筆記



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【シンイ二次】蜃楼 2


チェ・ヨン、と久方ぶりに、その前に何の前置きもつけずにそう呼んで、
王は目の前に膝をつく男の顔を上げさせる。
この数年で、わずかに割腹もよくなり、威厳めいたものを
身にまといつつあったのがそげ落ちて、出会った頃よりまだ若い、
そんな風に見えることに驚いた。

それは痩せた風貌のためだけではないようだった。

チェ・ヨンの目つきは二つに一つのはずである。
興味のないものに対しては、まるで置物かそうでなければ、
そこにいないように、素通りする。
残り一つは、ただ真っ直ぐに突き通すような目だ。
偉ぶるわけでもなく、おもねるようでもなく、値踏みもせずに値を決める、
そういう視線にさらされて、王は未だにチェ・ヨンと向き合うときには
微かに緊張するのだ。

その、そよとも吹かないのに風圧を感じる視線が凪いで、消えている。
妙に飄々と明るく、真っ正直だが、気まま。
確かに、テジャンでもテホグンでもなかった頃のチェ・ヨンは、
このような者だったのかもしれぬ、と思う。

そうやって子細に観察しながら、王はチェ・ヨンに言う。

「して、そなたの意は変わらぬのか」

職を辞したい、数ヶ月前に開京を離れるときにした申し出を、
チェ・ヨンはもう一度、御前で口にした。

「チョナ、俺は、しくじったのです」

そのことであるが、と王が繰り返す。
少し困ったように眉をひそめ、チェ・ヨンを椅子の上から見下ろす。

「そちはそう言うが、余が知っておるのは、双城総管府を陥落させ、
取り決めの席でも、見事に徳興君のたくらみを見破り、敵方の肝を冷やして
話の取り決めを幾分有利に傾けた、そういうそちの働きばかりなのだ」

チェ・ヨンの目は揺るがずに、王を見つめている。

「それを失敗(しくじり)だと、チェ・ヨン、そちは言うのか」

王がそう尋ねると、チェ・ヨンは目を伏せて、恥じらうように笑った。
そのような若い笑いがチェ・ヨンの顔に浮かぶのを初めて見た王は、
思わず目をそらす。

「チョナ、ご存知でしょうが」

チェ・ヨンの声が、微かに突っかかるようになる。

「俺は、一度死んだのです。それも」

ひどい間抜けな死に方だ、とチェ・ヨンは自らを嘲笑うように口走った。
俺が何にうろたえたか、わかっているのでしょう、と尋ねられて、
王は、ため息をついて、うつむいて額を触った。

「開京に紅巾が攻め入ったの知らせを受けて、まず俺が考えたのは
きっとあの人の安否だったはずです。そして、我を忘れるほどうろたえた。
チョナ、あなたのことではなかったでしょう。俺にはわかる」

その上無様に敵にやられるような者を、要職につけておくべきではない、
とチェ・ヨンは冷たく言う。
そちがそうであるのは、もう五年も前からわかっておる、と王があまり
取り合わないように、手を振って言うと、チェ・ヨンは少しだけむっとした。

「そちの考えはわかった」

王がそう言うと、チェ・ヨンは先ほどよりもわずかに深く頭を下げた。
王である自分への申し訳なさも、高麗国への未練も感じられない、
どうにも薄い、としか言えぬその様子に、王は引き止める言葉を
うまく紡ぐことができなくなっていた。

王が顔を上向いて、ふう、と息を吐いた。
チェ・ヨンは、ただじっと、王の次の言葉を待っている。
たぶん、余が、下がってよい、と言うのを待っているのだな、
と王は思って、習いで口から出そうになっていた言葉を静かに飲みこんだ。

「して、チェ・ヨン。そちの妻であるユ・ウンスが、
余に〝借り〟があるのは知っておるな」

チェ・ヨンは突然に王が言い出したことに、少し驚いたように目を見開いて、
顔を上げた。
王が自分に対して、貸し借りといったことを口にしたことなど今までない。
何を、と思いながら聞き続ける。

「馬を二頭、それから、開京占拠さるという苦難の状況において、
我が近衛、ウダルチ二十名を与えて城門突破の手助けをいたした。
あの苦境において、ただ馬二頭ばかり、と言えるような貸しでないのは
わかっておるな」

それは変わる前の話だ、実際には馬なぞ一頭も失われてはいないでしょう、
と言いそうになって、チェ・ヨンはその言葉を口の中にとどめる。
チェ・ヨンがそう言ったならば、それならお前が言った、一度死んだ、
というのもなかったことだろう、とおっしゃるはずだ、と思ったからだ。

「はい、我が妻ユ・ウンスへの御厚情、誠にありがたきこと」

崔(チェ)家の財にて贖いましょう、と言うと、王は誠に困った、
という顔をした。
チェ・ヨンは、微かに眉をしかめた。
王がこのような顔をするのは、真実困ったときではない、知っている。
このような、いかにも、な顔をなさるのは。

「いや」

王の口角が、上がった。

「チェ・ヨン、今足りぬのは財ではないのだ」

嘘をつけ、とチェ・ヨンは王を不遜に睨みつける。
高麗国の懐は、いつだって火の車だ。

「禁軍、京軍にも、こたびの乱で大きな被害が出た。
人が足りぬのだ、チェ・ヨン、人手がな」

噛んで含めるように言う王の言い方と、その顔に浮かんできた面白がるような色が
気に入らなくて、チェ・ヨンは身体を揺らした。

「職を辞するという件、よう吟味しよう。
しかしだな、皇宮から下がる前に、ひと働きしてもらわねばならぬ」

何しろ人手が足りぬゆえ、と言った王に、何かを言おうとして
チェ・ヨンが口を開きかけるのに、かぶせるように王が続ける。

「あの馬貴重な折の二頭分、余の身の安全と引き換えのウダルチ二十名分、だ」

そう言われると、チェ・ヨンは何も言えずに、口を引き結んだ。
なあに、開京が落ち着くまでの短い間だ、と王が言うと、
チェ・ヨンは仕方なしに、は、とうなずいた。



「テジャン、お待ちを」

トクマンが、部屋の前で、チュンソクを呼び止めた。

「なんだ」

紅巾らの乱から連日の昼も夜もなく働いて、あまり声を荒げることのないチュンソクも
さすがに機嫌の悪そうな調子を隠せていない。

「新入隊のことで、ちょっとお話が」

このくそ忙しいときに、そんな話をしている暇はない、お前が処理しろ、
とトクマンに言って立ち去ろうとすると、腕をつかむようにしてチュモが
引き止める。

「それが上からの強い推挙がありまして」

普段は言われたことに素直に従うペクスまでが、妙に絡んでくる。

「家柄身分は十五番目、推挙は百五番目、剣、弓、槍、体術の優れ、
腕の立つことが一番だと、何度も言っているだろうが」

そうチュンソクが言うと、三人は顔を見合わせる。
トクマンが、わざとらしく顔をしかめて、言う。

「それが、チョナからの直接のご推薦らしく」

は? とチュンソクの動きが止まる。
この時期に、王直接にこの于達赤隊に人を送りこむとは何の思惑だ、
と首を傾げる。

「テジャン、あのテジャンの部屋で待つように伝えてあります」

誰をだ、と考えこみながらチュンソクが言うと、チュモが答える。

「新入隊員です」

なに、もう来てるのか、とチュンソクが驚いて言うと、
三人はもう一度目配せをしあって、はい、とうなずいた。
足早に隊長室に近づいて、チュンソクは勢いよく扉を開け放った。

チュンソクの口が、開け放たれた扉よりも大きく、開いたまま戻らなかった。

「イルビョン(一等兵)、チェ・ヨン。
本日より于達赤隊の所属となるよう、王命を受けてまいりました。
ご報告申し上げます」

これは、何のまねですか、とチュンソクがうろたえたのを隠しもせずに、
そう言った。何かの冗談でしょうか、とひとかけらの望みをかけて、
チュンソクが言う。

「冗談なぞではない。チョナは大真面目だ」

チェ・ヨンは、大きくはあ、とため息をついて、そう言った。
ということは、とチュンソクがさらにうながす。
そうだ、今日から俺は、お前の部下だ、チェ・ヨンにそう言われてチュンソクは、
雷に打たれたように、何も言えずにしばらくの間、立ちつくしていた。

それを見て、チェ・ヨンの口が初めて、面白がるような形を作った。



「よろしく頼むぞ、テジャン」



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by kkkaaat | 2013-12-29 00:18 | 蜃楼【シンイ二次】 | Comments(44)

【シンイ二次】夜番



さてクリスマスイブですね♪

とはいえ、昨日全部終わって、今晩はローストチキンのスタッフィングの残りで
作ったカレーと、骨と骨周りの肉で作った鳥がゆという、
イブらしからぬ手抜き夕食な私には、ちょっとばかり時間があった!

