筆記



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【シンイ二次 掌編】買い物へ

※ドラマの終盤で、チェ・ヨンが宿舎に隠れているウンスを買い物に誘う場面のあと、こんなふうにお買い物してたのかなあという想像です。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「何を買ってもよいと、言うたではありませんか」

チェ・ヨンは少しばかり責めるような口ぶりで、店の入口を自分の身体でふさぐ。
ちょっとだけとがらせた唇に、チェ・ヨンの目が吸い付けられているのも気づかずに、ウンスは視線を下に落として、身体の横にたらした両手を所在無げに、こぶしに握る。
店主は急にはじまった押し問答に、目をそらして服をたたみだした。

「服でも、小物でも、靴でも、好きに選ばれたらよい」

あれほど喜んでおられたのに、なにゆえ、と尋ねる声がわずかに大きくなってしまって、チェ・ヨンは少しだけ天井を見上げて気を静める。
それから、自分の背中と入口の隙間から自分とウンスの様子を盗み見ようとしている于達赤の腹に、振り返りもせずに剣の鞘を食らわせる。
背中越しに、テ…ジャン…、と呻いた声は、トクマンだった。

「迷っちゃって」

よく考えたらどうしても欲しいってわけでも、と困ったように目をそらすのがまた、腹が立った。
于達赤の兵舎と典医寺の往復だけの毎日なうえ、うまくいかぬ薬作りで、明るくふるまってはいるが、目の下の隈も濃い。なんとか気を晴らしてやりたいと、買い物に行きましょうともちかけたときは、ぱっと顔に明かりが灯ったようになった。
その笑顔との落差に、戸惑いがわき上がる。
店に入り、しばらくの間は弾む鞠のように服を手にとったり、かんざしを頭に指してみたり。
だのに、チェ・ヨンがそれもこれもと店主に渡しはじめると、急に手を止めてしまったのだ。

「じゃあ、これを買ってもらおっかな」

ウンスがおずおずとかんざしを一つ差し出してそう言うが、チェ・ヨンはがんとして動かない。
近くの棚を後ろ手で軽々とずらすと、入口をふさいでしまう。
店主は目を丸くして、チェ・ヨンに文句をつけるどころか、荷物置き場に逃げこんでしまった。
中が見えないとかなんとか、外で騒ぐ声が聞こえるが、相手にもせず、チェ・ヨンはずいとウンスに向かって一歩踏み出す。

「な、なによお」

ウンスも一歩下がるが、その度にずいとチェ・ヨンが踏み出すので、たちまち店の奥端に追い詰められてしまった。ウンスはいきなりくるりとチェ・ヨンに背を向けて、すばやくしゃがむと壁替わりになっている天幕の端を持ち上げて店の外へと逃げ出そうとする。
そうは問屋が卸さないと、チェ・ヨンは猫の子でも持ち上げるようにひょいと首根っこをつかんで捕まえると、肩をつかんで、もう一度くるりと自分に向けて居直らす。

「気に入りませんか」

これも、これも、先ほどたいそう気に入った様子で手に取っておられた、とチェ・ヨンがそばにあった着物をわしづかみにしてウンスにつきつけると、じっと目を見て言う。
ウンスは、肩をすくめてため息をつくと、チェ・ヨンを見上げて目を合わす。

「気に入らないわけじゃなくて、すごく素敵よ、これも、これも」

ウンスは少し考えこんで言葉を探すが、うまく説明できずに髪をかき回す。
チェ・ヨンが怪訝な顔ををすると、もう一度、ウンスはしぶしぶ口にした。

「…高いの」

はあ? とチェ・ヨンが言うやいなや、ウンスはじれったそうに繰り返す。

「思ってたより、ずっと高いのよ。こんなの買ってもらえないわ!」

持ち合わせならあります、ご存知でしょう、とチェ・ヨンが手首をつかんで言い聞かせると、ウンスはまたもや口をとがらせる。

「あのね」

白状すると私、男の人に何か買ってもらったことあまりないのよ。自分の収入はあったし、どちらかって言えばつくす女だったし。あなたったらどんどん品物を積み上げちゃって、なんか私、図々しい女みたいじゃない? 金のかかる女って、そりゃあ若いこならまだ許せるけど―
べらべらとしゃべりだしたウンスのくるくると動く瞳や口に、チェ・ヨンの口元はほっとしたように緩んだ。
そんなことを気になさっていたのか、とつぶやく。
狭い店の天幕の端は、チェ・ヨンの背丈よりも低く垂れていて、そこに当たらぬよう、背をかがめるとウンスの顔が間近になった。

