筆記



【シンイ二次】明日の風8 (終)

「テホグンニム、起きていらっしゃいますか。
プジャンが起こしてこいと…」

いつもなら部屋に入って着替えを手伝う衛兵が、扉の向こうで、
これ以上声を大きくしていいものか、迷うように何度も言っている。
なぜ入ってこぬのだろう、と思って、腕の中にある柔らかいものに気づいて、
目が覚めた。

「わかった! しばしさがって待て!」

扉の向こうに聞こえるように、声を張り上げる。
その声にウンスが目を覚まし、伸びをする。

「了解いたしました」

あからさまにほっとした様子で答えたあと、扉から離れる足音がした。
チェ・ヨンは惜しむように、ウンスを腕に抱きこむと、名残惜しげに乳房に手を回す。
ちょっと、とウンスが驚いて手をつかもうとすると、するりと逃げた。

「少しばかり寝過ごしました。朝飯にはありつけぬかも」

そう言うなり素早く起き上がり、チェ・ヨンは手早く身支度をはじめた。
薄明るい明け方の寒さの中で、ウンスは鳥肌を立てながら、衣を身につける。
窓外で、離れていて何を言っているかはわからないが、
はしゃいだような声が聞こえている。
チェ・ヨンが、短くため息をついた。

「思うていたとおりですが、あなたが私と共寝したこと、
外のものみな知っております。ご覚悟を」

ウンスが目を見開いた。
恥らう歳でもないが、それでも触れ回られて喜ぶような趣味もない。
だってちゃんと口止めしたのよ、と言い訳のように言うのを、
チェ・ヨンは鼻で笑う。

「まず、手引きされて入るあなたを見逃すほど、衛兵たちの目は節穴ではありませぬ。
俺の兵はそんな間抜けはおりません」
「なに、見てみぬふりをしてたってこと?」

ウンスは頭をかきまわして、そう言った。
チェ・ヨンはその手をつかんで止めて、椅子に座らせ、
櫛でウンスの髪をすきはじめる。

「テマンは黙っていたでしょうが、言ったつもりがなくても
あいつは聞き出されてしまうでしょう」

どうしよう、とうろたえるウンスの顔を見て少し笑うと、
チェ・ヨンは涼しい顔で言った。

「あきらめてください」

そして、まとめてあった荷をかつぐと、扉を開けてしまった。
ウンスにも小さな荷を投げてよこす。
さあ、とうながされて、ウンスもしぶしぶ外に出た。

堂々と歩くチェ・ヨンの後を、身を縮めるようにして着いていくと、
練兵の広場に整列した三百の兵にぎょっとしてまた目を見張る。
出立する兵だけが集まると思っていたのだが、大護軍の出立を見送るために、
すべての兵が整然と列をなしていた。

持たされた荷で顔を隠すようにして、手招きするテマンのそばに駆け寄る。
テマンは自分とウンスを乗せる二頭の馬の引き綱を引いて、
抑えられないといった様子で笑みを浮かべている。

「ちょっと、秘密にしてって言ったでしょ」

声を潜めて言うと、テマンがいつもの大きな声で言う。

「俺は約束はちゃんと守りましたよお。でも、トクマンとか、
ウダルチのやつらはみんな、医仙だって気づいちまって」

しーっ、しーっ、と口元に指を立てるジェスチャーの意味がわからず、
テマンは首をかしげて続ける。

「だから昨晩は、は、早くテホグンが部屋に戻れるよう、みんな必死に
仕事したんですが、それでもずいぶん遅くなってしまって、すみませんでした!」

もういいわ、と半べそになりながらウンスが言って、
大きな馬の身体のかげに隠れようとすると、
馬がぶるると鼻をならしてウンスを押しやるように顔を振った。
ひゃあ、と驚いてテマンの後ろに逃げこむウンスを見て、
チェ・ヨンは笑いを抑えきれず、少しだけ肩を揺らした。

大護軍の見送りはウンスが想像していたよりもずっと簡略なものだった。
チェ・ヨンは兵の前に立つと、これまでのねぎらいの言葉をかけ、短いそれが終わると、
ウンスを含めた十一名は馬に騎乗する。
三百の兵はざっと地面を足で払うと姿勢を正し、頭を下げて一行を見送った。