ということで、クリスマス企画を、あっち行ったりこっち行ったり忙しい(((‥ )( ‥)))

ではなくて。

当ブログも一本皆様にプレゼント的な? そういう更新をしたい、と思いまして。
しかしながら、内容はクリスマスと関係ありませんそこんとこすみませぬ。

以前よそ様のブログで、「最終回、キ・チョルからウンスを取り戻し、
宿屋で二人横たわりながら、ウンスは現代に一度帰るといい、
ヨンも天門まで送るという。あなたなら行きますか?」ということがお題となりました。
確かに何かしっくりこないシークエンスでした。

不確かな天門に入ろうとは思わない。チョルさんが来るかもなのに、
天門にのこのこ行く二人がようわからん、いや、親に合わせたかったんじゃ、
などと活発な意見交換がありましたが。
あのシーンでもっとも不自然なのは。

なぜ、ヨンが手を出さないか???

ということではないでしょうか。
その疑問から無心に書いたのがこの「夜番」です。
そうです、そういう話ですとも!

それを、読んでいただける形に手直しいたしました。
当ブログの一連の話とは、関係なく、
ドラマ中を描いた二次としてお読みいただければ幸いです。
内容は、ないよう。な話ですすみません<(_ _)> 

そして、パスなしを貫いてきた当ブログですが、

・話のほとんどをそういった描写が占める。
・心持ち具体的である。

という二点から、パス付きの記事とさせていただきます。
申請等は何も必要ありません。
下記リンクから飛んでいただき、シンイファンならば誰でもわかる質問に
答えていただければ、すぐに読めます。

パス付き記事ですが、公開記事とさして変わらぬ内容です。
そこんとこは期待しないでくださいませ。

☆*::*:☆それでは、楽しいクリスマスイブを☆:*::*☆

「夜番」




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by kkkaaat | 2013-12-24 22:58 | 短編【シンイ二次】 | Comments(44)

【シンイ二次】蜃楼(かいやぐら) 1

「颶風」の後日談の軽い話です。コメディ系?
少しずつ、ゆっくりめの更新になることを、ご了承くださいませ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



大護軍がお怒りである。




「それも、かなり手ひどく立腹なさっているようなのです」

チュンソクは、眉間に皺を寄せ、護軍アン・ジェの前で、
くう、と首をうなだれた。
そうなのか、とアン・ジェは腕を組む。
アン・ジェも実はその噂は耳にしていた。
昨日、左右衛を率いる大護軍貢夫甫が、アン・ジェのもとにやってきて、
兵たちが怯えている、とこぼすのを半信半疑で聞いたところであった。

「お心あたりはないでしょうか」

チュンソクがすがりつくような目つきで、アン・ジェを見た。
幼馴染で位階も近く、気安い関係であるこの護軍ならば、
酒でも飲み交わしながら何か話しているのではないか、と思ったのだ。
アン・ジェは、いや特には、とうーんと首を横に倒し、考え込みながら答える。
大護軍貢夫甫も、于達赤隊長チュンソクと同じようなことを思って
アン・ジェのもとへとやってきたらしいが、
特に実りのある情報は持ち合わせておらず。

「開京を守りきれなかった我々の不甲斐なさに、怒っている、
という辺りが理由だろうか」

アン・ジェは、唇をひねりながらチュンソクにそう言ってみる。
するとチュンソクは、それもありますが、と恐る恐る口を開く。

「むしろ、ユ先生を危険な道のりへと送り出したことを、ご立腹なのでは」

チュンソクがそう言うと、ああっ、とアン・ジェが額に手を当てた。

「それは頭に来ているだろうな」

ご立腹どころじゃないだろう、と言うとチュンソクの眉が八の字になる。
それからアン・ジェは、はた、と気づいて顔を上げる。

「しかしだな、お前は別にユ先生を天穴に送り出してなどおらぬだろう」

はあ、とチュンソクは答える。

そうなのだ。チュンソクにはウンスの皇宮脱出を手助けしたなどという
記憶は一切ないのである。大護軍チェ・ヨンと共に、天門から帰還したウンスが
説明したあれこれから、于達赤の決死隊がウンスの開京から出るのを護衛した、
ということを聞いただけである。

「しかし、ユ先生の話をうかがいますと、私がそれをした、
というのはどうも真実まことに本当のことではあるようなのです」

チュンソクはしてもいないことなのに、拳を握りしめて、
心の底から悔いるように言う。

「なんで俺は、ユ先生を天門までお守りし、その後もお供しなかったのかっ!」

そう言いながら、チュンソクは自分の頭を強く殴る。
いや、お前、だからやっていないって、とアン・ジェが驚いて慌てて止める。

「テホグンがお怒りなのも、無理のないこと。
しかしながら、このように皆が怯えていては、士気にかかわります。
乱の始末で寝る間もない忙しさですし、
ここは何とかお怒りを解いていただく方法を考えねばなりませぬ」

その前にだな、とアン・ジェがチュンソクの肩をつかんだ。
あいつはどのように怒っているのか、どうもそれがはっきりせぬ、
とアン・ジェがチュンソクに言う。
怒鳴りつけられたか、はたまた殴りつけられたか。
どのように叱責されたのか、その子細を話してみよ、と言うと、
チュンソクは眉と眉のあいだがひっつきそうになるほど眉間に皺を寄せる。

「お叱りになってくださるのなら、まだましなのです!」

チュンソクは半分悲鳴のような声で、訴え始めた。




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by kkkaaat | 2013-12-22 04:11 | 蜃楼【シンイ二次】 | Comments(29)

「颶風」コメントのお返しについて

「颶風」コメントのお返しについて

※この記事には、コメントをお入れにならないよう、どうぞよろしくお願いいたします。

颶風に関しては、話を終わらせることを優先して、コメントにお返事をできませんでした。
あらためてお詫びいたします。
話の終了後にも、本当に心のこもったコメントをいただきまして、外は寒いけど私の心は
ぽっかぽかです!!!

各話コメにお返事をとも思ったのですが、いまさら、というのもありますし、
お一人にお一つずつまとめて、お返事をさせていただければと思います。

かなり変則的な形になりますが、この記事のコメント欄に、一つずつ、コメントを
アップさせていただきます。

レス漏れを防ぐため、本来ならば逆順なのでしょうが、最終27話のコメントの早い順から
お返事して、さかのぼって行く形にさせていただければと思います。

目次、あとがき、他話にコメントくださった皆様には、その記事コメント欄にて
お返事させていただきますので、誠に申し訳ありませんが、
今しばらくお待ちいただければ幸いです。

いろいろとわかりづらいお返事のし方で、すみませぬ。
皆様にお返事し終わるまで、少し時間がかかり、最初と最後の方ではだいぶタイムラグが
あるかと思いますがどうかご容赦くださいませ<(_ _)> 

どうぞよろしく、お願いいたします。




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by kkkaaat | 2013-12-19 13:47 | お知らせ | Comments(46)

「颶風」あとがき&今後の予定


「颶風」あとがき&今後

昨日で「颶風」の話をアップし終えることができました。
ちょっと区切りの話でもあるので、少し長くなりますが、いろいろと書いてみようと思います。

まずは、当初の予定よりずっと長くなってしまった話を最後まで読んでくださった皆様に、
深く深くお礼申し上げます。本当にありがとうございました。
コメントの一つ一つ、いいねのワンクリック、ブログ村バナークリック、こういうものが
どれほど私を鼓舞してくれたか、ただただ感謝の気持ちでいっぱいです。

感想のコメントを読んで、その一つ一つが、私を励ましてくれたり、
意図を汲み取ろうとしてくれたり、何よりも読んで楽しいとか心配だとか不安だとか、
心を動かしてくださっている様子が見て取れると、
書いた者としては、どれだけ心が弾むか興奮するか、
ちょっと正確にお伝えするのは難しいくらい嬉しいものです。

「颶風」は、二次としては相当微妙だなあ、と思っていました。
登場人物の死、という二次の禁じ手が、どのように受け止められるか。

今まで原作で死んだキャラを生き返らせたことはあったけど、死なせたことは一度もなかった! 
その弱気が、前半一回のはずだったラブシーンを2回入れるという形で現れています(笑) 

