筆記



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【シンイ二次】金銀花5



瞼を通しても痛いような朝の光で目が覚める。
薄目を開けて、手でそれを遮ると、声がした。
横ではすでに身支度をすませかけたチェ・ヨンが立っていた。

「目が覚めましたか」

ウンスはあまりに光が目にしみて、大きく目を開くことができないでいた。

「わたしどうしたのかしら、祝宴に出てたのは覚えてるんだけど…」

典医寺近くに用意していただいた、あなたと俺の部屋です、
とチェ・ヨンは当然のことのように言った。
一通りことが落ち着くまでは、皇宮にいらしていただきたいのです、と短く説明したが、
行き場のないウンスには是非もなかったので、ただ一度こくりとうなずいた。

「最悪だわ、なんにも覚えてない。わたしおかしなことしなかった?」

ウンスが尋ねると、チェ・ヨンが、長外套をはおりながら吟じてみせる。

「阿誰扶馬上、不省下楼時」
(誰が馬に乗せてくれたのか、どうやって建物から出たのかもわからない)

それはなんなの、とウンスが問うと、李白です、とひどく真面目な顔でそう言って、
チェ・ヨンはつかつかとウンスの傍らに歩み寄る。
李白ならわたしだって名前は知ってるけど、知りたいのは意味の方、と思いながら
ウンスは起き上がろうとして、つっ、と額を押さえた。
正真正銘の二日酔いだ。

チェ・ヨンは寝台の横にしゃがむと、ウンスと目を合わせる。
誰かに水と薬を持ってこさせます、と言うと、額を押さえた手の甲に軽く指で触れた。
その指がためらうように止まる。

「明日より平壌に参ることになりそうです」

明日、とウンスは言って、その一言にこめられたとがめるような調子を後悔する。

「どのくらいになるの?」

頭痛をこらえてなんとか身体をうつぶせにする。
寝台の上で頬杖をついて、ウンスは尋ねる。
身体の前で長い指を組み、しゃがんだままでチェ・ヨンが言った。

「行きに三日、帰りに三日。あとは平壌での用件次第です。十日ばかりかと」

王の護衛をしてまいります、と言いながら立ち上がり、
これからその算段です、今日は早く戻りたいが、と口篭る。

「わかったわ、待ってます」

小さく敬礼をすると、チェ・ヨンは黙ってしばらくウンスを見つめていた。
それから、つぶやくように、今一度隊長と呼んでください、前のように、と言った。

「待ってます、テジャン」

ウンスが微笑みながらそう言うと、チェ・ヨンは、ふ、と微かな笑いを浮かべ、
ウンスの唇を手の甲でなぞると、振り切るように、では、と言いながら剣を腰にさし、
部屋を出て行った。
大股の足音が、遠ざかっていく。

チェ・ヨンの仕草に息を飲んでいたウンスは、はあ、と息を吐いた。
それからごろんと転がって天井を仰いで、いたた、とまた頭を押さえる。
うっすらと吐き気もすることに気づいた。

「はあ、自業自得よ、ウンス」

ウンスはそう独り言を言って、ため息をついてから目をつぶった。





煎じた薬を飲んでしばらくすると、頭痛はほとんどなくなった。
やることがなくなって、自然と足は典医寺へと向かう。
高麗に連れてこられての一年近く、ウンスは多くの時間をここで過ごしたのだ。

門をくぐると、ウンスのことを聞かされていたのであろう、医員たちは不審がらず、
すい、と頭を下げて深くお辞お儀をする。
少しだけ笑みを浮かべてぺこりと挨拶をして、ウンスは遠慮がちに歩き出した。

診療のための寝台が並んだ部屋では、入口に背を向けて、
髪を胡風に結った若い典医らしき男が何かの道具を並べていた。
査閲のための部屋では、今もいくつもの容器が並んでいる。
白い衣で身体を覆った女官が、器の蓋を狭く開けては何かを注いでいる。
ウンスは自分でもわからぬ何かを探すように、一つずつ部屋を覗いていった。

懐かしいこの皇宮で、もっとも懐かしいとも思えるこの場所で、
知った顔は誰ひとりいない。

その事実が、ウンスに、最後に典医寺で見た光景を思い出させた。
手が冷たくなる。震えそうになる身体を抑えて、息を深く吸い、吐いた。
大丈夫、わたしは生きている。

最後に、ウンスは典医寺の奥にある、よく手入れされた薬草院に脚を踏み入れる。
中庭では摘み取った薬草や果実が乾かすために広げられている。

「あの」

ウンスは、連翹(レンギョウ)の花を干している、優しそうな目の年嵩の
藁茶の衣の医員に声をかける。

「トギさんは、いらっしゃいますか」

男は顔をあげて、ウンスに気づくと、医仙様でございますか、失礼いたしました
と深く頭を下げて立ち上がった。

「なんでございましょうか」
「あの、トギさんを探しているんです」

はあ、トギ殿ですか、と男が答えたので、ウンスはほっと息をつく。
けれど戻ってきた答えは期待したものとは違った。

「トギ殿は、二年ほど前になりますか、皇宮を下がられました。
ずいぶんとお引き止めがあったようなのですが…」

なぜ、と問いが口から出かけて、答えはわかっているような気がして、やめた。
どちらへ、と問いを変えると男は、よく存じ上げませんがご自分の薬草畑を
お持ちであると聞いておりました、そちらへ隠遁なさったのではないでしょうか、
と丁寧に答えた。

「ほかに御用があれば、お申し付けを」

男はウンスが黙ってしまうと、ゆったりとした口調でそう言った。
今度こそ本当に、やることがなくなってしまったウンスは、ふと思いついて男に頼んだ。



衛士や医員たちが居住まいを正す仕草に気づいて、ウンスは顔を上げた。
薬草院の門をくぐって、魯国公主とチェ尚宮、その後ろに武女子が二人付き従って
入ってくるところだった。

「王妃さま」

籠を足元に下ろして、急いでお辞儀をする。
それから顔を上げて、ウンスが親しげに小さく手を振ると、
王妃はなんとも嬉しそうに控えめな笑みを顔に浮かべた。

「何をしておいでですか」

ゆっくりと歩み寄ってウンスの前に立ち、籠に目をやると王妃は尋ねた。
ウンスは籠を持ち上げて、中に入った花を摘んで手に乗せる。

「薬になる花を摘んでいるんです」

これです、と支えの冊に絡んで咲いている花を指差す。
すいかずらと言って、熱を下げる薬になるんです、と説明する。

「それから煮出したものでうがいをすれば歯茎の腫れにもききますし、
お風呂に入れれば、美容にもばっちり」

これで入浴剤を作って売ろうかと思うんですよ、今度王妃様にもさしあげますね、
とウンスは摘んだ花の匂いを嗅ぎながら言った。

花がふたいろあるようだけれど、と王妃は気づいて不思議そうにウンスに尋ねた。
絡まり合って茂るつるに、薄い黄色と、乳白色の花がついている。

「一つの枝に、二つの色の花が咲くんです。だからすいかずらは、金銀花とも言うんです」

この一年、過去の世界で学んだ漢方の知識を、ウンスは少しばかり得意げに語る。
うなずきながら聞いていた王妃が、ふふ、と笑みをもらした。

「まるで今の高麗をあらわしたような花ですね」

と言うと? とウンスは、王妃に尋ねた。
王妃はその白く細い指で、黄色の花を指差して、それからおもむろに白い花を指差す。

「金はチョナ、そしてこちらの銀はチェ・ヨン」

一つの幹に二つの花が咲いて、成り立っております、と王妃は言って、
すいかずらをじっと見つめる。
それから目を上げて、ウンスと目を合わせた。

「明日、王と大護軍は平壌へとご出立なされます」

お戻りになったばかりで心苦しいのですが、こたびのことにはテホグンが必要なのです、
と王妃はウンスの目を見たまま続けた。
できるだけ早くお戻りになるとチョナも言っておられました、
と王妃はすまなそうに目を伏せる。

