天穴の地で再会のあと、都へと出立したチェ・ヨンとウンス、九名の兵の、
開京までの旅の情景の短めの話です。
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「なにしてるの?」
ウンスは、二頭の馬の後ろ足を細綱で結び合わせている
テマンの横に腰をかがめて、手元を覗きこんだ。
「馬の脚を結んでいるんです」
テマンがそのままを答えると、ウンスは軽く肩を指でつつく。
「それは見ればわかるわよ、なぜ、結んでるか聞いたの」
テマンは、ああ、と合点がいった顔をしてもう一度答えた。
「こうして結んでおくと、う、馬が逃げないんです」
木につなげばいいんじゃないの? とウンスが不思議そうに言うと、
テマンはどう説明すればと頭をかき回しながら言葉を続けた。
「つないじまうと、ちょっとしか草を食えないでしょう。
は、腹がへっちまう。こうして二頭ずつ後ろ脚をつないでおけば、
少しずつ動きまわって、草は食えるけど、遠くまでは逃げられない。
わ、わかりますか?」
ウンスはなるほど、とうなずいた。
「雄同士だと喧嘩してしまいますから、こうして雄と雌をつないでやるんです」
医仙のは牝馬ですからチュモの馬とつないでおきましょう、とテマンが言うと、
急にチェ・ヨンがこちらを向いて、つかつかと歩み寄るやウンスの馬の手綱を
むんずと掴む。
それから無言のまま、自分の馬のところまで引いていくと、
しゃがんで素早く馬同士の脚をつないでしまった。
それから立ち上がって、ウンスの方を向き直ると、
ウンスは今度はソクチェのところに言って何やら話しかけている。
と思うと、え! と驚いた声がした。
いっせいに皆が振り向く。
「ここ? ここに泊まるの? ほんとに? ここに?
歩いてここから移動するんじゃなくて?」
ウンスが驚くのは無理もない。
小さな山の中腹で、平らかな場所などひとつもない。
あまり樹勢のよくない木がのそりと集まって生えている中を、
獣道めいた申し訳程度の道が通っているだけの場所だ。
ソクチェは、眉を八の字に曲げて、心底すまなそうにウンスに詫びている。
この中郎将のオ・ソクチェという男、武官というよりは文官のように見える
やや頼りなげな外見で、その見た目の通り、武術は得手としなかった。
ただ目端がきいて策に詳しく戦いの風向きが読める。
もともとは鷹揚軍にいたのを、進軍にあたってアン・ジェが
チェ・ヨンの下につけたのだ。
医仙をこのような場所で眠らせることに困りきっているソクチェの側に、
チェ・ヨンが歩み寄って助け舟を出す。
「しかたがありません、明日には屋根の下で眠れるようにいたします」
明日も宿場のある町にはたどり着くことは難しいが、
人家のある場所を通るので、そこで一夜の寝床を乞うことはできるだろう。
道を急ぎたいのはやまやまだが、できる限りは壁と屋根のある場所に
ウンスの寝床を取るつもりで、道を決めた。
ただ、どうしても二日か三日は、野天で過ごすしかできない。
「こらえてください」
チェ・ヨンが言うと、別に嫌って言ってるわけじゃないわよ、大丈夫大丈夫
と言いながらもう興味は次に移っている。
危なっかしく斜面を歩きながらウンスは、
ねえ、テントじゃなくてええと天幕とか寝袋みたいなものはあるの?
と水を汲みに行こうとしているテマンとチュモをつかまえて尋ねている。
水と聞いて、川に行くの? なら私も行きたい、
というのを邪魔になるからとチェ・ヨンが引き止めると、
邪魔なんかしないとむくれたが、皆野営の準備で忙しく、
ちらちらと様子をうかがうものの、ほおっておかれていた。
*
ご飯これだけなの、という言葉を、ウンスはやっとのことで飲みこんだ。
今日は出発したばかりなので、兵営で持たせてくれた饅頭や
塩辛く味付けした肉に菓子もある。
それでもこの倍はほしい、とウンスは思わずにいられなかった。
「あの、よろしかったらこれを…」
ソクチェが何を察したのか、自分の分からウンスに菓子を差し出したが、
さすがにそれは受け取れず、大丈夫よ、お腹いっぱいだから、
と空元気で答えた。
「宿が取れるときは、食事も腹いっぱい出してもらうようにしますから、
こらえてください」
こらえてください、こらえてください、ってさっきから私が不満だらけみたいだわ、
とウンスはチェ・ヨンを軽く睨みつけた。
口に出さないようにしているのに、周囲には筒抜けで情けない。
自分ばかりが不満を持っているようで、なんとなく居心地が悪くて、
もじもじと座り直した。
斜めに傾いた場所で足をつっかえ棒にして身体を支えるのは、
どうにも落ち着かず、休まらない。
同道の兵たちが、それぞれ思い思いの木や岩や地面の瘤をこれと定めて、
寄りかかったり、そこに尻をはめ込んだりして、
のんびりと過ごしているのを恨めしそうに眺めた。
これじゃあ私、役立たずの足でまといみたいだわ、と考えて、
その通りじゃないの、とウンスは我に返って大きなため息をつく。
「医仙、お疲れですか」
木の股に猿か猫のように身体を収めて居心地よさそうにしていたテマンが、
目ざとく見つけて、飛び降りてきた。
「ううん、そうなじゃいの。ただ、私、足でまといだな、って思って。
苦労かけるわね」
そう言うと、九人の兵がいっせいに首をふって、そんなことはない、
お気にめさるな、それが我らがつとめ、足でまといなどでは断じてありません、
と口々に言い募って、その真剣な様子にウンスは思わず微笑んだ。
「医仙さま」
わかったわ、わかったから、とウンスが皆を押しとどめていると、
いつもは寡黙なチュモが急に話し出す。
「あのう、それなら一つお願いしてもよろしいでしょうか」
なあに? とウンスが問い返す。
何を言い出すのかと、チェ・ヨンも寄りかかっていた木から
身体を起こしてうかがった。
「医仙さまがウダルチにいらしたときに、語ってくださったお話なのですが」
お話? ウンスは首をかしげる。
「春香という娘が出てくる…」
ああ! とウンスが声をあげ、パチンと手を叩いた。
迂達赤隊(ウダルチ)の兵舎にいたころ、現代で見たテレビドラマの話を
してあげると、皆たいそう喜んだものだった。
「あのように面白い話は聞いたことがございませんでした。
もしよろしければ、また何か面白いのを一つお聞かせ願えませんでしょうか」
それはいい、ぜひ聞かせていただきたい、と九人は口々に言う。
チェ・ヨンを見ると、かまわぬ、というように口の端を上げていた。
いや、意外にもこの人も聞きたいのかもしれない、とウンスは笑む。
「わかったわ、じゃあどの話にしようかしら…」
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