キャラ改悪も、軍服ものも、けっこう顰蹙系の二次創作一通りやってきましたが、
これまで死なせるのだけはしませんでした。
架空の人物相手でもあまり意味なくしていいこととは思えないのです。

でも、ドラマの中で、死んでしまったヨンとともにあったパラレルな時間軸のウンスから、
ドラマのウンスが手紙をもらってヨンを救うというエピソードに、すごく心を動かされました。

そういうドラマのウンスとヨンを成り立たせた、名も無き複数のウンス、
その一人にドラマのウンスだってならないとは限らなかった。
チェ・ヨンだって、王妃を助けられなくて心が死んでいく、
そういうチェ・ヨンにならないとは限らなかった。

その間隙をぬって、ラストシーンが成立している、そのことが、すごく私を惹きつけました。
そこにこのドラマの魅力の大きい部分があるなあ、と思ったのです。

ヨンもウンス、ひたすらにひたむきで、踏み外してしまいそうなその細い道を、必死に走っていく。
その感じがすごく好きなんです。

だから「明日の風」「金銀花」そしてどうしても「颶風」を書いてみたいなあ、と思ったのです。
チェ・ヨンが毒に倒れた回では、ふざけんな、と言われることを、ちょっと覚悟してました(笑)

難しい線引きだったのですが、主要な人物の死、というのは二次創作を発表する場合、
入れるべき注意書きの一つです。年齢制限のレイティングや、性暴力や残酷描写などと同様に、
読み手に知らせるべき情報の一つですよね。

でも、「颶風」の場合は、それは話の中の仕掛けであり、死そのものがテーマではなかったので、
入れることはしませんでした。その判断が正しかったか、自分ではちょっとよくわかりません。
後で目次を整理するときは、やっぱり入れようと思っています。

ただそういう不安の中で読み手の皆様が、不穏なパートに根気よく付き合ってくださって、
その続きを待ってくださったのが、本当にありがたかった~!!!
あらためて、ありがとうございました。

これで、当初書きたいと思っていたものは、書きました。

実は私、シンイを見てこのブログを立ち上げた今年9月から11月まで仕事が暇で、
その始まりでドラマを見て、はまったらちょうど二次を書く時間があった、
というちょっと奇跡的に嬉しい状況だったんです。
なんだろう、めぐり合わせというか、
運命ってあるんだなあ!! 神様こんなにも楽しい時間をありがとう!! 
この三ヶ月間全力で走りきるよ!! と思いながら、話を書いていました。

書きたいことがあって、書ける時間があるという、この幸せ。

この三ヶ月テレビも(シンイ以外)見ない、本もろくに読まない、小さい仕事は断る(ひどい)、
お昼ご飯は時間がもったないので食べないかカップラーメン、そんな生活でしたが、
本当に脳内が痺れるほど気持ちよかった(笑)

今日18日より仕事の多忙期に入ります。
それもあって、どうしても昨日までに「颶風」を終わらせたかったんですよね。
打ち合わせに二次のことばっかり考えてるぼんやりした頭で出るわけにはいかぬ! と。
なので勝手な都合で最後駆け足になったこと、すみませんでした。

今後の予定ですが。
一連の長い話はこれでおしまいです。
今後書く予定もしくは下書きがあるのは、次の三つの短い話です。

・「颶風」の後日談
・一連の話の続きとして、リクエストいただいた、王妃様と王様とウンスとヨンの
 史実とは少し違う未来の話
・ドラマ最終回のそこで寝ちゃうかウンス! 寝かせちゃうかヨン!!! の宿での
 夜の二人の話

ちょっと自分的にもラブシーン不足というか、もう甘いものにまみれたい、というか、
絶対的に足りてなかったので、まずその補給は必要かなと。まずはそこでしょうか。

多忙期に入るうえ、冬休み突入、クリスマスに年末年始…、申し訳ありませんが
しばらく更新がない、と思ってくださいませ。
まず明日木曜から一週間くらいかけて、コメントのお返事をしまして、
年内に一つお話をアップできたら御の字。
いやしかし腐っても二次サイト、クリスマス辺りに楽しいお話の一つもお届けしたいもんです。

年明けは1月28日まで多忙ですので、それまでにぼちぼちと上記三つの話が終われば
いいかなあ、と思ってます。


さてこれを書ききったらどうしよう。


当初の目的を果たしたら、開店休業状態で、しばらく読んでくださる方のために置いておく、
くらいの気持ちでした。
ただ今、ちょっとろくでもないパラレルの(それもダブルパロ)の妄想が出来上がりつつ
ありまして、もしかしたら、今のところ2,3月に少し時間があるので、
そこらへんで書けたら書くか!? とは思ってます。

仮題は「屋根部屋の王太子」(えっ!)
あ、シンイの二次のラブコメですよ~別のドラマじゃありませんよ~(笑)

もしよかったら、これからも時々ふらりと立ち寄って、ちょっと見ていただけると嬉しいです。
最後にあらためて、「颶風」お読みいただき、ありがとうございました。



ミチ拝



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by kkkaaat | 2013-12-18 03:17 | お知らせ | Comments(32)

【シンイ二次】颶風27(終)




「平壌まで、こうやってのんびり行くの?」

ウンスは馬の背で、チェ・ヨンの腕にすっぽりと抱きこまれるようにして、
揺られている。
曇りの春の昼まえの柔らかい日差しだけでは、まだ肌寒いが、寄り添っていれば温かい。
チェ・ヨンは、ウンスの肩に顔をもたれさせるようにして、半分よりかかっている。

「あなたに、話を聞かねばなりませぬ」

時間はいくらあってもよい、とチェ・ヨンはつぶやくように言う。
まず兵営に行って、馬を一頭余計もらったほうがいいんじゃない、
とウンスは言う。
馬二頭では、話しづらい、とチェ・ヨンがにべもなく断る。

「そうたいして長い話でもないわ」

ウンスが控えめにそう言うと、チェ・ヨンが黙って、ウンスの手を握り締めた。
よくぞ、そうつぶやいて、チェ・ヨンは口を閉じた。
よくぞご無事で、なのか、よくぞお助けくださった、なのか。

ウンスは振り向いて少しだけ頭を後ろに傾けて、
肩ごしにチェ・ヨンの口元へ自分の唇を近づける。
少しだけぼんやりとした顔のチェ・ヨンに触れると、チェ・ヨンは
ゆっくりと冬に陽が上るほどにごくゆっくりと、微笑みを見せた。
そのチェ・ヨンの微笑みの後ろから、雲が切れて、
これから咲こうとする花を温める陽射しがさしこんでくる。
チェ・ヨンは今度は自分か顔を前にずらして、静かにウンスの唇を味わった。


「テホグン――!」

遥か遠くから、大声で呼ぶ声がした。
ふたりは目を開けて、声のした方向に顔を向ける。

「テマンだわ」

豆粒のように小さいが、あの頭でテマンだとわかる。
ウンスが、おおーい、と大声で呼び返して手を振るとと、顔もよく見えないが、
テマンが遠くで躍り上がり、こちらに向かって全速力で走り出すのがわかった。
馬がウンスの声に驚いて、二、三歩駆けるように脚を運んだ。

「平壌に向かったんじゃないの?」

ウンスがチェ・ヨンに尋ねると、昨晩の嵐で俺に何かあってはと
心配して引き返したのでしょう、と言いながら、テマンを見る。
あ、泣いてる、と言ったウンスの声も、涙声だった。

「ねえ、わたしお腹すいちゃったわ」

ウンスがチェ・ヨンの方を振り返らずに、手の甲で顔を拭いながら、
照れ隠しなのか、そんなふうに言った。
俺もです、とチェ・ヨンがひどく驚いたように言った。
まるでたった今、空腹にようやく気がついたとでも言うように。

まずは三人で、飯屋に言って、話はそれからです、とチェ・ヨンが言うと、
わたし最後に食べたのは、米の干したやつ、まっずいの、とウンスが話す。
なぜそのようなものをと怪訝そうに尋ねるチェ・ヨンに、
ウンスは、ろくなものを食べなかったわ、全部聞かせてあげるから、とそう言って、
もう半分ほどまで近づいてきているテマンに、

もう一度大きく手を振った。


(終)



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by kkkaaat | 2013-12-17 00:33 | 颶風【シンイ二次】 | Comments(44)

【シンイ二次】颶風26



テマンが作った仮小屋の中には、仮拵えの小さなかまどもしつらえてあった。
鍋釜など本当に最低限のものしか置いてはいないし、筵が敷いてあるだけで寝床もない。
幸いなことに、テマンは火口を残していってくれており、ウンスは急いで火をおこすと、
雨水のたまった水瓶から、鍋に水を移した。
チェ・ヨンは筵の上にあぐらをかいて、少しぼおっとした様子で、ウンスの立ち働く姿を
ただただ眺めている。

