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筆記



【シンイ二次】金銀花7



「出発、してしまいましたね」

ウンスは診察用の台に横たわった王妃の脈を見ながら、ぽつりとつぶやいた。
ぼんやりとしたウンスの顔を、王妃は黙って見上げている。





今朝方、窓の外が白っぽくなっていく中、まどろむウンスの横で、
チェ・ヨンは肘をついて、今にも閉じてしまいそうな目のウンスをじっと眺めていた。
寝ないの? とかすれ声で尋ねると、いいからお休みになってください、
と逆にさとすように言われた。
見ていたいのです、と言ったチェ・ヨンの目も声も、ただひたすらに静かで、
ウンスは少し戸惑うような気持ちを覚えた。
チェ・ヨンは言った通りに寝ずに朝を迎え、出立した。

護衛のために組織された隊は二つで、五十名ずつ、合わせて百名。
王の乗った馬が引く輿の前に、一隊、後ろに一隊が列をなし、
ずらりと並んだ騎馬衛士の前には、それぞれ郎将がついて率いている。
大護軍チェ・ヨンは王の輿の横に、見事な黒毛の馬に乗って付き添った。

ウンスも王妃も露台には出ず、部屋で見送りを済ませると、あとは夜明けの空に響く、
王を送り出す銅鑼の音を、それぞれひとりで聞いただけだった。





「わたしが見たところ、少し胃の腑に疲れが見られるようです。
そのほかに悪いところは見られません。とても健康でいらっしゃいますよ」

チェ尚宮が手を添えて、王妃は寝台から起き上がる。
衣の乱れをチェ尚宮が手早くととのえると、王妃は流れるように立ち上がって、
手を前で揃える。

「医仙」

道具を片付けていたウンスが王妃の方を向いた。

「少し…お話をしてもよろしいですか」

王妃はそう言うと、診察の台の横に置かれた椅子と卓を手でさした。
ウンスはうなずいて、勧められるままに椅子に腰掛ける。

「二人で話がしたい」

王妃がチェ尚宮にそう言うと、チェ尚宮は微かに戸惑ったようにウンスを見たが、
はい、とうなずいて一礼すると部屋を下がり、扉を締めさせた。
十二歩下がって控えよ、と扉の向こうで声がして、すぐに静かになった。
お話とはなんでしょうか、とウンスが柔らかな口調で尋ねた。

「嫁して五年がたちましたが、私とチョナにはまだ、お子ができません」

ウンスがこくんとうなずく。

「もう一度お尋ねいたします。私たちはお子を授かることができないのでしょうか」

すがるように言われて、ウンスは困って、目を伏せた。
どのように答えればよいのか、考えこんで、すぐには言葉が出てこない。

「私が授かれないのであれば、チョナにはご側室を娶っていただきます。
今もお一人、重臣の勧めでご側妾がおられますが正式なものではなく、
私を気遣って、お通いにはなったことはございません」

もし私にお子ができぬのなら、そう言って王妃は
自分の言葉で切りつけられたように顔をしかめた。
その方にきちんとお通いいただくようお勧めせねばなりません。
正式な側室もお持ちいただかなくては、そう生真面目な声で言いながら、
王妃の顔は泣きそうだった。

「チョナは、ご側室をお持ちになるのは嫌がられると思います。
王妃さまをたいそう大事になさっていますから」

ウンスが質問には答えずにそう言うと、王妃はそれはわかっています、
と早口に言った。

「でも私はそうせねばなりません。後継がいなければ、国はおさまりませぬ。
チョナは私のことなど気になさらず、ご自分のため、高麗のためを考えていただかないと」

王妃さま、とウンスがつぶやく。
切羽詰ったような王妃の顔を見ると、何を言ってよいのか、やはり思い浮かばなかった。
王妃が背筋を伸ばすと、毅然と言う。

「私はすでに心のうちでは元を裏切った身の上。
こたびの平壌の談義により、父魏王と母上をも、見捨てた公主として世に知れるでしょう」

親に背いて、子にも恵まれず、医仙、私はいったい何のためにここにいるのでしょうか。
自嘲ではなく、心からそれを問う王妃の声は、すでに泣き声ではなくなっていた。
ウンスがうつむいていた顔を上げると、その目に涙がたまっていた。