「丘を越えて、川沿いの道まで戻りましたら、一度休みをとりましょう」

馬を歩ませて数刻、先ほどからウンスは何度お腹がすいた、とつぶやいただろうか。
村邑を抜けてしばらくの旅道では、さほど苦でなかった乗馬も、
登り下りのある丘にさしかかってからは、馬の背から身体が滑り落ちないように
するだけで精一杯だった。

後で少し走らせましょう、とチェ・ヨンに言われてぞっとする。
明日からは走っての旅路となりますから、と信じがたいことを言っていたが、
テマンや若い兵らが命じられもしないのに、「少し様子を見てまいります」
と言っては馬を走らせまた戻ってくるのを見ると、ウンスに合わせて歩かせる
今の状態は、よほどのどかで退屈に近いものらしい。

「医仙さま、あの」

最後尾をつとめる、頭にやや白いものが目立つ徴用兵が、遠慮がちにウンスに話しかける。
これほどの歳のものが出兵するのは、あまりあることではなかったが、
体つきのがっしりとした丈夫で力のある男で、歳の割りに使える兵だった。

ウンスは他にすることもない馬上の旅がはじまると、遠慮なく同道の兵たちに話しかけ、
初対面だった兵たちも、このおしゃべりな天界の女人にすでに打ち解けはじめていた。

「あの、開京までのこの旅で、何か悪いことは起こりますでしょうか?
医仙さまはあの、先のことをお見通しになれると噂に聞いたもんで」

同行する者たちとウンスが話をすることを、特に気にもとめていなかったが、
問われた内容を聞いてチェ・ヨンは慌てて後ろを振り返った。
そんな力はない、そんなことを聞いて戸惑わせるな、
と声をはりあげようとして、ウンスに先を越される。

「うーん、それがね、わからないのよね」

ほんとに私わからないのよ、ごめんなさいね、とウンスが顔の前で手を合わせて
あやまり、また慌てて手綱を取る。
一瞬、振り返ったチェ・ヨンとウンスの目が合った。
ウンスは微かなほほえみを頬に浮かべて、なのに目は笑わずに、
ひたとチェ・ヨンを見ていた。

「そうでございますか」

いくぶんがっかりしたような口調で、その初老の徴用兵が言う。
道中の無事がわかれば、少しばかり安心かと思いまして、
ぶしつけに失礼いたしましたと言うその兵に、励ますようにウンスが言う。

「大丈夫、なるようになるわ。明日は明日の風が吹く、ってね」

この人はこれからの国難を、そして俺とこの人にふりかかる多くの難事を知っている。
チェ・ヨンは槌で頭を殴られたように、そのことを悟った。

これまで、この人が何かしらの力で先のことを見通すのを見てきたが、
時折もたらされる遠い場所の知らせほどにとらえていたが、
この人は自分が思うよりもずっと、知っている。

知っていて、そして、こんなふうに鼻歌でも出そうな口調で言うのだ。
そう思ったときに、馬に揺られながら本当にウンスが鼻歌を歌い始めたので、
あっけにとられ、その後、思わず噴き出した。

笑いながら、前に一度だけウンスが調子っぱずれに歌ったときのことが頭をよぎる。
腹の底から笑いたくなるような熱と切られるような冷たい痛みが、
同時に胸をしめつけるのにチェ・ヨンは戸惑いながら、笑った。

「何よ、笑って。もう!」

ウンスが並んで馬を走らせるチェ・ヨンの背中を叩こうとして、
馬から落ちそうになるのを、急いで支える。

「おっとっとっと」

可愛らしく悲鳴を上げるのではなく、とぼけた低い声でそんなことを言うのが、
また可笑しくて笑う。
笑った声がわずかに割れていたのに、誰も気づかない。

少し強い風が、草の上を走ってくるのが見え、ウンスの髪を巻き上げた。
チェ・ヨンは一緒に巻き上がった砂埃に、顔の前に手をかざし、
砂をぬぐうように目を擦った。
ふわりと舞い上がった髪を、ウンスは手櫛でおさめようとしているが、
余計にもつれさせている。

馬を降りたら、あの人の髪をすいてあげるとしよう、とチェ・ヨンは思った。
そして懐に入れてある櫛に触れ、馬の腹に足を入れ、
少しだけ速度を上げた。





(終わり)



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by kkkaaat | 2013-10-15 11:09 | 明日の風【シンイ二次】
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二次小説。いまのところシンイとか。
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