筆記



カテゴリ:颶風【シンイ二次】( 27 )


【シンイ二次】颶風27(終)




「平壌まで、こうやってのんびり行くの?」

ウンスは馬の背で、チェ・ヨンの腕にすっぽりと抱きこまれるようにして、
揺られている。
曇りの春の昼まえの柔らかい日差しだけでは、まだ肌寒いが、寄り添っていれば温かい。
チェ・ヨンは、ウンスの肩に顔をもたれさせるようにして、半分よりかかっている。

「あなたに、話を聞かねばなりませぬ」

時間はいくらあってもよい、とチェ・ヨンはつぶやくように言う。
まず兵営に行って、馬を一頭余計もらったほうがいいんじゃない、
とウンスは言う。
馬二頭では、話しづらい、とチェ・ヨンがにべもなく断る。

「そうたいして長い話でもないわ」

ウンスが控えめにそう言うと、チェ・ヨンが黙って、ウンスの手を握り締めた。
よくぞ、そうつぶやいて、チェ・ヨンは口を閉じた。
よくぞご無事で、なのか、よくぞお助けくださった、なのか。

ウンスは振り向いて少しだけ頭を後ろに傾けて、
肩ごしにチェ・ヨンの口元へ自分の唇を近づける。
少しだけぼんやりとした顔のチェ・ヨンに触れると、チェ・ヨンは
ゆっくりと冬に陽が上るほどにごくゆっくりと、微笑みを見せた。
そのチェ・ヨンの微笑みの後ろから、雲が切れて、
これから咲こうとする花を温める陽射しがさしこんでくる。
チェ・ヨンは今度は自分か顔を前にずらして、静かにウンスの唇を味わった。


「テホグン――!」

遥か遠くから、大声で呼ぶ声がした。
ふたりは目を開けて、声のした方向に顔を向ける。

「テマンだわ」

豆粒のように小さいが、あの頭でテマンだとわかる。
ウンスが、おおーい、と大声で呼び返して手を振るとと、顔もよく見えないが、
テマンが遠くで躍り上がり、こちらに向かって全速力で走り出すのがわかった。
馬がウンスの声に驚いて、二、三歩駆けるように脚を運んだ。

「平壌に向かったんじゃないの?」

ウンスがチェ・ヨンに尋ねると、昨晩の嵐で俺に何かあってはと
心配して引き返したのでしょう、と言いながら、テマンを見る。
あ、泣いてる、と言ったウンスの声も、涙声だった。

「ねえ、わたしお腹すいちゃったわ」

ウンスがチェ・ヨンの方を振り返らずに、手の甲で顔を拭いながら、
照れ隠しなのか、そんなふうに言った。
俺もです、とチェ・ヨンがひどく驚いたように言った。
まるでたった今、空腹にようやく気がついたとでも言うように。

まずは三人で、飯屋に言って、話はそれからです、とチェ・ヨンが言うと、
わたし最後に食べたのは、米の干したやつ、まっずいの、とウンスが話す。
なぜそのようなものをと怪訝そうに尋ねるチェ・ヨンに、
ウンスは、ろくなものを食べなかったわ、全部聞かせてあげるから、とそう言って、
もう半分ほどまで近づいてきているテマンに、

もう一度大きく手を振った。


(終)



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by kkkaaat | 2013-12-17 00:33 | 颶風【シンイ二次】 | Comments(43)

【シンイ二次】颶風26



テマンが作った仮小屋の中には、仮拵えの小さなかまどもしつらえてあった。
鍋釜など本当に最低限のものしか置いてはいないし、筵が敷いてあるだけで寝床もない。
幸いなことに、テマンは火口を残していってくれており、ウンスは急いで火をおこすと、
雨水のたまった水瓶から、鍋に水を移した。
チェ・ヨンは筵の上にあぐらをかいて、少しぼおっとした様子で、ウンスの立ち働く姿を
ただただ眺めている。

ウンスはできるだけ大きく火を焚いて、鍋に湯を沸かした。
小屋の片隅の荷物を漁ると、チェ・ヨンの分の衣が数枚と、自分の衣がひと揃い、
きちんと畳んで小布で縛って置いてあった。

小布をほどいて、自分の雨で濡れた髪を拭うと、少し気分がよくなった。
湯にひたして、顔を拭う。
それから鍋をチェ・ヨンの側に運んだ。
不思議そうに自分を見るチェ・ヨンの前で、小布を湯に浸して絞り、顔をぬぐってやる。
チェ・ヨンは一瞬顔を微かに引いたが、温かな布が頬に触れると、何も言わずに力を抜いた。
目の周りを拭いて布をどけても、落ち窪んだ目の下の濃い隈はそのままで、
ウンスはそっと指でそこに触れる。
上衣を脱がそうと紐を解くと、チェ・ヨンは驚いたように身頃をつかんで止める。
ウンスはわざと明るく言った。

「さあ、こんな垢だらけでは男前が台無しよ。きれいにしてあげるから」

自分でできます、とチェ・ヨンはぽつりと言ったが、ウンスは、わたしがやってあげたいの、
とチェ・ヨンの手を自分の手で押さえた。
身頃をつかんでいた手が緩み、そのまま力が抜けて、あぐらの膝に落ちる。
ウンスは上衣を脱がせると、下衣にも手をかける。今度こそ本当にチェ・ヨンは少し驚いて、
ウンスの手首を急いでつかむ。

「大丈夫よ、下帯まで脱がそうってんじゃないんだから」

そう言うと、チェ・ヨンは不承不承だが、ウンスに従った。
もう一度布を湯に浸して、まず背中に回ってぬぐいながら、ウンスは目に浮かんだ涙を
なんとか隠し通した。張り詰めていたような背中が少し痩せて、骨が前よりもよく見えた。
あんなにも力強かった肉が、ウンスにもわかるほど細くなっている。
がっしりとした体つきは変わらないが、ろくに食べていなかったのだろう、
皮膚にもあまり艶がない。

何も言わずに、ただ何度も湯に浸しながら、身体を拭き続ける。
肩をほぐすように拭いて、肘の内側の汚れをぬぐうと、チェ・ヨンは申し訳なさそうに
ウンスを見た。手の指の爪が垢じみていて、ウンスは思わずその手を引き寄せて、
頬に当てた。
目をつぶって、じっと手の感触を味わっていると、もう片方の手も頬に当てられて、
頭を引き寄せられる。目を開けると、間近にチェ・ヨンの目があって、
それがつむられると唇が押し付けられた。
ただじっと何か耐えるように口が合わさって、しばらく身じろぎもせずに触れ合った後、
静かに離れた。ウンスは微笑んで、それからまた手を動かす。

首を拭うと、気持ちがいいのか、チェ・ヨンがふうと息をつき、見ると
顔色もいくぶんよくなってきている。ようだった。

「ねえ、気持ちいい?」

ウンスが落ち着いた声で尋ねると、チェ・ヨンはしばらく黙っていて、
それから、低い声で言った。

「…生き返るようだ」

痩せたとはいえ、大きなチェ・ヨンの身体を清め続けて、ウンスの額にうっすらと汗が浮かぶ。
小屋の中は、かまどに勢いよく焚かれた火によって、まだ早い春の外の寒さを忘れるように、
暖まってきた。
ウンスはチェ・ヨンの身体の前に回って、鎖骨から胸と、へこんでいる腹を拭う。
こんなふうにまじまじと、チェ・ヨンの身体を見たのは初めてのことだ。
診察させてくれと言っても、けっこうと断られるばかりだし、寝屋ではそんな余裕もない。
じっと自分を凝視するチェ・ヨンの眼差しに、ウンスは申し訳なさとともに、
身の置き所のないような気持ちに襲われる。

顔が赤らんでいくのがわかったが、手を止めるわけにもいかず、ただ手を動かし続ける。
つい、とチェ・ヨンの手が伸びてきて、ウンスの後れ毛をかきあげた。
それから、先ほど拭き清めた指が、額の汗を拭う。
その探るような触れ方に、ウンスは余計に赤くなるのがわかったが、どうしようもない。

「なぜ、そのように顔を赤らめていらっしゃる」

チェ・ヨンがわずかに面白がるように、そう言った。

「あなたがじろじろ見るから。それと、こんなふうに男の人の身体を
触ったりするの初めてだからよ」

照れくさくて固い口調で早口で言うと、チェ・ヨンは再び会って初めて、少しだけ笑った。
それから急にウンスの腕をつかんで、ゆっくりと反対の手で布を取り上げた。
腕を引かれて、膝の上に招かれる。
腰に手を回されて、さらに身体を近づけて、チェ・ヨンはゆっくりと唇を重ねた。
ウンスの中に熱を探すように、じれったいほどゆっくりと、さぐる。
チェ・ヨンの濡れた髪から雫が、ウンスの胸元にぽつりと、雨のように落ちて流れこんだ。
その行方を追うように、チェ・ヨンは口を離し、胸元に顔を埋める。
濡れて温かな感触が、胸の谷間まで降りて、止まった。

それから、チェ・ヨンはウンスを持ち上げて、筵の上に座らせる。

「脱いでください」

背中を向けたまま、チェ・ヨンに言われて、ウンスは戸惑う。
あとは自分でいたします、と言うとチェ・ヨンは遠慮もなく下帯を取って、
自分で布を濡らすと、立ち上がって残りの部分を手早く清めはじめた。
長い脚はやはり少し痩せていたが、腰周りも脚も、それでもしなやかさはそのままだ。

ウンスが急に言われて動けないでいると、チェ・ヨンが首だけ振り返り、微笑んだ。

「あなたと、肌をあわせたく」

そして、小布を湯に投げ入れると、くるりと向き直る。
ウンスは照れくさくて急いで目を下げると、口を引き結んで、急いで衣を脱ぎ始めた。
チェ・ヨンはまたあぐらをかくと、脱ぐのを手伝うように手を伸ばしたが、
結局ウンスが真裸になるまで手を出さなかった。

チェ・ヨンはウンスを待って、そのまま筵に二人で横たわった。
火の勢いは少し弱まっていたが、もう小屋の中は十分に暖かかった。
チェ・ヨンは肘をつくと、薪をとってかまどに投げこみ、またウンスの方へ身体を戻した。
そしてウンスの傍らに寝そべる。
ウンスの腕を引き寄せて自分の身体の上に手を置かせ、ウンスの目を間近に覗きこむ。
自分もなだらかにへこみ盛り上がる、腰のくびれに手を置いて、確かめるように手を押しつける。
そのまま、ウンスを見ている。
なあに、とウンスが息声で問うと、見ているのです、と言う。
それから、腰に手を回して抱き寄せた。

口づけは長く、緩やかに続いた。
まるで話でもするような気安さで、それでもただ唇を合わせるのではなく、
熱っぽく舌を絡せたりもする。
ただ何か、我を忘れてしまうのが恐ろしいような気がして、
チェ・ヨンは先に進まずに、口づけだけを繰り返していた。

それでも身体は次第に熱を持ち、チェ・ヨンはウンスの腰をさらに引き寄せて、
ウンスの脚を自分の脚に絡ませる。
チェ・ヨンが恐れるように淡々しく押し当てると、深く身体に触れもせぬのに、
ウンスの身体は柔らかに整っていて、チェ・ヨンの高ぶりを包むようにのみこんだ。
じりじりとするほど鈍く分け入ってくるのに、これまでの穏やかさを吹き払うような
熱さを感じて、ウンスはぎゅうとチェ・ヨンにしがみつく。
あ、あ、と小さく声を出すと、ウンスの腰に回されたチェ・ヨンの手が
指が喰いこむほどに力がこもった。