「俺が―さしあげたいのです」

チェ・ヨンが低くそう言うと、ウンスは近づいた顔にどぎまぎするように顎を引いて、いや、でも、呆れたりしない? と念を押して言う。
無言のままチェ・ヨンがうなずくと、ずいと差し出された衣の束に、遠慮がちに手を伸ばし、

「じゃあ、これ、…と、これ」

と先ほどかなり長い間、胸に当てては眺め当てては眺めを繰り返していた桃の色に赤みの花が散ったものと、若草に尾の長い鳥の大きな刺繍の入ったものを選ぶ。
他には、とチェ・ヨンがうながすとウンスは、この二枚が気に入ったからと説明したあと、

「ね、残りも無駄遣いしないでよ。また一緒に買い物に出かけたいから」

と嬉しそうにおどけてみせた。

「わかりました。それでは勘定をすませますので、外で待っていてください」

チェ・ヨンがそう告げて、片手でずるりと入口をふさいでおいた棚をずらすと、テマン、トクマンとそれを止める体で戸口に耳を寄せていたチュンソクが、うわっと声を上げながら倒れこむ。
冷たい目で見下ろされて、三人は飛び起きる。

「用をすませるゆえ、医仙を茶と菓子のある店へお連れしろ。すぐに追いつく」

わかりましたテジャン、とテマンを残して一行が立ち去ると、チェ・ヨンはすぐにきびすを返す。
ありがとうございます、と頭を下げる店主に先ほどの二枚を渡した。

「お代は―」

と言いかける店主と懐から財布を出すテマンの頭に、チェ・ヨンの声がかけられる。

「待て」

は、と顔を上げたところに、チェ・ヨンが端から着物を取り上げて渡す。
靴に小物に、ウンスが手にとったものをあらかた渡すと、店主の両手はいっぱいになって、積み上げられた品物で、前もろくに見えない。

「こ、これを、全部でございますか?」
「これ、ぜんぶですか?」

品物の横からようやく顔を出した店主と横に立つテマンが同時に言う。

「そうだ」

チェ・ヨンは、全部だ、と念を押すようにもう一度きっぱりと告げると、
かすかに口角を上げて、店を出た。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ドラマでもみんな大好き「遊びに行きましょう」のセリフですが、ドラマ本編にその後の場面はありません。ただし、脚本はあったし、実際撮影も行われたのかな? それっぽい場面のキャプチャー写真を見たことがあります。脚本の翻訳もすでにさまざまなブログにアップされていますし、それをもとにした二次創作もいくつか読んだことがあります。
なので買い物場面の掌編を書くと、どうしてもそれらとおんなじになってしまいますので、別バージョンでお送りさせていただきました~。

チェ・ヨン、名家の生まれなうえ、「金を石と思え」のお父さんに育てられ、家にも戻らずウダルチ兵舎で部下たちといっしょにご飯も食べてましたから、ほんと貯金はたんまりあるはずですよね。なのにケチじゃなく気前がよい(貯金がある男ほどケチの法則にはあてはまらない)。いつ見ても総合力高い男です。


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by kkkaaat | 2016-02-25 23:10 | 短編【シンイ二次】 | Comments(23)

北斗七星あとがき&ご挨拶



北斗七星
中国では天帝の乗り物と見立てる説や、北斗七星を司る北斗星君という神がいる他にも、北斗七星の各々の星々に伝説がある。
例えば、宋の仁宗皇帝には文の包拯(包青天)、武の狄青の二人の名臣が居たが、この二人はそれぞれδ星(文曲星)、ζ星(武曲星)が仁宗を助けるために天帝の命によって天下ったものであるという伝説が水滸伝に記されている。水滸伝の主人公宋江もα星(天魁星)の天下ったものとされ、そのことから「星主」とも呼ばれている。
―Wikipediaより





