「羨ましいよなあ…」
川べりにしゃがんで、顔を洗いながら于達赤隊の若い兵が、しみじみとつぶやく。
こいつ、昔のトクマンに似ているな、と思いながらテマンが尋ねる。
「何がだ?」
テマンは上衣も脱いで裸足になって川に入り、切るような水で身体も洗っている。
若い兵は、ぼうっとしていて、テマンの問いかけは聞こえていないようだった。
もう一人の若手もまた、膝まで川に入って、テマンの横に並んで身体を洗い出した。
ううふ、と震えながら横のテマンに話しかける。
「テマン兄、テマン兄はいつもテホグンニムと一緒で羨ましくありませんか」
だから何がだ、と苛ついたようにテマンが問う。
「あんな綺麗なお人とご一緒で、昨晩も、どっ、同衾なさっ」
興奮したように言うのを、テマンに尻を蹴られて遮られる。
「寒かったから、お庇いもうしあげただけだ。勘ぐるな」
起きてきたチュモが、昨晩の号泣など忘れたような顔で、ざぶざぶと川に入りながら
若手に釘をさす。徴用兵の二人も起きてきたようだ。
「お前らは知らないが、大護軍は前に一年ほども医仙様をお守りして、
ひと月かふた月ほどだったか、于達赤隊の隊長室にお泊めになったときも
手出し一つなさらなかった方だぞ」
チュモが手のひらですくった水を、何度も顔にかけながら声を荒げてそう言うと、
徴用兵がまあまあ、と間に入る。
「まあまあ、あれだけの美人を前にして接吻のひとつやふたつで、
男盛りのテホグンがようこらえたと思いますよ」
うんうん、とうなずいているテマンを見て、チュモが絶句する。
「おまっ、見たのか!」
うわずった声でチュモが言うと、俺は夜目がきくからな、とテマンは事も無げに言った。
こんなふうに野営するときは、俺はいつも大護軍に近い樹上で
見張りながら寝るんだよ、大護軍も許してくださってる、と自慢げに続ける。
そうなのか、と低い声でつぶやいて、チュモは何かを振り切るように頭にまで水を
かけて、ぶるる、と身体を震わせた。
「早く開京に帰り着きてえなあ、俺もかあちゃんに会いてえよ、
あんなべっぴんの女仙じゃあないけどなあ」
と最も年嵩の徴用兵が言うと、皆が笑いながらいっせいに、開京の方角を見た。
青天がその視線の先の先まで広がっている。
おおし、今日は平壌まで参りましょう、と誰かが言うと、馬鹿まだあと三日はかかる、
とチュモが答える。
まずは医仙が馬をもっと走らせられないとなあ、とテマンが身体を拭きながら言うと、
ああ、まずはそれが問題だ、と皆が口々に言いながら、それぞれ岸に上がって、
身支度をはじめた。
「羨ましいよなあ…」
一人だけ、川の向こう岸をうっとりと眺めている若い兵だけが、ぼそりとまたとつぶやくのだった。
(おしまい)
あと少し、おまけがあります。今晩にでも。
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