべながら、答える。

「医仙殿が、是非とも作りたい薬があるゆえ、手伝いがほしいと
おっしゃったので、ウダルチより二名、護衛を兼ねて
不肖わたくしとトクマンがその任にあたっておりました」

テ、テジャンより医仙殿の要望には可能な限り応えるようにと
命ぜられておりましたゆえ、とトクマンが勇気を振り絞って言う。

「これ、が、薬、か!」

糖蜜とスパイスと、何かを混ぜたものを煮詰めるとにかく鼻の穴の奥から
耳の穴まで甘くなりそうな匂いを、くん、とひと嗅ぎしてみせて、
チェ・ヨンはチュンソクとテマンの腹を、剣の鞘で一発ずつ小突く。
ウンスが慌てて、割って入り、二人を自分の背中に隠す。

「ちょっと待って。わたしが頼んだの。お菓子みたいな匂いで、
飴菓子みたいだけど、身体が温まって気持ちもこう元気になるし、
風邪気味の喉にも効くのよ」

大鍋をかき混ぜるのはすごく力がいるの、たくさん作りたかったから、
二人にお願いしたの、怒らないであげて、と説明するウンスの肩ごしに、
チェ・ヨンは二人を睨みつける。
これが薬だと? とウンスを押しのけようとしたときだった。

「テジャン、医仙のおっしゃるのは、あながち嘘ではありません」

チェ・ヨンが振り返ると、先ほど開け放した扉からチャン侍医が
入ってくる。
鍋の横にある乳鉢を手に取りながら説明する。

「これは肉桂、血の通りを良くし身体を温める。こちらは丁子といい、
刺激があり気持ちの高揚を呼ぶので、士気を高めるのには良いでしょう」

こちらは月桃、紅花、と鉢をいくつか取り上げたあとに、
チェ・ヨンに歩み寄り、その肩に手を置く。

「鍋の中のものはもう少し煮詰めて乾かせば飴になり、
兵士たちが携帯できる菓子になる。彼らの身体に良い菓子を作りたいと
医仙よりお申し出があり、典医寺の設備をお使いいただいたのです」

チャン侍医の助け舟にウンスは、そうそう、と顔を明るくして
うなずいてみせる。
ほら、あなたも味見してみて、と匙にすくったそれを口元に
差し出されて、チェ・ヨンはけっこうとその手を押し戻す。

「あなたが兵士たちの責任者でしょう? もしこれをチョナが
お認めになったら、戦場にだって持っていくのよ。
ちゃんと味もみて、開発に協力してもらわないと」

とウンスがもっともらしく言うと、チャン侍医もややわざとらしく
深々とうなずいてみせ、目立たぬようにウンスの後ろで縮こまっていた
チュンソクとトクマンもここぞとばかりにうなずいてみせる。
否定する言葉が見つからずに、チェ・ヨンは口を引き結んでいたが、
ウンスが、ほら、と匙をもう一度口に近づけると、
しかめつらをしたまま、わずかに口を開ける。

ウンスはしてやったりと、にやついた笑顔を浮かべて、
あーん、とチェ・ヨンの口に丁寧に匙を差し入れる。
チェ・ヨンが舐めとるとすぐに、どう? と反応を見る。

「まあ、悪くは、ない」

ぶっきらぼうに言い捨てると、皆が自分の顔を注視しているのに
気づいて、急いで口元を手の甲で拭うと照れ隠しのように言う。

「チュンソク、トクマン、医仙の手伝いを続けろ。
ただし終わったらすぐに兵営に戻れ。それから」

チュンソクとトクマンが答えるのを確かめると、今度はウンスに
顔を向ける。

「終わりましたら、部屋に戻り、出歩かぬこと」

それと、とちらとチュンソクとトクマンを見ながら続ける。

「力仕事などは、すべて二人にやらせて、ご自分は無理なさらぬよう」

くれぐれも、と言うと、チャン侍医にそれでは頼む、と言って、
チェ・ヨンは扉を出て行った。

(続く)


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by kkkaaat | 2015-02-14 23:59 | 短編【シンイ二次】 | Comments(12)

【シンイ二次】白花 4

皆様、こんばんは。
まだバレンタインデーですよね?
ちょっと白花その後で、のその後です。

そんなに生々しくないと思うのですが、ちょっとこちらに乗せてるのより直接的
なので、パスブログの方にアップさせていただきました。
結局続いちゃってるので、白花でタイトル統一します。
久しぶりのヨンとウンスの甘い夜を楽しんでいただければこれ幸い。

白花 4


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by kkkaaat | 2014-02-14 23:33 | 短編【シンイ二次】 | Comments(24)

【シンイ二次】白花 3

白花のおまけです。なんということはない、二人の宿屋の情景。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「そこに」

