筆記



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【シンイ二次】北斗七星2



話は一年半ほど遡る。

ウンスが、王妃のお召しで皇宮を訪れた日は、突然訪れた早い春風で、
雪が溶けて城までの道がひどくぬかるんでいた。
馬を使ったが、その乗り降りだけで足を膝まで覆う布靴が泥まみれになる。
それでも厳しい冬の寒さの中にぽかりとあらわれた春らしさに、
ウンスは心が晴れ晴れとするのを感じていた。

王妃もまた、同じ心持ちなのか、普段通りの落ち着き払った表情であるのに、
顔色もよく、どこか弾むような気配があった。

「このような日に、呼び寄せてすまなかった」

王妃はそう言うと、小さな円卓を囲む三つの椅子の一つに、ウンスを座らせる。
見計らったようにチェ尚宮が、茶と茶菓子を運んできた。
それを卓に置いて、入ってきた開き戸を音もなく閉めると、
部屋の中には、ウンスと、王妃と、チェ尚宮の三人だけとなる。

妙にシン、と静まり返っていて、
ウンスはすでに廊下の人払いがされているのだと、気づいた。
王妃はじっとウンスを見ていて、チェ尚宮は黙ったまま茶をつぎ、
まずは王妃の前に、次にウンスの前に茶を置き、
最後の椀に茶を注ぐと、一つ空いていた席の前に置き、
自分がその席に音もなく座った。

なんとはなしに、いつもとは違った空気を感じて、
ウンスは王妃とチェ尚宮を交互に見る。
どうぞ、召し上がられよ、とチェ尚宮は低い声でウンスに勧めると、
自分も茶碗を手にとって、さあ、とウンスにうながす。
ウンスはわけもわからずに肩をすくめると、一口熱い茶をすすり、
ふう、と息を吐いた。

「ユ・ウンス」

そう呼んで、王妃はためらいからではなく、
その後の話の重みのためにしばし黙りこんだ。

「今日呼んだのは、大事な話があるからです」

王妃は、自分の茶椀には手をつけず、ウンスが茶碗をいったん置いたのを
見計らって口を開いた。

「なんでしょうか」

ウンスは王妃に向かって座り直し、話を聞こうとして
わずかに顔を傾ける。
王妃の視線が、ウンスからふとチェ尚宮に流れる。
チェ尚宮は、ほんのわずかに首を縦に振って、
力づけるように王妃の目を見つめ返す。
王妃の瞳がウンスの顔に戻ると、そのきりりとした唇がゆっくりと開かれた。

「私、子を宿したようなのです」

ウンスの目が丸く見開かれ、口が今にも叫び出しそうに大きく
開かれたが、チェ尚宮が急いで手を伸ばすと、その口をふさぐ。

「お静かに。まだ内々の話ゆえ」

チェ尚宮がそう言うと、ウンスは急いでうなずいて、
口から手を押しのける。

「おめでとうございます」

ひそひそと声を潜めてみたが、浮き立つ調子はありありとその中に
含まれている。王妃は身体を揺するようにして喜びの言葉を言う
ウンスに、嬉しそうにうなずいた。

それから何かを言おうと思うのだが、
突然ウンスは自分の視界がぼやけたのに驚いて口をつぐんだ。
ぼやけた原因は涙で、それがほとんど溢れそうになったところで、
ウンスは初めて自分が泣きそうなのだと気づいた。

途切れ途切れに息を吸っていると、
素早くチェ尚宮が手布を懐から出して、ウンスに渡す。
ウンスは目にそれを押し当てると、くぐもった声で王妃に言う。

「わたし、う、嬉しくて」

徳興君のたくらみで、最初の懐妊がふいになってから、
十年以上の歳月が流れている。
もらい泣きしそうになって、チェ尚宮が顔を横に向けて口元を固くした。
その頬に入る皺は幾分深くなっているのに、王妃はあの時と、
変わらぬ風貌を保っている。
王妃はそうしたウンスの様子を、じっと無言で見つめている。

「悪阻はあるのかしら。あっ、見立てをいたしますか?」

涙を拭きながら、最初の問いかけは友として心配から出た言葉だった。
が、続いたのは医員として自分が呼ばれたのではないか、
ということに思い当たったウンスの医師として言葉だった。
いいえ、と王妃が首を振る。

「そのために呼んだのではないのです」

王妃の顔が喜ばしさでかすかに紅潮すると同時に、
目元や口元に喜びには似つかわしくない強張りが見えることに
ウンスは気づいた。はしゃいだ空気がすうと引いていく。

「何か、…問題でも?」

いいえ、万事順調です、と王妃はしっかりとした口調で答える。
横からチェ尚宮が、ウンスの腕をぐっと握った。
思わず顔を向けると、ほとんど睨みつけるように、ウンスの目を見つめて言った。

「これから大事なお話をなさいます。
声を上げたり、騒いだりしてはならぬ」

わかったか、と念を押すのと同時に、チェ尚宮の指が腕に喰いこむ。
すい、と王妃の手が上がり、チェ尚宮の指に優しく触れた。
チェ尚宮は、はっと我に返ってウンスの腕を握る手の力を緩める。
浮いていた腰を椅子におさめて、チェ尚宮は顔をうつむけた。
王妃が口を開く。