ウンスは明るい声で、この花はですね、と王妃に話しかける。
王妃は、ウンスの声の励ますような響きに顔を上げた。

「とてもよく働いてくれる、素晴らしい花なんですよ。
役に立ちます」

そう言いながらウンスは右手に黄色、左手に白の花をつまむと、
顔の前に掲げて、指先でその二つをくるくると回した。
ウンスのそのしぐさが可愛らしくて、王妃はようやく、ふうわりと笑った。



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by kkkaaat | 2013-10-31 20:44 | 金銀花【シンイ二次】 | Comments(10)

10月31日 変な記事について&コメント遅れます

こんにちは、管理人不在のおりにも読みに来てくださり、
またコメントいただいたりしまして、本当にありがたく思っています。

PCを借りてストック分をアップしようとしたところ、文字化けしてしまい、
すぐに削除したのですが、入力間違いをしたタイトルだけがブログ村に
残っているようで、おかしなことになっていますが、空記事ですので、
無視お願いいたします。
(【】、という記事です)

先日無事に日本語環境のPCが使えるようになりましたので、
今日あとで、また一話分アップできる予定です。

書いていただいたコメントですが、一つ一つ大事に読ませていただいています。
疲れた身体にしみじみと嬉しく、にやにやしたり、ジーンとしたり、楽しくなったり
しながら読んでいます。
ただやはり時間がなく、コメントは帰宅してから落ち着いてさせていただきます。

お返事できなくて、本当にすみません。
それではまた後ほど。

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by kkkaaat | 2013-10-31 20:01 | 雑記 | Comments(3)

【シンイ二次】金銀花4

「チョナ、これ、全部食べていいのですか」

ウンスは手で口を押さえると、宴席に並んだ食事を見回して目が泳ぐ。
以前皇宮や于達赤隊(ウダルチ)の兵舎にいたころは、
粥に大根、韮を酒粕に漬けたものに魚や海老を煮炊きしたものがつけば御の字で、
この一年は、それでさえも懐かしいと思い出す食事を口にしてきた。

奇轍(キ・チョル)の屋敷で出た肉を夢で見て、はっと目を覚ますことさえあって、
我ながら意地汚いと呆れることもあった。

目の前にあるのは、普段は出ない茹でた麺に、柔らかく似た牛肉を乗せたもの、
この季節だというのに新鮮な野菜の入った九節板、
湯気のたっているスープには多分高麗に来てから一度も口にしていない、
鶏の大きな肉が入っている。

顔を近づけると枸杞や棗の甘い匂いがして、ウンスはよだれが
口の中に湧いてくるのを感じた。
つみあげられた餅果にはふんだんに蜜が混ぜられて艶々と光り、
いくつかには色もつけられている。

もし足りなければ、もっと持ってこさせるので、いくらでも、
と王が言うと、ウンスは、戻れてから今が一番幸せ! と上を仰いで手を胸にあてた。
チェ・ヨンが半笑いで、ウンスの肩に手を置く。

「言っておきますが、俺をねぎらう祝宴です」
「わかってるわよ、でも食べ物は誰が食べたってかまわないんでしょ。
ああっ、お酒! ねえ、それ二つ、こっちに置いて」

酒器を運ぶ女官の盆から、二つ取ると、わたしの席はどこ? 
と内官に訪ねて自分で運んでいく。
チェ・ヨンは後ろで、肩を揺らして笑っている。

「久しぶりに、そちのそのような顔を見るな。
まあ、顔を見ること自体が久しぶりなわけだが」

席についた王が、チェ・ヨンに言うと、一年はかかりませんでした、
と言って王の横に用意された自分の座についた。
その横でウンスは早く飲みたくて、そわそわとあたりを見回している。
鴨緑江のことはまた後ほど、とチェ・ヨンが言うと、
王は後で聞こう、平壌のことも宴の後でよい、今はまずと言って盃を掲げた。



祝宴はチェ・ヨンに親しいものが多く、略式ではじまり、堅苦しさはかけらもなかった。

「ちゃんとお酒を飲むのは、一年ぶりなのよ、ああ、嬉しい!」

そう言いながら、ウンスの盃はかなり早さで空けられていく。
もっと大きな器はないの? と女官に尋ねて困った顔をされたりもしていた。
たいがいになされませ、とチェ・ヨンが時折酒器を取り上げようとするが、
ウンスはしっかりと握って放そうとしない。

「なによお、ひっく、自分はさっきから水みたいに飲んでるくせに」

ウンスに言われて、チェ・ヨンは動きを止めて自分の手に持っている杯を見た。
チェ・ヨンの卓には一人だけ、特別に大きな酒杯が置いてあり、
酒壺から直接そこに注がせては、浴びるように飲んでいる。
それも飲むのは焼酎だけで、葡萄酒は受け付けない。

もう二升ほどもあけたというのに顔色一つ変わらず、ただわずかに目の奥が
座ったような気がする程度であった。

「この馬鹿者は、大酒をくらいますよ」

チェ尚宮が、冷たい目でチェ・ヨンを見下ろしながら、ぼそりと言った。
叔母上、とチェ・ヨンが止めようとしたが、ふんと鼻をならして無視される。

「大の焼酎好きで、若い頃、焼酎のしもべ殿、とあだ名がついたほどです」

今は滅多なことで飲まなくなりましたが、とチェ尚宮は言って、
じろりとチェ・ヨンの大きな酒杯を睨む。
チェ・ヨンの一段下に座を持ったアン・ジェが助け舟を出す。

「今宵は特別の祝いの席、テホグンも酒を飲みたい気分でございましょう。
しかしながら、この男、飲んでも飲んでも、つくづく酔ったか酔わぬかわからない。
とにかくめっぽう酒に強いことはたしかです」

酒がもったないわ、とチェ尚宮が呆れたように言うと、
チェ・ヨンは顔を背けてもう一杯ぐいと飲み干した。
そこで、しばらく王妃と耳打ちしあっていた王が、ふむ、とうなずいて
チェ・ヨンに顔を向けた。

「チェ・ヨン、それでだな、医仙との婚儀はどのような日取りとなりそうか」

チェ・ヨンは意表をつかれたのか一瞬黙ったが、杯を置き、頭を下げて、
それは追々…と口を開きかけたその時。 

「婚儀? 婚儀って結婚? ひっく、結婚? チョナ、結婚ですか?
やあだ、そんなはなしはまだ、もうぜんぜん、まだまだ。ねえ?」

酒が回っているのか、ウンスの口調はいつもにましてざっくばらんで、しきりに照れている。
呂律も少々怪しくなっているウンスの言葉に驚いて、王は目を丸くする。
突然横でしゃべりだしたウンスとその言葉の内容に、チェ・ヨンも驚いて顔を向ける。

