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筆記



【シンイ二次】颶風 3



「厨屋で腹ごしらえでもしていてください」

チェ・ヨンはそう言うと、厨屋の裏手の水桶のところに行ってしまった。
本当に、湯などいらないと言い張るのだ。
厨屋では屋敷に一人きりの男の雇い人ヨンシクの母親が、食事の支度をしている。
陽気でよく笑い、明るい気立てだが、口数が少ない。
息子のヨンシクも同じような気立ての男で、こちらはさらに口数が少ない。
チェ・ヨンがこの母子を雇い入れた理由が、ウンスにはわかるような気がした。

うるさいのはわたしだけで、十分というわけね、とも思って肩をすくめる。
椅子に腰掛けていると、すぐに茶と小ぶりの餅菓子が並べられる。
診療の合間にここに立ち寄るときには、何かちょっと甘いものを口に入れたいときなのだ、
とすっかりウンスの癖をのみこんでいる。
今日は少しばかり違うけれど。

「ありがとう」

そう言うと、にこりと笑って、手を動かし続ける。
たぶん、普通なら旦那様がお戻りになって嬉しいですねえ、などと
こちらが気恥ずかしくなるようなことを言われるのだろうが、
ありがたいことに、黙ったままだ。

それでも身支度をする夫を待っている様子を見られるのは落ち着かなくて、
ウンスは厨屋を出る。
さっきから、顔の赤みが引かないのは、久しぶりに戻ってきたチェ・ヨンの
気配が身近にあるのだからしようがないのよ、そんなふうに自分に言い聞かせる。
屋敷の裏手から水をかぶる音がして、チェ・ヨンがぞんざいに身体を洗っている姿が目に浮かんだ。
寝屋で待とうか、あまりにもあからさまだろうか、と迷っていると、
急に表が騒がしくなった。

「ユ先生! ユ先生いるか!!」

うろたえてひっくり返った甲高い声が、ウンスを呼んでいる。
門口を荒々しく蹴るような大きな音がして、また別の声がウンスを呼ぶ。

「ヨン、ヨンいるかい! 先生を呼んどくれ。シウルが、シウルを助けとくれ!」

手房裏のマンボ姐の声だ。チェ・ヨンがまだ帰らない一週間前に
クッパを食べに行ったばかりなのだから、聞き間違えようがない。
ならばあの裏返ったような声はジホだろうか。
ウンスは急いで駆け戻って厨屋を通り過ぎると、屋敷の門口に向かった。

屋敷の入り口の前に、シウルを背負ったジホが、うろうろとどうしていいかわからぬ
様子で立っている。マンボ姐がウンスに駆け寄って、手をつかんだ。

「先生、あの、シウルがね、ああ、ちょっと見てやっておくれ!」

こっちへ、とウンスは門口のあがりにジホを寝かせる。
急いで胸の紐を緩めて、背中に当たる矢筒を脇に置いた。
ジホが肩がぶつかる勢いで、ウンスの横に手をついて、シウルを覗きこむ。
その手が、置いた矢筒にぶつかって、数本の矢がばらりと転がった。

「心の臓が動いてねえみたいなんだよ」

邪魔な矢を慌ててかき集めながら、ジホがウンスにそう告げる。
泣きそうで声が震えていた。
ウンスは脈と息を確かめる。
微かに息はあるが、確かに脈がない、いやある。が、乱れている。
ウンスはジホに早口で尋ねた。