いつもお読みいただき、ありがとうございます。
ようやく「北斗七星」を終わらせることができました。
書き始めてから一年半……、大変遅筆で申しわけありませんでした。
そして、幾人かのずっと追いかけてくださった方にまずは心からお礼申し上げます。
ありがとうございます。
途中から読んでくださった方、今回初めて読んでくださった方、
本当に、ありがとうございます。

「雨」を出発点に、「明日の風」「金銀花」「颶風」の三つの話を柱にしたひとつながりのこのウンスとチェ・ヨンのお話は、この「北斗七星」でラストです。

以前にも書きましたがこのブログは、「明日の風」「金銀花」「颶風」の中で生きるウンスとチェ・ヨンの二人を書きたくて立ち上げました。それを書いていく中で、コメントで、王妃様と王様とウンスとヨンの史実とは少し違う未来の話のリクエストをいただきました。
この「北斗七星」の結末は、この一連の話がたどりつくラインとして、妄想としてはあったのですが、物悲しい話なので、二次創作としてアップするつもりはありませんでした。

そのあとに、三つの話を書いていくうちにドラマの中のさまざまな伏線や設定について、いろんなことを思いめぐらすようになりました。「どうして天穴はウンスだけを通したのか」「ウンスが来たことでずれた歴史はどうなるのか」「天穴を通るものは大きく歴史を変えられるのか」「歴史が変わったらウンスの存在はどうなるのか」。

「なぜ、ウンスでなくてはならなかったのか?」

そういう想像をいくらでもさせてくれるのが、このドラマの本当に面白いところです。
自分の妄想の中でつじつまが合うと、めちゃめちゃワクワクしたり。

その中で、「北斗七星」の話の細部が膨らんでいきました。
実は、もっとハッピーな終わり方ができないかなあ、と思いました。
ウンスに子どもが産まれ、王妃にも子どもが産まれ長生きし、チェ・ヨンはイ・ソンゲに殺されず、王は気が触れず。
そういう夢想ももちろんしています。
つじつまを合わせることもできるような気がしました。
あまりにそうなって欲しいと自分でも思っているので。

けれど、「明日の風」「金銀花」「颶風」で描きたかったドラマ『シンイ』の魅力は、ちっぽけな力しかもたない人間が、右往左往して動乱の世界の中で運命にあらがって、ほんのひと時の幸せを願いつかむ、そういう側面だよなあ、と思いました。

ウンスもチェ・ヨンも、ドラマの中で、自らの役割を痛いほどに意識して生きています。
自らの力としてそれを使いはしますが、天穴の力、現代医学の力、雷功の力、権力の力を使って自分のいいように運命を変えようとはしていません。そもそも、それでも変わらぬ運命の切なさ、そこを細い糸のような正しい選択で、再びめぐりあう二人の切なさにめろめろになったのが、シンイの二次創作をはじめたきっかけでした。

なので、最初に書いた三つの話のラストは、ウンスがチェ・ヨンが王が王妃が、もがきごくごく少ない選択肢の末に、選び取る形でのハッピーエンドとなりました。
王妃様の悲しい運命は変えられなかったけれど、彼女の悲願であった子どもが命をつなぎ、王は二人で決めた選択を悲しみながらも受け入れ、政権を放棄することはなくなり、チェ・ヨンとウンスは子どもを得ます。
史実で書かれたことの裏側に、ドラマではこんなふうな秘密があったらいいなあ、と。

この子はどうなるのでしょうか。
歴史上の、禑王の寧妃崔氏は彼女なのでしょうか。
私は歴史上の、王と王妃の死産だった子と、禑王の妃となって殺されてしまったチェ・ヨンの娘の、そのどちらもが、この秘められた歴史改変によって、なんらかの形で生き延びていく、そんなふうにシンイの世界の未来を夢想しています。

歴史とからみあっていくらでも想像が広がっていく、シンイというドラマに私が感じた魅力を、少しでも二次創作にこめられていたら幸いです。
ここまで、お読みいただきありがとうございました。

読んでくださる方がいたので、ここまで書き続けることができました。
コメントやバナークリックやいいねや、読んでるよ! の声で励ましてくださったこと、重ねてお礼申し上げます。

お話のラストということで、少ししんみりしてしまったので、次はリクエストいただいたリストの中から、明るくラブラブか、笑える傾向のものを選んで更新したいと思います!

