筆記



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【シンイ二次】北斗七星3

「ただいま、戻りました」

奥の間ではなく、火を使っていて暖かい厨(くりや)の片隅で
読み物をしているウンスの姿を目にしたチェ・ヨンの声がかすかに弾んでいる。
身支度をしてくる、湯はあるか、と尋ねたのにありますと答えて、
ユンシクが、その間に膳を整えます、と続けるとチェ・ヨンは、

「軽いものでいい」

とだけ言って、書物から目を上げたウンスに目元だけの笑みを残して、
素早く湯屋に向かってしまった。
ユンシクは汁を温めはじめた母親に、急ごう、すぐにお戻りになる、
と声をかけて、膳の支度をはじめる。

ユンシクの言う通り、チェ・ヨンは水をかぶっただけではないか、
と思うほど早く部屋に戻ったが、きちんと石鹸の匂いをさせていた。
慣れたもので、すでに部屋には膳が並べられ、夕餉をすませていた
ウンスの席もしつらえてあり、薄い酒と温かい茶が飲めるようにしてあった。

「いま、すませるから」

チェ・ヨンは、座るやいなや、飯をかきこむように口に入れ始めた。
遅くなってすまない、眠くはないか、早う戻ると言ったのに、
とウンスを気にしながら、噛む合間に言葉を挟む。

「大丈夫、眠くないわ」

ウンスがそう答えると、チェ・ヨンはほっと肩の力を抜いて、
俯いた顔の前髪の間からウンスを盗み見るように眺めて、
口元だけ少し笑った。
ウンスは薄い酒をわずかに口にした。
いつもなら喉から身体にしみるようなそれも、ほとんど水のようで、
ウンスはそれ以上飲むのはよしておいた。

ほとんど流し込むように食べてしまうと、
チェ・ヨンは弾みをつけるようにかちゃりと箸を膳に置き、
さて、済んだ、と見ればわかることをわざわざ口に出し、
それからどことはなしに落ち着かなげに両膝を音を立てて一つ叩くと、
すくりと立ち上がる。
少しばかりぼうっとしているウンスの前に立つと、手を伸ばして、
ウンスの手を取り立ち上がらせる。

「ゆきましょう」

そう言いながら、ウンスの口元に自分の口を寄せて、
首根っこを包むように片手でつかむと慣れた様子で押し付ける。
ウンスは、どう話を切り出そうか、いまだに思いつかず、
何か言いかけたように口を半開きにして、動きを止めていた。
応えが鈍いのを怪訝に思って、チェ・ヨンは口を離し、
あらためてウンスの顔を覗き込む。

「なにか?」

ウンスは何度か瞬きをする。
(この人がこんなふうなためらいを見せることは珍しい)
とチェ・ヨンは不安にかられて尋ねる。

「日を間違ったか、それとも身体に不調でも」

ああ、違うのよ、と答えながらウンスは、ふうーっと息を吐いて、
腕を組み、首をかしげた。
ウンスとチェ・ヨンは四十を過ぎて、未だ子がいなかった。
月のうち何日か、ウンスの割り出した日に営みを持つことは
すでに習いとなっている。
今日はそうした日のはずだと、チェ・ヨンは頭の中で確かめなおす。

「気が……乗らぬか?」

チェ・ヨンが、ウンスを抱き寄せながら、残念そうに小声で言うと、
ウンスは、ああ違うの、と慌てたように言って額に手を当てる。

「ちょっと、すごく、大事な話があって、
どう話せばいいかな、って思いつかなくて」

ウンスはチェ・ヨンの手を取ると、とにかく二人になれるところで話しましょう、
とその顔を見上げながら言う。
チェ・ヨンは先ほどまでのくだけた雰囲気を捨て去って、
ウンスの腰に手を回すと、寝屋へと足を向けた。