ゆるりと始まったそれだったが、温まった肌が擦れ合うと、たちまちチェ・ヨンは
頭に血をのぼらせて、ウンスを下に組み敷いた。
チェ・ヨンはつかみかかるように、ウンスの乳房を鷲掴みにした。
ウンスの髪はひどくもつれ、汗が額や首をうっすらと濡らしている。
小さくなってきたかまどの炎にぼんやりと浮かび上がるウンスの身体は白く、
ゆわゆらと影がその上で形を変える。
チェ・ヨンはウンスを押えこむようにして、手荒なほどに強く打ち付ける。
肌を打ち付ける音と、濡れた部分が交じり合う音が、
小屋が風と雨で軋むがたがたという音と混ざりあう。

ウンスは切れ切れに、声をあげて、何度も身体を弓なりにさせる。
チェ・ヨンはウンスに合わせることもできず、ただ夢中で、溺れている。
ウンスのくったりと力の抜けた身体に、最後に精を放ったとき、
チェ・ヨンは荒い息がまるで止まったようになって、
びくりと身体をひきつけると、ぐったりと柔らかな身体の上になだれ落ちた。




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by kkkaaat | 2013-12-17 00:27 | 颶風【シンイ二次】 | Comments(6)

【シンイ二次】颶風25


ぽつり、ぽつりと降り出した雨が、天を仰いだチェ・ヨンの顔の上に、
一粒、二粒、と落ちる。

「テホグン、小屋に戻ってくださいよ」

テマンが馬を引いて、じっと座りこむチェ・ヨンの元へとやってきた。
いや、ここでいい、とチェ・ヨンが答えると、テマンは所在なげに、
しばらくそこにたたずむ。
テマンはそうしていれば、チェ・ヨンが自分に、何をしている、と尋ねるだろうと
待っていたが、チェ・ヨンはじっと一点を見ているのか、見ていないのか、動かず
問いもしない。

テマンは空の雨雲を見上げて、それからため息をついて、馬をそこに待たせたまま、
丘の下に自分が仮ごしらえした小屋から、風防けの被り物を小走りに取ってくると、
チェ・ヨンの肩と頭にかけた。
それから、もう一度、空を見上げる。
雨粒が目に入って、テマンは顔をしかめた。

「やっぱり、明日にしましょうか」

そうテマンが言うと、チェ・ヨンは初めて、視線をテマンに向けた。

「いや、行け」

低くそう言うと、チェ・ヨンはまた押し黙る。
でも、雨なのに小屋に入らないし、飯だって今日はなにも口にしていません、
とテマンが言うと、チェ・ヨンは、そうだったか、と言ったきりだった。
やっぱりやめます、とテマンが言って、チェ・ヨンの横に座りこむ。

巨木の下で、ふたりはしばらく、黙ってぽつり、ぽつりと、
曖昧に雨をこぼし続ける空を見ていた。

テマンはそっと、横のチェ・ヨンの姿をうかがった。
平壌から戻ったら髪を拭って、衣も替えさせないと、と思う。
この参月で、大護軍チェ・ヨンは身の回りのことなど、何も構わなくなってしまった。





「テマン、もう一度、ゆっくりと落ち着いて話せ」

その話を筋立てて聞くことができたのは、平壌よりの州軍が開京に着き、
禁軍三千と六衛八千とで紅巾を挟撃し、開京より追走させたその夜、
ようやくのことであった。

便殿の玉座の前で、兵服と鎧に着替えたテマンは、落ち着きを取り戻した
とは到底言えぬ様子で、しどろもどろに、自分に起こったことを説明する。
二度、話の中身を問いただされながら説明し、それでも話を聞いた者たちが
半分もわかったとは言えなかった。

「それではテマン、確かめるぞ。ここにおるテホグン、チェ・ヨンが徳興君の
手にかかって死に、それを知ったユ・ウンスが、天門へとそちと共に向かい、
天穴へと入ったと。そちは天穴に入ることができずに、開京へと戻った」

相違ないか、と問われて、お、恐れながらあってます、とテマンが答える。
チェ・ヨンが、チョナ、と怯えたような声で、王を呼ぶ。
王はチェ・ヨンが懐から取り出した薬瓶とその中の紙切れを検めた。

「俺はこれを、双城総管府のイ・ソンゲより受け取りました。
イ・ソンゲは、医仙からこれを俺に渡すよう頼まれたと」

にわかには信じがたい話だが、と王は言いながら、薬瓶と紙片をチェ・ヨンの手に戻す。
何度聞いても、わかった気にさえならぬ、と王がため息をつく。

「チェ・ヨン、そちが死んで生き返ったなど」

チェ・ヨンはどのような顔をしてよいのか、ただひたすらに戸惑っていた。
いや生き返ったんじゃなくて、死ななかったんです、ユ先生が天穴を通ったから、
とテマンが頭を抱えながら言って、ああっ、とうまく説明のできぬ自分を
責めるように頭を叩く。
テマン自身もよく理解できていない事柄を、説明しようとするのが土台無理なのだ。

「しかし不思議としか言い様がない。そちは和州から開京まで、チェ・ヨンの共をして
まいったわけであるな。しかしながら、同時にユ・ウンスを天門まで送り届けて、
一人で開京まで戻ってもいる」

はい、とテマンは自分でも不思議なようで、首を傾げる。

「俺、ユ先生と一緒に城を出て、天門まで行って、帰ってきました。
それで城下に忍んで入って、屋根を伝っていたら、俺がいて」

なに、どういうことじゃ、お前がいるのに、どうして屋根にもう一人お前がいるのだ、
とチェ尚宮が苛立った様子でテマンに言う。
わかりませんよう、とテマンが泣きそうな声をあげる。
テホグンと一緒に双城総管府から戻ってきたことも、全部覚えてます、
とテマンが言って、だけど俺は一人しかいなくて、と言って、あああ、
と叫びながら頭をかき回した。

「その不思議の子細は別として、余はなんとはなしに、ユ・ウンスが姿をくらました
わけは飲みこめたように思う。チェ・ヨン、そちはどうだ」

王に問われて、道理は通りませんが、テマンの言葉に嘘は感じられませぬ、
ですから本当のことを言っているのでしょう、とチェ・ヨンは答える。
チェ・ヨンに降りかかる大難が避けられたのなら、
とにもかくにも何よりではあるが、と王が言う。

「して、ユ・ウンスはどこに行ったのだ?」





「やはり、お前は行け」

チェ・ヨンは一刻ほども黙っていただろうか、ゆっくりとテマンの方を向くと、
そう言った。テマンがでも、と言うと、雨もまだ小ぶりだ、もう少ししたら小屋に戻る、
とチェ・ヨンは言う。

「職を辞したというのに、チョナはいまだ、俺を大護軍にとどめておかれている。
せめて、決められた報告だけは守らねばなるまい」

チェ・ヨンはそう言うと、ほんの微かにだが、笑みを浮かべてみせた。
その笑みは、何やらぞっとするものを孕んでいて、テマンはまた顔をしかめる。

最初のひと月はまだよかった。天門、双城総管府、そこから開京までの道すじ、
ありとあらゆるところに探索の手が伸ばされた。
徳興君の話により、ウンスが天門からあらわれたことが確かめられると、
チェ・ヨン自ら天門におもむき、その周辺を探し回りもしたのだ。

しかしながら、ウンスの行方はようとして知れず。

「大丈夫ですか」

テマンが念を押すように尋ねた。
聞いて、そうだと答えを聞いても、何も安心できるわけでもないのに、
やはり聞いてしまう。
チェ・ヨンはその問いに応えはしなかった。
ただ、また薄く、心のこもらぬ笑みを浮かべる。

「お前も、あの方も、大丈夫、大丈夫ばかり言うな。
俺の方がよほど強いというのに」

チェ・ヨンはそう言いながら、目をつむった。

一度開京に戻ったチェ・ヨンは、ひと月半をすぎるころ、王に辞職を申し出る。
天門の開くを、その前で待ちたい、と。
それを止める言葉は王にはなく、ただ、職は辞さず、天門の門卒として
しばし務めよ、と言い渡すことしかできなかった。

大丈夫なもんか、とテマンは丘の上に目をやった。
参月が経ち、雪が溶け、寒々しい春がはじまろうとするこの時期になって、
チェ・ヨンは食事さえも、ろくに取ろうとしなくなっている。
ただ、ひたすらに生きて待つ、そのためだけに味のせぬ飯を食んでいたその気力さえ、
つきかけていた。

テマンは一度、励まそうと言ってみたことがあった。

「前は四年をお待ちになりました。ユ先生は、それでお戻りになりました。
今度だって必ず」

チェ・ヨンの瞳が、すうと恐ろしいように暗くなった。

「一度胃の腑に入れて血肉になったものを、出せと言われてお前は出せるか、テマン」

俺には出せぬ、とチェ・ヨンは言った。

結局、その日のうちにテマンは平壌へと出発した。
往路復路四日で戻ります、と言うテマンに、無理をするな、急がなくてよい、
とチェ・ヨンが言う。

「雨が本降りになったら、絶対に小屋に戻ってください。お願いします」

強くなってきた風を気にしながら、テマンがそう言うと、チェ・ヨンは
何もこもらぬ声で、わかった、とだけ答えた。



降ってくる雨粒の数が、急に多くなってきた。
びょお、と音を立てて風が吹き抜け、チェ・ヨンの頭の上の雨防けの被り物を
背中へと押しやった。
チェ・ヨンの額や頬を、冷たい雨が濡らしていく。
雨の冷たさに反して、風は生ぬるい。
ゆるく吹いたかと思うと、身体に叩きつけるように強くも吹く、春の嵐だ。
じっと雨を避けもせずにただ濡れるに任せていたチェ・ヨンが、ぴくりと身じろぐ。
肌の粟立つような何かが、チェ・ヨンの顔を上げさせた。

来る。

チェ・ヨンは頭の中で思っただけであったが、知らぬうちに、口に出していた。
立ち上がると、一瞬よろめいたが、すぐに地を踏みしめ、走り出した。
丘をたちまちのうちに駆け上がり、チェ・ヨンは天門の前に立った。

巻き起こる風は、空に去来した春の颶風のものだけではなかった。
天門の周りの枯葉や落ちた枝が巻き上がる。
まだ見えぬ何かが、そこに、渦を形作りはじめた。

冷たい、凍えるような風だ。
生ぬるい春の風とはまるで違う、雪含みの。
凍るようなその風が、急に強くなって、雨に混じってびゅうびゅうとチェ・ヨンの顔を打つ。
見開いたままのチェ・ヨンの目に、涙が滲んだが、
それでも決して目を閉じようとはしない。

まだ、天門の岩穴には何の変化もない。
と。
青い稲光が岩穴の中に、びかりびかりと、何度か走った。
呼応するかのように、チェ・ヨンの手の中で小さな雷功がちりちりと光る。
その稲光は何度も小ぶりの龍のように天門の中を跳ね回ったかと思うと、
躍り出てチェ・ヨンの身体の周りを、漁火のように包んだ。

チェ・ヨンは自分の両手を目の前に持ち上げる。
体中を雷功が覆い走っているが、熱くも冷たくもなかった。
なぜそうするのか、意識もせぬうちに、チェ・ヨンはそのまま両手を合わせた。
まるで神仏に祈るかのように。