チェ・ヨンはウンスの口のあたりを手で示す。
ウンスが匙を握ったまま、頭を横に傾けると、チェ・ヨンは自分の口の端に
触れて、ここについております、と小声で言った。
うなずいて、ウンスが反対側の口の横を袖でぐいと拭うのを見て、
チェ・ヨンが違います、反対です、ともう一度自分の反対側の口の端に触れながら
顔をしかめて懐から布を取り出してウンスに渡す。
ウンスはそれを受け取って、ようやく飯の粒がついた口の端と頬を
きちんと拭うことができた。

にっこりと笑って、これでいいかしら、と言うウンスにチェ・ヨンは
顔を横に向けながら思わず笑う。
それからおかわりをすすめる。

「いくらわたしでも、そんなには食べられないわ」

顔の前で手を振って、それと同時に首もぶんぶんと振って、
ウンスが断ると、チェ・ヨンはそれでは、と残りの飯を全部自分の椀に
よそって、珍しくがつがつとかきこむように食べる。

「あ、行儀が悪い」

ウンスがからかうように言うと、参月分ですから、とチェ・ヨンは
ごくりと喉を動かしながら言って、それから、

「それに、あなたほどではない」

と付け加えた。
ウンスは足を投げ出して、腹をさすっているところで、
足を子どものように投げ出している。

「あなたが腹をさすっているのを見るのは…久しぶりだ」

そう言われて、ウンスは少し申し訳なさそうな、苦笑いを浮かべて、
もう一度遠慮がちに腹を撫でた。
チェ・ヨンは綺麗に飯粒をさらうと、汁を飲みほし、皿に一つ二つ残った
肴を箸でつまむと、それもきれいにたいらげた。

「それで」

ことり、とチェ・ヨンが箸を置いた。
ゆっくりと、膳を自分の脇に寄せて、身体の前に空きを作ると、
あぐらの膝に手を置く。
深く息を吸う。
それから、黙ったまま組んだ脚と脚の間に、頭を深く下げた。

「この度は命をお救いいただいたこと、かたじけなく御礼申し上げる」

ウンスはチェ・ヨンのあらたまった態度にひどく慌てた。
だらりと伸ばしていた足を身体の下に折りこんで、
姿勢を正しながら、え、え? と声を出す。
それから身体の前で激しく手を振って、チェ・ヨンの肩を押して
姿勢を戻させようとするが、その身体は痩せたとはいえ固く、
ぴくりとも動かなかった。

「ね、ちょっと。そんな。やだ、水くさいじゃない。ねえ」

ちょっとテマンが何を話したか知らないけどやめてよ、ね、
夫婦なんだから、助けあい、助けあい!
とウンスがぐいぐいと両肩を押し戻そうとしていると、
チェ・ヨンは急に身体を起こして、ウンスの左右の手首を、
それぞれ自分の手でつかんで止めた。
それからその手を、静かに自分の前に下ろす。
ウンスは自然と、チェ・ヨンと額を付き合わせるような格好になった。

「夫婦とて、命を救われれば、礼を言う。当たり前のことです」

チェ・ヨンはそう言って、静かにもう一度頭を下げた。
ウンスははにかんだように笑いながら、チェ・ヨンのつむじを見て、
それから、こくりとうなずき返したが、赤くなった頬で、
そんなあらたまって言われると照れるわ、とつぶやいた。

チェ・ヨン少し顔を上げて、黙ってしばらく考えこんでから、口を開いた。

「あなたはあいかわらず…俺のことばかりだ。自分のことは、二の次で」

眼の奥まで突き通るようなチェ・ヨンの強いまなざしが、
ウンスの目の底を見つめる。

「俺が心配しても、気にもとめぬ」

そう言いながら、苦しげに目が細くなった。
急に口が抑えられぬようにひしゃげて、それを隠すように
ウンスに近づいてかぶさるように重なった。
何度か吸い付いて、一瞬途切れた瞬間に、震えるような息が
チェ・ヨンの口からもれる。
それから、チェ・ヨンの顔がうつむいて、ウンスからゆっくりと
離れようとした。

それを追いかけてウンスの顔が前に倒れ、チェ・ヨンの額に
ウンスの額が押し付けられる。
近すぎて目は見えないが、チェ・ヨンからはウンスの口元が
優しく微笑むのだけが見えた。

「ちゃんと、気にしてるわ」

すごーく気にしてる、本当よ、心配させてごめんね、
とウンスが握られたままの手首をひねって、指先だけで、
チェ・ヨンの手首を撫でた。

「それでも無理をするから、たちが悪い」

チェ・ヨンが小さなため息と同時にそう言うと、
私のお守りは大変よって言ったじゃない、
とウンスが口を尖らせるのが見えた。

あなたのようなお人は、小さくして懐にでも入れておければ
少しは安堵できるでしょうに、とつぶやいて、チェ・ヨンは目を閉じて、
擦るように額を押し当て、鼻ずらをウンスにすりよせる。

「うん?」

ウンスがチェ・ヨンのしぐさに、なあにと尋ねるように、小さく声を出す。
目をつぶったままのチェ・ヨンの唇がウンスの頬をかすめる。
手首をつかんでいた手が緩んで、外れた手がそのまま、ウンスの頬を
包みこんだ。
うつむいていたはずの顔がすくい上げるように、ウンスの唇をとらえる。
頬に当たった指先が燃えるように熱い。