「医仙とテホグンは言い交わしあっていると聞いていたが…」

これまでに胃袋に流しこまれた大量の酒が、ウンスの舌を必要以上に滑らかにしていた。

「まあ、なんていうんですか、なんとなくそうなるでしょう的な? 
そういうのは、ま、あります、はい、それは認めます。ユ・ウンス、認めます」

けどなんと言っても、とウンスは人差し指を立てて、左右に振りながら言う。

「まだね、プロポーズも、ひっく、されていないんですよ」
「プ、プロ…?」

聞きあぐねて王が身体を乗り出す。

「それはいったいどのようなものなのか」

王が不思議そうに尋ねる横で、チェ・ヨンが袖を引っ張ってやめさせようとするが、
ウンスは何度でもチェ・ヨンの手を蠅でも叩くように叩き落として、いっこうに黙らない。

「あ? チョナはご存知ない? まだ高麗にはない? ないですか。
ああ、プロポーズというのはですね、こちらで言いますと、婚書かしら。
大抵は男が女に、うっとりするようなことを言いまして、それから結婚してくれ、
って頼むんです。ひざまずくもよし、指輪を贈るもよし」

ウンスがまくし立てる内容に、王だけでなく、周囲の臣下たちも
耳を傾けはじめ、はあ、と聞き入り一同感心する。

「この時代だって、みんなしてたと思うのよね。
だって小説でも歴史ドラマでもたいていね、ひっく、そういう場面があるでしょう?」

ウンスは失礼にもいきなり王妃を指差して、
ね、王妃様、結婚前に王様からプロポーズされたでしょう、断言した。
チェ・ヨンは何を馬鹿な、という顔をしてウンスを薄笑いで見た。

「そのようなこと…」

戸惑って首を振りかけて、王妃は、あ、と小さく声を上げて、頬を押さえた。
いっせいに皆が魯国公主に注目する。
もちろん、チェ・ヨンもまた驚きを隠せない顔で振り向いた。

「あ、あの、元におりましたとき…それではあれがその、医仙のおっしゃる、プ、プロ」
「プロポーズ、と言うんです」

ウンスが口を大きく開けて言い直す。ね、言われてたでしょ、とウンスが得意げに言うと、
王妃は頬を染めながら、黙ってうつむいてしまった。
まあ、あれが、まあ、と少し動揺したようなつぶやく王妃の横で、
口元に浮かぶ笑みをかみ殺せず、王は照れたように咳払いをした。





「どういうことです」

ウンスは典医寺の近くに与えられた部屋へと歩いていた。
正しくは、酔いが回ってまっすぐに歩くことができず、
チェ・ヨンに腕を持って引きずられているといったほうが正しかった。
支えてもらわなければ、倒れてしまいそうなのに、チェ・ヨンは急に立ち止まり、
少しばかり乱暴にウンスを壁にもたれさせると、ウンスの顔の脇に手をついて覗きこむ。
妙に目が座っているのは、やはりさっき飲んだ酒のせいだろうか。

「なにが?」

ウンスは壁にもたれてなんとか立っていた。
壁の冷たい感触が心地よく、顔を横に向けて頬を押し付けようとすると、
チェ・ヨンの手が伸びて、ぐいと顎をつかまれて正面に戻される。
  
「婚儀に…ついてです」

ウンスが、は、と首をかしげると、チェ・ヨンは怒り含みの低い声で言った。

「俺はあなたと言い交わしていると、そう思ってきました。違うのですか」

うーん、とウンスが考えこむ。
首を何度も、右に倒したり、左に倒したり、腕を組んで目をつぶって考えこむうちに、
立ったまま眠りそうになって、よろめいて、チェ・ヨンに壁へと押し戻された。

「あれは、告白ってやつじゃあないかしら。
わたしが言ってるのはプロポーズ…わかる? プ、ロ、ポー、ズ」

言ってごらんなさいよ、とウンスがからかうように言ったが、
チェ・ヨンはそれが聞こえぬように、ただウンスに目を据えている。
それから、天界のやり方など俺は知りませぬ、と強い口調で言った。
すると、ウンスが酔って力の入らぬ拳で、チェ・ヨンの肩を一つドンと叩く。
それからつっかかるように言った。

「ウエディングはねえ、女一生の夢なのよ」

そんなふうに言い返されると思っていなかったのか、チェ・ヨンは一瞬顔を引いた。
それからゆっくりと壁から手を離すと一歩下がった。
ウンスは回らない舌で、続ける。

「わたしだってねえ、こんなふうにプロポーズされたいわ、とか
こんなレストランで友達を集めてパーティー形式でやりたいわ、とか
人並みに夢はあったんですよ。ねえ、聞いてるの! テホグンチェ・ヨン!」

言い返す言葉を思いつかず、チェ・ヨンは息を吸ったまま、口を半開きにして、
何を言おうか迷っていた。
一度息を吐き、もう一度吸って言い返そうとしたその時。
ウンスが背中を壁につけたまま、ずるずると腰を下ろしてしまった。
行きどころがなくなった言葉を飲みこんで、チェ・ヨンは大きくため息をついた。
それから壁にもたれて寝息を立て始めたウンスの前にしゃがみこみ、
二度ほどその赤っぽい前髪に指で触れると、ひとりごちる。

「まったく、困った人だ…」

そうつぶやいてから、膝と背中に手を入れると、軽々と抱き上げた。
暗い回廊を、さっきまでウンスに迫った荒っぽさが嘘のように、大事そうに抱えて歩いていく。
そのまま部屋まで運んで、寝台の上にウンスをそっと横たえた。
顔にかかった髪を指でなぞり、耳の脇に落としてやる。
暗い部屋の中で、チェ・ヨンは引き寄せられるように、ウンスの顔に自分の顔を近づけようとした。

そのとき。

目をつぶったままウンスが、ぽつりとつぶやいた。

「ドレス姿だって見せたかったの…」

ドレスが何なのかわからなかったが、チェ・ヨンにも言っていることはわかった。

「オモニ…」

酔ったウンスの目尻がぽつんと膨らんで、ひとすじ頬に線が走る。
チェ・ヨンは動きも息も止めてじっとしていたが、そっと身体を起こした。
ウンスの頬を指で拭う。

それから、しばらく暗がりの中でじっと立ってウンスを見下ろしていたが、
椅子を二つ並べると、そこに座って目を閉じた。




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by kkkaaat | 2013-10-29 20:46 | 金銀花【シンイ二次】 | Comments(16)

10月26日 お知らせ

いつも当ブログの話を読んでいただき、本当に本当にありがとうございます。

今、ちょっと当初思っていたよりも、書きたい気持ちが盛り上がっていて、
書いていてとても楽しく、それをまた、シンイ大好きな方々に読んでいただけるのが
これまた嬉しくて。

オーバーペースにならぬよう、自制しながら引き続き書いていこうと思います。

本題です。

10月27日~11月3日まで自宅不在のため、
コメントのお返しができないかもしれません。
更新頻度も下がります。
出先でPC環境が整うようなら、更新、コメントのお返事もしたいと思います。


閑話休題。

突然ですが、いま放送のアジドラで再視聴中ですが、昨日18話。
初見時、王と王妃が可愛すぎて死ぬかと思ったシーンでした。

王様が顔を隠していた布を出してきて、

「だがすでに、原則をやぶった…。
元の女子になど死んでも心は許さぬと固く誓ったのに…守れなかった」

「あらがえなかったのだ!」
↑ これね! このセリフね!もう強制的にときめかされます。

「すでに心に住みつき追い出せぬゆえ、冷たくつきはなしたのだ」

このシーンで、このセリフのあたりから、王妃が、

もしかして、いまチョナったらわたくしのことずーーーと好きだったって、告白なさってる? 
どうしよう~、すごく嬉しいけどどうしよう~、と
わずかに嬉しいような、本当に微妙な顔をしますよね。