ウンスはできるだけ大きく火を焚いて、鍋に湯を沸かした。
小屋の片隅の荷物を漁ると、チェ・ヨンの分の衣が数枚と、自分の衣がひと揃い、
きちんと畳んで小布で縛って置いてあった。

小布をほどいて、自分の雨で濡れた髪を拭うと、少し気分がよくなった。
湯にひたして、顔を拭う。
それから鍋をチェ・ヨンの側に運んだ。
不思議そうに自分を見るチェ・ヨンの前で、小布を湯に浸して絞り、顔をぬぐってやる。
チェ・ヨンは一瞬顔を微かに引いたが、温かな布が頬に触れると、何も言わずに力を抜いた。
目の周りを拭いて布をどけても、落ち窪んだ目の下の濃い隈はそのままで、
ウンスはそっと指でそこに触れる。
上衣を脱がそうと紐を解くと、チェ・ヨンは驚いたように身頃をつかんで止める。
ウンスはわざと明るく言った。

「さあ、こんな垢だらけでは男前が台無しよ。きれいにしてあげるから」

自分でできます、とチェ・ヨンはぽつりと言ったが、ウンスは、わたしがやってあげたいの、
とチェ・ヨンの手を自分の手で押さえた。
身頃をつかんでいた手が緩み、そのまま力が抜けて、あぐらの膝に落ちる。
ウンスは上衣を脱がせると、下衣にも手をかける。今度こそ本当にチェ・ヨンは少し驚いて、
ウンスの手首を急いでつかむ。

「大丈夫よ、下帯まで脱がそうってんじゃないんだから」

そう言うと、チェ・ヨンは不承不承だが、ウンスに従った。
もう一度布を湯に浸して、まず背中に回ってぬぐいながら、ウンスは目に浮かんだ涙を
なんとか隠し通した。張り詰めていたような背中が少し痩せて、骨が前よりもよく見えた。
あんなにも力強かった肉が、ウンスにもわかるほど細くなっている。
がっしりとした体つきは変わらないが、ろくに食べていなかったのだろう、
皮膚にもあまり艶がない。

何も言わずに、ただ何度も湯に浸しながら、身体を拭き続ける。
肩をほぐすように拭いて、肘の内側の汚れをぬぐうと、チェ・ヨンは申し訳なさそうに
ウンスを見た。手の指の爪が垢じみていて、ウンスは思わずその手を引き寄せて、
頬に当てた。
目をつぶって、じっと手の感触を味わっていると、もう片方の手も頬に当てられて、
頭を引き寄せられる。目を開けると、間近にチェ・ヨンの目があって、
それがつむられると唇が押し付けられた。
ただじっと何か耐えるように口が合わさって、しばらく身じろぎもせずに触れ合った後、
静かに離れた。ウンスは微笑んで、それからまた手を動かす。

首を拭うと、気持ちがいいのか、チェ・ヨンがふうと息をつき、見ると
顔色もいくぶんよくなってきている。ようだった。

「ねえ、気持ちいい?」

ウンスが落ち着いた声で尋ねると、チェ・ヨンはしばらく黙っていて、
それから、低い声で言った。

「…生き返るようだ」

痩せたとはいえ、大きなチェ・ヨンの身体を清め続けて、ウンスの額にうっすらと汗が浮かぶ。
小屋の中は、かまどに勢いよく焚かれた火によって、まだ早い春の外の寒さを忘れるように、
暖まってきた。
ウンスはチェ・ヨンの身体の前に回って、鎖骨から胸と、へこんでいる腹を拭う。
こんなふうにまじまじと、チェ・ヨンの身体を見たのは初めてのことだ。
診察させてくれと言っても、けっこうと断られるばかりだし、寝屋ではそんな余裕もない。
じっと自分を凝視するチェ・ヨンの眼差しに、ウンスは申し訳なさとともに、
身の置き所のないような気持ちに襲われる。

顔が赤らんでいくのがわかったが、手を止めるわけにもいかず、ただ手を動かし続ける。
つい、とチェ・ヨンの手が伸びてきて、ウンスの後れ毛をかきあげた。
それから、先ほど拭き清めた指が、額の汗を拭う。
その探るような触れ方に、ウンスは余計に赤くなるのがわかったが、どうしようもない。

「なぜ、そのように顔を赤らめていらっしゃる」

チェ・ヨンがわずかに面白がるように、そう言った。

「あなたがじろじろ見るから。それと、こんなふうに男の人の身体を
触ったりするの初めてだからよ」

照れくさくて固い口調で早口で言うと、チェ・ヨンは再び会って初めて、少しだけ笑った。
それから急にウンスの腕をつかんで、ゆっくりと反対の手で布を取り上げた。
腕を引かれて、膝の上に招かれる。
腰に手を回されて、さらに身体を近づけて、チェ・ヨンはゆっくりと唇を重ねた。
ウンスの中に熱を探すように、じれったいほどゆっくりと、さぐる。
チェ・ヨンの濡れた髪から雫が、ウンスの胸元にぽつりと、雨のように落ちて流れこんだ。
その行方を追うように、チェ・ヨンは口を離し、胸元に顔を埋める。
濡れて温かな感触が、胸の谷間まで降りて、止まった。

それから、チェ・ヨンはウンスを持ち上げて、筵の上に座らせる。

「脱いでください」

背中を向けたまま、チェ・ヨンに言われて、ウンスは戸惑う。
あとは自分でいたします、と言うとチェ・ヨンは遠慮もなく下帯を取って、
自分で布を濡らすと、立ち上がって残りの部分を手早く清めはじめた。
長い脚はやはり少し痩せていたが、腰周りも脚も、それでもしなやかさはそのままだ。

ウンスが急に言われて動けないでいると、チェ・ヨンが首だけ振り返り、微笑んだ。

「あなたと、肌をあわせたく」

そして、小布を湯に投げ入れると、くるりと向き直る。
ウンスは照れくさくて急いで目を下げると、口を引き結んで、急いで衣を脱ぎ始めた。
チェ・ヨンはまたあぐらをかくと、脱ぐのを手伝うように手を伸ばしたが、
結局ウンスが真裸になるまで手を出さなかった。

チェ・ヨンはウンスを待って、そのまま筵に二人で横たわった。
火の勢いは少し弱まっていたが、もう小屋の中は十分に暖かかった。
チェ・ヨンは肘をつくと、薪をとってかまどに投げこみ、またウンスの方へ身体を戻した。
そしてウンスの傍らに寝そべる。
ウンスの腕を引き寄せて自分の身体の上に手を置かせ、ウンスの目を間近に覗きこむ。
自分もなだらかにへこみ盛り上がる、腰のくびれに手を置いて、確かめるように手を押しつける。
そのまま、ウンスを見ている。
なあに、とウンスが息声で問うと、見ているのです、と言う。
それから、腰に手を回して抱き寄せた。

口づけは長く、緩やかに続いた。
まるで話でもするような気安さで、それでもただ唇を合わせるのではなく、
熱っぽく舌を絡せたりもする。
ただ何か、我を忘れてしまうのが恐ろしいような気がして、
チェ・ヨンは先に進まずに、口づけだけを繰り返していた。

それでも身体は次第に熱を持ち、チェ・ヨンはウンスの腰をさらに引き寄せて、
ウンスの脚を自分の脚に絡ませる。
チェ・ヨンが恐れるように淡々しく押し当てると、深く身体に触れもせぬのに、
ウンスの身体は柔らかに整っていて、チェ・ヨンの高ぶりを包むようにのみこんだ。
じりじりとするほど鈍く分け入ってくるのに、これまでの穏やかさを吹き払うような
熱さを感じて、ウンスはぎゅうとチェ・ヨンにしがみつく。
あ、あ、と小さく声を出すと、ウンスの腰に回されたチェ・ヨンの手が
指が喰いこむほどに力がこもった。

ゆるりと始まったそれだったが、温まった肌が擦れ合うと、たちまちチェ・ヨンは
頭に血をのぼらせて、ウンスを下に組み敷いた。
チェ・ヨンはつかみかかるように、ウンスの乳房を鷲掴みにした。
ウンスの髪はひどくもつれ、汗が額や首をうっすらと濡らしている。
小さくなってきたかまどの炎にぼんやりと浮かび上がるウンスの身体は白く、
ゆわゆらと影がその上で形を変える。
チェ・ヨンはウンスを押えこむようにして、手荒なほどに強く打ち付ける。
肌を打ち付ける音と、濡れた部分が交じり合う音が、
小屋が風と雨で軋むがたがたという音と混ざりあう。