「やっかいだ」

チェ・ヨンがかすれた声でつぶやく。
頬に当てられた手が小さなウンスの顔をやすやすと自分の思う方へと傾けて
唇が深く重なる角度にする。
残りの手がウンスの手首からするりと逃げ出すと、そのまま腰へと
巻きついて、チェ・ヨンのもとへ強く引き寄せる。

「まったく、やっかいです」

持て余しちまう、とチェ・ヨンは胸の息を一気に吐き出しながら、そう言った。
わたしのこと? とウンスが尋ねると、いや、と答えながら首を振る。
いや、そうではなくて、とだけ言って、チェ・ヨンはそれ以上
説明をしようとはしなかった。

ただウンスを急に抱き上げると、床に運び、

「腹が満ちたら、今度は女です」

チェ・ヨンは悪びた言葉とは裏腹に、ひどく真剣な口調でそう言って、
ウンスを横たえたのだった。





ここで終わったら、ひ、ひんしゅく…?
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by kkkaaat | 2014-02-13 20:00 | 短編【シンイ二次】 | Comments(48)

【シンイ二次】白花 2

「はな…み」

ウンスは、きょとんとした顔でそう口にして、
それから思わず周囲に視線を巡らせる。
まだどの蕾も固い季節で、紅梅でさえもきつく閉じている。
場所によっては名残の雪が、吹き寄せられてまだ凍っているのだ。

「えーと、何かのなぞなぞとか?」

ウンスがそう、自分の顎に人差し指を当て首を傾げると、
チェ・ヨンは思わずに口をほころばせて、首を振る。
来ていただければわかります、それだけ言うと、小さな上り下りのある
ぬかるみを、器用に手綱を操りながら抜けていく。
気をつけて、と頭を大きな手で押さえられて下げると、
チェ・ヨンは潅木の枝を腕で持ち上げて、
二人にかからないようにしならせる。

「もうすぐ?」

馬上でかがみながらウンスが言うと、チェ・ヨンは困ったように考え込んだ。
疲れましたか、と尋ねられて、ウンスは全然疲れてないけど、
あとどのくらいかなあと思って、と答える。

「日が暮れるころには着きます」

チェ・ヨンの言葉に思わず顔を振り返らせる。
暗くなってから? と言うと、そうです、とチェ・ヨンは言う。
わけがわからない。

「ねえ、ちょっと聞くけど」

ウンスは泥で蹄が滑るのを踏ん張るために揺れる馬の背で、
チェ・ヨンが落ちぬよう腰に回してくれた腕に
ぎゅっと手でつかまりながらしゃべり続ける。

「花見っていうのは、高麗では何か別の意味があるってことは
ないわよね? 花を、見る。あ、花っていうのはね―」

チェ・ヨンはウンスの腹に当たっている手のひらを、ぽんぽん、
と二度動かして、大丈夫です、あなたが思っている花見です、
と微笑みながら言った。

ところどころに溶け残った砂埃で黒ずんだ雪だまりが点在する
広い草地を抜けると、まだ葉をつけぬ墨絵のような木立が続く。
木立の入口ではまだ微かに残っていた空の黄赤が、
紫色に変わり色を失った頃に、唐突に黒々とした水の広がりが
目の前に現れた。

「着きました」

チェ・ヨンは律儀にそう告げて、馬から降りる。
手を貸してもらって馬の背から滑り降りる間にも、
ウンスの顔は湖上の方を向いたままだった。
地面に脚がつくとそのままチェ・ヨンの手を離れて、
水の際まで十数歩を引き寄せられるように進む。
馬は軽くなった身体を喜ぶようにいななくと、
そのまま湖岸の草を食みはじめる。

「よかった、凍っておらぬ」

チェ・ヨンは、安堵したように誰に聞かせるでもなくそうつぶやく。
湖面が凍っていないか、わずかにだが心配していたのだ。
だから、ウンスにもあまり詳しい話をしなかった。
ウンスの背中を追って、その後ろに立つ。

ウンスは肩ごしに、チェ・ヨンを振り返る。
その目のきらめきと開いた口元を見ただけで、ウンスの歓びが
伝わってきて、チェ・ヨンは深い満足を覚えた。

湖岸から離れて湖の中央に見える六本の木に、
けぶるように白い花がびっしりと咲いている。
日が暮れて、墨を流したような湖面からそのまま生えているように
見える六本の木は、柳だろうか、花の重みで枝先がたわんで、
水面の近くまで垂れ下がっている。

寒さで腕を擦りながらも、言葉を失って眺め続けるウンスを、
チェ・ヨンは黙って後ろから腕の中に入れて、
風よけとなった。

「あれは、何の花なの」

あたりからまったく陽の光がなくなると、
静まり返った湖面の濃藍と花の白の美しさは妖しいほどで、
ウンスは声がそれを壊してしまうのを恐れるように
小声でチェ・ヨンに尋ねた。

