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筆記



【シンイ二次】颶風18



何度目になるのだろうか、天穴の中を抜ける感覚はいつも微妙に違う気がした。
天穴自体が違うのか、それとも、通る自分が違うのか、定かにはわからない。
ただ強く、想う。
その先にあってほしいものを。
あらねばならないものを。
願うのではなく、乞うのでもなく、想うのだ。

ウンスは、粘り気のある風の中を手で掻くように、進んだ。
このように、押し戻されるような感覚を感じたことは今まで一度もなかった。
息が、詰まりそうになる。
ふと、前から吹いていた風が、急に弱まり、後ろからびゅうと吹き付けた。
背中を強く押し出されるようにして、ウンスはつんのめり、
その途端に足元が固まった。

今の今まで何も見えていなかった視界に、出し抜けに地面と岩と夜空が現れる。
強い風がウンスの髪を、その夜空へと巻き上げた。
その暗さに目がまだ慣れず、辺りをよく見ることもできなかったが、
それでもそこが、先ほど飛びこんだ天門と同じ場所であるということはわかった。
少なくとも、江南ではない、とほっと息をつく。

「ふう、寒い」

夜の冷えこみに、腕を身体に回す。
それでも、飛びこんだ時よりも夜が暖かい気がして、わずかに期待する。
暖かいならば、飛びこんだ日付よりも、早い時期の可能性が少しだけ高い。
翌年のその時期か、百年前のその時期かもわからないが。
身体に腕を回したまま、二、三歩踏み出して、立ち止まる。

「さてと」

意味もなく、口にして、何も思いつかぬ頭に、呆然と暗闇を眺めた。

「これからどうするかよ、ウンス。
このまま双城総管府に向かってがむしゃらに歩き出す、とりあえずの選択肢ね。
でも何の旅支度もないわ。じゃあどうするの。あの飯屋にとりあえず行ってみる?
時代によっては、駐屯の兵舎があるわ。
まず、いつに来たのか、それだけは知らなきゃいけない。そうでしょ」

回らない頭を動かすために、ぶつぶつと口に出して考えてみる。
身体の痛みと、指先まで溜まった疲労が、頭を鈍らせている。
ああ、もう、とぎゅっと目をつぶる。
考えようとするのに、ウンスの頭はすぐに一つのことに戻ってしまう。
そのことが頭に浮かぶと、すぐに目に涙が滲んだ。
たった今、あの人は生きているのだろうか。

「泣いている場合じゃないでしょう、ユ・ウンス」

潤みかけた目をごしごしとこすって、両手で頬をぱんぱんと叩く。
それから、はっと気づいて振り返って、安堵の息を吐く。
天穴は消えず、光と風をともなって回っている。
ウンスはふと、眉をしかめた。

「気のせいかしら」

微かに首を傾げる。いや、気のせいではないようだった。
天穴のその光は、入ったときよりも、以前見たときよりも随分と弱々しい。
ウンスはあっ、と小さな声を上げて口を手で押さえた。
最初に高麗に来て治療を終えて、チェ・ヨンが天穴まで送り届けてくれたときに、
消える前の天穴の様子が、これに似ていた。
それよりはまだ、わずかに勢いがあるようだったが。

「急いだほうが、いいということね」

そう呟いたその時だった。
丘の下から、人の声がした。
暗がりに、松明の赤い火が二本ほど揺れながら、上がってくる。
ウンスは咄嗟に身を隠そうと思ったが、火明かりの方から、
あそこに人が、とこちらに気づいた声がした。

「あの青き光はなんでしょうか」
「おお、確かに、天門が開いております!」

がやがやと数人が近づいてくるようだった。
天門という言葉を聞いて、ウンスは逃げるのをやめた。
不思議な光に導かれて近づいた旅人でも、天女の振りでも、
必要なら何でもしてみせようと決めて、人を待つ。

ウンスの姿を見とがめた兵が二人、鎧をかちゃかちゃと鳴らしながら、
駆け上がってきた。一人は松明を持っている。
鎧を見て、ふう、と嫌なため息が出た。
元軍の鎧であった。