余は弱い男だ。もう二度と原則を破らぬよう、そばにいてくれ」

ちなみに太字が自分のツボです。

そのあと、王妃が恥ずかしくて顔を上げられない…、
あ、でもこのままじゃ否定してるみたいに思われる? 
とちらっと視線を上げるんだけど、やっぱり見れない~、
ってまたうつむいちゃって、どきどきして涙が出て、
それを王が指の背で拭うまでの一連のシーン、大好きなシーンの一つです。

その後、廊下ですれ違ったときの、王の表情がまた!
口元がにやにやしてて、きみたち昨晩いたしましたね…、漏れてますよ…、っていう。

すみません、興奮冷めやらず、語ってしまいました。
ちょうど今書いている話に、王と王妃の出番が多いので、高まってます。

18話は、この後テジャンがウンスの特訓という名目でウンスの身体に触れて
ちょっと二人が照れるという完全少女漫画なシーンも見逃せませんが、
長すぎるのでこのへんで。




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by kkkaaat | 2013-10-26 22:38 | お知らせ | Comments(10)

【シンイ二次】金銀花3



開京南大門をくぐる。


チェ・ヨンは隣りを馬で歩むウンスから視線を戻し、まっすぐに城まで続く
道の先に目をやった。

ここで。五年前には、王の輿を先導していた。

ひと気のない城の前庭、ここは本当に王城なのかと目を疑う。
出立前にはもっと活気があったはずなのに別の場所のようだ。
ただ頭を下げる数人の衛士。
待ち受ける臣下の姿はなく、ことほぎを示す飾り一つなく。

今歩んでいるこの通りも、察するに奇轍(キ・チョル)が人払いをしたのだろう、
閑散として、人ひとり歩いてはいなかった。

色のつかぬ墨絵のような記憶が、目の前の光景と重なり、チェ・ヨンは目を細める。

そこから五年を経て。

通りには、大護軍チェ・ヨンの凱旋を見ようと、
どこからか聞きつけた人々が鈴なりになっていた。
国境付近で離れた場所のこととはいえ、戦は戦。
物と人の徴用は、民の生活を確実に圧迫し、不満の声も聞かれるが。
今日この日は、その耳障りな声も聞こえず、ただ英雄の帰還を
祭りのように喜ぶ顔だけが並んでいた。

屋根の上に手裏房(スリバン)のジフとシウルの姿が見えて、
チェ・ヨンは気づいているぞと、ちらと視線をやる。
都を離れている間にも、この二人とは何度か会う機会があった。
開京に流れる空気、噂、紅巾の賊の動き、頼んだことはどのような
手をつかってか、確実にチェ・ヨンに届ける。
それ相応の礼金が必要なのと、今でもしつこくヨンに稽古を
つけてもらいたがる以外は、本当に役に立つ手裏房に成長している。
屋根伝いに飛ぶようについてくるのが見えて、チェ・ヨンの口元に
それとわからぬほどの笑みが浮かんだ。

兵に一人女が混じっているのが珍しく、またその女がたいそう美しいもので、
見物人たちは、あれは誰であろうと指差し、尋ね合っている。
また余計なことに、ウンスが馬上からたまに手を振ったりするものだから、
余計に目立つのだ。
チェ・ヨンは小さく舌打ちし、馬の手綱を引き、ウンスの横にまで馬を下げる。

「手などふらないでください」

そう言ってもウンスは、意に介さない。

「だってみんな喜んでいるみたいよ、あなたの名前を呼んでるわ、
あなたって生きてるときから有名人だったのね」

そう言って腕を叩かれて、チェ・ヨンは、はあ、とため息をつく。
皆そうやって騒ぎたてたいだけです、俺でなくてもかまわぬのだから、と
説明して、もう一度ウンスに言った。

「とにかく、手をふるのはやめてください。見世物じゃあないんです」

そう言って、チェ・ヨンはまた馬を先頭へと戻した。


城門の前に到着すると、アン・ジェが、しばし、と言って馬を降り、門をくぐる。
そしてすぐに引き返してくると、中へ、とチェ・ヨンにうながした。
全員が馬を降り、手綱を控えていた禁軍の兵へと渡す。

何も言わず、ゆったりと歩を進めはじめたチェ・ヨンの背中に、
ウンスたちは急いで付き従った。

堅牢な石の城門をくぐると、正面に王城がそびえ立つ。
王にのみ許された山吹の瓦をその屋根に敷き詰め、
広々とした露台へと突き上げるように続く左右二つの石階段が、
その高さを強調する。

その威圧的な露台の中央に、小柄な一人の男の姿が見えた。

「テホグン、チェ・ヨン!」

高い声が、響く。
黒の正絹に金糸で四本爪の龍を縫いとった衣をまとう高麗の王その人が、
露台まで迎えに出ていたのだ。
御影の石の手すりに手をつき、身を乗り出すようにして、名前を呼ばわる。

すいと前に歩み出て、大護軍チェ・ヨンは膝をついた。

遠目にも、王の顔の喜色が読み取れた。
懐かしさに、ウンスは躍り上がるような心持ちになって、
大きくぶんぶんと手を振って、慌てたオ・ソクチェに止められた。

「御前でございますぞ」

いいじゃないの、わたし王様とは知り合いなの、と
ウンスが言うと、オ・ソクチェは浅い春の気候だというのに汗を浮かべていた。

「王みずからお迎えくださっております。
ご聖恩でございますから、どうか膝まづいてお受けくださいますよう」

いやいい、立ってこちらへ、と弾む声で王が言う。
大きく手を振り招いている。
後ろに王妃の姿も見えて、ウンスは小走りになり、
チェ・ヨンの背中にぶつかりそうになった。

「落ちついて。皆様お逃げになりませぬ」

いさめるチェ・ヨンの声も柔らかく、顔は微笑んでいた。
階段を上がる途中で、こらえきれずにチェ・ヨンを追い越して、
王妃の前にウンスは駆け出した。
夢中で、王に会釈も忘れて、王妃の手を取る。

ほとんど無視されたような形になった王は苦笑いを浮かべていたが、
王妃の両手をとったウンスと、驚きながらも目を潤ませている王妃を
見守った。

「王妃様、お元気でしたか」

ウンスが、ぎゅうっと王妃の手を握る。

「はい」

しばらくの間、王妃は言葉が出ない。
やっとのことで口を開くと、
「医仙に教えられたとおりに、毎日を生きてまいりました」
と一筋嬉し涙を頬に伝わらせながら答えた。

「医仙もお元気でしたか?」

王妃の問いに、ウンスは元気です、とっても元気です、と嬉しそうに答えた。
ウンスも泣きそうになって、それでも口をぎゅっと締めてこらえていたが、
ようございました、と言う王妃の後ろに知った顔を見つけて、
とたんに顔がくしゃくしゃになる。

「コモニム!」

体当たりでもするように、控えている人群れの中に飛びこむと、
ウンスはチェ尚宮に抱きついた。

「コモニム、わたし、」

堰が壊れたように、ウンスの目から涙が溢れる。
まるで子どもが泣くように、声をあげて泣くのを、王も王妃も嬉しそうに見守っていた。
チェ尚宮は突然抱きつかれて、おお、と口を開けたまま固まっていたが、
戸惑った表情のまま、なんとかウンスの背中を撫でて落ち着かせようする。