「この子を」

王妃は、まだ胎動もなさげなその存在を探るように、
自分の腹にじっと手を当てる。
一度俯いた顔が上がる。

「そなたの子として欲しいのです」




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by kkkaaat | 2014-07-30 22:53 | 北斗七星【シンイ二次】 | Comments(20)

【シンイ二次】北斗七星1

※注意※
この話には、王妃の死の場面が含まれます。4~5話目あたりになる予定です。
「颶風」「蜃楼」から数年後の話となります。
チェ・ヨンとウンスには、子どもが産まれていないことが前提です。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「旦那様、そんなこと、私がやりますから。
いつも申し上げておりますでしょう」

屋敷で働くヨンシクの母が、慌ててチェ・ヨンにかけよる。

「いや、よいのだ」

チェ・ヨンは、膝に乗せた小さな赤児の口に、ゆっくりと慎重に匙をさしいれる。
赤児は粥をぱくついて、口から余ったそれがこぼれると、
チェ・ヨンは唇についたそれを、指で拭うようにして赤児の口に入れる。
武人にしてはたおやかな手指であったが、ごく小さな口とならぶと、
その指もいかつく見えた。
そのまま赤児は、チェ・ヨンの指をぎゅっと握ってしまったので、
チェ・ヨンは笑って、自分の力強い指を離さない柔らかく細かい指を
あやすように引っ張る。

「いいのよ、自分がやりたいってきかないんだから」

助けを求めるように顔を向けた屋敷の使用人に対してウンスは、
汁をかけた飯を匙で大きく開けた口に運ぶ途中で、手を止めてそう言うと、
そのままぱくりと美味しそうに一口含んだ。

賛成事にまでおなりになったのですから、子守りなど、
何人でもお雇いになったらいいですのに、とヨンシクの母が遠慮がちに言うと、
チェ・ヨンは、子守りがたくさんいたら俺のやることがなくなっちまう、
と溶けそうな顔を赤児の顔に近づけて言う。

「いる間はやらせとけばいいのよ。どうせ家にはたいしていられないんだから」

ウンスが少々の棘を含ませてそう言うと、
チェ・ヨンはわざと聞こえないふうを装って、赤児に話しかける。

「ん? もっと召し上がりたいか。そうか、そうか」

ようやく指を離した赤児にもうひと匙含ませると、
チェ・ヨンは嬉しそうに言う。

「たんと食べるがいい。そうすると、大きく丈夫になるからな」

赤児が匙の上の粥に手を差し入れて、べたべたになった手で
チェ・ヨンの頬に触ると、ああっ、とヨンシクの母が声を上げる。

「かまわぬ、かまわぬ」

チェ・ヨンはウンスが渡した手拭きで、赤児の手を拭いながら
手の使い方が実に上手におなりだ、しかし、人の顔に粥をつけてはならぬぞ、
とこんこんと説いている。

「仕事でも、これぐらい根気強く穏やかにやれば、
鬼神なんて言われなくなるのにね」

ウンスがからかうように言うと、チェ・ヨンはきりりと顔を引き締めて、言った。

「兵士どもは、このようにかわいらしゅうはない」

チェ・ヨンがそう言うと、ウンスは荒くれた兵士どもを思い浮かべて、
くすくすと笑った。

「祝いの席の準備は進んでいるのか?」

尋ねられると、ウンスはちょうど箸を置いたところで、満足気な顔でうなずく。
膝でいざり寄ると、チェ・ヨンの腕から赤児を抱き上げて、
ウンスは顔を近づけて笑いかける。

「もう少し食べる? ん?」

ウンスの膝の上で、赤児は再び、粥と野菜の潰したものを食べ始める。
手の空いたチェ・ヨンは、自分の膳の前に腰を下ろし直し、
箸を取ると、少し冷めた自分の食事を口に運びはじめる。

「いろいろ考えたのだけれど…」

ウンスが赤児に目をやりながら、口を開くと、チェ・ヨンは口を動かしながら、
目をウンスに向ける。

「お祝いの品は遠慮して、その代わり食べ物をできるだけたくさん用意して
お客様だけじゃなくて、屋敷の門のところに、仮小屋を立てて、
その日一日、餅か、餅が用意できないようなら、もういっそ米を
配るようにしようかと思うんだけど、どうかしら」

ウンスの提案に、チェ・ヨンがぐっと深くうなずく。
ここ半年は兵糧の徴収がない分、開京の市場に出回る品物も少しずつ
増えてきている。
とはいえ、この食糧難の折だ。

市場で買い占めるわけにもいかないだろう、
左将軍に融通できないか聞いてみよう、とチェ・ヨンが言うと、
ウンスはほっと表情を緩めた。

「それで、どうかな。チョナは来られそう?」

ウンスがそう言うと、チェ・ヨンは残念そうに首を振った。
ため息をつきながら、ウンスが言う。

「まず無理よね…。一人の部下の子どものトルジャンチ(誕生祝い)
だけ特別にいらっしゃるわけにはいかないだろうし」

しかしチョナも祝いの日にはどうしたってお会いになりたいだろう、
とチェ・ヨンは声を潜めつぶやくように言いながら、
じっと赤児を見つめた。



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by kkkaaat | 2014-07-27 01:04 | 北斗七星【シンイ二次】 | Comments(30)

二次小説。いまのところシンイとか。
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