「どうしてこうなったか、思い出せる?」

ええと、シウルと市をぶらついていて、とジホがぶるぶると震えながら話しはじめるので、
ウンスはジホの手を握って、質問を変えた。

「ジホ、息を吸って、それから吐いて」

ジホが必死に息を吸って、吐く。
ウンスもそれに合わせて深呼吸をして、自分を落ち着かせる。

「急にこうなったの? それとも、身体を強く打つとか、何かを食べたとか、
思い当たる理由があるかしら」

そう質問を変えると、ジホは先ほどよりはましになった口調で、答える。

「喧嘩で、揉み合って、屋根から落ちた」

わかったわ、そのときどこを打ったか見てたかしら、と尋ねると、ジホが何度もうなずく。

「頭は打たなかった。ちゃんと手で抱えてたから。ただ突き飛ばされた勢いが
すごくて、背中から落ちて、胸と腰をひどく打ち付けたと思う」

それが聞きたかったの、ありがとう、とジホの手を叩くと、
急いで衣の胸を開いて、耳を当てる。
心の臓が、と声を上げかけるジホをマンボ姐が、しいっ、とたしなめる。
ジホはウンスのやっていることに気づいて、ぐっと言葉も泣き声も押し殺した。

「何事ですか」

最低限の動きで視線をあげると、濡れ髪濡れた身体に
着物を急ぎまとったチェ・ヨンが立っていた。
意識のないシウルを見て息を飲み、眉をしかめて膝をつく。
ウンスは刹那で視線をシウルに戻した。

「胸部強打による心室細動」

身に染み付いた習慣で、症名が出る。エコーも、聴診器さえここにはないが、多分そうだ。
ウンスの目が、またチェ・ヨンへと上がる。
その目が細まり、何かを思いついたように見開かれる。

「いいところに来たわ」

立ち上がると、ウンスはチェ・ヨンの腕をつかんで、シウルの胸の横に座らせた。
チェ・ヨンは一瞬問うようにウンスの顔を見たが、何も聞かずに素早く腰をおろした。

「手が濡れてる。なんて好都合かしら」

シウルの右肩と左の腹にチェ・ヨンの手を置かせる。
雷功を今すぐ使える、と尋ねると、何も言わずにチェ・ヨンは目を閉じて集中しはじめた。
わたしが一、二、三、と言ったら、右手から雷功を流してほしいの。
左手に向かって流せるかしら、そういうことってできるの? と尋ねると、
チェ・ヨンの目がわずかに何か考えこむ。
わからないが、やってみましょう、と言う。
相手が痺れるくらいの強さよ、と言うと、チェ・ヨンはいいから数えて、と言った。

気づくとヨンシクと母親、屋敷のほかの雇い人たちも周りにいる。
離れて、と言って自分も少し後ろに下がる。
マンボ姐とジホが不安そうに、数歩後ずさりした。

「ハナ、トゥ、セッ」

ウンスが言うのと同時に、チェ・ヨンの手が光り、シウルの小柄な身体に小さな稲妻が走る。
シウルの身体が弓なりにこわばり、チェ・ヨンがはじかれたように、後ろに転んだ。
微かな焦げくさい匂いが、ふいとウンスの鼻をつく。

ウンスは素早く駆け寄ると、シウルの身体の様子をうかがった。
シウルの口から、大きな呼吸が吐き出される。それから、身体をよじるようにして、
うめき声を上げた。
マンボ姐がはああ、と止めていた息を吐いて、ぺたりと座りこんだ。

ジホが、シウルよお、と半べそで言いながら、シウルの傍らに膝をついて顔を覗きこむ。
シウルは、目をぎゅうっとつむって、胸を抱えこむようにしていたが、
ウンスが止める間もなくジホが身体を揺さぶると、やめろよお、と弱々しく
言いながら、目を開ける。
と同時に、うう、と低く呻きながら、チェ・ヨンが身体を起こした。

「いまのは、いったい」

チェ・ヨンが目を何度も瞬かせながら、ウンスに尋ねた。
ウンスは、シウルの瞳孔反応を確かめたり、身体の様子を診察しながら、
口の端を得意げにあげる。

「ユ・ウンス考案、高麗式AEDってとこかしら」

訳のわからない言葉に、チェ・ヨンは苦笑いを浮かべ、自分の手足を確かめている。
こっちがすんだら、そっちも診察するからね、
とウンスはすっかり医者の声で言った。



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by kkkaaat | 2013-11-24 06:52 | 颶風【シンイ二次】
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二次小説。いまのところシンイとか。
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