ウンスは切れ切れに、声をあげて、何度も身体を弓なりにさせる。
チェ・ヨンはウンスに合わせることもできず、ただ夢中で、溺れている。
ウンスのくったりと力の抜けた身体に、最後に精を放ったとき、
チェ・ヨンは荒い息がまるで止まったようになって、
びくりと身体をひきつけると、ぐったりと柔らかな身体の上になだれ落ちた。




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by kkkaaat | 2013-12-17 00:27 | 颶風【シンイ二次】 | Comments(6)

【シンイ二次】颶風25


ぽつり、ぽつりと降り出した雨が、天を仰いだチェ・ヨンの顔の上に、
一粒、二粒、と落ちる。

「テホグン、小屋に戻ってくださいよ」

テマンが馬を引いて、じっと座りこむチェ・ヨンの元へとやってきた。
いや、ここでいい、とチェ・ヨンが答えると、テマンは所在なげに、
しばらくそこにたたずむ。
テマンはそうしていれば、チェ・ヨンが自分に、何をしている、と尋ねるだろうと
待っていたが、チェ・ヨンはじっと一点を見ているのか、見ていないのか、動かず
問いもしない。

テマンは空の雨雲を見上げて、それからため息をついて、馬をそこに待たせたまま、
丘の下に自分が仮ごしらえした小屋から、風防けの被り物を小走りに取ってくると、
チェ・ヨンの肩と頭にかけた。
それから、もう一度、空を見上げる。
雨粒が目に入って、テマンは顔をしかめた。

「やっぱり、明日にしましょうか」

そうテマンが言うと、チェ・ヨンは初めて、視線をテマンに向けた。

「いや、行け」

低くそう言うと、チェ・ヨンはまた押し黙る。
でも、雨なのに小屋に入らないし、飯だって今日はなにも口にしていません、
とテマンが言うと、チェ・ヨンは、そうだったか、と言ったきりだった。
やっぱりやめます、とテマンが言って、チェ・ヨンの横に座りこむ。

巨木の下で、ふたりはしばらく、黙ってぽつり、ぽつりと、
曖昧に雨をこぼし続ける空を見ていた。

テマンはそっと、横のチェ・ヨンの姿をうかがった。
平壌から戻ったら髪を拭って、衣も替えさせないと、と思う。
この参月で、大護軍チェ・ヨンは身の回りのことなど、何も構わなくなってしまった。





「テマン、もう一度、ゆっくりと落ち着いて話せ」

その話を筋立てて聞くことができたのは、平壌よりの州軍が開京に着き、
禁軍三千と六衛八千とで紅巾を挟撃し、開京より追走させたその夜、
ようやくのことであった。

便殿の玉座の前で、兵服と鎧に着替えたテマンは、落ち着きを取り戻した
とは到底言えぬ様子で、しどろもどろに、自分に起こったことを説明する。
二度、話の中身を問いただされながら説明し、それでも話を聞いた者たちが
半分もわかったとは言えなかった。

「それではテマン、確かめるぞ。ここにおるテホグン、チェ・ヨンが徳興君の
手にかかって死に、それを知ったユ・ウンスが、天門へとそちと共に向かい、
天穴へと入ったと。そちは天穴に入ることができずに、開京へと戻った」

相違ないか、と問われて、お、恐れながらあってます、とテマンが答える。
チェ・ヨンが、チョナ、と怯えたような声で、王を呼ぶ。
王はチェ・ヨンが懐から取り出した薬瓶とその中の紙切れを検めた。

「俺はこれを、双城総管府のイ・ソンゲより受け取りました。
イ・ソンゲは、医仙からこれを俺に渡すよう頼まれたと」

にわかには信じがたい話だが、と王は言いながら、薬瓶と紙片をチェ・ヨンの手に戻す。
何度聞いても、わかった気にさえならぬ、と王がため息をつく。

「チェ・ヨン、そちが死んで生き返ったなど」

チェ・ヨンはどのような顔をしてよいのか、ただひたすらに戸惑っていた。
いや生き返ったんじゃなくて、死ななかったんです、ユ先生が天穴を通ったから、
とテマンが頭を抱えながら言って、ああっ、とうまく説明のできぬ自分を
責めるように頭を叩く。
テマン自身もよく理解できていない事柄を、説明しようとするのが土台無理なのだ。

「しかし不思議としか言い様がない。そちは和州から開京まで、チェ・ヨンの共をして
まいったわけであるな。しかしながら、同時にユ・ウンスを天門まで送り届けて、
一人で開京まで戻ってもいる」

はい、とテマンは自分でも不思議なようで、首を傾げる。

「俺、ユ先生と一緒に城を出て、天門まで行って、帰ってきました。
それで城下に忍んで入って、屋根を伝っていたら、俺がいて」

なに、どういうことじゃ、お前がいるのに、どうして屋根にもう一人お前がいるのだ、
とチェ尚宮が苛立った様子でテマンに言う。
わかりませんよう、とテマンが泣きそうな声をあげる。
テホグンと一緒に双城総管府から戻ってきたことも、全部覚えてます、
とテマンが言って、だけど俺は一人しかいなくて、と言って、あああ、
と叫びながら頭をかき回した。

「その不思議の子細は別として、余はなんとはなしに、ユ・ウンスが姿をくらました
わけは飲みこめたように思う。チェ・ヨン、そちはどうだ」

王に問われて、道理は通りませんが、テマンの言葉に嘘は感じられませぬ、
ですから本当のことを言っているのでしょう、とチェ・ヨンは答える。
チェ・ヨンに降りかかる大難が避けられたのなら、
とにもかくにも何よりではあるが、と王が言う。

「して、ユ・ウンスはどこに行ったのだ?」





「やはり、お前は行け」

チェ・ヨンは一刻ほども黙っていただろうか、ゆっくりとテマンの方を向くと、
そう言った。テマンがでも、と言うと、雨もまだ小ぶりだ、もう少ししたら小屋に戻る、
とチェ・ヨンは言う。

「職を辞したというのに、チョナはいまだ、俺を大護軍にとどめておかれている。
せめて、決められた報告だけは守らねばなるまい」

チェ・ヨンはそう言うと、ほんの微かにだが、笑みを浮かべてみせた。
その笑みは、何やらぞっとするものを孕んでいて、テマンはまた顔をしかめる。

最初のひと月はまだよかった。天門、双城総管府、そこから開京までの道すじ、
ありとあらゆるところに探索の手が伸ばされた。
徳興君の話により、ウンスが天門からあらわれたことが確かめられると、
チェ・ヨン自ら天門におもむき、その周辺を探し回りもしたのだ。

しかしながら、ウンスの行方はようとして知れず。

「大丈夫ですか」

テマンが念を押すように尋ねた。
聞いて、そうだと答えを聞いても、何も安心できるわけでもないのに、
やはり聞いてしまう。
チェ・ヨンはその問いに応えはしなかった。
ただ、また薄く、心のこもらぬ笑みを浮かべる。

「お前も、あの方も、大丈夫、大丈夫ばかり言うな。
俺の方がよほど強いというのに」

チェ・ヨンはそう言いながら、目をつむった。

一度開京に戻ったチェ・ヨンは、ひと月半をすぎるころ、王に辞職を申し出る。
天門の開くを、その前で待ちたい、と。
それを止める言葉は王にはなく、ただ、職は辞さず、天門の門卒として
しばし務めよ、と言い渡すことしかできなかった。

大丈夫なもんか、とテマンは丘の上に目をやった。
参月が経ち、雪が溶け、寒々しい春がはじまろうとするこの時期になって、
チェ・ヨンは食事さえも、ろくに取ろうとしなくなっている。
ただ、ひたすらに生きて待つ、そのためだけに味のせぬ飯を食んでいたその気力さえ、
つきかけていた。