来い。

口が、その言葉を形作る。
チェ・ヨンの身体を覆っていた雷光が天門へと躍り出る。
はじめは小さかった青い渦が、急に大きく渦巻きはじめた。
一歩、吸い込まれるように、チェ・ヨンが前に足を出した。

その時、天穴から突風が吹き付け、チェ・ヨンは思わず両手を顔の前にかざした。
一瞬、その手に当たる風が止む。
チェ・ヨンは風の止む恐ろしさに、よろめくようにまた一歩、天穴に近づく。
すると風はまた、緩やかに始まり、徐々にその勢いを強めていく。
もう一度つんざくような風がチェ・ヨンを打ったその時、
風とは違う確かな重さを持った何かが、チェ・ヨンの身体に、どん、とぶつかった。

「痛いっ、あれ、え?」

なぜ、ああ、戻れたの、どうして、あなたなの、と胸の中のものが、
うろたえるように短い言葉を次々と並べた。
チェ・ヨンはきつく目をつむった。眼に痛みが走るほどにきつく。
恐ろしさで息ができない。
自分の身体に覚えのある腕が回されて、自分の胸に、
覚えのある柔らかな軽い身体が押し付けられる。

耳鳴りがした。
喉がつまって息ができない。
抱きしめたら砕けるのではないかと、腕を回すこともできず、
チェ・ヨンは立ち尽くしていた。

「生きてるのね」

あなたなのね、本当に生きてるのね、そう言いながら、
胸の中のウンスが泣いているのがわかった。
手を頬に当てると濡れている。降ってくる冷たい雨とは別の、
温かい涙が、チェ・ヨンの手を濡らした。
目を開くと、ぼさぼさの髪と薄汚れた顔の自分の妻が泣き笑いながら
自分を見上げている。
チェ・ヨンの口から咆哮のような声があふれる。
ウンスは突然、骨が折れるほど強くかき抱かれた。

チェ・ヨンは、喜びというにはあまりにも怒りに似た灼熱の塊が腹の中で躍っていて、
それを抑えつけるように唸り声を上げていた。
肩と髪をつかむ力があまりに強すぎて、ウンスは痛みに小さく声を上げた。

「もう二度と」

チェ・ヨンの声は、嵐の中ですべてをつんざく雷鳴だった。

「もう二度と、天穴に入ってはならぬ」

そう破鐘のような声で言って、チェ・ヨンは自分からウンスを引き離し、
その顔を両手で鷲づかみにすると、目を覗きこんだ。
その目の奥に荒れ狂うものを見て、ウンスは言葉を失う。

「俺の命が終わるなら、そのなきがらを腕に抱いて泣くのがあなたの役目だ。
たとえ命が助かろうとも、あなたが傍におらねば、俺は」

俺は、生きてはいけぬ。

「あなたは言ったではないか。天に戻っても離れたならば、生きているとは言えぬと。
あなたなら、わかるだろう、この心地が。置いていかれた俺のこの」

チェ・ヨンの指が、ウンスの頬に跡がつくほど強く食い込み、
その力が消えたと思うと、ウンスはまたチェ・ヨンの腕の中に閉じ込められた。
自分の中に荒れ狂うものを御しかねて、チェ・ヨンはウンスを何度も
揺さぶるように抱き直した。
ふり始めた雨は、すでに叩きつけるようだった。

ウンスが、顔を上げる。
目の下を濡らしているのは、涙なのか、雨なのか、混じってよくわからない。
今度はウンスが、チェ・ヨンの両頬に手を当てて、その顔を覗きこむ。

「ごめんなさい…ごめんなさい」

あなたを、助けたかったの、どうしても。
どうしても、どうしても、どうしてもと何度も繰り返しながら、
ウンスの口元が子どもが泣くように曲がる。
その声を聞きながら、チェ・ヨンは苦しそうに顔を歪めた。

「もう、絶対に置いていかないわ。絶対に置いていかない」

チェ・ヨンの両頬に手をあてて、目を覗きこんで、ウンスは何度も言う。
チェ・ヨンは次第に下を向き、肩に手を伸ばすと、ウンスの胸に額を押し当てた。
そのまますがるように膝をつく。
ウンスはチェ・ヨンの頭をかき抱いた。
びしょ濡れで、汚れた髪。垢じみた襟。少し細くなった肩。

自分はどれほどの間、この人を待たせたのだろうか、とウンスは息を呑む。
ウンスにとっては、天穴に入り、通り抜けて出るだけのわずかの時のはずが。
チェ・ヨンはウンスの背中に手を伸ばし、二度と離すものかとしっかと抱きしめる。

「あなたのそばを離れない」

ウンスがそう言うと、抱きしめた腕の中でチェ・ヨンは声もなく、泣いていた。
少しだけ早く上下する背中と、微かな息の乱れがそれを教えた。
ウンスは上からかぶさるように、チェ・ヨンを抱きしめる。

「ヨン、わたし帰ってきたわ」

そう言って、ウンスはチェ・ヨンの頭に何度も口付ける。
ウンスの背中のチェ・ヨンの手が、爪を立てるように、強く強くウンスを引き寄せた。



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by kkkaaat | 2013-12-17 00:24 | 颶風【シンイ二次】 | Comments(16)

【シンイ二次】颶風24

昼間に23アップしてあります。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

城前広路にまであと少し。
そこでチェ・ヨンたちは足止めをくらっていた。
四方八方から押し寄せる紅巾に、一人、また一人と下馬を余儀なくされ、
今は密集隊形を取って進んでいるのだが、紅巾に剣の腕はないものの、
人壁を払うことができずに進みあぐねている。

もう幾度も雷功を放って、人群れを蹴散らしているが、きりがない。
チェ・ヨンとその後続をつとめる于達赤には、大きな痛手はないが、
集団後方の左右衛の兵が、人数に押されて、幾人かうち倒されはじめている。

身体も妙に重たるい。指先に微かな震えが走る。
雷功を打てるのも、あと二、三度が限度かもしれぬ。

「禁軍はまだか!」

チェ・ヨンの脇を守るチュンソクが、チェ・ヨンの内心を読んだように、
そう激しい息の合間に、吐き出すように言う。
どう切り抜けるか、チェ・ヨンが考えようとすると、打ち掛かられて、
剣花(ひばな)が散る。斬りかかって来る者の中には、手練も混じっているうえ、
あまりに人と、うちかかる武器が多すぎて、すべての動きを読み切ることが
チェ・ヨンでも難しかった。
どうする、犠牲覚悟で血路を開くか、指の一、二本ならよかろう、とチェ・ヨンが
姿勢を低くし、飛び上がらんとしたときだった。

ひょおん、ひょおん、と風を切る矢羽根の音が耳をかすめた。
チェ・ヨンが屋根の上に一度だけ目をやる。

「シウル―!」

屋根の上に、跳ぶように駆けるシウルとジホの姿があった。
呼び集めたのか、数十名の手裏房たちが、それぞれ手に小さな弓か弩を持って、
走りながら紅巾に矢を打つ。ご丁寧に剣や頭に赤い布を巻きつけている。
あいつら潜んでやがったな、と脚の怪我の血が、腰まで染みたトクマンが、
嬉しさで上ずった声で、そう叫ぶ。
先の方まで走っていったマンボ兄姉が何かを投げると、ぼん、と音がして
地が揺れた。火薬玉か、とチェ・ヨンが薄く笑う。
頭上からのいきなりの攻撃と火煙に、紅巾たちは慌てふためきだして、人壁が割れた。

「行くぞ!」

チェ・ヨンが、大声で叫ぶと、兵たちはいっせいに前に進む。
広路にもまた多くの紅巾がいたが、それがいっせいに脇に避けはじめる。
城門が開き、そこから大形の馬群が、人を蹴潰す勢いで、まろび出たのだ。

「馬体と馬体の間を駆け抜けろ」

乱れ走るように見える馬群だが、真中の三列の馬と馬の体躯の間は、
ちょうど人一人通れるほどに空いたまま、まっすぐに駆けてくる。
チェ・ヨンを先頭に、双城総管府より皇宮を目指した兵たちは、その馬体の通路を走る。

城門を、禁軍の騎馬に守られるようにくぐると、残りの兵も駆けこんでくる。
それを追って、紅巾の群れが迫り来る。
チェ・ヨンは今来た方にかけ戻り、兵たちが皆、城門を通り過ぎるのを、
立ち尽くして待った。
最後の十数馬が自分の横を駆け抜けるのを待たずに、チェ・ヨンは最後の渾身で雷功を打つ。
目の前に迫る人波がめくれ上がるように、後ろに吹っ飛ぶ。
その群民のなだれの間隙をついて、城門が閉じた。



「チェ・ヨン!」

便殿に駆けこむと、王は喜びのあまり、立ち上がった。
チェ・ヨンは王に、事態を早口に報告する。
そこにいた武臣たちは、チェ・ヨンの口報を聞いて、わずかな希望に目を交わし合う。
大護軍貢夫甫は、閉じられた城門の周囲に群がって、投石を続ける紅巾に対処するために、
御前を足早に下がった。

チェ・ヨンもこれから、禁軍の指揮に加わらねばならない。
王と話を交わしながら、チェ・ヨンの目は、辺りをさまよう。
すぐに目に入るだろうと思っていた人物の姿が見えないので、
チェ・ヨンは痺れを切らして、それを口に出した。

「ユ・ウンスはどこです」

ぐるりと見回したどこにも、ウンスの姿はなかった。
控えている王妃の側にも、その後ろに連なっている内官の影にも、
控えている典医寺の侍医たちの中にも。
王が、ひどく戸惑ったような顔をして、言いあぐねる。
王妃や内官たちも、困ったように視線をそらす。
チェ・ヨンが、急に気色ばんで声を高める。

「チョナ」

チェ・ヨンが、一歩王に迫った。

「それが…」

どう説明すればよいか、迷って王の言葉が途切れる。
王妃の横に控えていたチェ尚宮が、王に頭を下げると、すいと進み出て、
チェ・ヨンの前に立った。
いつもと変わらぬ厳しい顔で、甥の顔をじっと見上げる。

「ヨン、よいか、落ち着いて聞け」

いいから言ってくれ、とチェ・ヨンが苛立ちを隠しもせずに、そう言った。
チェ尚宮が、ふう、とため息をつく。

「ウンス殿の姿が、見当たらないのだ」

どういうことだ、わかるように説明してくれ、とチェ・ヨンが怒気もあらわに言うが、
チェ尚宮は気圧されもせずに、しっかりと甥の目を見つめて話す。

「我らにもよくわからぬのだ。ウンス殿はずっとこの皇宮におられたのは確かだ。
だのにお前に使いを出して、七日目のこと、急にその姿が見えなくなった。
城の外は紅巾に囲まれて、到底出ることはかなわぬ」

それ、そこの于達赤たちが出ていくまでは、姿を見かけた、とチェ尚宮が
チュンソクを指してそう言った。
後ろに控えていたチュンソクが、はいお見送りいただきました、とうなずく。

皇宮の中は探したのか、とチェ尚宮の肩に手をかける。
チェ尚宮は、落ち着け、ともう一度繰り返す。
これが落ち着いていられるか、とチェ・ヨンは拳を握り締める。
どういうことなのだ、わからぬ、と胸に手を入れて、懐の薬瓶をぎゅうと
握り締める。言いようのない不安が、チェ・ヨンの鼓動を早めていく。

「もちろん皇宮の中はすみずみまで探させたとも。
今ここは城下の民で溢れかえっておる。その中に不届きな者がおらぬとも限らぬゆえ、
できる限りその者たちも取り調べたが、おかしいのだ」

