筆記



【シンイ二次】明日の風2

騒ぎ立てる兵たちをなだめ、それでもおさまらぬのを一喝し、
形ばかり静まったのを確かめると、チェ・ヨンは営門から練兵の為の広場と食糧倉を抜け、
正面右奥の集合所に向かった。
集合所の中に休むための私室がある。

歩く間も自分を見る目や声が聞こえたが、知らぬふりで建物の中に入る。
入り口の両脇に立つ衛兵も、騒ぎは見えていただろうが、
チェ・ヨンが通り過ぎるまでの間は、しごく真面目な顔を保っていた。

チェ・ヨンはチュンソクに、医仙のお戻りについてはしばらく兵営の中だけの
話とするように、徹底しろ、と告げた。
けれども若く楽しみの少ない兵士たちは噂好きで、
口に戸は立てられのとはわかっていた。

こうなったら一刻も早く、開京にあの方をお連れせねば、と思う。
噂が広まる前に、安全な皇宮にウンスを入れてしまいたかった。

ウンスのいない間のうちの、ほぼまる一年を皇宮に黴のように根をはった政敵を
駆逐するのに使った。
徳興君や奇轍が放ったものたちは、静かに深く皇宮に入り込んでいたが、
主を失って、風になびくように王に仕えはじめたものもおれば、
その胸の内に小さな謀反の芽を抱えたまま潜伏し続けるものもおり。
それを探し、見分け、判じ、必要であれば取り除く。
それを繰り返して、今では皇宮は王と王妃にとってようやく危険のない場所となっていた。
今の皇宮であれば、とチェ・ヨンは考える。
隠せないならば、大樹の加護のもとにあの方を置こうと思う。

大きな卓と複数の椅子のある部屋を抜け、私室に入る。
窓に風ふさぎにかかっている覆い布をそっとよけて、外を覗く。
外は、いつもよりも少しだけ賑やかだ。
今日のことを肴に、兵たちが酒でも飲んでいるのだろう。

空を見ると、薄く削られた月が見える。
さほど離れてはいない場所に、あの人がいると思うと、
チェ・ヨンの口元が、抑えようもなくほころんだ。
それからしばらくじっと月を見上げていたが、
月を見ているわけではなく、ただ今日のことを思い返していた。


 *


あの時、どれだけ黙って互いの顔を見ていただろうか。
自分の頭の中にあった顔と、目の前の顔を重ねて、なぞって何度もなぞって、
今ここにいるお互いを現実のものだとようやく自分に納得させる。

「夢ではないか」

と言えば、本当に夢になってしまいそうな恐ろしさがあって、
ただ黙って相手を見るばかりだった。

「よくぞ、」

戻られた、と言おうとして、言葉尻がつまって、チェ・ヨンは自分でも驚いて言葉を止めた。
口元が震える。
ウンスも何かを言おうとしたが、目から一筋二筋と流れるものがあって
喉がつまり、うつむいた。

それを見て、チェ・ヨンはようやく足を踏み出し、ウンスの前に立つ。
かぶった傘が邪魔で顔を見ることができない。
顎の下に手を伸ばし、紐を解くとそっと外した。
抑えを失った髪が顔にはらりと落ちる。
チェ・ヨンはそっと髪をかきあげる。その指もまた、わずかに震えていた。

「待っていました、長く」

赤みを帯びた髪を耳にかけてその手でそっと頬を包み、
顔を上向かせて、ようやくそれだけ言った。

「戻って、こようと、したのよ、そしたら、そしたら、違う時代に、行っちゃって」

ウンスの口からも言葉がこぼれ、それと同時に涙が堰を切ったようにこぼれた。
ぼろぼろと大粒の涙があふれて、とめどもない。

「泣かないで……嬉しいのですから」

チェ・ヨンはウンスの背中に手を回し、胸に抱きこんだ。
そう言うチェ・ヨンの目もうっすらと赤い。
抱きしめても消えない、その感触を味わうために目をつむる。
力が強すぎて、ウンスが少し苦しそうだったが、緩めることはできなかった。
夢の中で何度もこうして抱きしめ、目が覚めると腕の中はいつも空だった。

そろそろと目を開ける。
チェ・ヨンはそれだけのことで額に脂汗をかいていた。
それほどに目を開けるのが怖ろしかった。
そして、止めていた息を吐き出した。
腕の中の感触はそのままで、チェ・ヨンはウンスの肩に顔を伏せる。
ウンスの髪が、チェ・ヨンの口元に触れた。

「あなただ…」

微かにわななく声で、チェ・ヨンは言った。
うん、うん、と鼻をすすりながらウンスがうなずく。

「あなた、だ」

今度は笑いながら、そう言うチェ・ヨンの背中を、ウンスはあやすように撫でた。




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by kkkaaat | 2013-10-04 14:20 | 明日の風【シンイ二次】
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二次小説。いまのところシンイとか。
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