ミチ拝


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by kkkaaat | 2016-02-13 19:09 | お知らせ | Comments(20)

はじめに

韓ドラの「信 義-シ ン イ-」から妄想した二次小説を書きはじめました。
ドラマでは省かれてしまった部分、描かれなかった部分を勝手に脳内補完しています。

ウンスが別の時代に行っちゃったとき、ものすごくギョっとしたので(残された日記やものから考えれば当然の展開だったのですが、ドラマの残り時間見て、悲しい結末かもとびびりました)、ラストとても嬉しかったのですが、ただあまりにもあっさりだったので、そこらへんが話の中心です。
ドラマ直後からの再会の話、その後波乱の高麗で二人がどうなっていくか、基本明るめ、ハッピーエンドと思って書いていますが、動乱の時代、歴史上の出来事を話に織り込むことで、物悲しい場面もあります。
(「明日の風」「金銀花」までは王道スイートハッピーエンドです。)

初めていらっしゃった方で、ドラマの最終回で「ここで終わりなの~!!」となった方は、
「明日の風」をお読みいただくのがおすすめです。
ドラマのラストから続く形の話になっています。

よかったら読んでやってください。
楽しんでいただけたら、とても嬉しいです。

ミチ拝
by kkkaaat | 2016-02-13 10:00 | はじめに | Comments(15)

【シンイ二次】胡蝶の夢



まどろみの中で、唇に花びらのようなふわりとした感触があったが、
ウンスは目を覚まさなかった。
うらうらとした春の日差しの渡りの廊下で、
猫のようになっているこの慶福のときにひたりきっている。

突然、顔に強い圧迫感が起こり、
寝ぼけているうちに口に勢いよく息が吹きこまれ、飛び起きる。

「な、なによ!」

水の中でもがくように手を動かすと、固く力強い胸板に突き当たる。
目を開けると、チェ・ヨンの顔が目の前にあった。

「もうっ」

唇の端に、いたずらを思わせる笑みを見つけて、
ウンスはそのままこぶしで一つ、ドンと相手の胸を叩く。

「ぴくりとも動かぬゆえ、人工呼吸とやらをおこなったまで」

涼しい顔でそう言ってのけるチェ・ヨンは微笑んでいるが、
その目が自分の目鼻を口を何かを探すようにさ迷いおよぐのに気づいて、
ウンスは手を伸ばし、チェ・ヨンの顎に触れる。

「なに、なにか心配?」

チェ・ヨンは身体を起こすと、ウンスの横に膝を立てて座り、黙ったまま庭をじっと見る。
ウンスも半身を立てて、チェ・ヨンの横顔を見て、それから同じように庭を見た。
白木蓮の花の周りを白羽の蝶が舞っているのが、
まるで花びらがそよぎ舞っているようにも見える。

「わたしの息が止まってるとでも思った? ただの昼寝よ。
こんなにゆっくりできるの、今じゃ珍しいから、ついね。
今日はテマンが」

この人は、ことわたしのことになると過剰にナーバスなところがあるのよね、
と先回りしてウンスが言いかけたところで、
知っている、テマンが家に連れていくのに会った、とチェ・ヨンはうなずく。
手をつないで歩いておった、と少しいまいましそうに付け加える。
それから、チェ・ヨンは思い切ったように口に出す。

「あなたの唇に」

言葉の一瞬の切れ目に、ウンスは顔を上げ、チェ・ヨンを見る。

「蝶が、とまっていて…」

とまどうように、ふうと息をつく。
言葉を探して、チェ・ヨンは指で額をこする。
ウンスは身体を起こし、自分もチェ・ヨンの横に座るとゆったりと身体をもたれさせる。
それからチェ・ヨンの腕を、軽く手のひらで撫ぜる。
チェ・ヨンは少し笑って、ウンスの肩を抱き、自分の方へと引き寄せた。

「わたしが夢みたいに、消えてしまうと?」

不安になったの、とウンスが小さく尋ねると、
顔をうつむけたまま、ふ、と鼻で笑って、チェ・ヨンは照れ隠しか顔を背け、
胡蝶の夢か、とつぶやく。
つかの間、沈黙が二人の間に落ちる。
微かな風の音の後に。