チェ尚宮は初めて、困惑の表情を顔に浮かべた。

「これだけの人で、不埒な振る舞いに及ぼうにも、かえって人目があってできぬのだ。
ヨン、ウンス殿はここで怪我人の手当に忙しく立ち働いていらしたので、
皆に顔も覚えられておってな。それだというのに、ウンス殿がどこかに行かれた
というようなところを見ていた者がおらぬ」

かき消えたと言うのか、とヨンが呆れ怒りをあらわにして、吐き捨てると、
チェ尚宮は、苦々しく顔をしかめた。

「そうとしか思えぬ」

チェ・ヨンはぐるりと見回した。
そして、その顔にチェ尚宮と同じ困惑を見て取ると、王に頭を下げ、
無言で踵を返す。
その目に、怒りと不安がひらめき立つ。

「ヨン、どうしようというのじゃ」

チェ尚宮がその背中を追いかけるように言うと、チェ・ヨンは一度振り返る。

「チョナのお力で見つけられるのなら、自ら探すまで」

待て、待たんか、とチェ尚宮が呼び止めたその時だった。
便殿へと折れる回廊から、お戻りになっていますが、取次ぎをお待ちください、
と慌てたように告げる声が聞こえる。
その声をすり抜けて、重いのに早い、乱れた足音が近づいて来る。
テホグン、テホグン、と呼ぶ声がぞっとするほどしわがれている。
いつもの猫のような歩き方が嘘のようだ。
よろめくような、それでもただひたすらに急ぐような。
チェ・ヨンは後ろへと振り返る。

「テマン!」

名前を呼ぶ声に、動揺があらわれる。
角を曲がって現れたテマンの顔を見て、チェ・ヨンは目を疑った。
城外で着替えをさせた紅巾の多くが着ている白茶の上下に黒い帯を結んでいるのは
先ほどの通りだが、まるで三日三晩を寝ずに通したように、げっそりと痩せている。
ただ城下を抜けただけはこうならない。
テマン、おまえ、とチュンソクが目を擦る。

テマンは、チェ・ヨンの姿を見つけると、一瞬目も口も大きく開いて、
息をするのも止めて、両手の拳を自分の目に強く強く押し付けた。
それからそれが取り払われると、テマンの目からは大粒の涙がぼろぼろとこぼれはじめ、
獣が吠えるような声で叫ぶと、チェ・ヨンに駆け寄る。
その姿のあまりの異様さに、于達赤がいっせいに、行く手を塞いだ。

「何があった」

于達赤たちに身体をつかまれて、それでももがくようにチェ・ヨンに手を伸ばす
テマンに、チェ・ヨンは急ぎ近づいて尋ねる。
離してやれ、と言うと、テマンはよろけるように歩み寄って、チェ・ヨンの袖をつかみ、
そのまま膝をついた。

「生きてた、生きてますよ。ユ先生、ちゃんと―」

その口から聞こえた言葉に、チェ・ヨンは、なにを、とつぶやくと、
呆然とテマンを見下ろした。



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by kkkaaat | 2013-12-16 18:22 | 颶風【シンイ二次】 | Comments(16)

【シンイ二次】颶風23



チェ・ヨンはイ・ソンゲの話を聞いて、絶句した。

「確かに、医仙さまでございました。あまりに慌ただしく、
長くはお話できなかったのが、返す返すも口惜しく」

徳興君とともに輿に乗って双城総管府に現れて、牢に入れられて殺されかけ、
それをイ・ソンゲに救われて、俺宛の書付を残して、城の外に逃げただと。
ウンスがここにいたということは、開京の紅巾の乱には巻きこまれては
いないと喜んだほうがいいのか、いや、そもそも徳興君と共にいたと聞いて
落ち着いてなどいられない。

先ほどは命を取らなかったが、今すぐ殺してやろうかと、ゆっくりと剣に
手が伸びるほど、チェ・ヨンは頭に来ていた。

それにしても話がおかしい。
もし本当にウンスがこの双城総管府に来ていたのなら、なぜ一人で姿を消したのか。
どうして、この薬瓶だけを残していったのか。
そもそも、自分を見送ったはずのウンスが、自分より先にこの地にたどりつくのは
どう考えてもおかしいのだ。道理が通らぬ。

そう考えてチェ・ヨンは、ふう、と薬瓶をあがく手の下で見つけた時のことを
思い出して、薄ら寒くなる。
あれを自分に渡したウンスは、信じがたい話だが、百年ものとうの昔に
そこにいて、それを埋めたという。

チェ・ヨンは先ほど、馬の足跡を追いウンスを探すよう、十数名の高麗兵に命じる。
できれば数百名を事に当たらせて山狩りでもさせたかったが、今は到底無理なのだ。

「医仙さまは、徳興君がテホグン殿に毒を盛ろうとしているのをお知りになって
天からおいでになったのでしょうか。テホグン殿に警告をなすために」

イ・ソンゲが話すのを聞きながら、チェ・ヨンは迷いを振り切るように頭を振った。
思い悩んでわかることならば頭を使いもするが、どう考えてもわからぬこと。
新たな知らせを待つよりすべがない。

「医仙さまは天にお戻りになった今でも、高麗の国のことを気にかけて
くださっていたのですね」

イ・ソンゲがしみじみとそう言う。
チェ・ヨンが、考えこんでわずかにうつむいていた顔を上げて、低く言う。

「俺の、妻だ」

は、とイ・ソンゲが、怪訝な顔をする。
チェ・ヨンが脈絡なくわけのわからないことを言ったと思ったのだ。

「だから、イ・ソンゲ、お前の言う医仙さまは、俺の妻だ」

チェ・ヨンはイ・ソンゲの肩に、手を置くと、世話になったな、礼を言う、
とそれだけ言うと、足早に立ち去る。
これより精鋭二百を引き連れて、開京への道をひた走る。
それ以上は馬が足りぬのだ。
また後に会おう、と声に出さずに思いながら、チェ・ヨンはわずかに駆け足になった。

後に残されたイ・ソンゲは、未だチェ・ヨンの言葉の意味を飲みこみかねて、
ぽかんと口を開けたままだ。
それから、慌てて振り返る。

「医仙さまが、大護軍チェ・ヨン殿と夫婦(めおと)ですと」

驚きの言葉を発したときには、すでにチェ・ヨンの姿は見えなくなっていた。





「テホグン――!」

チュンソクをはじめとした十九名の于達赤は、目の前を走っていく馬上の人影が
誰かを見定めると、弾けたように飛び出して、声を上げた。
チェ・ヨンを先頭とする、二百騎の馬群は、しばらく進んで足を止める。

チェ・ヨンが駆け戻って、チュンソクの前で馬から飛び降りる。

「チュンソク、なぜここに。王の護衛は、いやそれより、開京は―!」

きつい口調で問い正すチェ・ヨンに、チュンソクは思わず一歩近寄る。

「開京、玄武門を破られ、城下は紅巾の占拠下にあり。
しかれども二軍六衛により皇宮は未だ守り抜かれております。
しかし打開のすべなく、兵糧も付きかけ、あと数日が限度かと」

チェ・ヨンは陰の気もあらわに、緊張をみなぎらせ、
チュンソクの話すのをじっと聞いている。
そこまで言ってチュンソクは、はっ、と目を見開いて、報告を続ける。

「王殿下、王妃殿下、重臣の方々はじめ、城下の民は皇宮にてみな無事です。
もちろん、ユ先生もです」

チェ・ヨンの力みきっていた肩が、すう、と下りる。
一瞬、目が開京の方を向いたが、すぐにチュンソクに戻って尋ねる。

「それで、なぜお前たちは、皇宮を出てここにいるのだ」

それは、この事態を打ち破るため、平壌州軍への伝令にと、我らを立てられました、
とチュンソクが説明する。トクマンが血路を開き、我ら一丸となって開京を抜け出し、
そのまま街道を駆けてまいりましたが、前方より馬群近づくのを見て、
隠れておりました、と続ける。
腿が切り裂かれ血の滲んだ下衣、髪も一部が切り取られ、額に刀傷を受けている
トクマンの姿に目をやり、チェ・ヨンは小さくうなずいた。
それから、ぐうと眉がひそめられ、怒り含みの口調でチェ・ヨンがつぶやく。

「近衛を我が身から離すとは、チョナはいったい何をお考えに」

それから目を閉じると頭を振って、考えてもらちが明かぬ、と目を開ける。
これより、開京へと前進する、平壌州軍はすでに出師し、こちらに向かっている、
我らより一日か、二日の後には加勢が見込めるだろう、
とチェ・ヨンがチュンソクに告げる。
我らはなんとしても皇宮にたどり着き、チョナにこの知らせをお伝えし、
平壌州軍の加勢までを持ちこたえ、そして、挟撃する、とチェ・ヨンが言うと、
チュンソクをはじめ、于達赤たちは力強くうなずいた。

「して、皇宮までどのようにまいりますか。作戦は」

そう尋ねたチュンソクに、チェ・ヨンは事も無げに答えた。

「正面突破、だ」



「テマン、お前はこれを着て、どうにか城下に紛れこめ。
皇宮までどうにかたどり着いて、アン・ジェに知らせろ」

まかせてください、と言いながら、于達赤を追撃した紅巾の死体から剥ぎ取った衣を渡されて、
テマンは顔をしかめた。
街道を離れ閑地を進んできたが、開京の京壁が木立越しに遠く見える距離まで
もう来ていた。

「俺たちは騒ぎを起こして、人目を引きながら皇宮を目指す」

この数でですか、とテマンが兵服を脱ぎながら、総員を見渡す。
一人五十でも、余ります、と指で数えるのを諦めて、そうチェ・ヨンに訴える。

「その書状をアン・ジェに渡せば、開門し、禁軍千が加勢に出る。
城門からの援護も望めよう。禁軍の撤退と同時に入城する」

それも城前の広路まで、たどり着けたらの話でしょう、俺、心配です、
とテマンが言うと、お前以外に皇宮まで忍んでいける奴がいない、
とチェ・ヨンはテマンの肩に手を置いた。

「頼むぞ」

そう言うと、さあ行け、とテマンを突き放す。
テマンは馬には乗らず、于達赤の顔を一瞥すると、獲物を追う鼬のように素早く走りはじめる。

チェ・ヨンはその姿を目で確かめると、双城総管府より伴ってきた精鋭二百と
于達赤に向き直る。それぞれ馬を引き、ごった返すように身を集めている。

「騎乗せよ」

低く、けれどひとりひとりまで響く声で、チェ・ヨンが命ずる。
いっせいに、皆が馬上となる。
二百と余名の目が、いっせいにチェ・ヨンに注がれる。
繰り返す、とチェ・ヨンが発する。

「玄武門、未だ修復なされず、ただ材木を組み重ねた障壁あるのみ。
行けるところまでは乗り破る。ただし後方に注意せよ。
友兵と離れすぎてはならぬ。二馬より広く間を開けずに走れ」

おう、とそろって声が上がる。
馬たちが、奮い立つように地面をかく。

「友兵が落馬したときは、後続が拾いあげろ。二身一馬となったものは、馬群中央に入れ。
馬群周囲の槍兵が下馬して戦いはじめたたときは、剣兵は見計らって降り、
密集して戦いながら、前方へと進む」