「見ていてください」

チェ・ヨンはウンスから離れると、地面をきょろきょろと見回しながら
歩き、足元の石を拾い上げる。
それから水際に近づくと、大きく振りかぶってそれを、
水面に鋭く投げた。
石は水を切って、二、三度跳ねたが、白花の木に届く前に水に沈んだ。

小さく舌打ちをして、チェ・ヨンはまた石を拾うと、
もう一度力いっぱいに投げる。
その滑らかな平べったい石は、八度ほど水の上を跳んで、
水上の木の幹に斧を入れたような乾いた音を響かせた。

その途端に。
ざっという羽音とともに、白い花がぱっと一瞬にして空に舞い上がった。
樹上の夜空を一面の白い小花が埋め尽くし、それから、
渦を巻くようにして天へと立ちのぼる。
ここに来てからずっと声を潜めていたウンスが、思わず、

「ああっ」

と声を上げる。
チェ・ヨンはそれを聞いて、振り向いて、ウンスの様子を目にすると
嬉しそうに笑いを浮かべた。

「白鷺(しらさぎ)です」

チェ・ヨンは歩み寄りながら、問われる前に答える。

湖上の小さな島の上に、大柳が六本ほど自生していて、
この季節になると、そこにこぶしほどのごく小さな白鷺が渡ってくる。
夏には明るい黄緑色になるはずだが、今はまだ濃い緑色の新芽を
枝先につけている柳に、ぽつぽつと白い模様が現れる。
そして白鷺は次々に渡ってきて、柳はまたたくまに枝先がたわんで
水面に触れるほど真っ白に埋め尽くされる。その様子を湖岸から見ると、
まるで木の一面に白い花が咲いたように見えるのだ。

「父について双城総管府に三度参りました。その折、この近くの集落に
何夜か宿を借りまして。その時にこの湖を知りました」

初めて酔いつぶれたのも、その時です、とチェ・ヨンが懐かしそうに言う。
馬から厚手の毛織りを下ろすと、自分の身体に巻きつけて地面に腰を下ろし、
ウンスを膝の間にまねく。
膝と膝の間にすっぽりと座ったウンスを自分ごと毛織りでしっかりと巻くと、
空に風に散る雪のように舞っている鳥たちを見上げる。

「酒宴に呼ばれまして」

話の続きをうながすウンスの手に、チェ・ヨンは指を絡めて
ウンスの腹に当て温める。

柳に鳥の花が咲いた最初の新月の晩が、春の酒宴だという。
この花を見ながら、酒を酌み交わし、夏の終わりまで続く長い農作業の
はじまりとする。

「酒を飲んだことはありましたが、飲み騒いだのは初めてでした。
すっかり酔っ払って、この湖に入って泳ごうとしたらしい」

白鷺たちは夏の終わりまで湖にとどまるけれど、
柳の根元に巣を作りそこで卵を抱くので、酒宴が終わって一週間もすると、
柳に白い花が咲いたようなその光景は終わってしまう。

「だから、言わなかったのね」

見れるかわからなかったから、ウンスはそう言いながら、
一羽、また一羽と柳にとまって花になっていく小さな白い鷺を
見つめていた。

「はい」

チェ・ヨンのいらえは短いが、多くのものを含んでいた。
ウンスの首に口を当てて、温かい息を吹きかけているので、
チェ・ヨンの顔は見えない。
ウンスは自分の指に絡んだチェ・ヨンの指を、きゅうと握る。

「わたし、こんな綺麗なもの、見たことない」

ウンスがそうささやくと、チェ・ヨンは嬉しそうにウンスを
抱く腕に力をこめた。
花だけではありません、後で集落に行って宿を取りますから、
酒も飯も腹がくちくになるほど、とチェ・ヨンが言うと、
ウンスは、本当に、とひどく弾んだ声をだした。

「でも、もうしばらくはこうしておりましょう」

チェ・ヨンがそう言うと、ウンスはうなずいて、
二人はただ寄り添い、一つの大きな石のようになって
その白花を眺め続けていた。



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by kkkaaat | 2014-02-09 03:17 | 短編【シンイ二次】 | Comments(50)

【シンイ二次】白花 1

さて「蜃楼」が切りのいいところまで進んだところで、ちょっと寄り道です。
ヨンとウンスのその後を描くはずのこのブログ、「火、狩人」ではまだ知り合い
レベルでもなく、「蜃楼」にいたっては、汗臭いか酒臭い男しか登場せず。
これは、由々しき問題です(主に私にとって)。
冬のこの乾燥しがちな時期に、こんなかさかさモード(なのに脂浮きしてる
混合肌モード?)ではならぬ、というチョナの王命があったとかなかったとかで、
颶風のエピローグ直後、開京へと向かうヨンとウンスの姿のごくごく短い話でも
差し込んで、潤い成分補充をはかりたいと思います。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・