「なぜあなたが泣くのですか、医仙。私を哀れんでくださるのですか」

王妃がそう言うと、ウンスは大きく何度も首をふった。
顔の両脇で、緩やかに髪が揺れる。
涙を指で拭うと、ウンスは立ち上がった。

「王妃さま、少し外を歩きませんか」

ウンスは突然立ち上がり、王妃を誘った。
もの問いたげな目をしながらも、王妃は何も言わず立ち上がる。
ウンスが扉に手をかけると、扉は外側からすいと開いた。
チェ尚宮が、控えていた。

外は薄青の空に刷毛ではいたような薄い白い雲がかかっていた。
早春の淡い緑と、葉裏の白が混ざった清々しい下草に、白く小さな水仙が群生している。
花海棠が房のように小さな蕾を垂らし、いくつもの桃色の花が、
下向きに控えめに花を開きかけていた。

「私も天界に、父と母がおります」

ウンスは庭園を流れる小さなせせらぎの上にかけられた掛橋の上で立ち止まり、
その石の手摺に手をついて、そう言った。

「でも、わたしも…親を捨てたんです」

うつむきながら話していたウンスが、顔を上げる。

わたし、天穴を通って、二度天界に戻ったんですよ、二度も、
と笑って言いながらウンスの声が震えた。
でもね、わたし、とウンスは続ける。

「親に会うことを思いもしなかった。
一度目は薬だとか、ただあの人に必要なものをかき集めて
天穴に戻ることしか考えていなかった」

ウンスはくるりと振り返ると、手摺に腰掛ける。

「二度めに江南の夜景を見たときは、これが見納めだ、
わたしは今度こそあの人のもとに行く」

ウンスはその時を思い出すように、強い意志に満ちた目になった。

「絶対に。絶対に。それだけで心がいっぱいだったわ」

ウンスは少し笑って、傍らに立つ王妃を見た。
天穴がすぐに閉じないことも、もう二度と戻らないことも、わかっていたんです。
今でも思うの、会おうと思えば会えたんじゃないか、って。
一目会って、遠いところに行くけど心配しないで、って言うくらいできたんじゃないかって。

「でも、わたしは……わたしも。選んだの。選んだんです」

チェ・ヨン、あの人を。

ウンスはぐいと手の甲で涙を拭うと、口を一の字に結び、
涙をこらえてそう言った。
王妃は目を大きく開け、静かに涙を流していた。

「私のせいで…」

私の怪我のせいで、医仙はさらわれてしまったのです、
王妃が言いかけると、ウンスは王妃の手をぎゅ、と握って首をふった。

「あの人と、出逢わせてくださいました!」

真っ赤な目で、ウンスは笑顔を作った。
でも、いらぬ苦労もたくさんさせることになりました、
そう王妃が言うと、ウンスは身体を乗り出して、微笑みながら言った。

「もし、もしも、王が明日、お倒れになったとして、
王妃さまは、五年で永の別れを迎えるならば、あのお方と出会わず、
結婚もしなかったほうがよかったとお思いになりますか?」

いいえ、と王妃は強張った声で言った。
いいえ、いいえ、と繰り返す。
魯国公主はひた、とウンスに目をすえて、言った。

「たとえ一年であろうと、ひと月であろうと、一日であろうと、
私は高麗のこの地についてまいりました」

ウンスはにっこりとうなずいた。

「わたしもそうです」

そうやって、わたしたち、ここにいるんです。
そうやって自分で決めて。
ウンスは王妃の目をじっと見て、そう言った。
私たち、王妃が涙をぬぐいながら、微笑んだ。

「似たところがあるのですね」

ウンスはうん、と明るい顔でうなずいてみせる。

「王妃さまのほうが、ずっと若くてお綺麗ですけどね」

ウンスが冗談めかして言うと、王妃は目を見開いて、まあそんなことはございません、
と真剣な顔で打ち消した。



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by kkkaaat | 2013-11-04 14:23 | 金銀花【シンイ二次】
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二次小説。いまのところシンイとか。
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