もう一度、太い声で、いらえがかえる。

「先陣は俺が取る」

そう言って、チェ・ヨンがにやりと笑うと、兵たちは顔を見合わせて、うなずきあう。
行くぞ、チェ・ヨンがそう言うと、馬はいっせいに緩やかに走りはじめた。



ちょっと長くなっちゃったので、切ります。
残りは夜までに整えアップします。

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by kkkaaat | 2013-12-16 14:04 | 颶風【シンイ二次】 | Comments(12)

【シンイ二次】颶風22



東北兵馬使ユ・インウ、宗簿令キム・ウォンボン、大護軍チェ・ヨンの三名が、
会議に立ち会うべく、大広間に向かって進んでいた。
双城総管府の攻城戦は、内通者の手引きによって、高麗軍は大きな犠牲を出さずに
成し遂げることができた。
先導をするのは内通者の一人イ・ソンゲだ。
鎧を脱いで、落ち着いた紫の衣に着替えている。
高麗風の仕立ての服を来ているが、髪は元風に整えている。

広間ではイ・ヤチュンや趙小生の叔父、趙轍をはじめとして、
この双城総管府陥落に協力した者たちが待っている。
チェ・ヨンの後ろに歩く中郎将二名が、その人数分の
あらかじめ開京より運んできた書状を抱えている。
高麗王より、品階を賜るというわけだ。
列の最後尾のテマンが、時々チェ・ヨンを確かめるように飛び跳ねる。

チェ・ヨンは高揚が一気に冷めて、手も足も冷え冷えとしている。
腹の底に、勝ち戦の快味がわずかに熱をたくわえているが、それだけだ。
いつもそうだ。
書状を一枚ずつ広げて、読み上げて、渡して、その手順を思うと、
それこそ本当にうんざりとした気分になった。
これから延々と、細かな講和の取り決め、駆け引きが続くのだ。

「そうあからさまに顔に出すな」

ユ・インウが、チェ・ヨンに話しかけた。
手引きがあったので楽な攻城戦ではあったが、この老武将も疲労の色は隠せなかった。
ただでさえ深い眼窩が落ち窪んで、影の濃い顔つきになっている。

「お前さんはあとは、儂の後ろに立って、あいつらがおかしな素振りでも
見せたら、その、それで、びりびりっとやってくれればそれでいい」

ユ・インウはチェ・ヨンの手を指差して、そう言った。
初めて見たチェ・ヨンの雷功にたいそう感心して、さっきから、
あのびりびりというやつは誠によかった、と子どものように繰り返していて、
チェ・ヨンはこのユ・インウという老武将のことを好ましく思うように
なりかけていた。

ふと、イ・ソンゲの足が止まった。
合わせて高麗からの一群の足も止まる。
イ・ソンゲがくるりと後ろを振り返り、チェ・ヨンらと向き合った。
イ・ソンゲが、チェ・ヨンの顔をじっと見る。

「広間に行く前に、お伝えしたきことがございます」

チェ・ヨンとユ・インウは顔を見合わせる。
回廊のその角を曲がれば広間はすぐだ。
チェ・ヨンがうなずいて、話せ、とうながす。
イ・ソンゲが口を開いた。

「ある方よりこれをお預かりいたしました」

そう言って、イ・ソンゲは、懐から小さな小瓶を取り出した。
大護軍殿に、どうしてもお渡ししてほしいと。
チェ・ヨンの目が、大きく見開かれる。
ここにあるはずのないものだ、それは開京の自分の屋敷にあるはずのものなのだ。
ありえぬ、とつぶやいて、それを受け取る。

「中を見てほしい、とおっしゃっていました」

イ・ソンゲがそう言う前に、チェ・ヨンは透明の瓶の中にある紙片に
気づいて蓋をあける。
逆さにして取り出すと、広げた。

下手くそな字で、毒、と書いてある。
それから、こんな時でなかったら、噴き出してしまうような拙い絵。
指輪をはめた手の絵と毒という文字が、線で結び合わせてある。
こんなふざけたものを書くのは、あの人しかいない。

その下に。
小さく、あの天界の文字が書き添えてある。
「大丈夫」と。

なぜ、と呟くチェ・ヨンの声にかぶさるように、イ・ソンゲが続ける。

「それから、この先の広間に、徳興君殿がおります。
部屋に来るまで、伏せていてほしいと、頼まれましたが、
先にお知らせしておいたほうがよいかと」

戦には、姿が見えぬようであったが、とユ・インウが言うと、
剣は得手ではないゆえ、中で待とう、とおっしゃって、城の奥に、
とイ・ソンゲは歯切れが悪く言った。
臆病にも戦いの間隠れていたとは、さすがに言えないのだろうが、
イ・ソンゲの不満げな顔が、その心中を物語っていた。
ユ・インウが、チェ・ヨンを見た。

「聞いておるのかテホグン、それはいったい」

呆然と紙片を見つめて、徳興君の名前に応えもしないチェ・ヨンを、
ユ・インウが覗きこむ。

「あ、いや」

戸惑ったように、チェ・ヨンはイ・ソンゲを見つめ、
それからユ・インウに小さく頭を下げる。
しばらく考え込んだ後、イ・ソンゲに向かってチェ・ヨンは口を開く。

「どこで、これを」

イ・ソンゲが口を開きかけた、その時だった。

回廊を走ってくる足音が聞こえた。
左右衛から連れてきて、チェ・ヨンの部隊に組みこまれた男が、
人をかきわけるようにして、チェ・ヨンのところまで来た。

「何事か」

問いただすと、こちらのものが、大護軍殿への使いであると言うのです、と答えた。
列の最後尾に、戦をくぐり抜けた兵のほうがまだましという、
汚れくたびれ果てた男が一人やっとの思いで立っている。
商人のような格好をしているが、その顔に見覚えがあった。

チェ・ヨンの髪が逆立つ。
大股で近づき、腕をつかむと、声の聞こえないところまで引きずるように連れていく。
大きくなってしまいそうな声を必死に潜めて、チェ・ヨンは尋ねた。

「お前、鷹揚軍のものだな」

アン・ジェのもとにいるのを見たことがあった。
なぜ皇宮を守護しているはずの鷹揚軍の兵が、商人に身をやつしてここにいるのか。

「どうした、なぜここにいる」

これを、と男は懐から小さく畳まれた書状を取り出して、チェ・ヨンに手渡した。
護軍アン・ジェ殿よりのものです、と低く言う。
細かく書かれた筆跡は、確かにアン・ジェのものだ。

ユ・インウが近づいて来る足音がする。
チェ・ヨンの気色ばんだ様子に、ユ・インウの表情が厳しくなる。
書状を読んでいるチェ・ヨンの手元を、無遠慮に覗きこむ。

「これは…!」

ユ・インウが息を呑む。
チェ・ヨンはその書状をユ・インウの手に渡す。

「開京に戻ります」

チェ・ヨンがそう言うと、ユ・インウは急いで腕をつかんだ。

「今はいかん。絶対にいかん。ここで開京が占拠されんとしているなどと知れれば、
双城総管府のやつらがどうでるか。せめて、書状をもって高麗の臣と任じた後にせねば」

ユ・インウの言っていることは、もっともで、自分がその立場にあれば、
同じことを言っただろう。
チェ・ヨンは群民に取り囲まれた開京とそこにいるウンスを思うと、
身体の芯が震えるような気がした。

「お前一人が戻ってどうするのだ。あと数刻、いや一刻でよい。
そうしたら、左右衛の兵は全部お前につけてやる」

だから、今はこらえろ、と腕を持って揺すぶられる。
ユ・インウの言うことは、すべて正しかった。

ぎゅう、と手を握りしめる。
その手の中の紙片の感覚に、はっと我に返った。
そっと手を開いて、くしゃくしゃになった紙片をもう一度開いて見つめる。
最初の言葉は警告だ、それははっきりとわかる。もう一つは。
チェ・ヨンが顔を上げる。

「片付けましょう、一刻以上は待てませぬ」

チェ・ヨンが、毅然たる声でそう言うと、ユ・インウは強くうなずいて、
二人並んで列の先頭へと戻る。

「待たせた」

後で話を聞かせてもらう、とチェ・ヨンが言うと、イ・ソンゲはうなずいて
前を向き、広間に向かった。

大きな扉を衛兵が開いて、中にいる顔が見えた。
真っ先に、徳興君の顔が見えた。
立ち上がって、こちらに向かって歩み寄ってくる。

その瞬間、チェ・ヨンは、さっきの小瓶の中の紙片の意味を悟った。
あの小瓶の持ち主だったあの人に、二度毒を盛ったこの男。
徳興君、チェ・ヨンは低く周囲には聞こえないが燃えるような声で、つぶやく。

チェ・ヨンに近づきながら、にやにや笑いを浮かべている。
いや、笑っていない。目の奥は笑ってなどいない。

「ずいぶんと懐かしい顔だな」

徳興君が、妙に親しげに言う。

「おや、顔色がお悪いようだ。何か悪いことでもありましたかな。
例えば、開京に紅巾が押し寄せるとでも言うような。
それに、あとで面白いものをお見せできるやもしれませぬな」

黙って睨みつけていると、徳興君が、懐かしい友に触れるように、
馴れ馴れしく手を伸ばしてきた。
真中の指に、金の彫り物の指輪が光っている。

きいん、と刃鳴りが辺りに響いた。
音はそれだけで、骨肉を斬るのにわずかな音さえしなかった。
気づくと、徳興君の手首から先が、ぽとり、と床に落ちた。
チェ・ヨンの手には鬼剣が握られている。

「なにを」

徳興君の目が、これ以上ないほどに大きく見開かれる。
飛び散る血が身に降りかからぬよう、チェ・ヨンは静かに後ろに下がった。
一拍遅れて徳興君が、先のなくなった自分の手を、絶叫を上げながら抱えこみ、
床にのたうつ。
遅れて、どよめきが上がった。双城総管府の者たちが椅子を蹴って立ち上がる。
抜きはしないが、腰のものに手をかける。
何をなさるのだ、と趙轍が大声で言った。

「これを検めていただきたい」

チェ・ヨンは切り落とした手首を、双城総管府の者たちの方へ、蹴って滑らせた。
溢れた血が、床に長い帯を描く。

「指輪に、毒がしこまれている」

そうチェ・ヨンが言うと、イ・ヤチュンが屈んで、懐から出した布で
手首を包むように拾い上げて確かめた。
テマンが部屋に飛びこんで来て、チェ・ヨンの脇で剣を構える。
確かに仕掛け針がついております、と言いながら、くん、と匂いを嗅ぐ。

「血臭で、匂いはよくわかりませぬが」

ユ・インウが、チェ・ヨンの横に並んだ。
毒とは確かか、とチェ・ヨンに尋ねる。
チェ・ヨンがうなずくと、喚き続けている徳興君のそばまでいくと、
その身体を踏みつけて、止める。

「なんなら、殺してもかまわんぞ」

ユ・インウがチェ・ヨンの方を向いて、低くそう言った。
双城総管府の者たちは、思わぬことの成り行きに、息を詰めて見守っている。
チェ・ヨンは、歩み寄り顔色が青白く変わってきた徳興君を見下ろした。
徳興君は、陸に上がった魚のように、喘いでいる。