白花 前編


「ねえ、どこに向かっているの」

ウンスは馬上で身体をひねって、自分の後ろのチェ・ヨンに顔を向ける。
チェ・ヨンはその目をじっと見て、それから黙って微笑むだけで、
何も言わないので、ウンスは、ねえ、と頭を後ろの胸に預けて寄りかかる。

「まっすぐ帰らなくていいの」

しばらく揺られたあと、またウンスは首をひねってチェ・ヨンを見上げる。
今度はチェ・ヨンは少しだけ口を開いた。

「テマンを平壌につかいに出しましたから、
俺たちが開京に向かうことは伝わります。ご安心ください」

そうじゃなくて、仕事をほっぽらかして天門にいたんでしょう、
一刻も早く戻ったほうがいいと思うんだけど、とウンスが
わずかにうつむくと、少しだけ肩から前に流れた髪に触れるほど
チェ・ヨンはウンスに顔を寄せる。
目をつむってその髪の匂いを吸い込みながら、チェ・ヨンは
ぼそぼそとしゃべる。

「すでに長く不在の身、一日や二日長引いたとてどうということは」

そう言ってから、チェ・ヨンは吸い寄せられるようにウンスの肩に
かかった髪に顔を埋めて、手綱を握っている手を片手にかえて、
空いた手をウンスの腹に回して引き寄せる。
そうしてあと数寸近くなったウンスの首に、髪を鼻先でかきわける
ようにして、唇を押し付けた。

ウンスはくすぐったそうに首を傾げたが、何も言わずにチェ・ヨンの
胸に身体を預ける。首に触れてただ離れるはずだったチェ・ヨンの唇は
吸い寄せられるように戻り、上向いたあごの稜線をたどって、
ウンスの薄紅色の口元に覆いかぶさる。

拍子を取るように引かれていた手綱が緩んで、馬は数歩進んでその場で
脚を止めた。馬は呆れたように、ぶるる、と鼻を鳴らす。

二人の荒れ乾いた唇が互いをついばみあって、ゆっくりと滑らかに
溶け合うようになる頃には、馬は背中で行われていることに飽き飽きして、
そこいらの草を食(は)みはじめていた。

「はあっ」

チェ・ヨンの唇がようやく解放したときには、ウンスの息は少し上がって
いて、頬と耳と鼻の先が赤く染まっていた。
なんだか泣き出しそうな笑顔を浮かべて、見上げるウンスの腰に手をかけると
チェ・ヨンはひょいと持ち上げて、ウンスの向きを変えてしまう。
馬の首から肩のなだらかな傾斜に沿った鞍は、かすかにチェ・ヨンに向かって
傾いていて、ウンスはチェ・ヨンの身体へと滑り降りる。

そのまま再開された口づけは、先ほどよりも熱がこもっていて、
チェ・ヨンは片手に残していた手綱さえも放してしまって、
ただ抱き寄せるだけでない目的に、空いた手を使い始める。

「これではいっこうに目的の場所につけぬ」

チェ・ヨンはウンスの胸の合わせに忍び込ませた手をもぞつかせながら、
本当に困ったふうにつぶやいた。ウンスは現代のリップクリームでも
塗ったように濡れている唇をわななかせて、チェ・ヨンの手が動く
たびに、微かに身体を震わせている。

「いっそ一度降りて…」

熱のこもった息でチェ・ヨンがそうつぶやいていると、
彼の脚の下の身体が抗議するように急に動き出す。

うわ、とウンスが声を上げて、チェ・ヨンはその身体を急いで支えると、
だらりと垂れた手綱を手繰り寄せて、馬を止めた。
馬はその先の柔らかそうな草を食べることを阻まれて、
不満そうに何度か首を振る。
ふう、とチェ・ヨンが息を吐くと、ウンスと目が合う。

「いい加減にせよ、と言っておるようです」

チェ・ヨンが肩をすくめて言うと、ウンスも一瞬ぺろりと舌を出して、
気恥ずかしそうに笑った。

「ね、そろそろ教えてくれてもいいんじゃない?」

またひょいと持ち上げられて、前を向かされたウンスは、
後ろのチェ・ヨンを肘でちょいとつつきながら探りを入れる。
避けると見えた木立にそのまま踏み入らせ、
チェ・ヨンは獣道のようなところに馬を進ませていた。

「何をですか」

とぼけているのか、それとも少しばかり疲れているのか、
判断のつかない声でチェ・ヨンは言う。

「目的地よ」

ウンスが身体を揺すると、チェ・ヨンは考え込む。
それから、いいでしょう、と言うと言葉を口にした。

「湖です」

そこで何をするの、泳ぐの、とウンスが大真面目で尋ねると、
チェ・ヨンは凍るような冷たさですよ、溺れたくなくば、
決して泳いではなりませぬ、と笑いながら言う。
じゃあ何を、と重ねるウンスに、チェ・ヨンは困った人だ、
とでも言うように柔らかいため息をついて、言った。

「花見です。花見にあなたをお連れする」



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by kkkaaat | 2014-02-08 02:25 | 短編【シンイ二次】 | Comments(35)

【シンイ二次】夜番



さてクリスマスイブですね♪

とはいえ、昨日全部終わって、今晩はローストチキンのスタッフィングの残りで
作ったカレーと、骨と骨周りの肉で作った鳥がゆという、
イブらしからぬ手抜き夕食な私には、ちょっとばかり時間があった!