「それじゃあまだ、ここは高麗の領土じゃないってこと」

ひどくがっかりして、足から力が抜けて倒れこみそうになる。
また百年前に来てしまったのだろうか。
でも、悪くはないわ、だって過去にこれたんだから、と自分に言い聞かせる。
自分とチェ・ヨンを開京に戻らせた、フィルムケースに入った過去からの手紙を、
ウンスは思い浮かべた。過去ならば、打つ手はある。
ウンスは必死に足を踏ん張るよう、自分を叱咤する。

「女、ここで何をしておる!」

兵がすらりと剣を抜き、ウンスに向けて、警戒の色もあらわに睨みつけた。
松明を持った兵の方は、怪訝な顔をして、照らすために火をウンスに近づけた。
ウンスの姿が、炎に浮かび上がる。

「正体のわからぬ妖しきもの。しばしこちらでお待ちください」

と、とどめる声に、いやあれは魍魎のたぐいではなく、珍しき天仙じゃ、
と低く答える声がした。
ウンスは思いもよらない言葉に息を飲んで、暗がりを見つめる。
手前の火が明るすぎて、その奥にいる人物の顔は見えない。
兵の後ろのひと塊になっている人影が、近づいてくる。

「これは、これは、お懐かしい顔だ。
こんなところでお会いするとは、あなたには驚かされる、医仙殿」

松明の光の輪の中に入ってきた男の顔を、ウンスは目を見開いて見つめた。
心の内を表に決して出さない相手の男も、さすがに驚きを隠せずにいる。
ウンスに牙があったら、直ちにその喉を噛み破っていただろう。
ここは元の領土なんかじゃない。
今は百年前なんかじゃない。

「徳興君」

ようやく一言、その名前だけが、ウンスの口からこぼれた。



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by kkkaaat | 2013-12-12 23:45 | 颶風【シンイ二次】 | Comments(8)
Commented by 比古那 at 2013-12-12 23:58 x
懐かしいと言いました。

元の鎧を着たものがちかくにおります。

さて、容姿については触れられていません。

老い先短いじー様だったなら徳興君だとは思わないでしょう。

…さて、いまはいつでしょう。

なんだったら寝首をかいてやりたい。

しかし、情報収集が先。いつの時代の、なにする前のやつなのか。

まて、次回。
Commented by グリーン at 2013-12-13 00:05 x
天欠を抜けて着いたのは過去なのでしょうか。最初に出会ったのが徳興君だなんて。
これも運命?それとも天が導いたのでしょうか。いつの時間に来たのか。急がねば天門は閉まってしまう。ウンスはどんな決断をするのか。。
ドキドキハラハラの展開ですね。徳興君はどんな取引を持ち出すのか。

徳興君やっつけてやりたいんですけどね~ 
Commented by pekoe at 2013-12-13 00:08 x
比古那さんのコメントが、まるで次回の颶風の予告のような感じで...いつもながら素晴らしいです。と、すいません、気に触ったら...褒めているつもりなのです^^;

天門をくぐって初めて出会ったのが徳興君でしたか。にっくき相手に会ったのは、吉と出るか、凶と出るか。でも、下手に役人に捕らえられて...よりはいいはず。なにせ、ウンスはdealが上手いですから^^
Commented by aki at 2013-12-13 00:10 x
出たっ!あいつっ!
どの時点のあいつなのかは、まだ、あたしには、わからない。
で、あいつが何のために、天穴の場所に来たのか…
あいつが、一人で、天穴に入って、どっか、とーくに行けって思うけど、始末つけなきゃ、どの時代にぶっこんでも、ろくでもないことするだろうし…

この場所で、ウンスとあいつが再会するのも、予想を超える展開。

あたしの犬歯擦り減ってるから、噛み付けないけど、蹴りぐらいならいれちゃう勢いのあたしです。

がるっ!!!
Commented by saikai at 2013-12-13 00:15 x
もうこれは、大本命と戦えってことですね。
雪辱戦とも言えますか。
ぜひともウンスに勝って欲しいです。
Commented by mana at 2013-12-13 00:19 x
必死の思いで入った天穴抜けて、第一の人間が徳興君…ハラハラします(T^T)
ウンス負けないで!
Commented at 2013-12-13 00:47
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by kkkaaat at 2013-12-13 01:17
皆様、さっそくお読みくださり、本当にありがとうございます<(_ _)> 
続けて19もアップしました。もうご就寝の方のほうが多いと思いますが、よかったらお読みくださいまし~。
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二次小説。いまのところシンイとか。
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