「いや」

チェ・ヨンわずかに考えた後に、そう言った。
ほう、殺さぬか、とユ・インウが意外そうな声を上げる。

「情けをかけるのか。ぶっ殺してやりたい、と言うていたではないか」

挑発するようにユ・インウが言うと、チェ・ヨンは、は、と息を吐いた。
剣をひとふりして血を払うと、鞘に収める。
それから、じっと徳興君を見下ろした。

「このような者でも、いずれ何かの役にたたぬとは限りませぬ」

紅巾のことについても知っておる様子、問いたださねばなりません、
とチェ・ヨンは続けた。
ユ・インウは傍に控えている護衛の兵に言いつける。

「血止めをして、牢に入れよ。用心せえよ」

残りの手にも何か隠し持っておらぬとも限らぬでな、と告げると、
徳興君の身体を足でごろりと転がした。
徳興君は、血の気の失せた顔で、小刻みに身体を震わせている。

「よからぬことをたくらむ悪党の行く末も見届けたところで、本題に入ろうか」

ユ・インウが口元に微笑をたたえて、ぎろりと部屋の中を見回すと、
双城総管府の者たちは、気圧されたように、ゆっくりとそのまま腰を下ろした。
みな一様に押し黙っている。

「行儀ようしておれば、テホグンの鬼剣の出番もそうはなかろうて」

ユ・インウはそう言って、かかか、と笑った。



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by kkkaaat | 2013-12-15 00:02 | 颶風【シンイ二次】 | Comments(21)

【シンイ二次】颶風21

※20を先にアップしてあります。
・・・・・・・・・・・・・・・・

「わかりました。助けていただいた命にかけて、必ず約束は果たします」

イ・ソンゲがウンスの目を見たまま、ゆっくりとうなずいた。
ウンスはこの若者のすべてを信用できたわけではなかった。
この本当に短い邂逅では、そこまではわからない。

チェ・ヨンの名前を出したとき、イ・ソンゲの表情が何かを示してぴくりと動いた。
何かを言おうとして、口を開きかけ、イ・ソンゲは口をつぐんだ。
当たり前だ、五年ぶりに会った女人に、大事を話す兵がいたら、それこそ信用ならない。
それでも、ウンスはこの若者に賭けるしかないのだ。

大護軍チェ・ヨンが徳興君と会う前に必ず、と念を押す。
そして最後に、馬を一頭ください、そして城の外に逃がしてほしいの、と頼む。

「こちらの部屋で隠れていれば、そうひどいことにはなりますまい。
事情はお話できませんが、この戦は長引かずに終わるでしょう。
後でご自分で、大護軍チェ・ヨンにお会いになるといい」

イ・ソンゲは早口で言って、落ち着かなげに何度か扉を振り返った。
本当に余裕がないのだろう、それじゃあいいわ、自分でなんとかするから、
とウンスが言うと、ため息をついて、急いでください、とウンスの腕を
少しばかり乱暴につかむと、部屋の外に出た。

馬はすぐに手に入ったが、城の外に出るのはひと仕事だった。
イ・ソンゲはもうどうにも行かねばなりません、と言って、配下らしい二人に
ウンスのことを必ずどうにか安全にと言いつけて、ものすごい勢いで走っていった。

その二人はほとんど何も口を聞かずに、ウンスを護衛して城から離れたところ
まで送って、ウンスがここでいい、と告げると、無言のまま戻っていった。


遠くから、それでも腹の底に響く音が、ウンスのもとまで伝わってくる。
城門を打ち破ろうとする破城槌が、ぶ厚い門扉に突進を始めたのだろう。
振り返ると、火矢だろうか、暗い空を弧をえがいて、真っ赤な炎がよぎっていく。
ウンスのいる場所から見ると、それは残酷な武器ではなく、花火のように見えた。

蹄にまで伝わる振動に、馬が怯えていななくのを、ウンスは首を撫でてなだめ、
それからまた馬首を返すと、馬の腹に足を入れ、城から遠ざかりはじめた。

あの暗闇の中に、チェ・ヨンがいる。
そう思うと、熱望で喉がからからになる。
会いたい、ただひたすらに、会いたい、そう思うと、ウンスの目に涙があふれてきた。
もう泣いてもいい、とウンスはそれを自分に許した。
走る馬の上で、ウンスは声をあげて泣いた。

ずっと考えないようにしていた。
今、開京には、、もう一人のウンスがいる。
チェ・ヨンの死の知らせを受ける前の、于達赤とともに玄武門を突破する前の、
三日三晩をテマンとともに走り抜ける前の、天穴に飛びこむ前の、ウンスが。
もうう一人のウンスが、同じ時間に存在するということを考えると、
ひどく心細いような恐ろしいような心持ちになってウンスは肩をすくめた。

チェ・ヨンに会わないですむのなら、会わない方がいいのだ。
会えば必ず、離れがたくなるだろう。
そしてどうするのだ、ともに開京に戻って、もう一人のウンスと三人で暮らす?

「冗談じゃないわ」

ウンスは走る馬の背で、そう呟く。
涙が風にさらされて、ウンスの頬がひどく冷たくなった。



天穴までは、五日かかった。
馬を買う金もなく、テマンのように盗むこともできない。
イ・ソンゲがくれたたった一頭の馬を休ませ、休ませ、たどり着いた。
食べ物は、馬についていた飾り帯と交換で手に入れたものを少しずつ口にした。

ウンスは馬の手綱を引いて歩きながら、自分のありさまを気にしていた。
昨日自分のあまりの汚さに、川に道が合流したところで、馬を休ませている間に、
人目を気にしながら髪と身体を洗ったが、櫛もなく髪がごわごわしている。

「早く、戻りたい」

ウンスは、もつれた髪を手でほぐしながら、ぽつんと呟く。
天穴を抜けてきたときの押し戻すような感覚とは反対の、引き寄せられるような
粘る感覚が、この地に近づけば近づくほど強くなった。

「戻ったら、変わってる? 本当に?」

ウンスは話す相手がいなくて、馬の首を撫でながら話しかける。
馬はウンスが優しく首の横をかいてやると、静かに鼻を鳴らして、手に首を押し付けた。

すれ違うほど近い歴史の道筋を正せば、並んで走るその先は、いっせいに正される。
絡まるように走る無数の時間の筋は、糸のようにただ絡まり合っているのではなく、
温められて時には飴のように溶けて、二本、三本がまた一つになる。

ウンスはこれまで受け取った、実際には自分の身には起こらなかった事実が記された
日記について、これまで何度も何度も繰り返し考えたことを、また思い返していた。
きっと彼女たちの未来も、ウンスが日記の助けで行動したことによって修正されたと、
ウンスは祈るように信じていたのだ。

丘の下まで来て、風を感じた。
見上げるとぼんやりとした光が、天に向かって立ち上っているのが見えた。
はあ、と息を吐いて、肩から力が抜ける。

ウンスは、馬から馬具を四苦八苦して外してやった。
馬はウンスが手綱を離しても逃げずに、ウンスの手に自分の鼻面を押し付けた。

「あの人を殺した相手に、和州まで連れていってもらって、
あの人をいつか殺す相手に、命を託してきたわ」

それしかできなかった、そう言ってウンスは、馬の首に顔を押し当てる。
もしも、もしも戻って何も変わっていなくても、きっと一人のチェ・ヨンは助かったわよね、
とウンスが涙声で馬に話しかける。
それから、顔を離す。

「さあ、行って」

押しやると、馬は逃げずに、少し進むと草を食みはじめた。
それから、ウンスは疲れた身体に鞭打って、丘を駆け上がる。
天穴の青い光は、いっそう弱く、蠢いていた。
今にもふい、と消えてしまいそうだ。

ウンスは、淡い光に向かって手を伸ばすと、そのまま歩いてその中に入った。
その姿が消えた後、すう、と光も吸い込まれるように、消えた。



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by kkkaaat | 2013-12-14 00:44 | 颶風【シンイ二次】 | Comments(16)

【シンイ二次】颶風20


誰だろうこの男は、そう思ってから、ウンスはその面影に息が止まった。

「徳興君殿、いったい何をなさっておいでです。
着くなり牢に下りるなぞ。お戻りを聞いて、趙小生殿もお待ちです」

背の高い細身の若者は、ウンスの姿を見て、眉をひそめる。
自分を見る目のあまりの素っ気無さに、ウンスはとたんにあやふやな
気持ちになる。

「この女、泣いているではありませぬか。何か咎(とが)でも」

そう男が問うと、徳興君はしごく落ち着いた顔を作って、ウンスを横目で見た。
それから、男に向き直って腕を後ろに回し、胸を張って答える。

「私の世話をする女の一人でしたが旅の途中で、私の持ち物を盗んだのです。
顔が美しいので多めに見てまいりましたが、あまりにも目に余るので、
牢にぶちこんでやりました」

ほう、手癖の悪い、とその男が徳興君におもねるように言って、
それからウンスを汚いものでも見るかのように、斜めに見下ろした。
嘘よ、わたしは盗みなんかしていない、とウンスが訴える。
徳興君はウンスを見積もるようにじっと見て、それから今までより低い声で言った。

「大変に価値のあるものを盗みました。到底許すことはできぬものです。
ですから、ここで片付けてしまおうと思いまして」

徳興君が、脇にいる牢番の腰の刀に手を伸ばす。
ウンスが、違うの、私は、と声を張り上げて、そこで言葉が出なくなった。
もしこの男が、ウンスの思う人物だとしても、今では徳興君の仲間のように見える。
それに、ウンスのことをかけらも覚えている様子がないのだ。
指先が凍るように冷たくなって、ウンスは格子から急いで手を離し、後ずさった。

その男が、物柔らかに徳興君の腕をつかんだ。
それから顔を寄せ、ごく小声で耳打ちする。

「徳興君殿、お忘れめさるな、いよいよ今宵です。
その前に砦が女の血で汚れるのは、あまりにも縁起が悪い。後ほどでもかまわぬでしょう。
これほど美しい女、いろいろと使い道もありましょうに」

下卑た笑いを浮かべて、徳興君にそう言うと、男はさあ、と手でも示す。
徳興君は、少し考えこむようにウンスを見たが、黙って男の言うに従った。

二人がいなくなり、牢の前にいるのが牢番だけになると、ウンスは、
大きく息を吐いて、ずるずると座りこんだ。
心臓が大きな音を立てていて、おさまらない。
胸にぎゅうと手を押し当てて、目をつむった。

「どうしたらいいの」

ウンスは微かな声で、そう言った。
ほんのわずか、命は長らえたが、ただそれだけのこと。
苛立ちを落ち着かせようと、深く息をしてみる。

「どうしたらいいのよ…」

両手で顔を覆う。あまりの無力さに、涙も出ない。
ただ身体のすべてから、砂のように力が抜けていくような気がしていた。
ふと、天穴のことを考えた。
あの弱くもうすぐに閉じていきそうだったあの場所のことを。
もう、閉じてしまっただろうか、それともまだわたしを待っていてくれているのか。
諦めないわ、それでもウンスはわずかに残った気力を、腹の中で温める。

「考えて、ウンス、考えて」

ウンスは自分の膝に顔を埋めると、ぎゅっと抱えて丸くなった。



地下牢では陽が射さぬので、時がわからない。
ウンスは、遠くから響いてくる戦鼓の音で、目を覚ました。
考えても、考えても埒があかない状況に疲れ果てて、ウンスは少しだけうたた寝を
してしまっていたのだ。

なんだろう、とぼんやり考えて、はっと目を開ける。
あれは、高麗軍の戦鼓だ。
階段を駆け下りてきた城兵が、牢番の兵に戦線に加われと声をかける。
牢番は行くのをためらったが、女ひとりに何ができる、と言われると、
戦のためにその場を離れた。
ウンスは思わず立ち上がった。
格子を何度も揺すり、叩いてみるが、強固なそれはびくともしない。
戦鼓の音が高まって、小さな地震のように、ときの声が響いてくる。
けれど、ウンスの力では牢を抜け出すことは、どうやっても無理なようだった。