テマンは一度、励まそうと言ってみたことがあった。

「前は四年をお待ちになりました。ユ先生は、それでお戻りになりました。
今度だって必ず」

チェ・ヨンの瞳が、すうと恐ろしいように暗くなった。

「一度胃の腑に入れて血肉になったものを、出せと言われてお前は出せるか、テマン」

俺には出せぬ、とチェ・ヨンは言った。

結局、その日のうちにテマンは平壌へと出発した。
往路復路四日で戻ります、と言うテマンに、無理をするな、急がなくてよい、
とチェ・ヨンが言う。

「雨が本降りになったら、絶対に小屋に戻ってください。お願いします」

強くなってきた風を気にしながら、テマンがそう言うと、チェ・ヨンは
何もこもらぬ声で、わかった、とだけ答えた。



降ってくる雨粒の数が、急に多くなってきた。
びょお、と音を立てて風が吹き抜け、チェ・ヨンの頭の上の雨防けの被り物を
背中へと押しやった。
チェ・ヨンの額や頬を、冷たい雨が濡らしていく。
雨の冷たさに反して、風は生ぬるい。
ゆるく吹いたかと思うと、身体に叩きつけるように強くも吹く、春の嵐だ。
じっと雨を避けもせずにただ濡れるに任せていたチェ・ヨンが、ぴくりと身じろぐ。
肌の粟立つような何かが、チェ・ヨンの顔を上げさせた。

来る。

チェ・ヨンは頭の中で思っただけであったが、知らぬうちに、口に出していた。
立ち上がると、一瞬よろめいたが、すぐに地を踏みしめ、走り出した。
丘をたちまちのうちに駆け上がり、チェ・ヨンは天門の前に立った。

巻き起こる風は、空に去来した春の颶風のものだけではなかった。
天門の周りの枯葉や落ちた枝が巻き上がる。
まだ見えぬ何かが、そこに、渦を形作りはじめた。

冷たい、凍えるような風だ。
生ぬるい春の風とはまるで違う、雪含みの。
凍るようなその風が、急に強くなって、雨に混じってびゅうびゅうとチェ・ヨンの顔を打つ。
見開いたままのチェ・ヨンの目に、涙が滲んだが、
それでも決して目を閉じようとはしない。

まだ、天門の岩穴には何の変化もない。
と。
青い稲光が岩穴の中に、びかりびかりと、何度か走った。
呼応するかのように、チェ・ヨンの手の中で小さな雷功がちりちりと光る。
その稲光は何度も小ぶりの龍のように天門の中を跳ね回ったかと思うと、
躍り出てチェ・ヨンの身体の周りを、漁火のように包んだ。

チェ・ヨンは自分の両手を目の前に持ち上げる。
体中を雷功が覆い走っているが、熱くも冷たくもなかった。
なぜそうするのか、意識もせぬうちに、チェ・ヨンはそのまま両手を合わせた。
まるで神仏に祈るかのように。

来い。

口が、その言葉を形作る。
チェ・ヨンの身体を覆っていた雷光が天門へと躍り出る。
はじめは小さかった青い渦が、急に大きく渦巻きはじめた。
一歩、吸い込まれるように、チェ・ヨンが前に足を出した。

その時、天穴から突風が吹き付け、チェ・ヨンは思わず両手を顔の前にかざした。
一瞬、その手に当たる風が止む。
チェ・ヨンは風の止む恐ろしさに、よろめくようにまた一歩、天穴に近づく。
すると風はまた、緩やかに始まり、徐々にその勢いを強めていく。
もう一度つんざくような風がチェ・ヨンを打ったその時、
風とは違う確かな重さを持った何かが、チェ・ヨンの身体に、どん、とぶつかった。

「痛いっ、あれ、え?」

なぜ、ああ、戻れたの、どうして、あなたなの、と胸の中のものが、
うろたえるように短い言葉を次々と並べた。
チェ・ヨンはきつく目をつむった。眼に痛みが走るほどにきつく。
恐ろしさで息ができない。
自分の身体に覚えのある腕が回されて、自分の胸に、
覚えのある柔らかな軽い身体が押し付けられる。

耳鳴りがした。
喉がつまって息ができない。
抱きしめたら砕けるのではないかと、腕を回すこともできず、
チェ・ヨンは立ち尽くしていた。

「生きてるのね」

あなたなのね、本当に生きてるのね、そう言いながら、
胸の中のウンスが泣いているのがわかった。
手を頬に当てると濡れている。降ってくる冷たい雨とは別の、
温かい涙が、チェ・ヨンの手を濡らした。
目を開くと、ぼさぼさの髪と薄汚れた顔の自分の妻が泣き笑いながら
自分を見上げている。
チェ・ヨンの口から咆哮のような声があふれる。
ウンスは突然、骨が折れるほど強くかき抱かれた。

チェ・ヨンは、喜びというにはあまりにも怒りに似た灼熱の塊が腹の中で躍っていて、
それを抑えつけるように唸り声を上げていた。
肩と髪をつかむ力があまりに強すぎて、ウンスは痛みに小さく声を上げた。

「もう二度と」

チェ・ヨンの声は、嵐の中ですべてをつんざく雷鳴だった。

「もう二度と、天穴に入ってはならぬ」

そう破鐘のような声で言って、チェ・ヨンは自分からウンスを引き離し、
その顔を両手で鷲づかみにすると、目を覗きこんだ。
その目の奥に荒れ狂うものを見て、ウンスは言葉を失う。

「俺の命が終わるなら、そのなきがらを腕に抱いて泣くのがあなたの役目だ。
たとえ命が助かろうとも、あなたが傍におらねば、俺は」

俺は、生きてはいけぬ。

「あなたは言ったではないか。天に戻っても離れたならば、生きているとは言えぬと。
あなたなら、わかるだろう、この心地が。置いていかれた俺のこの」

チェ・ヨンの指が、ウンスの頬に跡がつくほど強く食い込み、
その力が消えたと思うと、ウンスはまたチェ・ヨンの腕の中に閉じ込められた。
自分の中に荒れ狂うものを御しかねて、チェ・ヨンはウンスを何度も
揺さぶるように抱き直した。
ふり始めた雨は、すでに叩きつけるようだった。

ウンスが、顔を上げる。
目の下を濡らしているのは、涙なのか、雨なのか、混じってよくわからない。
今度はウンスが、チェ・ヨンの両頬に手を当てて、その顔を覗きこむ。

「ごめんなさい…ごめんなさい」

あなたを、助けたかったの、どうしても。
どうしても、どうしても、どうしてもと何度も繰り返しながら、
ウンスの口元が子どもが泣くように曲がる。
その声を聞きながら、チェ・ヨンは苦しそうに顔を歪めた。

「もう、絶対に置いていかないわ。絶対に置いていかない」

チェ・ヨンの両頬に手をあてて、目を覗きこんで、ウンスは何度も言う。
チェ・ヨンは次第に下を向き、肩に手を伸ばすと、ウンスの胸に額を押し当てた。
そのまますがるように膝をつく。
ウンスはチェ・ヨンの頭をかき抱いた。
びしょ濡れで、汚れた髪。垢じみた襟。少し細くなった肩。

自分はどれほどの間、この人を待たせたのだろうか、とウンスは息を呑む。
ウンスにとっては、天穴に入り、通り抜けて出るだけのわずかの時のはずが。
チェ・ヨンはウンスの背中に手を伸ばし、二度と離すものかとしっかと抱きしめる。

「あなたのそばを離れない」

ウンスがそう言うと、抱きしめた腕の中でチェ・ヨンは声もなく、泣いていた。
少しだけ早く上下する背中と、微かな息の乱れがそれを教えた。
ウンスは上からかぶさるように、チェ・ヨンを抱きしめる。

「ヨン、わたし帰ってきたわ」

そう言って、ウンスはチェ・ヨンの頭に何度も口付ける。
ウンスの背中のチェ・ヨンの手が、爪を立てるように、強く強くウンスを引き寄せた。



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by kkkaaat | 2013-12-17 00:24 | 颶風【シンイ二次】 | Comments(16)

【シンイ二次】颶風24

昼間に23アップしてあります。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

城前広路にまであと少し。
そこでチェ・ヨンたちは足止めをくらっていた。
四方八方から押し寄せる紅巾に、一人、また一人と下馬を余儀なくされ、
今は密集隊形を取って進んでいるのだが、紅巾に剣の腕はないものの、
人壁を払うことができずに進みあぐねている。

もう幾度も雷功を放って、人群れを蹴散らしているが、きりがない。
チェ・ヨンとその後続をつとめる于達赤には、大きな痛手はないが、
集団後方の左右衛の兵が、人数に押されて、幾人かうち倒されはじめている。

身体も妙に重たるい。指先に微かな震えが走る。
雷功を打てるのも、あと二、三度が限度かもしれぬ。

「禁軍はまだか!」

チェ・ヨンの脇を守るチュンソクが、チェ・ヨンの内心を読んだように、
そう激しい息の合間に、吐き出すように言う。
どう切り抜けるか、チェ・ヨンが考えようとすると、打ち掛かられて、
剣花(ひばな)が散る。斬りかかって来る者の中には、手練も混じっているうえ、
あまりに人と、うちかかる武器が多すぎて、すべての動きを読み切ることが
チェ・ヨンでも難しかった。
どうする、犠牲覚悟で血路を開くか、指の一、二本ならよかろう、とチェ・ヨンが
姿勢を低くし、飛び上がらんとしたときだった。