「わたし、死ななかった、死ななかったの」

ちゃんと生きてたわ、そう言いながら、肩に顔を埋めるウンスに、
チェ尚宮はただ、よかった、よかった、と繰り返す。
目で甥を探すと、自分とウンスからは目をそらし、見たこともない顔で、
わずかに天をふり仰いでいる。

チェ尚宮は急に涙が膨れ上がるのに戸惑って、ウンスをしっかと抱きしめて
ただもう黙って、何度も背中をさすり続けた。
そのとても珍しい姿に、ドチもほかの内官まで、誘われて涙をぽろぽろとこぼし、
何度も袖で目をぬぐう。

しばらく泣くとようやくウンスは落ち着いて、ひどく恥ずかしそうに
チェ尚宮から身体を離した。

「ごめんなさい、子どもみたいに泣いちゃって。恥ずかしいわ」

手でぱたぱたと真っ赤な目の顔を仰ぎながら、そう言うと、
待っていた王にようやく気づいて、ウンスは向き直った。

「チョナ! お久しぶりです」

お元気そうで何よりだと微笑む王に、ウンスは満面の笑みであろうことか、
その両手を握り、握手をする。
あの時は本当にお世話になって、本当にありがとうございました、
と言いながら、何度も手を上下させる。
王は微笑んだ顔を固まらせて、言葉を失っていた。
隣りで見ていた王妃の目が驚くほどに大きく見開かれ、
それから口元がわなわなと震えだした。

チェ尚宮が急いで引き離そうとするよりも早く、チェ・ヨンがウンスの
後ろ襟をつかんで王から引き剥がした。

「失礼を。天界では別れと出会いのときにこの挨拶をするそうなのです。
決して医仙に他意はないのです」

と王と王妃に頭を下げ、手をウンスの頭に乗せると無理やり頭を下げさせる。

「ちょっと、痛いわ、やめてよ」

ウンスが言うと、頭を下げたまま小声でチェ・ヨンが言う。
声は小さいが、かなり怒っているのか、なじるような口調だ。

「なぜほかの男の手など、握るのですか」
「ちょっとテンションがあがっちゃって間違っちゃっただけでしょう、
そんなに怒らないでよ」
「だいたいあなたは愛想がよすぎるのです。たいがいにしていただきたい」
「なに、なによ。妬いているの」
「そのようなことはおやめになっていただきたい、
と申し上げているだけだ」

だんだんと頭が上がり、王と王妃そっちのけで言い合う二人を
王と王妃はあっけにとられて見ていたが、前にも見たこの変わらぬ光景に、
顔を見合わせて噴き出した。

「よしなさい、御前であるぞ」

チェ尚宮がそう言うと、二人ははっと我に返る。

「う、うん」

王は咳払いをすると、とにかく、喜ばしきことである、と大きな声で言って
ウンスを城内へとうながした。





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by kkkaaat | 2013-10-26 00:02 | 金銀花【シンイ二次】 | Comments(20)

【シンイ二次】金銀花2

開京より北に十二里。
街道は一度開けた田圃の間を通ったが、都を前にして、
若い松の茂った樹林の中を緩やかにくねりながら続いている。

「今度はおおお俺が見てきます」

テマンが言うと、オ・ソクチェは呆れた顔で、うなずいた。
その返事も待たずに、テマンは馬の腹に膝を入れ、
手綱を鞭代わりに馬を速歩にさせると弓なりに曲がった街道へと走り出し、
すぐに姿が見えなくなった。

「何が斥候だ」

オ・ソクチェがつぶやく。馬の脚音を高らかに響かせてあんなふうに走れば、
怪しい者も怪しくない者もみな道を避けて、姿を隠してしまうだろう。

十日の旅を経て開京までわずか。
誰も彼もが落ち着かず、先ほどからテマンと若い二人が、
斥候と称してかわるがわるに馬を走らせては、なべて何事もなし、
とわかりきった報告を繰り返している。

もう開京も見えようという場所まで来ており、
きっとあいつは南大門まで駆けて戻ってくるつもりに違いありません、
とオ・ソクチェが言うと、チェ・ヨンが、させておけ、
と辺りに目をやりながら言った。

と、今消えたばかりの軽快な脚音が、戻ってくる。
皆が道の先を見ていると、テマンが現れた。

「テホグン、き、禁軍がおります!」

馬を駆け足にして戻ってきたテマンが叫ぶ。
チェ・ヨンはわかっていたこと、というようにうなずくと、そのまま馬を進める。
道を歩ませていくと、都に近づき幅広くなってきた街道を塞ぐように、
黒に臙脂の縁飾りの鎧も華々しい鷹揚軍の兵士、ざっと見積もって百人ほどが、
膝をつきこうべを垂れて並んでいた。
先頭に見覚えのある顔があった。
ねえあの人、わたし皇宮で会ったことがあるわ、とウンスが指さして
小さな声でチェ・ヨンにささやくと、チェ・ヨンはうなずいて言う。

「禁軍二千の片翼、鷹揚軍を率いる護軍アン・ジェです。
赤月隊でともに戦った仲間です。ご安心を」

ふうん、と言いながら近づくと、片膝をついて待っていたアン・ジェが
顔を上げ、両足を開いてしっかと立ち上がる。

チェ・ヨンを先頭に十一名。
手綱を絞るまでもなく、馬はその姿を見て自然に脚を止める。
護軍アン・ジェは、チェ・ヨンの顔に目をすえて声を張り上げた。

「大護軍チェ・ヨン!」

響き渡る声に、若い兵や徴用兵は、びくりと肩をすくめる。
馬がぶるる、と鼻を鳴らし、脚を踏む。

「もとより高麗王の治するべき鴨緑江の地、奪還の命、
見事果たされたと王よりのお褒めのお言葉である。
鷹揚軍一同、テホグンの無事の帰還を心よりお喜び申し上げる!」

流れるようにそう言うと、アン・ジェは表情を一変させ、にやりと笑った。
馬上のチェ・ヨンも、口の隅をぐいと上げる。
二人の徴用兵が慌てて、馬から降りて控えようとするのを、
チェ・ヨンは手でとどめて口を開いた。

「お迎えご苦労であった。今より王の下へと参上いたす。後尾につけ」

護軍アン・ジェが手を振り上げると、兵はいっせいに立ち上がり、
十一名の馬の横を走るようにして抜け、後ろにつく。 
先ほど止められた徴用兵が、急いで馬から降りて、引き綱を持った。
どうした、とチェ・ヨンが尋ねると。

「いえ、このような偉い方の前で、馬に乗るなんて」
「失礼でありますから、我ら二人はこうして馬を引いて歩いてまいります」
「はい、そうさせていただきます。禁軍の兵の方の前を馬で闊歩するなど」

と大変に恐縮して、このままでは自分たちの後ろについた禁軍のさらに
後ろに回りこんで最後を着いてきそうな勢いだ。
馬に乗れ、とチェ・ヨンが言っても、一向に乗る気配もない。
オ・ソクチェが痺れを切らして馬から降りると、二人の尻を蹴飛ばす勢いで、
背中を押す。チェ・ヨンが馬上から、もう一度声をかける。