階上の兵たちが行ったり来たりする足音が、ここまで響いてくる。
指示を出す声に合わせて、兵たちが重い鎧をがしゃつかせて右往左往する。
ウンスはじわり、と涙が滲んでくるのを止められなかった。
近くに、チェ・ヨンがいる。
生きて、もうそこに。
だというのに、自分はこんなところに閉じ込められているのだ。

ウンスは牢の格子を拳で殴った。
格子は揺れもせず、ウンスの手に痺れるような痛みが走っただけで、
ウンスは、その自らのあまりに非力さに、微かに苦笑いを浮かべた。
その申し訳程度の笑みも、すぐにかき消えて、そのまま足から力が抜けて、
崩折れて膝をつく。

その時だった。

「医仙さま」

階上の喧騒にかき消されそうに潜められた声が、ウンスを呼んだ。

「医仙さま、でございますよね」

ウンスは、恐る恐る顔を上げた。
壁にかけられた灯心は油が切れかかっていて薄暗く、誰だかよく顔が見えない。
城軍の鎧をまとった男が、ウンスの牢に足早に駆け寄った。

「やっぱり!」

ウンスは勢いよく立ち上がると、そのまま格子に飛びついて顔を寄せる。
腹の底に希望の種が生まれて、それが急速に身体を満たしていくのがわかる。
衣が変わっていたのでわかりづらかったが、それは先ほど徳興君を呼びに来た
あの背丈の高い若者だった。
先ほどとは打って変わって、人懐こそうな笑みを浮かべている。
笑い顔を見ると、ウンスは先ほど考えたことがみるみる確信に変わるのを感じた。
牢の鍵をがちゃつかせながら、若者は言う。

「覚えていらっしゃいますか。私、開京で医仙さまに命をお救いいただいた」

「イ・ソンゲ!」

ウンスが格子越しに、彼の名前を叫ぶと一瞬手を止めて、
覚えていてくださいましたか、と破顔する。
ウンスは、いいから手を動かして、と牢の扉の前で足を踏み鳴らす。

「先ほどお顔を見ましたときは、心の臓が口から飛び出すかと思うほど驚きました。
なぜここにいらっしゃるのですか。天にお戻りになられたとばかり」

驚いたようには見えなかったけど、と言っていると、扉が開いた。
ウンスは急いで牢の外に出る。
こんな陰気臭い場所に、一秒でも入っていたくない。
ありがとう、とウンスが伝えると、何があったかは知りませんが、医仙さまを
このようなところに閉じこめるなど、ましてや殺そうとするなど、
徳興君殿は何をお考えなのか、とイ・ソンゲがそう言った。
ええと、とウンスは何をどう話そうか、二つの拳を額に押し当てて必死に考える。

「とにかく、人目につかない場所に連れていって。
そうしたら詳しく話をするから」

わかりました、ただし、とイ・ソンゲが振り返る。
私はすぐに戻らなければなりませぬ、すでに私を探しているものがいるやも
しれませぬ、とウンスの腕をつかむ。
引きずられているように、歩いてください、とイ・ソンゲが階段を上りながら言う。

「わかったわ」

そううなずきながら、ウンスの頭の中はめまぐるしく動いていた。



チェ・ヨンのことを口にしようとして、ウンスは呆然と押し黙った。
兵たちは戦の準備に忙しく、ウンスにはほとんど目もくれなかった。
父親のイ・ヤチュンのものだという執務室で、ウンスはイ・ソンゲと向き合っていた。

「なぜ、このようなことに。いや説明を聞いている時間はありませぬ。
こちらの部屋に隠れていてください。ことが落ち着きましたら、まいりますゆえ」

そう言って、イ・ソンゲは出ていこうとした。

「待って」

待って、一分だけ。一分という言葉がわからなくて、イ・ソンゲは怪訝な顔になる。
城軍のイ・ソンゲにチェ・ヨンのことを、どう頼めばいいのだろうか。
これから、戦をする相手なのだ。
でも、戦にチェ・ヨンたちが勝って、この城の偉い人たちと話をするはずだ、
それだけはウンスにもわかっている。

ウンスは今にも部屋から駆け出しそうなイ・ソンゲの顔をじっと見つめて考える。
そして無言のまま、イ・ヤチュンの卓に歩み寄ると、その上にあった紙をちぎって、
横にあった筆を取る。
後ろでイ・ソンゲが見ているのだ、迂闊なことは書けない。
もう待てません、とイ・ソンゲが言ったその時、ウンスはイ・ソンゲに駆け寄って、
その両手を取った。
イ・ソンゲの目を覗きこむ。

「わたし、あなたの命を助けたわね」

はい、とイ・ソンゲがうなずく。このご恩は一生、と言いかけるのを遮って話す。

「一つだけ、わたしの頼みを聞いてほしいの。
約束して、あなたの命にかけて、わたしの頼みを果たすと」

イ・ソンゲの若々しい顔が、急に引き締まり、不思議に老成した顔に変わる。
ウンスは、イ・ソンゲの手に、それを乗せた。




続けて21もアップします。
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by kkkaaat | 2013-12-14 00:18 | 颶風【シンイ二次】 | Comments(8)

【シンイ二次】颶風19

※先に18をアップしています。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

これはいったい、どういうことなのだろう?

ウンスは、馬に引かれた輿の中で、向かい合った男の顔を、まじまじと眺めながら、
もう昨晩から百度も考えたことを、また考え直していた。
目が会うと、徳興君はなんとも嬉しそうに微笑む。
新しい使い道のわからぬ玩具を手に入れて、これからどうやって遊ぼうか、
矯めすつがめす手の中でくるくると回す子どものような顔だ。

「ずいぶんと嬉しそうね」

ウンスがそう言うと、徳興君は身体を前に乗り出した。

「嬉しくないわけがありませぬ。
これからの道行をそなたとご一緒できるのですからな」

わたしは別のところに行きたいの、とウンスが言うと、徳興君はますます嬉しそうに
にやついて、お望みの場所にお送りいたしますよ、昨日もお話しましたとおり、
まずは和州に参ってからですが、とウンスに言い聞かせるように言った。
躍り上がりそうになるのをひた隠して、ウンスは徳興君を睨みつける。
徳興君はウンスの目つきなど気にも止めずに、続ける。

「それにしても、つくづく天穴というのは、摩訶不思議なものですな。
私が高麗を去ってより、あなたには時がたっていないとは。
確かにあの時と、あなたは変わらぬように見受けられる。
天界に戻ろうとして、天穴を抜けると、私のもとにつながるとは、
元許嫁殿と私は、よくよく縁があるのでしょう」


前の晩、暗い丘を、兵士二人に両脇を取り押さえられ、
ウンスは徳興君の泊まっている宿まで連れてこられた。
あまりにも大きな疲れがウンスの肩を押さえこんでいたのが幸いした。
そうでなければウンスは徳興君に飛びかかるか、悪口雑言を吐いて、
口を縫われるまで黙らなかったろう。
腕をつかまれたままのウンスに、徳興君が尋ねる。

「天界にお戻りになったのではなかったのですか? 
まさかチェ・ヨンのもとに残られたのか。
あのような野蛮な男のもとに」

徳興君の口から溢れた言葉が、ウンスの動きを止めた。
こいつはまだ、双城総管府であの人と会う前の徳興君だ、
でなければ、こんなふうに言うわけがない、とウンスの目が輝く。
ねえこの人たちにわたしは逃げたりしないから離してと言って、と頼んだが、
徳興君は意外なことに、それを許さなかった。

「あなたは、私の知っているあらゆる女人と違うからな、逃げられてはつまらぬ」

徳興君はそう言って、ウンスの顎を指でくいと持ち上げて、目を覗いた。
ウンスは、そのときようやく、徳興君が以前とは違う風貌であるのに気づいた。
少し落ち窪んだ目、灯心の明かりではよくわからないが、黒ずんだ肌色。
妙に輝いているが、瞳孔の開いたような黒い目。荒れた唇。
以前の無邪気で残酷な陽気さが息を潜め、ざらざらとした欲深さが際立っていた。


「あなたは本当に嫌な感じだわ。前よりもずうっと」

ウンスが呟くと、嬉しそうに笑う。
思わず立ち上がって殴りつけたい衝動を、拳を膝に押し付けて堪える。
憎しみを無駄遣いしてはならない、と自分に言い聞かせる。
非力な拳で殴るよりも、今はすべきことがあった。

「チェ・ヨンが嫁取りをなさったそうだが、ご存知か」

徳興君は、にやりと笑って、ウンスにそう告げる。
ああそう、と言った口調があまりにも冷たすぎたかもしれなかった。
ほう、と徳興君が声を上げる。
その意味がわからずに、ウンスは顔を背ける。

「私との婚礼に向かおうとしたときには、チェ・ヨンはあなたにずいぶんと
執心だと思うたのだがな」

人の心は変わるのよ、と投げやりに答えると、
そうですか、私の心は変わらぬが、と徳興君はひどく欝欝とした声でそう言った。
話をしていたくなくて、ウンスは輿の壁に背中をもたれさせて、目をつぶった。

昨晩は、宿で眠ることができたが、身体はまだ鉛のように重い。
部屋の戸で張番をする元兵にが、年号や日付を尋ねてみたが、
怪訝な顔をしてひと言も口をきくことはなかった。
飯を運んできた宿の人間も、逃げるように部屋を後にして、話そうとはしない。
目をつぶりながらウンスは、これからどうするか、思いをめぐらそうとしていた。

「その、チェ・ヨンに会いに行くのですよ、私は」

目をかっと見開いてしまいそうになって、
ウンスは必死に顔の表情を動かさぬよう、耐えた。
今、徳興君はなんと言ったのだろうか。
自然に見えるようゆっくりと目を細くあける。
話の内容に少しばかり興味を引かれたとでも言うように。

「あら、そうなの」

ウンスが目を開くと、徳興君は、ウンスの様子を舐めるようにじっと見ていた。
なんの用事で会うのかしら、あなた高麗のお尋ね者でしょ、
あいつに捕まえてもらいに行くの、とウンスがうそぶくと、
徳興君は、ははは、と顔を上に向けて笑った。

「チェ・ヨンのおかげで、私の値打ちはひどく…そう、ひどく下がってしまいましてね」

徳興君は先ほどの笑いが嘘のように、低く、恨みのこもった声で言った。

「最後の残りで、どうしても欲しいものを引換えて貰おうと思うているのですよ」

そう言ってから、徳興君は目を細めて呟いた。
あなたにも中々の価値がありそうですな、医仙殿、そう言うと徳興君は、
ウンスをまた、じいと見つめた。

「あなたには関係のないことだわ」

唸るようにウンスがそう言うと、徳興君は、何も言わずに輿の小窓から
外を眺めて、黙ってしまった。
ウンスは、今度は目をつぶらずに、外を眺めるふりをして、徳興君の様子をうかがう。

どうやらウンスは、徳興君が双城総管府に向かう途中に行き合わせたようなのだ。
確かに王は、徳興君は鴨緑江東域の元軍の拠点に行っていたはずなのだが、
と言っていた。そこらから双城総管府に向かう道筋に、天門はある。
元から戻る王が天門の変を見たように、きっと徳興君もそれを見たのだろう。

あの人を殺した男に、目指していた場所まで送ってもらうことになるとは。

ウンスは目を自分の手に落とした。
今、手に刀があれば、とふと思って、もう一度目を上げた。
徳興君は、ただひたすらに暗い目つきで、窓外を見るというよりは、
何か考えにふけっている。
その姿を見て、ウンスは微かに当惑する。