「大丈夫、テジャン、わたし、いるわ」

ウンスが優しく言う。

ぞくとチェ・ヨンの背中が震える。
肩に回されていた手が肩へ、首へと滑り、
ウンスの頬が柔らかくつかまれると、チェ・ヨンへと引き寄せられる。

「テマンに見られるわ」

弾んだ息でウンスがそう言うと、
テマンは先ほど子を連れて出かけたではないか忘れましたか、とチェ・ヨンが答える。
ヨンシクは使いに出したし、母親は買い物に出ている、
とウンスが尋ねる前に、先回りで言いながら、もう一度唇を弄う。

「手回しがよくなったわね」

チマに差し入れられた手がふくらはぎを滑り、ウンスが身をよじると、
チェ・ヨンは腕をつかみ、力をこめて立ち上がらせた。

「機を見て敏と言っていただきたい」

真面目な顔でそう言うと、チェ・ヨンはウンスの腕をひいて歩を進める。
抱き寄せられたウンスはチェ・ヨンの胸に頭を寄せて、身体をまかせている。

庭には春の花がつぼみを開き、
先ほどまで戯れるように飛んでいた蝶はどこかに行ってしまった。
ウンスはチェ・ヨンの肩ごしに見える、柔らかく晴れた空に眩しそうに目を細める。
チェ・ヨンは外廊下の端でいっとき立ち止まり、
ウンスの背中をそっとうながすように押す。

そして静かに、扉を閉めた。


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by kkkaaat | 2016-02-12 22:23 | 短編【シンイ二次】 | Comments(20)

【シンイ二次】北斗七星10(終)

「おお、おう」

お抱きになりますか、とチェ・ヨンに尋ねられて、王は一も二もなく
腕を前に差し出してその胸に抱く。
言葉にならない喜色の濃い音吐が口から漏れる。

「会いたかったぞ」

日も暮れた私室で人払いをした上で、それでも声をひそめて、王は顔を近づける。
赤子は高い笑い声をあげて、王の顔に両手を伸ばしてぶしつけに触る。

「あらあらあら」

ウンスが笑いながら、大丈夫かしらというようにうかがうと、
王はまったく構いもせず、むしろ頬をつかみやすいように赤子を持ち上げる。
赤子は人見知りもせずに、声を出して笑う。

「余の顔をお気に入りか、よいよい。存分に触れよ」

そう言いながら、王は赤子の顔を食い入るように見る。
その薄く赤い唇や、赤子にしてはすっきりとした鼻筋や、大きな黒い瞳をたたえた目を、
順に見て、その中にある面影を見つけると同時に、微笑んだまま目から涙を溢れさせた。

「似ておるなあ」

誰にとは言わずに、王はそうつぶやき、片腕で赤子を抱き寄せたまま袂で目を拭った。
そして、また大きく笑うと、赤子をあやしはじめる。
ウンスは黙ったまま、ぎゅっと横に立ったチェ・ヨンの上着の背中を握った。
それに気づいてチェ・ヨンは少しだけ顔を横に向けて、ウンスを上から見下ろす。
ウンスはそのことに気づかぬまま、王と赤子の様子に見入っている。

王都に戻ったおりに、寝入っている赤子を一度だけ拝謁させたが、
こうして腕に抱くのは王にとってほぼ一年ぶりとなる。
ウンスはもっと早くに機会を作りたいとせがんだが、
チェ・ヨンの戒心の強さはなみなみならぬものであった。

「美しい赤子でございましょう」

自分の横で急に声がしてウンスは、はっとしてチェ・ヨンの顔を見た。

「母親に、似ております」

視線を落として低い声で言い、それからチェ・ヨンは顔を上げて王と目を合わせた。
王はチェ・ヨンを見、それからウンスを見た。





「私の子はどこです。私の、わたくしの――」

もうほとんど見えないような目を空に惑わせて、王妃は寝台の上で悶え、細々と叫んでいた。
王妃様は心が乱れておいでです、と別室へと導こうとする下官を押しのけて、
王は寝台の傍らに立ち、王妃の姿を見下ろした。