ということで、クリスマス企画を、あっち行ったりこっち行ったり忙しい(((‥ )( ‥)))

ではなくて。

当ブログも一本皆様にプレゼント的な? そういう更新をしたい、と思いまして。
しかしながら、内容はクリスマスと関係ありませんそこんとこすみませぬ。

以前よそ様のブログで、「最終回、キ・チョルからウンスを取り戻し、
宿屋で二人横たわりながら、ウンスは現代に一度帰るといい、
ヨンも天門まで送るという。あなたなら行きますか?」ということがお題となりました。
確かに何かしっくりこないシークエンスでした。

不確かな天門に入ろうとは思わない。チョルさんが来るかもなのに、
天門にのこのこ行く二人がようわからん、いや、親に合わせたかったんじゃ、
などと活発な意見交換がありましたが。
あのシーンでもっとも不自然なのは。

なぜ、ヨンが手を出さないか???

ということではないでしょうか。
その疑問から無心に書いたのがこの「夜番」です。
そうです、そういう話ですとも!

それを、読んでいただける形に手直しいたしました。
当ブログの一連の話とは、関係なく、
ドラマ中を描いた二次としてお読みいただければ幸いです。
内容は、ないよう。な話ですすみません<(_ _)> 

そして、パスなしを貫いてきた当ブログですが、

・話のほとんどをそういった描写が占める。
・心持ち具体的である。

という二点から、パス付きの記事とさせていただきます。
申請等は何も必要ありません。
下記リンクから飛んでいただき、シンイファンならば誰でもわかる質問に
答えていただければ、すぐに読めます。

パス付き記事ですが、公開記事とさして変わらぬ内容です。
そこんとこは期待しないでくださいませ。

☆*::*:☆それでは、楽しいクリスマスイブを☆:*::*☆

「夜番」




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by kkkaaat | 2013-12-24 22:58 | 短編【シンイ二次】 | Comments(44)

【シンイ二次】ウダルチ五番勝負 3



「わかるか」


チェ・ヨンに手短かに尋ねられて、チュンソクは、はい、ともっとも短い言葉を返した。
夕暮れの山中、山道は元軍に固められている。
友軍は麓だ。そこに于達赤もいる。
今ここにいるのは、隊長チェ・ヨンと副隊長チュンソクただ二人だけだった。

密使と会うために山を越えた場所へチュンソクのみを伴った。
密命とはいえ、さほど難しくもない任であり、警戒も薄かった。
けだし戻る途中で、焼き討ちの準備をする元軍に気づいたのは幸い中の幸いであろう。
この二人なら、どんな事態もどうとでもなる。

二人ならな、とチェ・ヨンはため息をつきながら、チュンソクの背中を見る。
ついでに腕の中も。
チュンソクは背中に体格のいい中年の女を背負っている。
それだけではない。その女は背に小さな子どもをくくりつけている。
さらにチュンソクは腕に、五つくらいだろうか、男の子どもを抱きかかえているのだ。

目立たぬように、林の中を降りていた。
見つからぬよう獣道を通って下山することも、于達赤の一番手、二番手である二人なら、
さほど難しくないことのはずだった。
ところが、山の中腹に樵の小屋を見つける。
二人は顔を見合わせた。静かに近寄って中を覗くと、女と子が二人。
なんてことだと、チェ・ヨンが顔を覆って、ため息をつく。

「このまま捨て置けば、焼き討ちの巻き添えになるは必須」

チュンソクがたまらずに、チェ・ヨンにささやいた。
チェ・ヨンは、わかっている、と眉をしかめる。

「連れて、降りるしかない」

二人は目を合わせて、うなずきあった。
はじめチュンソクとチェ・ヨンが姿を見せると、女はひどく怯えたが、
チュンソクが丁寧に説明すると、なんとか落ち着きを取り戻した。
いつもの麒麟の紋様も気高い于達赤の鎧も、今日は身分を隠すためにつけておらず、
二人はどこぞの雇われ私兵のような気安さがあったのもよかったのだろうか。
見るものが見れば、この私兵を雇うにどれほどの大枚が必要か、とわかっただろうが、
女から見ればなんとなく頼りがいのあるといった程度のものだった。

この女の夫は商いの話をしに、近くの村落まで行って三日は戻らないという。
女は高麗人で、元軍の話をすると震え上がり、仕方なしに山を降りることを承知した。

山を下り始めてすぐ、チュンソクはこれが相当な難題だと気づいた。
女と子どもの足では、道なき道を行くのはほとんど無理な話であった。
このままでは、いつまでたっても麓につかないどころか、
手間取っているうちに見つかって、すぐに火をかけられる恐れもある。