ひょおん、ひょおん、と風を切る矢羽根の音が耳をかすめた。
チェ・ヨンが屋根の上に一度だけ目をやる。

「シウル―!」

屋根の上に、跳ぶように駆けるシウルとジホの姿があった。
呼び集めたのか、数十名の手裏房たちが、それぞれ手に小さな弓か弩を持って、
走りながら紅巾に矢を打つ。ご丁寧に剣や頭に赤い布を巻きつけている。
あいつら潜んでやがったな、と脚の怪我の血が、腰まで染みたトクマンが、
嬉しさで上ずった声で、そう叫ぶ。
先の方まで走っていったマンボ兄姉が何かを投げると、ぼん、と音がして
地が揺れた。火薬玉か、とチェ・ヨンが薄く笑う。
頭上からのいきなりの攻撃と火煙に、紅巾たちは慌てふためきだして、人壁が割れた。

「行くぞ!」

チェ・ヨンが、大声で叫ぶと、兵たちはいっせいに前に進む。
広路にもまた多くの紅巾がいたが、それがいっせいに脇に避けはじめる。
城門が開き、そこから大形の馬群が、人を蹴潰す勢いで、まろび出たのだ。

「馬体と馬体の間を駆け抜けろ」

乱れ走るように見える馬群だが、真中の三列の馬と馬の体躯の間は、
ちょうど人一人通れるほどに空いたまま、まっすぐに駆けてくる。
チェ・ヨンを先頭に、双城総管府より皇宮を目指した兵たちは、その馬体の通路を走る。

城門を、禁軍の騎馬に守られるようにくぐると、残りの兵も駆けこんでくる。
それを追って、紅巾の群れが迫り来る。
チェ・ヨンは今来た方にかけ戻り、兵たちが皆、城門を通り過ぎるのを、
立ち尽くして待った。
最後の十数馬が自分の横を駆け抜けるのを待たずに、チェ・ヨンは最後の渾身で雷功を打つ。
目の前に迫る人波がめくれ上がるように、後ろに吹っ飛ぶ。
その群民のなだれの間隙をついて、城門が閉じた。



「チェ・ヨン!」

便殿に駆けこむと、王は喜びのあまり、立ち上がった。
チェ・ヨンは王に、事態を早口に報告する。
そこにいた武臣たちは、チェ・ヨンの口報を聞いて、わずかな希望に目を交わし合う。
大護軍貢夫甫は、閉じられた城門の周囲に群がって、投石を続ける紅巾に対処するために、
御前を足早に下がった。

チェ・ヨンもこれから、禁軍の指揮に加わらねばならない。
王と話を交わしながら、チェ・ヨンの目は、辺りをさまよう。
すぐに目に入るだろうと思っていた人物の姿が見えないので、
チェ・ヨンは痺れを切らして、それを口に出した。

「ユ・ウンスはどこです」

ぐるりと見回したどこにも、ウンスの姿はなかった。
控えている王妃の側にも、その後ろに連なっている内官の影にも、
控えている典医寺の侍医たちの中にも。
王が、ひどく戸惑ったような顔をして、言いあぐねる。
王妃や内官たちも、困ったように視線をそらす。
チェ・ヨンが、急に気色ばんで声を高める。

「チョナ」

チェ・ヨンが、一歩王に迫った。

「それが…」

どう説明すればよいか、迷って王の言葉が途切れる。
王妃の横に控えていたチェ尚宮が、王に頭を下げると、すいと進み出て、
チェ・ヨンの前に立った。
いつもと変わらぬ厳しい顔で、甥の顔をじっと見上げる。

「ヨン、よいか、落ち着いて聞け」

いいから言ってくれ、とチェ・ヨンが苛立ちを隠しもせずに、そう言った。
チェ尚宮が、ふう、とため息をつく。

「ウンス殿の姿が、見当たらないのだ」

どういうことだ、わかるように説明してくれ、とチェ・ヨンが怒気もあらわに言うが、
チェ尚宮は気圧されもせずに、しっかりと甥の目を見つめて話す。

「我らにもよくわからぬのだ。ウンス殿はずっとこの皇宮におられたのは確かだ。
だのにお前に使いを出して、七日目のこと、急にその姿が見えなくなった。
城の外は紅巾に囲まれて、到底出ることはかなわぬ」

それ、そこの于達赤たちが出ていくまでは、姿を見かけた、とチェ尚宮が
チュンソクを指してそう言った。
後ろに控えていたチュンソクが、はいお見送りいただきました、とうなずく。

皇宮の中は探したのか、とチェ尚宮の肩に手をかける。
チェ尚宮は、落ち着け、ともう一度繰り返す。
これが落ち着いていられるか、とチェ・ヨンは拳を握り締める。
どういうことなのだ、わからぬ、と胸に手を入れて、懐の薬瓶をぎゅうと
握り締める。言いようのない不安が、チェ・ヨンの鼓動を早めていく。

「もちろん皇宮の中はすみずみまで探させたとも。
今ここは城下の民で溢れかえっておる。その中に不届きな者がおらぬとも限らぬゆえ、
できる限りその者たちも取り調べたが、おかしいのだ」

チェ尚宮は初めて、困惑の表情を顔に浮かべた。

「これだけの人で、不埒な振る舞いに及ぼうにも、かえって人目があってできぬのだ。
ヨン、ウンス殿はここで怪我人の手当に忙しく立ち働いていらしたので、
皆に顔も覚えられておってな。それだというのに、ウンス殿がどこかに行かれた
というようなところを見ていた者がおらぬ」

かき消えたと言うのか、とヨンが呆れ怒りをあらわにして、吐き捨てると、
チェ尚宮は、苦々しく顔をしかめた。

「そうとしか思えぬ」

チェ・ヨンはぐるりと見回した。
そして、その顔にチェ尚宮と同じ困惑を見て取ると、王に頭を下げ、
無言で踵を返す。
その目に、怒りと不安がひらめき立つ。

「ヨン、どうしようというのじゃ」

チェ尚宮がその背中を追いかけるように言うと、チェ・ヨンは一度振り返る。

「チョナのお力で見つけられるのなら、自ら探すまで」

待て、待たんか、とチェ尚宮が呼び止めたその時だった。
便殿へと折れる回廊から、お戻りになっていますが、取次ぎをお待ちください、
と慌てたように告げる声が聞こえる。
その声をすり抜けて、重いのに早い、乱れた足音が近づいて来る。
テホグン、テホグン、と呼ぶ声がぞっとするほどしわがれている。
いつもの猫のような歩き方が嘘のようだ。
よろめくような、それでもただひたすらに急ぐような。
チェ・ヨンは後ろへと振り返る。

「テマン!」

名前を呼ぶ声に、動揺があらわれる。
角を曲がって現れたテマンの顔を見て、チェ・ヨンは目を疑った。
城外で着替えをさせた紅巾の多くが着ている白茶の上下に黒い帯を結んでいるのは
先ほどの通りだが、まるで三日三晩を寝ずに通したように、げっそりと痩せている。
ただ城下を抜けただけはこうならない。
テマン、おまえ、とチュンソクが目を擦る。

テマンは、チェ・ヨンの姿を見つけると、一瞬目も口も大きく開いて、
息をするのも止めて、両手の拳を自分の目に強く強く押し付けた。
それからそれが取り払われると、テマンの目からは大粒の涙がぼろぼろとこぼれはじめ、
獣が吠えるような声で叫ぶと、チェ・ヨンに駆け寄る。
その姿のあまりの異様さに、于達赤がいっせいに、行く手を塞いだ。

「何があった」

于達赤たちに身体をつかまれて、それでももがくようにチェ・ヨンに手を伸ばす
テマンに、チェ・ヨンは急ぎ近づいて尋ねる。
離してやれ、と言うと、テマンはよろけるように歩み寄って、チェ・ヨンの袖をつかみ、
そのまま膝をついた。

「生きてた、生きてますよ。ユ先生、ちゃんと―」

その口から聞こえた言葉に、チェ・ヨンは、なにを、とつぶやくと、
呆然とテマンを見下ろした。



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by kkkaaat | 2013-12-16 18:22 | 颶風【シンイ二次】 | Comments(16)