「俺のほうがこいつより偉いんだ。俺がいいと言うんだから乗れ。
乗らないと、俺も城まで歩いていくぞ」

ここまで言われて、ようやく二人は渋々、後ろの兵たちに頭を下げて騎乗した。
それでもしきりに後ろを気にしている徴用兵に、ウンスが話しかける。

「乗ったほうがいいわよ。こっからまだ、城までけっこうあるんだから。
あ、それにこの人たちより、あなた方、年上なんでしょう?
年配者は尊重してもらっていいのよ」

気にしない、気にしない、とぺらぺら話すウンスを、禁軍の兵たちは
驚いたように見ている。

「おとなしくしていてください。目立たぬように」

耳に顔を寄せて、半分諦めたような口調でそう言うと、
チェ・ヨンはウンスの馬の腹を横から軽く蹴って、歩かせはじめる。
なによ別に何もしてないでしょう、とウンスは口を尖らせたが、
チェ・ヨンは馬を前に進めて、騎乗したアン・ジェの横に並んでしまった。

ウンスはもう一言文句を言ってやろうと、馬の腹に脚を入れるが、
馬はのんびりと歩を進めていて、ウンスのいうことを聞こうとはしない。

「ちょっと、ね、前に行ってほしいの。わかる? あの図体の大きな
偉ぶった男の横にね、行ってほしいの。ねえ、お願い、お願いよ」

馬は耳を何度かぱたつかせたが、知らぬふりだ。
チェ・ヨンとアン・ジェが振り向いて、二人して笑ったのを目ざとく見つけて、
ウンスはしかめっ面をしてみせた。




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by kkkaaat | 2013-10-24 22:48 | 金銀花【シンイ二次】 | Comments(6)

【シンイ二次】金銀花1

「雨」「明日の風」「星天の屋根」に続く話です。
ドラマのラスト後、天穴の地から開京に向かったあとの話です。
10~12回程度の予定です。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「チョナ、こちらへ」

王妃は王が輿から降りて姿を現すと、花がほころぶように破顔し、
その唇は優美な三日月の形になった。

「こちらでございます」

紅梅色のチマの上に若草色に金糸と麹塵の糸で萌えいずる
若葉を刺繍した上衣を着て、髪に王の贈った髪飾りをさしている。
蝶をかたどった金細工の中央の、濁りのない明るい大きな翡翠が
上衣のみどりとそろえてあって、王妃自身が春の柳のように美しかった。

早い春がそこに訪れたような出で立ちの王妃を見て、王は思わず微笑んだ。
高麗に嫁いだ当時には気位が高く高慢とさえ見られたものも、
さすがに大国の公主であった気品である、と人を感心させるのみであり、
今はなりを潜めている。

王妃魯国公主は王との婚儀から五年の月日を経て、
むしろ年相応の若々しさを際立たせていた。

「こちらにご一緒すればよろしいか」

王がそう尋ねると、王妃はさも嬉しそうに、はい、と返事をする。
はい、と言いながら、ゆっくりと深くうなずくさまが、
溢れるように咲く牡丹の花びらのようで、王は目を細めた。
王妃は自分を見つめる王と目が会うと、
吸い込まれるようにしばらくじっと王の目を見つめていた。

ここは王都開京の南、朱雀に位置する松獄山。
朝晩は肌寒いが温まってきた風に、枝々の先には細く柔らかい緑の葉が芽吹きはじめている。
王妃のたっての頼みで、今日は王もともに遊山に出かけてきているのだった。



「これは、なかなか、に、はあ、ほねの、折れる…」

頂上の物見台へと続く階段を、王は一段ずつ上っていた。
王妃は手すりに手をかけて、一段ずつゆっくりと上っている。
普段ならば、見張りの兵が上るのがせいぜいの土だらけの段を上る二人の後から、
内官たちが一群になってついていく。

「あともう少しお上りになれば、景色がご覧になれます」

王付きの内官のドチが声を張り上げると、
そのようなことは、見ればわかる、と王が残り十数段を見ながら言った。

「チョナ…」

そのまま上ろうとした王を、息を切らせながら王妃が呼び止める。

「少しだけお待ちください」

すると、王は数歩を戻り、王妃の手をとった。
 
「余が引いてまいろう」

王がそう言うと、王妃の唇がまた優美な弧を描く。
王は王妃をいたわるように振り向きながら、王妃は、掴まれた手を頼りに、
手を繋いだ二人がゆっくりと階段を上りはじめると、
内官や武女子(ムガクシ)たちがいそいそと後に続き上ろうとした。

「待て」

横からすい、と手が伸びてそれを止める。
女性にしては低く、落ち着いた声が言った。

「こちらにて皆、しばし控えよ。後にゆっくりとお側まで行くのだ」

皇宮の女官を今も統括するチェ尚宮は、この五年の歳月を経て、
王と王妃の絶対の信頼を得ていた。
上がっていった王と王妃は、皆が立ち止まった場所からその屋根だけが見える
物見台に歩を進める。
しばらくして、眺めを喜び合う弾んだ声と二人の寄り添う衣擦れが、
内官たちにも漏れ聞こえてきた。

「チェ尚宮、また一段と冴えわたっておりますな」

ドチが小声で耳打ちすると、チェ尚宮はドチをジロリと見て、
ふん、と鼻を小さく鳴らす。

「長くお使えしておれば、この程度のこと」

そう言いながら、チェ尚宮は少しばかり口の端を上げた。





「チョナ、いかがでしょうか」

王妃が恐る恐る、そう聞いた。
王妃がそのようにものを言うことは少なかったので、
驚いたように王は眉を上げて、王妃を見た。

「よい眺めだ。ここで、絵を描いてみたいものだな。
筆と紙は内官たちが持ってきているであろう」

このような機会を得て、とても嬉しく思っておるが、
何を気にしておられるのだ、と王が尋ねると、王妃はほっとしたように微笑んだ。

「ここのところ毎日、夜遅くまで詰めておられます。
気晴らしにと思ってお誘いしたのですけれど、
逆に疲れておしまいになったかと気を揉んでおりました」

そのようなことあるものか、と王は力強く言うと、王妃の手を引いて、
遠く子男山を望む木柵に手を置いた。王妃の白い指を握り締めながら、
しばらく黙って遠くを見ている。
王妃は静かに王の次の言葉を待った。

「王妃よ、…許してほしい」

王の口から溢れ出た意外な言葉は、苦しげにしわがれていた。
はい、と時をおかずに王妃ははっきりと、迷いなく答えた。
王は苦笑を浮かべて、王妃に顔を向けた。

「まだ、中身を聞いておらぬではないか」

「このところ、夜もよく眠れぬご様子。
よくよくお考えになったことだとは、聞かずともわかること。
私はなんであろうとご一緒にまいります」

王妃よ、と声を高ぶらせながら、王は王妃を抱き寄せた。
許せよ、許せ、とつぶやくと、王妃は何も言わずに、じっと目を見開いたまま、
その腕に抱かれていた。しばらくの後、王はようやく口を開いた。

「十日の後、元の朝貢を求める遣使と平壌にて会うのだ。
今年の方物を決める手はずとなっておる。
余はこの度をもって、これを断るつもりである」

王妃が、はっと息を呑む音がした。

「高麗は冊封を、絶つ」

王の声は上ずっていたが、それでも固い意思が伝わってくる。
大きな戦になりましょうか、王妃はか細い声で尋ねた。
あるいは、いや、いずれは、と王が答えた。

「戦は…戦は避けられるものならば、避けたいが如何成るか。
幸いにも数日後にチェ・ヨンが戻る」

王妃は王の肩にもたれたまま、微かにうなずいた。

「チェ・ヨンと医仙が戻り次第、チェ・ヨンを連れてすぐに出発する。
慌ただしく、あのものにも医仙にも、苦労をかけるが…」

王は王妃の肩をつかみ、ゆっくりと抱擁をといて、見つめあった。
王妃の目は薄く涙をたたえていた。

「これより、そなたは父とも母とも姉妹とも、二度と会えぬように
なるやもしれん…すまぬ…」

王妃はこくり、とうなずいた。
遠い土地に嫁ぎ、会えぬはもとより覚悟の上ではあったが、
母親や弟妹とも敵となり文のやり取りも、
この成り行きによっては許されぬようになる。
気丈な王妃であっても、心がざわめいた。

