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筆記



【シンイ二次】颶風 9



チェ・ヨンは歩きながら、吐く息が薄白くなっていることに気がついた。
それは、冬が忍んできているからなのか、それとも自分のこの、
かっかと燃え立つ心持ちが、腹の底を熱くしているからなのか。
冬のさなかになる前に、戦を始めることができるだろう、というそのことだけが、
チェ・ヨンの頭の中を占めていた。

書簡を読んでから半月ほどがたったこの日、
密使が皇宮にやってきたことだけを告げる伝令が、
金吾衛の兵舎にいたチェ・ヨンのもとへ駆けこんだのだ。

「してその遣使はどなたか」

ともにいた護軍アン・ジェは、脚を投げ出して座っているチェ・ヨンの横で、
浅く椅子に腰掛けて背筋を伸ばしていたが、素早く立ち上がり尋ねる。
伝令を務めていた兵は、知らせを受けておりませぬ、
とまるで自分が悪いことをしたかのように頭を下げた。
チェ・ヨンはアン・ジェと共に便殿へと急ぐ。
二人とも、何を言うでもなかったが、速歩になった。
すでにその者は、御前に上がっているという。

回廊を曲がると、入り口近くに立つ于達赤六名が見えた。
部屋の入り口のすぐ中には、トクマンとチュモの姿も見える。
足音ですでにこちらに気づいていて、頭を下げた。
チュンソクはいつものように、王の右脇に控えているだろう。

開かれた戸の前に立ち、こうべを垂れる。
王の前に叩頭する胡服の男の背中だけが見えた。
文官の装束をまとっているが文官ではない、とチェ・ヨンは直感する。
座っているのでしかとはわからないが、かなりの偉丈夫だ。

「テホグン、チェ・ヨン、参上いたしました」

そう言って頭をあげると、王の顔が目に入り、チェ・ヨンを見る目と目が合った。
会うてみよ、とでも言うように、視線がつと男に下がり、もう一度チェ・ヨンに戻る。
男が王にうながされて立ち上がる。

「チェ・ヨン、この者が元よりの遣使である」

昨年に奪還した鴨緑江の領土について、元からの意向を伝えに参られた、
と名目を話す王の声が、チェ・ヨンの耳に入らなくなる。
ゆっくりとその男が振り返ったからだ。
目の前にいる青年には、確かに見覚えがある。
細く切れ長の目元、薄く赤い唇、骨ばった鋭角な輪郭。
胡風に編んだ長い髪。
つい半年前にも、その顔を見たばかりだ。それより四年ほど前にも一度。

「双城総管府、戸長イ・ソンゲにございます」

大きく育った背丈は、チェ・ヨンと同じか、それよりもわずかに高いかもしれなかった。
痩せぎすだが、しなやかな筋肉が身体を覆っているのが、
ゆったりとした服を通してさえわかる。

チェ・ヨンは黙って、頭を下げる。
自分が驚いたと気づいただろうと、うっすらと微笑んでみせるその顔に、
してやったりという色を探してみるが、その年頃のもの特有の不遜などどこにもなく、
ただ、当然のことに対する当然の自賛がほのかにあるだけだ。
こいつは、と顎を引く。
チェ・ヨンは自分の席にゆっくりとつくと、じっとイ・ソンゲを見つめた。

元の使者としての表向きの挨拶などはすぐに終わり、必要以上に急ぐように、
イ・ソンゲは長和殿へと案内された。王と枢密院副使ユ・インウ、
大護軍チェ・ヨン、宗簿令キム・ウォンボンがそれに伴う。

王が席につくと、一礼してその前に、イ・ソンゲが座る。
ユ・インウが横に席を取ると、チェ・ヨンとキム・ウォンボンがそれぞれ、
王の右と左に控えた。王は、見定めるようにイ・ソンゲの顔を覗きこむ。
まだ若いイ・ソンゲは、至極ゆったりとした顔を作ろうとしていたが、
この威圧的な光景に、流石に額にうっすらと汗を浮かべた。