「我らの子として偽れと!?」

ウンスが話を切り出した内容を聞いて、
馬鹿なことを、とチェ・ヨンが声を荒げた。

「待って、待って。話を全部聞いて」

ウンスがうろうろと寝台の前を行ったり来たりしはじめた
チェ・ヨンの腕をつかんで引き止めると、
勢いよく息を吐くと、どさりと寝台に腰を下ろす。

「ありえぬ」

チェ・ヨンは手で口元を覆うと、その下でもう一度、ありえぬ、とつぶやいた。



「ウンス、そなたは言ったな。高麗の国はそう遠くはない先に、
朝鮮という国となり、さらにそなたがいた時代ではまた別の名前となると」

はい、とウンスは王妃の問いかけにうなずく。

「そなたの知る国史では、私と子は難産によってチョナのもとを去ると」

目を伏せたウンスをまっすぐに見て、王妃はそう言った。
ウンスは、うなずきながら顔を上げ、早口で言い返す。

「けれどそのことを知り、対処すれば避けられる可能性もあると思うんです。
だからわたし、すべてお話しました」

王妃はウンスの言葉に、穏やかな目でうなずいた。

「話してくれたこと、心から感謝しておる。
そなたの話が、どれほどチョナのご判断に役立っておるか」

王妃の手がウンスに向かって伸び、そっとその手を握る。
やはりそなたは、仏がおつかわしになった天人なのであろうな、
と呟いて王妃は微笑んだ。

「ここにおる子はきっと、そなたの医術があれば生き延びるであろう」

いや、生かす。必ずや生かす、と王妃は自分の腹をじっと見つめて言う。
腹に向けていた顔を上げると、すでに王妃の顔に笑みはなかった。
ウンスの手を握り締める手にわずかに力がこもる。

「けれど、無事産まれたとして。…その先はどうであろう?
太子として、また王女として産まれ、この国の中枢におれば、
必ずや政変に巻き込まれること必定」

ウンス、そちが語ったこの国のゆく道ゆく末は、時のずれや
順序の変わりこそあれ、そうなるのじゃ、と王妃は目を見開くようにして言った。
王妃の言おうとしていることの見当が付いて、
あらがおうと言葉を探して、ウンスは視線を宙にさまよわせる。

「わたしがお話したことは、受験の暗記とか、ドラマ…その、劇の中で
見たものがほとんどなんです。なんていうか、物語っていうか、
本当にそうだったからもわからないし…、
それって、お話しする前に、申しあげましたよね?」

ウンスはしどろもどろになりながらそう言ったが、
王妃がウンスの手を握る力はますます強くなる。

「けれど、おおすじは当たっていた。
なんとか変えられぬか、と手を尽くしても、倭寇はやってきたし、
紅巾党は何度も押し寄せた。
この子が」

と王妃は腹に目をやる。

「我が子である限り、命を失うは定め事。」

でも、と遮ろうとするウンスを目で押しとどめて、王妃は続けた。

「子をなし、次の王を産むことこそ、私に課せられたつとめであると
長くそう思っておった」

けれども、必ずしも、この、この高麗は――。
王妃は思っていたよりも穏やかな口調で言って、そこでつと言葉をと切らせた。
チェ尚宮は、かすかに眉間に皺を寄せたまま、黙って机上を見つめている。

「先の世にて高麗は滅んだというが、見よ。
ウンス、そなたを見ればわかる。
王が代わり、名が変わっても、人と土地はつなぎつながれて国は残るのじゃ」

目の奥に、見たことのない温かい光をたたえて王妃はウンスに告げる。

「国の名ではなく、命を残したいと願うは、
王妃としてまことに菲才(不適任)である」

許されぬことやも知れぬ、と呟いて、
王妃は片手をチェ尚宮の机上で固く握られた拳に伸ばして、
包むように握った。
ウンスとチェ尚宮の手を握ったまま、王妃は二人の手を軽く揺すった。

「しかしじゃ、母として、この子をさだめより逃がしたい。
――たとえ天意に逆ろうてもじゃ」

王妃の声が震えた。
ウンスは強く握られた手の痛みも忘れて、
呆けたように王妃の言葉を聞いていた。



「それで我らに仮親になれと」

ウンスは低い声で言ったチェ・ヨンに顔を向けて、
ぎょっとして微かに飛び上がった。

「そんなに怖い顔しないでよ!」

隣に腰を下ろしたウンスが、肘でチェ・ヨンの脇腹をつつくと、
いや怒っているわけではない、だがあまりにも途方もない話で、
と言いながら、チェ・ヨンは片手で顔を覆うと、
ゆっくりと撫ぜるように顎まで下ろした。

「いくらお二人の頼みごととて…」

首を振りながら、なんとかこの事態を飲みこもうと、
何度も小さくため息をつく。

「それで、あなたはどう応じられたのだ」

チェ・ヨンは顔を向けて、ウンスをじっと見つめた。



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by kkkaaat | 2014-08-20 14:27 | 北斗七星【シンイ二次】 | Comments(12)

二次小説。いまのところシンイとか。
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