それでも、奥の歯をぎゅうと噛み縛って、
王妃魯国公主は震える唇で、もう一度笑みを形作る。

「私は、高麗の王妃でございます」

濡れた目で気丈に微笑む王妃に、王もただ静かに微笑んだ。




※朝貢ちょうけん(宗主国の元に、方物(特産品)などをみつぎものとして差し出すこと)
※冊封さくほう(元に朝貢する代わりに、ひとつの属国として、存続を認められること)



次からチェ・ヨンとウンスも出てきます。
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by kkkaaat | 2013-10-23 22:12 | 金銀花【シンイ二次】 | Comments(14)

【シンイ二次】星天の屋根 おまけ~起き抜けのヨンとウンス



「イムジャ、起きてください」

ささやかれて、チェ・ヨンの上で丸くなっていたウンスは薄く目を開ける。
身構えていた眩しい光はなく、まだ明けたばかりの少し間抜けな感じのする
白っぽい晴天が目に入った。

「まだ早いじゃないの」
「まだ明け方ですが、あと半時もせずに兵たちが起きはじめます」

それがなあに、とチェ・ヨンの顎の下に身をすり寄せながら言うと、
俺はかまわぬが、あなたはこうして共寝しているところを見られたくないでしょう、
と髪を指に絡めるように触りながら言われた。
ぱちり、とウンスの目が開く。

今なら誰も見ておらぬゆえ、と言いながら、なぜかチェ・ヨンはちらりと上の方に
目をやった。
ウンスが急いで身体を起こそうとするのを、ぐいともう一度引き寄せて、
そこまで急がずとも、と腕を回したが、ウンスがそれを押しのける。

「ちょっと、ちょっと、どいて。どいてちょうだい。こんなところ見られたら、
気まずくって一緒に旅ができないわ」

慌ててチェ・ヨンの身体の上から降りると、近くにあった筵の端に手をかける。

「そうだわ、昨晩はありがとう。おかげでとてもよく眠れたわ」

チェ・ヨンが引き寄せた筵を元の位置まで引きずっているウンスは、
上の空でそれだけ言った。
あまりありがたがっておられぬようだが、とチェ・ヨンが笑いながら言うと、
いいえ、本当に感謝しているのよ、と筵の上に腰掛けて寒さに身体をこすりながら
ウンスは言うが、きょろきょろと辺りを見回していて、やはり上の空だ。

チェ・ヨンが、は、と一つ息を吐いて肩をすくめていると、
ウンスがチェ・ヨンに向けて手を伸ばす。

「なにか」

そう問うと、ちょいちょいとチェ・ヨンの上にかかった綿入れを指さす。
放り投げると、ウンスは急いで広げて身体に巻きつけた。
ウンスはチェ・ヨンに背中を向けて横になったが、もう一度急いで身体を起こす。

「冷たくて嫌だけど、眠いからもうちょっとだけ寝るわね、おやすみ」

そう言うと、うんと身体を縮こめて、ぎゅっと綿入れの中に丸まった。
その様子が可笑しくて、チェ・ヨンがくくく、と笑うとウンスは、
笑い事じゃないわ、とぶつぶつと言っている。

「それでは俺は起きるとします」

チェ・ヨンはそう言って、身体を起こすと、筵を丸め、外してあった鎧を
手に取ると、横になっているウンスの傍らにどっかと腰を下ろす。

「ちょっと! なんでそこに座るの」

離れたのに意味がないじゃない、とウンスが言うと、見張りです、とチェ・ヨンはうそぶく。
ウンスはチェ・ヨンを睨みつけていたが、屈託のない笑顔でじっと見つめるに根負けして、
自分も笑ってしまった。

「もう、いいわ。わたしも起きるから」

そう言って、ウンスが起き上がると、手を貸しながらチェ・ヨンが言う。

「もう二日目になってしまいました」

名残おしい、あとたったの九日で開京に着いてしまう、というようなことを惜しむように言う。
ウンスがまだやっと一日すぎたばかりよ、と首をかしげると、チェ・ヨンは真面目な顔をして言った。

「旅でなら、こうして一日中あなたのお側におられます。
都に戻れば、そうもいかぬ」

大真面目にそんなことを言うが可笑しくて、ウンスは笑いかけて、それを止める。
チェ・ヨンは本当にそう思っているのだ。

「大丈夫、都でもずっと一緒よ。ずっと、ずっと側にいるわ」

チェ・ヨンの手を取ると、ウンスは安心させるように、その手をポンポンと叩いた。

ええ、そうですね、とチェ・ヨンはウンスから目を上げて、
まだ明けきらない西の空を見ながらそう言った。



(おまけおしまい)


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by kkkaaat | 2013-10-21 22:56 | 星天の屋根【シンイ二次】 | Comments(28)

【シンイ二次】星天の屋根3

「羨ましいよなあ…」

川べりにしゃがんで、顔を洗いながら于達赤隊の若い兵が、しみじみとつぶやく。
こいつ、昔のトクマンに似ているな、と思いながらテマンが尋ねる。

「何がだ?」

テマンは上衣も脱いで裸足になって川に入り、切るような水で身体も洗っている。
若い兵は、ぼうっとしていて、テマンの問いかけは聞こえていないようだった。
もう一人の若手もまた、膝まで川に入って、テマンの横に並んで身体を洗い出した。
ううふ、と震えながら横のテマンに話しかける。

「テマン兄、テマン兄はいつもテホグンニムと一緒で羨ましくありませんか」

だから何がだ、と苛ついたようにテマンが問う。

「あんな綺麗なお人とご一緒で、昨晩も、どっ、同衾なさっ」

興奮したように言うのを、テマンに尻を蹴られて遮られる。

「寒かったから、お庇いもうしあげただけだ。勘ぐるな」

起きてきたチュモが、昨晩の号泣など忘れたような顔で、ざぶざぶと川に入りながら
若手に釘をさす。徴用兵の二人も起きてきたようだ。

「お前らは知らないが、大護軍は前に一年ほども医仙様をお守りして、
ひと月かふた月ほどだったか、于達赤隊の隊長室にお泊めになったときも
手出し一つなさらなかった方だぞ」

チュモが手のひらですくった水を、何度も顔にかけながら声を荒げてそう言うと、
徴用兵がまあまあ、と間に入る。

「まあまあ、あれだけの美人を前にして接吻のひとつやふたつで、
男盛りのテホグンがようこらえたと思いますよ」

うんうん、とうなずいているテマンを見て、チュモが絶句する。

「おまっ、見たのか!」

うわずった声でチュモが言うと、俺は夜目がきくからな、とテマンは事も無げに言った。
こんなふうに野営するときは、俺はいつも大護軍に近い樹上で
見張りながら寝るんだよ、大護軍も許してくださってる、と自慢げに続ける。