ただの十日ほどで、これほどに青ざめ、細るものなのか。
侍医たちを怒鳴りつけたい気持ちが、沸き立つ煮え湯のように腹の奥から湧き上がる。
それを、手を尽くしても王妃の身体は出産に適しているとは言い難いという診断を
きっぱりと告げたウンスの言葉を思い出してぐっと飲みこむ。
ウンスは骨盤という言葉を使っていたが、赤子を包む骨がもともと小さく、
出産には多量の出血の可能性が高いと。
腹を切って赤子を取り出すやり方も提案されたが、
尊い王妃の身体を切り裂くことなどあってはならぬと侍医たちによって一蹴された。
王自身、そうした術技のない侍医たちにまかせる気も起こらなかった。
(チャン・ビンがおれば)
(ウンスを開京にとどめおけば)
今になっては詮無い思いが、ぐるぐると頭の中を回る。

王は、ウンスが王妃とともにしていた可笑しな体操を思い出して、
耐えられずに一瞬目をつむった。
床一面に敷き詰められた布団の上で、ウンスと王妃と、
なぜかチェ尚宮までもが仰向けになって何やら膝を動かしている。
何かなさっているご様子という護衛の言葉に、
前触れをさせぬまま王が部屋へと立ち入ると、
王妃は、チョナ! と高い声を出すと急いで起き上がり、顔を真っ赤に染めてみせた。
今、目の前にいる王妃の顔は血の気がなく、その落差を飲みこむことが難しい。

「王妃さまは、御産の際の出血が多く、また御子様のみまかられたことに心を傷められ、
病にかかっております。
熱でうかされておりますゆえ、御子様がまだ、その生きておられると…。
くれぐれも、刺激なさりませぬよ――」

わかっておる、と王は低く言って寝台のふちに腰掛け、王妃の手をとった。

「チョナ、ああ、チョナ」

うわ言のようにつぶやきながら、まだ相手が誰かはわかるようだった。
私の赤子はどこにいますか、無事ですか、健勝にしておりますか、私の、私の、
と狂ったように王の手を握りしめる。
王は大きく息をすい、憂いを顔から払い、どうにか薄い笑顔を作って、王妃に身を寄せる。

「大事ない。赤子は無事じゃ。心配ない、赤子は無事でおるぞ」

何度も言い聞かせると、王妃は少しだけ言葉を止めて、ぐったりと王を見つめる。

「赤子はチェ・ヨン将軍が守っておる。チェ・ヨンが、命をかけて守っておる」

後ろに控える下官や侍医が、王妃を慰める王の虚言ととらえてそっと涙をぬぐう。
王妃の虚ろな眼差しにかすかに生気が戻るのを、王だけが見る。

「チェ…ヨン…」

そうじゃ、チェ・ヨンが守っておる、震える声で王はそう言って、強く王妃の手を握る。
そうでした、とつぶやくと、もう弱りきって涙も出ない王妃の目に、薄く涙が盛り上がる。
唇に笑みめいたものを苦心して浮かべると、王妃は出ない声で何かをつぶやく。
王はもう堪えることができなくなって、嗚咽をもらしながら、
その口に自分の耳をかぶせるようにして、ただひたすらに小さくうなずき続ける。

その日の夜半に、王妃は絶息する。





「本当に、よく、似ておる」

ウンスと眼差しを合わせたまま、王はしみじみと言う。
しばし抱かせよ、と言って王は腰掛け、腕の中の赤子をじっと見つめ、
静かな声で何か話しかけながらあやしている。
チェ・ヨンとウンスは黙って少し下がり、部屋の入際に置かれた卓についた。

胸がいっぱいで喉が詰まったようになって、
ウンスは王と赤子から目を離すことができなかった。
卓上に置かれぎゅっと握られたその手を、そっと包みこむ感触にウンスは目を下ろす。
自分の手に、一回り大きな手が重ねられていた。
顔を上げると、チェ・ヨンがじっとウンスを見つめている。
ウンスは沈黙のまま、手のひらを上に返すと、包みこむその手に指を絡める。
ぎゅうとこめられた力に、ウンスもまた答えるように握り返す。


力強く。
ただ、力強く。



(終)

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by kkkaaat | 2016-02-12 22:17 | 北斗七星【シンイ二次】 | Comments(35)

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