「テジャン、私が彼らを背負います」

チュンソクがそう言うと、チェ・ヨンは俺もどちらかを、と言った。

「テジャン、それはいけません。一人は身軽で戦えないと共倒れです。
私より腕の立つテジャンが、私たちをお守りください」

そう言うと、チュンソクはチェ・ヨンの言葉を待たずに、女を背負い、
子どもを抱きかかえた。
さすがに于達赤副隊長、それでも少しもよろめいたりはしなかった。

また獣道を下り始める。
明るい足元が確かなうちに、できるだけ下っておきたかった。
ほとんど小走りのようになりながら、ひたすら下る。
一刻下っては少し休み、半刻下っては隠れしながら、半ばほども下ったところで、
とうとう日が暮れた。

「少し、休むか」

冷えこんできた山中にあって、チュンソクの額にはたまのような汗が浮かんでいた。
いえ、大丈夫です。それよりも先を急ぎましょう、とチュンソクが言う。
チェ・ヨンはしばらくじっとチュンソクの顔を見ていたが、
うなずくと、進み始めた。

山の日暮れは早い。みるみるうちに暗闇が辺りを浸す。
暗いほうが、見つからなくて好都合です、とチュンソクは言うが、
足元が見えなくなるので、危険でもあった。
女も子どもも黙って、辛抱強く担がれている。

あたりが真っ暗になってしばらく経った頃だろうか、チェ・ヨンがいきなり山の上の方に
顔を向けた。


「走りますか」

わかるかと問われて、チュンソクは何かの気配がいつのまにか周りを
取り囲んでいることに気づいた。

「まずい」

チュンソクは元軍に見つかったかと辺りを見回す。
人間じゃない、とチェ・ヨンはささやく。

「走るぞ!」

チェ・ヨンが言うと同時に、チュンソクは斜面を滑るようにして駆けはじめた。
チュンソクの後ろで、剣が鞘走る音がした。
続いて、ひう、と剣が振り下ろされる音がして、チュンソクの横をどおっと
何かの塊が転がり落ちていった。
山犬だ、と腕の中の男の子どもが、息を呑むように言って、
チュンソクにしがみつく手を強くした。

豺(サイ:アカオオカミ)の群れが、女子ども連れに目をつけて、あとをつけてきたのだ。
群れになって、走るチェ・ヨンとチュンソクの周りを取り囲むようにして、追ってくる。
時折背中や腹に飛びかかって噛み倒そうとするのを、チェ・ヨンの剣が斬りはらう。

すばしこく、樹木の茂った中から襲ってくるので、剣で斬って打って引かせたり、
追い払うことはできるが、仕留めることは難しくて、
なかなか数を減らすことができない。

「開けたところを探して、一度片付けるか」

走りながらチェ・ヨンがチュンソクに言う。
チュンソクは顔も身体も汗びっしょりである。
この長い距離を人を背負って駆け下りているのだから当然だ。
チュンソクは少し前の足元を一心不乱に見ながら、チェ・ヨンに言った。

「いえ、そうしている間にも新しい山犬が集まってくるやもしれません。
私のことなら大丈夫です」

確かにそうだ、とチェ・ヨンはうなずく。
ただ、ここから麓までまだ数刻、闇の中を走り続けることになる。
果たしてチュンソクの足が持つのか。
走らなければ、山犬はたちまちのうちに群がって、チェ・ヨンやチュンソクは
ともかく、女子どもには何かしらの被害があるだろう。

「本当に大丈夫です。それ以外に方法はありませぬ。
テジャン、やらねばならぬのなら、やるまでです」

走りながらそう言うと、チュンソクは自分の身長ほどもある岩から飛び降りて、
また走る。

「これから、揺れますが、なんとかこらえてください」

そう背中の女と手の中の子どもに言うとチュンソクは、転がり落ちるように
走り続けた。


「それで、こいつどうしたかわかるか」

ウンスは、この話の危機的状況に入りこんで、うっすらと涙まで浮かべている。
他の于達赤も、拳を握り締めて没頭して聞いている。
トクマンなど、クッパを持つ匙を空中で止めて、口をぽかんと開けたままだ。
皆がふるふると首を振る。

「それから三刻、麓まで脚を止めずに、走り通した。
最後には喉がひゅうひゅうと風のように鳴って、汗が傍らを走る俺まで飛んできてな」

ふ、と笑ってチェ・ヨンはチュンソクをちらりと見た。
皆も、目を丸くしてチュンソクをいっせいに見た。
チュンソクは、背筋を伸ばして、なんでもないという顔を作ろうとしたが、
すでに顔が赤くなっている。

走ってる最中、何度も足に噛み付かれたから、下山してから見たら、
脛から下が血だらけだった、とチェ・ヨンが言うと、皆がいっせいにチュンソクの足元を見る。
チュンソクは居心地悪そうに、足を少し手前に引いた。