今この手に刀があって、わたしはこの男を刺せるのだろうか。
徳興君のしたことを思い返すと、急に手が震えだして、
ウンスは手首をぎゅうと握ってそれを隠した。

「殺せるわ」

頭の中で言ったつもりが、口の中に言葉がこぼれた。
徳興君が、目だけでウンスをちらと見た。
くぐもって、何を言ったかは、わからなかったようだ。



昼間は徳興君と同じ馬に引かれた輿に乗り、夜は逃げ出せぬよう見張りを付けられて、
それでも宿では寝台で眠ることができた。
身体は休まっていったが、ウンスの焦りは一日、一日と嫌がおうにも増していく。
何か武器になりそうなものを、と宿の部屋に入るたびに探すが、
そう思い定めてみると、本当に目的を果たせそうなものなど、
身の回りにはないのだ。

「あと一刻ほどで、双城総管府に到着いたします」

突然、輿の窓から随従に言われて、ウンスは思わず、うそ、と声を上げた。
徳興君が、ウンスの驚いた顔を見て、愉快そうに笑う。

「なぜ、教えてくれなかったの。明日には着くって」

ウンスが何度尋ねても、徳興君は、まだまだです、としか言わなかったのだ。

「なぜでしょう、ね」

徳興君は、昔のような快活さはなりを潜め、陰った顔をしていることが多かった。
ただ、ウンスが嫌な顔をしたり、驚いたりしたときのみ、こうして
いやな笑顔を浮かべてみせるのだ。

ウンスは黙って、膝の上で拳を握って耐える。
到着までの一刻の間に、むしろウンスの考えが一つのまとまりを見せ始めていた。
女の手で、護衛のついたこの男を殺すのは難しい、ならば、双城総管府で
チェ・ヨンを待ち、本人に言えばいいのだ。
これほど確実に命を守る方法はないだろう。
タイミングを間違えてはいけない、とウンスは必死に考える。
徳興君が、チェ・ヨンと会う前に、できる限り早く。
これであの人の命を守れる、そう思うと、ウンスは心を覆っていた重い鉛が
流れて溶けていくような気さえした。

城門の開く音がして、輿の車の立てる音が変わる。
徳興君を迎え入れる、双城総管府の武官達の声がした。
馬が足を止め、輿の揺れが止まる。
ウンスは小さな窓から外を見て、ここが双城総管府なのね、と目をきょろきょろとさせた。
扉が開き、無言のまま、徳興君が降り、ぱたりとそのまま扉が閉まる。
外で、徳興君が何か指示を与えているのが聞こえた。

「ちょっと、ちょっと!」

ウンスは腰を浮かして、自分も降りようと扉に手をかけた。
すると外側からするりと扉が開いて、徳興君が立っていた。

「医仙殿、さあ到着いたしました。どうぞこちらへ」

徳興君がウンスの手を取ろうとする。
絶対に触れたくないその手を見なかったことにして、ウンスは自分で輿から降りた。
さ、とうながされて、城兵の後についていく。
考える間もなく、奥へ奥へと案内される。

「ここは、なに」

ウンスは、薄暗い階段を前にして、思わず尋ねた。
誰もウンスの問いに答えない。客人として案内されているはずと思っていたのに、
薄暗い階段を降りると、そこは砦の地下に鉄格子が並んだ牢獄だった。
その入り口の脇で、徳興君が嬉しそうに待っている。

ウンスは後ずさるが、後ろに控えていた城兵に、腕をつかまれた。
もがく暇もなく、突き飛ばされるようにその中に押しこまれる。
がしゃり、と牢の扉が閉められる。

「なにをするの!」

ウンスはすうと血の気が引くのを感じた。
何が起こっているのか、慌てて、格子をつかんで揺さぶる。

「医仙殿、私は半年ほど前に、ある話を耳にいたしました。
高麗にとどろく大護軍チェ・ヨンが嫁取りをしたが、その嫁は五年前に、
私が高麗にいたときの許嫁と瓜二つであると」

私もまだ、少しは高麗の朝廷につてがあるのですよ、と徳興君は言う。
それにあなたは、私が二度ほど毒を盛ったときでさえ、
そんな目で私を見たことはなかったのですよ医仙殿、
何かを企むときにそのような怖い顔をなさってはいけません、
そう言って徳興君はひどく落ち着きのない甲高い笑い声を上げた。
それから目を爛々と輝かせて、鉄格子を握って徳興君を睨みつけるウンスに
顔を近寄せて、深く響く声で言った。

「あなたはご存知なのだ」

どういう手立てかはわからぬが、前に私がチェ・ヨンを殺そうとしたときと同じように、
あなたはこれから私がしようとしていることを、知っておられるのですね、
あの紙は燃やしてしまったのに、と徳興君は、薄気味悪いにやつきを頬にはりつけて言う。

「お願い、やめて」

ウンスの気丈さが、崩れ去った。
鉄格子にすがりつくようにして、徳興君の前で平静を装っていた顔が
みるみるうちにくしゃくしゃになる。

「あの人に、手を出さないで」

涙を流しながら、ウンスは歯を食いしばって徳興君を睨みつけた。
そのような顔をすると、美しい顔が台無しですぞ、と徳興君がからかうように言う。
どうしたらいいの、どうしたら、ウンスは格子に額を打ち付けるように悶えた。

「何をなさっているのですか」

そのとき、階段を降りてくる足音がして、誰何する声に、
ウンスと徳興君は同時に顔を上げた。



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by kkkaaat | 2013-12-13 01:09 | 颶風【シンイ二次】 | Comments(13)

【シンイ二次】颶風18



何度目になるのだろうか、天穴の中を抜ける感覚はいつも微妙に違う気がした。
天穴自体が違うのか、それとも、通る自分が違うのか、定かにはわからない。
ただ強く、想う。
その先にあってほしいものを。
あらねばならないものを。
願うのではなく、乞うのでもなく、想うのだ。

ウンスは、粘り気のある風の中を手で掻くように、進んだ。
このように、押し戻されるような感覚を感じたことは今まで一度もなかった。
息が、詰まりそうになる。
ふと、前から吹いていた風が、急に弱まり、後ろからびゅうと吹き付けた。
背中を強く押し出されるようにして、ウンスはつんのめり、
その途端に足元が固まった。

今の今まで何も見えていなかった視界に、出し抜けに地面と岩と夜空が現れる。
強い風がウンスの髪を、その夜空へと巻き上げた。
その暗さに目がまだ慣れず、辺りをよく見ることもできなかったが、
それでもそこが、先ほど飛びこんだ天門と同じ場所であるということはわかった。
少なくとも、江南ではない、とほっと息をつく。

「ふう、寒い」

夜の冷えこみに、腕を身体に回す。
それでも、飛びこんだ時よりも夜が暖かい気がして、わずかに期待する。
暖かいならば、飛びこんだ日付よりも、早い時期の可能性が少しだけ高い。
翌年のその時期か、百年前のその時期かもわからないが。
身体に腕を回したまま、二、三歩踏み出して、立ち止まる。

「さてと」

意味もなく、口にして、何も思いつかぬ頭に、呆然と暗闇を眺めた。

「これからどうするかよ、ウンス。
このまま双城総管府に向かってがむしゃらに歩き出す、とりあえずの選択肢ね。
でも何の旅支度もないわ。じゃあどうするの。あの飯屋にとりあえず行ってみる?
時代によっては、駐屯の兵舎があるわ。
まず、いつに来たのか、それだけは知らなきゃいけない。そうでしょ」

回らない頭を動かすために、ぶつぶつと口に出して考えてみる。
身体の痛みと、指先まで溜まった疲労が、頭を鈍らせている。
ああ、もう、とぎゅっと目をつぶる。
考えようとするのに、ウンスの頭はすぐに一つのことに戻ってしまう。
そのことが頭に浮かぶと、すぐに目に涙が滲んだ。
たった今、あの人は生きているのだろうか。

「泣いている場合じゃないでしょう、ユ・ウンス」

潤みかけた目をごしごしとこすって、両手で頬をぱんぱんと叩く。
それから、はっと気づいて振り返って、安堵の息を吐く。
天穴は消えず、光と風をともなって回っている。
ウンスはふと、眉をしかめた。

「気のせいかしら」

微かに首を傾げる。いや、気のせいではないようだった。
天穴のその光は、入ったときよりも、以前見たときよりも随分と弱々しい。
ウンスはあっ、と小さな声を上げて口を手で押さえた。
最初に高麗に来て治療を終えて、チェ・ヨンが天穴まで送り届けてくれたときに、
消える前の天穴の様子が、これに似ていた。
それよりはまだ、わずかに勢いがあるようだったが。

「急いだほうが、いいということね」

そう呟いたその時だった。
丘の下から、人の声がした。
暗がりに、松明の赤い火が二本ほど揺れながら、上がってくる。
ウンスは咄嗟に身を隠そうと思ったが、火明かりの方から、
あそこに人が、とこちらに気づいた声がした。

「あの青き光はなんでしょうか」
「おお、確かに、天門が開いております!」

がやがやと数人が近づいてくるようだった。
天門という言葉を聞いて、ウンスは逃げるのをやめた。
不思議な光に導かれて近づいた旅人でも、天女の振りでも、
必要なら何でもしてみせようと決めて、人を待つ。

ウンスの姿を見とがめた兵が二人、鎧をかちゃかちゃと鳴らしながら、
駆け上がってきた。一人は松明を持っている。
鎧を見て、ふう、と嫌なため息が出た。
元軍の鎧であった。

「それじゃあまだ、ここは高麗の領土じゃないってこと」

ひどくがっかりして、足から力が抜けて倒れこみそうになる。
また百年前に来てしまったのだろうか。
でも、悪くはないわ、だって過去にこれたんだから、と自分に言い聞かせる。
自分とチェ・ヨンを開京に戻らせた、フィルムケースに入った過去からの手紙を、
ウンスは思い浮かべた。過去ならば、打つ手はある。
ウンスは必死に足を踏ん張るよう、自分を叱咤する。

「女、ここで何をしておる!」

兵がすらりと剣を抜き、ウンスに向けて、警戒の色もあらわに睨みつけた。
松明を持った兵の方は、怪訝な顔をして、照らすために火をウンスに近づけた。
ウンスの姿が、炎に浮かび上がる。

「正体のわからぬ妖しきもの。しばしこちらでお待ちください」

と、とどめる声に、いやあれは魍魎のたぐいではなく、珍しき天仙じゃ、
と低く答える声がした。
ウンスは思いもよらない言葉に息を飲んで、暗がりを見つめる。
手前の火が明るすぎて、その奥にいる人物の顔は見えない。
兵の後ろのひと塊になっている人影が、近づいてくる。

「これは、これは、お懐かしい顔だ。
こんなところでお会いするとは、あなたには驚かされる、医仙殿」

松明の光の輪の中に入ってきた男の顔を、ウンスは目を見開いて見つめた。
心の内を表に決して出さない相手の男も、さすがに驚きを隠せずにいる。
ウンスに牙があったら、直ちにその喉を噛み破っていただろう。
ここは元の領土なんかじゃない。
今は百年前なんかじゃない。

「徳興君」

ようやく一言、その名前だけが、ウンスの口からこぼれた。



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by kkkaaat | 2013-12-12 23:45 | 颶風【シンイ二次】 | Comments(8)

二次小説。いまのところシンイとか。
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