【シンイ二次】颶風23



チェ・ヨンはイ・ソンゲの話を聞いて、絶句した。

「確かに、医仙さまでございました。あまりに慌ただしく、
長くはお話できなかったのが、返す返すも口惜しく」

徳興君とともに輿に乗って双城総管府に現れて、牢に入れられて殺されかけ、
それをイ・ソンゲに救われて、俺宛の書付を残して、城の外に逃げただと。
ウンスがここにいたということは、開京の紅巾の乱には巻きこまれては
いないと喜んだほうがいいのか、いや、そもそも徳興君と共にいたと聞いて
落ち着いてなどいられない。

先ほどは命を取らなかったが、今すぐ殺してやろうかと、ゆっくりと剣に
手が伸びるほど、チェ・ヨンは頭に来ていた。

それにしても話がおかしい。
もし本当にウンスがこの双城総管府に来ていたのなら、なぜ一人で姿を消したのか。
どうして、この薬瓶だけを残していったのか。
そもそも、自分を見送ったはずのウンスが、自分より先にこの地にたどりつくのは
どう考えてもおかしいのだ。道理が通らぬ。

そう考えてチェ・ヨンは、ふう、と薬瓶をあがく手の下で見つけた時のことを
思い出して、薄ら寒くなる。
あれを自分に渡したウンスは、信じがたい話だが、百年ものとうの昔に
そこにいて、それを埋めたという。

チェ・ヨンは先ほど、馬の足跡を追いウンスを探すよう、十数名の高麗兵に命じる。
できれば数百名を事に当たらせて山狩りでもさせたかったが、今は到底無理なのだ。

「医仙さまは、徳興君がテホグン殿に毒を盛ろうとしているのをお知りになって
天からおいでになったのでしょうか。テホグン殿に警告をなすために」

イ・ソンゲが話すのを聞きながら、チェ・ヨンは迷いを振り切るように頭を振った。
思い悩んでわかることならば頭を使いもするが、どう考えてもわからぬこと。
新たな知らせを待つよりすべがない。

「医仙さまは天にお戻りになった今でも、高麗の国のことを気にかけて
くださっていたのですね」

イ・ソンゲがしみじみとそう言う。
チェ・ヨンが、考えこんでわずかにうつむいていた顔を上げて、低く言う。

「俺の、妻だ」

は、とイ・ソンゲが、怪訝な顔をする。
チェ・ヨンが脈絡なくわけのわからないことを言ったと思ったのだ。

「だから、イ・ソンゲ、お前の言う医仙さまは、俺の妻だ」

チェ・ヨンはイ・ソンゲの肩に、手を置くと、世話になったな、礼を言う、
とそれだけ言うと、足早に立ち去る。
これより精鋭二百を引き連れて、開京への道をひた走る。
それ以上は馬が足りぬのだ。
また後に会おう、と声に出さずに思いながら、チェ・ヨンはわずかに駆け足になった。

後に残されたイ・ソンゲは、未だチェ・ヨンの言葉の意味を飲みこみかねて、
ぽかんと口を開けたままだ。
それから、慌てて振り返る。

「医仙さまが、大護軍チェ・ヨン殿と夫婦(めおと)ですと」

驚きの言葉を発したときには、すでにチェ・ヨンの姿は見えなくなっていた。





「テホグン――!」

チュンソクをはじめとした十九名の于達赤は、目の前を走っていく馬上の人影が
誰かを見定めると、弾けたように飛び出して、声を上げた。
チェ・ヨンを先頭とする、二百騎の馬群は、しばらく進んで足を止める。

チェ・ヨンが駆け戻って、チュンソクの前で馬から飛び降りる。

「チュンソク、なぜここに。王の護衛は、いやそれより、開京は―!」

きつい口調で問い正すチェ・ヨンに、チュンソクは思わず一歩近寄る。

「開京、玄武門を破られ、城下は紅巾の占拠下にあり。
しかれども二軍六衛により皇宮は未だ守り抜かれております。
しかし打開のすべなく、兵糧も付きかけ、あと数日が限度かと」

チェ・ヨンは陰の気もあらわに、緊張をみなぎらせ、
チュンソクの話すのをじっと聞いている。
そこまで言ってチュンソクは、はっ、と目を見開いて、報告を続ける。

「王殿下、王妃殿下、重臣の方々はじめ、城下の民は皇宮にてみな無事です。
もちろん、ユ先生もです」

チェ・ヨンの力みきっていた肩が、すう、と下りる。
一瞬、目が開京の方を向いたが、すぐにチュンソクに戻って尋ねる。

「それで、なぜお前たちは、皇宮を出てここにいるのだ」

それは、この事態を打ち破るため、平壌州軍への伝令にと、我らを立てられました、
とチュンソクが説明する。トクマンが血路を開き、我ら一丸となって開京を抜け出し、
そのまま街道を駆けてまいりましたが、前方より馬群近づくのを見て、
隠れておりました、と続ける。
腿が切り裂かれ血の滲んだ下衣、髪も一部が切り取られ、額に刀傷を受けている
トクマンの姿に目をやり、チェ・ヨンは小さくうなずいた。
それから、ぐうと眉がひそめられ、怒り含みの口調でチェ・ヨンがつぶやく。

「近衛を我が身から離すとは、チョナはいったい何をお考えに」

それから目を閉じると頭を振って、考えてもらちが明かぬ、と目を開ける。
これより、開京へと前進する、平壌州軍はすでに出師し、こちらに向かっている、
我らより一日か、二日の後には加勢が見込めるだろう、
とチェ・ヨンがチュンソクに告げる。
我らはなんとしても皇宮にたどり着き、チョナにこの知らせをお伝えし、
平壌州軍の加勢までを持ちこたえ、そして、挟撃する、とチェ・ヨンが言うと、
チュンソクをはじめ、于達赤たちは力強くうなずいた。

「して、皇宮までどのようにまいりますか。作戦は」

そう尋ねたチュンソクに、チェ・ヨンは事も無げに答えた。

「正面突破、だ」



「テマン、お前はこれを着て、どうにか城下に紛れこめ。
皇宮までどうにかたどり着いて、アン・ジェに知らせろ」

まかせてください、と言いながら、于達赤を追撃した紅巾の死体から剥ぎ取った衣を渡されて、
テマンは顔をしかめた。
街道を離れ閑地を進んできたが、開京の京壁が木立越しに遠く見える距離まで
もう来ていた。

「俺たちは騒ぎを起こして、人目を引きながら皇宮を目指す」

この数でですか、とテマンが兵服を脱ぎながら、総員を見渡す。
一人五十でも、余ります、と指で数えるのを諦めて、そうチェ・ヨンに訴える。

「その書状をアン・ジェに渡せば、開門し、禁軍千が加勢に出る。
城門からの援護も望めよう。禁軍の撤退と同時に入城する」

それも城前の広路まで、たどり着けたらの話でしょう、俺、心配です、
とテマンが言うと、お前以外に皇宮まで忍んでいける奴がいない、
とチェ・ヨンはテマンの肩に手を置いた。

「頼むぞ」

そう言うと、さあ行け、とテマンを突き放す。
テマンは馬には乗らず、于達赤の顔を一瞥すると、獲物を追う鼬のように素早く走りはじめる。

チェ・ヨンはその姿を目で確かめると、双城総管府より伴ってきた精鋭二百と
于達赤に向き直る。それぞれ馬を引き、ごった返すように身を集めている。

「騎乗せよ」

低く、けれどひとりひとりまで響く声で、チェ・ヨンが命ずる。
いっせいに、皆が馬上となる。
二百と余名の目が、いっせいにチェ・ヨンに注がれる。
繰り返す、とチェ・ヨンが発する。

「玄武門、未だ修復なされず、ただ材木を組み重ねた障壁あるのみ。
行けるところまでは乗り破る。ただし後方に注意せよ。
友兵と離れすぎてはならぬ。二馬より広く間を開けずに走れ」

おう、とそろって声が上がる。
馬たちが、奮い立つように地面をかく。

「友兵が落馬したときは、後続が拾いあげろ。二身一馬となったものは、馬群中央に入れ。
馬群周囲の槍兵が下馬して戦いはじめたたときは、剣兵は見計らって降り、
密集して戦いながら、前方へと進む」

もう一度、太い声で、いらえがかえる。

「先陣は俺が取る」

そう言って、チェ・ヨンがにやりと笑うと、兵たちは顔を見合わせて、うなずきあう。
行くぞ、チェ・ヨンがそう言うと、馬はいっせいに緩やかに走りはじめた。



ちょっと長くなっちゃったので、切ります。
残りは夜までに整えアップします。

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by kkkaaat | 2013-12-16 14:04 | 颶風【シンイ二次】 | Comments(12)

二次小説。いまのところシンイとか。
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