王がのろのろと手を動かして、卓の上に置かれていた筆と紙を手に取って、
チェ・ヨンに渡した。チェ・ヨンは内官を呼び、それを渡すと下がらせる。
今度は王が口を開いたと思うと、ドチを呼びつけ、警護のものを下がらせ、
話の聞こえぬよう控えさせよ、と伝える。
ドチは、ちらとイ・ソンゲを見ると、すぐに視線を下に降ろし、
衛士たちを下がらせると扉を丁寧なしぐさで閉めた。
人の気配がなくなり、静まり返る。

「して、」

王がじわり、と話しはじめる。

「イ・ソンゲ殿、余は腹を探りあって無駄に時を過ごすことを好まぬ」

王は親しみやすい柔らかな笑顔を作って、言う。
しかし目の奥は笑っていない。
あの寒き春のときも、こういう目をしておられた、とイ・ソンゲは思い出す。
は、と答えて目線を下ろした。

「先日の書簡のことで参ったのだと、余は思おているが」

いかがか、と言った口調は物静かだったが、イ・ソンゲの額からつうと一筋汗が流れた。
イ・ソンゲは懐から縁取りのある布を取り出すと、顔をそっと押さえてからまた懐に戻す。
そうしてから上げた顔には、見事何の恐れも浮かんではいなかった。

「チョナ、誠にその通りでございます。私自ら、父イ・ヤチュンの代任として
参った次第にございます。近々なされるであろう双城総管府への攻撃に際して、
我が親子はじめとして七名、またその部下である兵七十四名。
高麗のお力になりたいと存じます」

はっきりと告げられたそれに、宗簿令キム・ウォンボンとチェ・ヨンは王の後ろで、
目を見交わしあった。

「して、」

子細を話せ、すべて皆、この三人が見極めるゆえ、
と王がさほどの興味もなさそうな声で、イ・ソンゲに告げる。
王のこの態度だけは、予測と違っていたのか、
イ・ソンゲは、は、とうなずいた後、ごくりと喉を鳴らした。
ユ・インウが微かに口角を上げる。
咳払いをした後、イ・ソンゲは落ち着いた声で、話しはじめた。


謁見が終わり長和殿の戸を出ると、イ・ソンゲは思わず、
ふう、と鼻から息を吐いてしまった。
それから、後ろに残っていたチェ・ヨンのことを思い出して、背を伸ばす。
そのまま歩もうかと、一歩踏み出して、思い直して振り返った。

「お久しゅうございます、チェ・ヨン殿」

そう言って頭を下げながら、春に顔だけは合わせたことを思い出して、
そう久しくもない、と少しばかり慌てたような心持ちになった。
目の色に、懐かしみを見てとって、
チェ・ヨンはイ・ソンゲの言いたいことがわかった。

「本当に」

短い言葉の中に、返答以上の何かを感じて、
イ・ソンゲの顔が少しばかり明るくなった。

「春にお顔を拝見した折も、懐かしゅう思いましたが、
お話しをする機会もござませんで、残念に思っておりました」

並んで歩きながら、話しかけてくるイ・ソンゲの様子に、チェ・ヨンは
先程までの御前での様子とは違ったものを感じて、密かにその表情をうかがった。

「五年前に開京を訪れた折、医仙に命をお救いいただいたこと、忘れてはおりません。
その後、医仙は天に戻られたと、風の噂で聞きました」

お美しい方でした、医仙のことを言う口調に、強く思慕が表れていた。
顔をわずかに上向けて、目を空に泳がす。

「チェ・ヨン殿には、親身なお言葉をいただき、
そのこと心に留めて参りました」

話す口調すべてに、愛おしむような響きがある。
鋭く、老成したと言ってもよい目の光と対照的な、あどけないような表情が
イ・ソンゲの顔をよぎった。
なるほど、とチェ・ヨンは得心する。
過ぎ去りし善き思い出というわけか、と優しいとも言えるような微笑みが
チェ・ヨンの口元に浮かび上がった。