そうなのか、と低い声でつぶやいて、チュモは何かを振り切るように頭にまで水を
かけて、ぶるる、と身体を震わせた。

「早く開京に帰り着きてえなあ、俺もかあちゃんに会いてえよ、
あんなべっぴんの女仙じゃあないけどなあ」

と最も年嵩の徴用兵が言うと、皆が笑いながらいっせいに、開京の方角を見た。
青天がその視線の先の先まで広がっている。

おおし、今日は平壌まで参りましょう、と誰かが言うと、馬鹿まだあと三日はかかる、
とチュモが答える。
まずは医仙が馬をもっと走らせられないとなあ、とテマンが身体を拭きながら言うと、
ああ、まずはそれが問題だ、と皆が口々に言いながら、それぞれ岸に上がって、
身支度をはじめた。


「羨ましいよなあ…」

一人だけ、川の向こう岸をうっとりと眺めている若い兵だけが、ぼそりとまたとつぶやくのだった。




(おしまい)




あと少し、おまけがあります。今晩にでも。
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by kkkaaat | 2013-10-21 00:29 | 星天の屋根【シンイ二次】 | Comments(20)

【シンイ二次】星天の屋根2

ウンスは、少々困惑していた。

あまり感情を表に出さない印象だったチュモが目の前で、
涙で頬が全部濡れるほど泣きながら、ウンスを恐ろしい形相で睨みつけている。
いや、睨みつけているのではなく、ただありえぬほど真剣に
話を聞いているのだとわかってはいたが、ウンスは目をそらしていた。

テマンもまた目を涙でいっぱいにして、キラキラと輝く瞳で
樹の上からこっちをじっと見つめている。
年嵩の二人の徴用兵は、さっきから鼻水を盛大にすすりあげているし、
ソクチェは途中からうつむいたまま顔を上げない。
ウダルチの若手二人のうち一人は、うう、うう、と絶えず小さな声を出しているし、
もう一人は木の陰に隠れて明らかに泣いていた。

チェ・ヨンはというと、話の途中からこちらに背を向けて寝転んでしまい、
一度もこちらを見ない。

むくつけき男十人が、目の前で悲嘆にくれているという光景は、
どうにも異様で、ウンスはこのまま話を続けていいものか、先程から迷っていた。
時折挟まれる合いの手というか、質問から推測するに、彼らはどうやら
フィクションとファンタジーの区別をしていないようだった。
本当にあった話として、ウンスの物語りに夢中になっている。

「それで、医仙さま、その女人はどうなるのですか!
まさかそいつを物陰から見るだけ見て、出立してしまうのではないでしょうな!」

口篭っていると、チュモが片膝を立てて今にもこちらに飛びかかってきそうな様子で
詰め寄るように先をうながす。

「え、ええ。じゃあ続けるわね」

ウンスがまた口を開くと、男たちがぐっと身を乗り出す。
怯えたような苦笑いを浮かべながら、ウンスは続けた。

「するとその隊長は降りてきて、娘をかき抱くの。
それから言うのよ」

ごくんと、唾をのむ音が聞こえそうだ。

「サランヘヨ…」

ウンスが情感たっぷりにそう言うと、男たちから、おお、と声が上がる。
しかしながら、なんとはなしに反応が悪い。
男たちはちらりちらりと周りの者の顔をうかがっている。

「で、そのサランヘヨというのはいかなる意味で」

徴用兵が尋ねると、他の者も、そうです、いかなる言葉ですか、と身を乗り出す。
ウンスはこくりと頷くと言う。

「言葉にできぬほど相手を想い、そばにいてもなお恋しい、
そういう気持ちを伝えるとき、天界ではサランヘヨ(愛しています)と言うのよ」

おおおお、とひときわ大きな歓声があがり、男たちは手を打ったり、
肩を叩き合ったりして喜んでいる。
チェ・ヨンまで起き上がってくるりとこちらを向くと、あぐらをかき、
一人何度かうなずいている。
やっぱり聞いているんじゃない、とウンスは肩をすくめた。

それからひとくさり話を語り終えると、兵たちは興奮冷めやらぬ様子で、
なかなか寝ようとはしなかった。
娘に懸想していて旅芸人とねんごろになったほうが娘は幸せになれたのじゃないか、
わしの娘ならそうさせたい、と力説する者やら、
女人が男装してそんなに化かせるものであろうか、俺なら決して騙されん、
と息巻く者やら、たいそう盛り上がっていた。

しかし夜も更けて、チェ・ヨンが休めと一声かけると、若い兵が不寝番に立ち、
残りはそれぞれに茂みやら樹上やらにこしらえていた筵を広げただけの寝床に
散っていった。





山ではまだ、根雪も消えぬ季節だ。
火を消すとあたりは急速に冷えてくる。

比較的大きな木の盛り上がった根の間に、うまく寝床を取ったチェ・ヨンの傍らで、
ウンスは心持ち平らかな場所と判断したところに筵を引き、
自分にだけ用意された綿入れをかぶって横になった。

新月の晩の山の中は、目を開けても閉じてもあまり変わらぬほど暗く、
上を見ると、まばらな葉を透かして、痛いような鋭い光で星がまたたいている。
丸まって、綿入れでつま先までをすっぽりくるんで、目だけを外に出して温まろうとするが、
冷えた地面に熱を吸い取られてうまくいかなかった。

はあ、と息を吐くと、薄白い息が暗闇の中に散り消える。
傾いた地面になんだか気分まで悪くなりそうだった。

「こちらへ」

チェ・ヨンの方から小さな声がして、何と思う間もなく、筵がずるりと引っ張られる。
慌てて身体を起こそうとして転がりそうになるのを、力強い腕が腰に回り抱きとめられた。

そのまま持ち上げられて、大きな身体の上に乗せられる。
手をつくと、覚えのある胸板だ。
チェ・ヨンの腹の上に腰掛けているようだと気づいて、ウンスはすぐに降りようとした。

「そのまま」

寒いのでしょう、俺の身体を寝床にお休みください、とささやかれる。
でも、重いわ、と身体をかがめて、顔のあたりでささやきかえすと、
軽くて何も感じませぬ、とチェ・ヨンはウンスの首の後ろに手をかけて、
そのまま自分の胸にウンスの顔を引き寄せた。

逆らわずに胸に頬を押し当てると、チェ・ヨンは自分の脚を使って、
ひょいとウンスの脚を自分腿のあたりに乗せてしまった。
冷たい地面と違って、チェ・ヨンの身体は温かく柔らかく、ウンスはほう、とため息が出る。
チェ・ヨンは手探りで綿入れを見つけると、自分とウンスの上にふわりとかけて、
ウンスを包みこむ。

それから、少しだけ頭を起こすと、ウンスに言った。

「あと少しだけ上に」

ウンスが上にずりあがるとまた、もう少し、と言う。
ウンスが、このくらい?と尋ねると、そうです、と満足そうに言って、
唇をゆっくりと寄せる。
ウンスの唇は冷たくなっていたが、チェ・ヨンの唇は温かく、
合わせるうちにすぐに温まる。

何度か重ねて、チェ・ヨンは弄うように食んだりもしたが、名残惜しげに離すと、
ふう、と息をつき、このくらいで、とウンスにか自分にかつぶやいた。

それから、ウンスの寝やすいよう、もう一度自分の胸にウンスの頭を乗せて、
腕で囲むように抱きこんだ。
チェ・ヨンの心臓の鼓動が耳に響いて、ウンスはたちまち瞼が重くなる。

自分に回された腕が緩むことなく、ゆっくりと力だけが抜けていくのに微笑みながら、
ウンスは眠りに落ちた。




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by kkkaaat | 2013-10-19 00:01 | 星天の屋根【シンイ二次】 | Comments(19)

二次小説。いまのところシンイとか。
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