「あれでよく走れたものだ。今でも傷が残っているだろう」

見せてくださいよ、とトクマンが言うと、チュンソクは、いやそんな見せるようなものでは、
と顔の前で手を振る。
トクマンとトルベとテマンがいっせいにチュンソクの足に取りつく。

「あ、お前ら、や、やめろっ!」

何をする、と蹴りつけるチュンソクの抵抗をものともせず、トクマンが羽交い絞めにして、
テマンとトルベで三人がかりで脛をあらわにする。

「あっ、すげえええ!」

テマンが感嘆の声を上げる。他の于達赤も、どれ見せてみろと、どやどやと
集まって、チュンソクの足を見ると、明らかに刀傷とは違う、獣の噛み傷、
爪傷の跡が無数に走っている。
あちこちから、おお、本当だ、これはすごい、と声があがる。

「おいおい、お前らいい加減にしろ」

そう言いながら、チュンソクは心持ち嬉しそうでもある。
男たちの人垣に、傷を見られなくて、ウンスはぴょこぴょこと飛び跳ねて、
後ろからチュンソクの脛を見ようとしていたが、痺れを切らして
わたしにも見せて! と大声を出す。
前に押し出してもらって、傷を見ると、ウンスは息をのんだ。

「これは、まあ、ひどい傷ね。神経に障りがなかったのが幸いだわ。
よくもまあ狂犬病にならなかったもんよね。
それにしても、さすがプジャンだわ。ほんと、わたし感動したわ!」

そうウンスが力をこめてチュンソクに言うと、チュンソクはもう顔を真っ赤にして、
いやいやいやそんなそんな、としか言えなくなる。

「それにしても、こんなすごい話、なんでみんな知らなかったの?」

とウンスが言うと、だって、プジャンから、そんな話聞いたことありませんでしたもん、
とテマンが言う。このようなこと、したり顔で自ら吹聴するようなものではございません、
とチュンソクが言う。

「でも、この話は、チュンソク、あなたとテジャンしか知らないわけでしょ」

ウンスは、腰に手を当ててチェ・ヨンの方に向き直る。
チェ・ヨンは、皆がいっせいに自分の方を見るのを、ん? と見返す。

「何が仕方がない、よ! あなたが話さなかったら、こんなすごい武勇伝なのに、
誰にもわからないでしょう!」

そうか、話していなかったか、と少し笑いながらチェ・ヨンが言うと、
チュンソクは、テジャン…、と小さくつぶやいた。
まったく、と言いながらまた皆の方に向いて、ウンスが口を開いた。

「みんなの話、すっごく感心したわ。于達赤って本当に優秀な部隊なのね」

于達赤たちはウンスに褒められて、みな肘でつつきあったり、にやにやと笑ったりしている。
ウンスは、椅子に座り直して、その場の于達赤を見回して、ねえ、それで、
とまた話しはじめた。

「結局、だれが一番強いの?」

皆が顔を見合わせ、誰も彼もがいっせいにチェ・ヨンを指差す。
チェ・ヨンは当然といった風情で、何の反応も見せはしない。
ウンスが慌てて、首を振る。

「ああ、テジャンは別にしてよ。
テジャンをのぞいた隊員の中で、一番強いのはだれ、ってこと」

すると、皆がもう一度顔を見合わせて、今度もいっせいに指差した先は。

「おれ!?」

テマンは少し驚いた表情をして、自分の顔を指差した。
まあ、そうだよな、とチュソクが言うと、うんうん、とチュンソクがうなずく。
トルベはちっ、と舌打ちをしたが、否定はしなかった。
テマンは、俺なの、俺なのか、と周囲に聞きまくっている。

「うそお! テマンなの?」

ウンスが驚きの声をあげると、テマンが、医仙殿、嘘、はないでしょうが、
と抗議の声をあげた。

「ほんと?」

ウンスが振り返ってチェ・ヨンに向かっていうと、本当だ、と一言返される。

「剣術も槍術も弓術も、テマンはさほどの冴えはございませんが、
とにかく実戦となりますと、この者はずばぬけた力を見せますゆえ」

チュンソクがそう説明すると、トクマンが割りこむ。

「でもこいつ、于達赤じゃないし」

トクマンの言葉に、テマンが、あ、そうか、とつぶやく。
皆が、そうだそうだ、医仙殿は于達赤で誰が一番かと聞いたのだ、
それじゃあ誰だ誰だ、と騒然となる。

それから、その後は、たくさんの于達赤たちの武勇伝自慢が続いたのだが、
それはまた、別のお話。


(おしまい)




五番勝負と言いながら、三人の武勇伝のお話でした。
トクマン、トルベ、チュンソク、ヨン、テマンが五人ってことで。
ちなみに武勇伝の元ネタは、「マトリックス」「ロード・オブ・ザ・リング」「め組の大吾」でございました~。

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by kkkaaat | 2013-11-20 11:09 | 短編【シンイ二次】 | Comments(27)

二次小説。いまのところシンイとか。
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