「此度のこと、決して恩義ある高麗の皆様の悪いようにはいたしませぬ」

そのあどけない表情の目の奥で、この言葉が出たときのみ、打算めいた光が閃いた。
これは傑物かもしれぬ、とチェ・ヨンは、思う。
情味に厚く、利に敏い。度胸があるが、図太くはない。何よりも聡明である。
そう感じた時、話すのをためらっていた言葉が、口をついた。

「イ・ソンゲ殿、あなたは」

徳興君に会って何をお思いになったか、チェ・ヨンは足を止めると、
イ・ソンゲに向かい合い、そう言った。



「徳興君は、今は双城総管府にはおりませぬ」

イ・ソンゲは王の問いかけに応じて、そう言った。
チェ・ヨンと王は顔を見合わせた。

「して、どこに居られるか」

王が問うと、鴨緑江の東域にある元軍の拠点のひとつに十日程前に向かわれました、
とイ・ソンゲが答える。何やらあちらこちらに伝手がお有りになるらしく、
いつも何かしら人とお会いになっているようです、と説明する。
総管の趙小生の元を二年ほど前に訪ねて参られてから、我等もかの人と面識が
できまして、とイ・ソンゲは思い出してそう言った。

「入城の手引きについて、そちの父親が話をしたのか」

イ・ソンゲは王の目を見たまま首を振る。

「父も、そのほかの者も、このことは内密に進めておりました。
ですから徳興君がどこでそれを聞きつけたのやら、大変に驚きまして、
その出処を秘密裏に調べさせてはいるのですが…」

とイ・ソンゲは困惑しながら王に謝罪を述べる。
不幸中の幸いは、徳興君がこちらの船に乗ろうという心づもりだったこと、
とイ・ソンゲはせめてもの、と言ったふうに付け加えたが、
王はため息をついて、微かに頭を振った。



「チョナの叔父上であるとうなずける、聡明な方であらせられると」

今まで話していたのとは打って変わったような平坦な声で、イ・ソンゲは言った。
わずかに目がそらされたのを、チェ・ヨンは見逃さなかった。

「こちらへ」

話を中途のまま、中庭へと誘う。
丈高い武官二人連れには似合わぬ風雅な庭園は、所々に衛兵が配されてはいるが、
どの人物も離れていて、話を聞くことはできない。

「さて、これで我らの話を聞くものはおりませぬ」

チェ・ヨンは真正面からイ・ソンゲの顔を見つめた。

「俺も腹を割って話しますゆえ、同じく腹を割ってお答えいただきたい」

以前と変わらぬ、そらすことを許さぬ目だ、とイ・ソンゲは思った。
自分に見据えられた眼差しは、ぴたりと揺るがず、かといって威圧するふうもない。
こちらが口を開くのを、急かすでもなく黙って待っている。
イ・ソンゲは腹を決めて、口を開いた。

「敵にするも、味方にするも、厄介なお方だと、見受けました。
その言葉に誠なく、そのお心は気まぐれであり、どす黒い野心で身を満たしておりますが、
その実はがらんどうな人物かと」

お会いしたのは二度きりですが、とイ・ソンゲはそう言って言葉を切った。
チェ・ヨンは身じろぎひとつせず、言葉を受けとめていたが、
終わると、はあと息をついて、硬かった眼差しが緩まった。

「それをお聞きして、わずかにですが安堵いたしました」

と言うと、とイ・ソンゲは眉をしかめる。
徳興君が信用ならざる人物である、という感想を聞いて、安堵するとは
どのような心持ちか、不思議に思ったのだ。
チェ・ヨンは口元を引き締める。

「あの男がどのような人物か、正しくわかっている人物が、
双城総管府にいるとわかりましたので」

チェ・ヨンは、今初めてイ・ソンゲを認めたように、強い眼差しを送る。

「いまさらあの男の申し出を断るのも、むしろ波風が立ちましょう。
泳がせ、けれど、決して目を離されぬよう」

そう言われて、イ・ソンゲは深く一度、うなずいた。



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by kkkaaat | 2013-12-03 19:44 | 颶風【シンイ二次】
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二次小説。いまのところシンイとか。
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