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筆記



【シンイ二次】蜃楼 6

チュンソクの常のかまえは、正面中段である。
乱戦のときさえ、そのかまえを解かないチュンソクのそれを、
陰で愚直のかまえと酒の席で揶揄するものもいたが、チェ・ヨンが
それを言うならやつのは赤心のかまえだ、と一喝すると、
誰もからかうものはいなくなった。
であるのに、今日に限って、脇かまえを取った。

「いいのか、それで」

チェ・ヨンはつかつかと壁によると、木刀を片手でつかみとる。
脇にかまえるは、チェ・ヨンのかまえ。
刀身の長い鬼剣の遠近を狂わせるために、左脇後ろにかまえるのだ。
両手で自在に剣を扱えるチェ・ヨンだからこそ、できること。

チュンソクの右脇かまえと、チェ・ヨンの左脇かまえが鏡合わせのように
向かい合う。

息を読む間もおかずに、チェ・ヨンは突風のように木刀を巻き上げて、
チュンソクの顎先を狙った。
身体は引かずに、顎だけをひねって刀先をよけると、
チュンソクはチェ・ヨンの胴を狙って木刀を跳ね上げる。
振り上がった刀身で軽々とそれを撃ち落として、チェ・ヨンは跳ねて
一歩後ろに下がると、腕先だけでくるりと木刀を回した。

以前そんなことをした隊員がいて、ふざけたことをするなと、
木刀を叩き落とされていた。
トクマンとチュモが、ちらりと視線を交わし合う。

「剣筋が見え見えだな」

強く打たれた振動で、手首に痺れを感じているだろうに、それを見せない
チュンソクに、チェ・ヨンはくいと片頬を上げてそう言う。
無駄口を叩くな、とチュンソクの口から出た言葉に、真顔に戻る。
チュンソクの態度は、どこまでも隊長(テジャン)としてのものである。

「どっちが、だ」

チェ・ヨンは唸るようにそう言うなり打ち掛かり、円形の兵舎の集合所の部屋には、
木刀のぶつかり合う甲高い木の打音が何度も響きわたった。
いつもなら、こんな手合わせのときには、やじや鼓舞の声が飛び交うのに、
于達赤隊員たち、息を殺すようにして、動けないでいる。

木刀が重なり合って、しばし押しあったあと、いきなりチェ・ヨンが
チュンソクの腹を力任せに蹴って、その身体が壁際まで飛ばされた。
ふん、とチェ・ヨンが鼻を鳴らす。

「剣術は剣のみにあらず、何度もそう言ったが、それは聞いていなかったか」

喧嘩っぱやい若造のようなその口の聞き方に、古株の隊員たちが
目を丸くする。
チェ・ヨンは木刀をからんと投げ捨てて、部屋を後にしようとした。

「終わっておりませぬ」

背後で、じりと立ち上がる気配を感じたが、チェ・ヨンは振り返らなかった。
一本勝負だ、負けを認めろ、と吐き捨てて、歩み去ろうとするのを、
チュンソクの声が追いかける。

「逃げますか」

足が止まる。
周囲で見守っていた于達赤には、チェ・ヨンの背中から湯気が立ったように見えた。
振り向いたチェ・ヨンは、あきらかに向かっ腹を立てていた。
チュンソクの喉がごくりと鳴る。

もう一度チュンソクが、右脇にかまえるやいなや。
だれがだ、と地獄の底から湧き上がるような声で言って、チェ・ヨンは
かまえもせずに、打ちかかった。

打ち合う音が、先ほどよりもさらに高い。
あまりにも荒っぽい太刀筋に、周囲の者は、いつ木刀が折れて
飛んでくるかと、ひやひやと首をすくめる。
くぐもった鈍い音がした。

「うぐっ」

チュンソクが左二の腕を強く握り締めながら、うめき声をあげる。
チェ・ヨンは剣術を競うというよりは、ただの棍棒で殴るがごとく、
その木刀を扱った。あまりにも容赦なく、振り下ろされるそれに、
于達赤隊員たちの口からもうめきがこぼれるようになった。

「まだやるか」

そう言ったチェ・ヨンに、チュンソクは剣を振れるうちは、と答えて立ち上がる。
ちっ、と舌打ちをすると、チェ・ヨンはまた踏み出した。


それからどれほどたっただろうか、荒い息だけが、
互いに交わされる唯一の言葉となっていた。
三度に二度は脛を蹴られ、腰を打たれ、時には肩で突き飛ばされて、
チュンソクは膝をついたが、それでも残りの一度は一矢を報いて、
チェ・ヨンの方も口元と袖から見える手首に、血あざが見える。
服で見えない背中や腿には、さらに多くが散っている。

「おい、まだ、やるのか」

チュンソクが聞いたこともない声で、チェ・ヨンはそう言った。
傍から見れば、あきらかにチュンソクの方が重傷だった。
これで終わりか、と常なら意識を飛ばすほどの強手を入れられても、
チュンソクは立ち上がらないということがなかった。
俺が終わりというまでは終わらぬ、そう言って木刀を脇にかまえた姿は揺るがず、
その前のチェ・ヨンの顔のほうがよほど、よろめくような狼狽え(うろたえ)を
浮かばせていた。
手合わせ鍛錬の域を越えている。

「これじゃあ…」

殺し合いじゃあないか、トクマンが、小さく呟いて、止めるべきかと周囲を見回すが、
ほとんどの者は魂が抜けたように目を奪われていて、残りの幾人かと
目があったが恐れおののいたように首が振られた。

「死なぬように、殺す」

チュンソクが、チェ・ヨンに言うでもなく、ただ胸の内でつぶやくように言ったのを、
チェ・ヨンが聞きとがめて、は、と尋ね返すともつかない中途半端な声を
出すと同時に、チュンソクの木刀が勢いよく前を突いた。
それは斜めに、それでも十分な角度を持ってチェ・ヨンの腹に見事に
押し通り、チェ・ヨンは後ろへもんどり打って、投げ出され、
天井を向いて大の字に倒れた。

(息が、できぬ)

一筋の息も飲み込むことができずに、手足を震わせて、屍のように横たわる。
素早く駆け寄ったテマンが、半身をひきずり起こすと、
背中から活を入れる。
止まっていた肺に、勢いよく新鮮な空気が流れこみ、チェ・ヨンはひゅうと
喉を鳴らしながら、水でも飲むように息を吸いこんだ。
突かれた腹が、燃えるように熱い。
チェ・ヨンはそこに、手を当てて、肘をついて半身だけ起こして、
そのままチュンソクを睨みつけた。

チュンソクは突いた姿勢のままだった腕を引き戻して、
かまえの足を踏ん張ったまま声を張り上げた。

「ご事情はそれなりに飲みこんでいるつもりです」

が、とチュンソクの声が一段高く張り上げられる。
視線と視線がぶつかる。
礼を尽くしてはいたが、一歩も引かぬ様子に、チェ・ヨンの目が
微かに右に流れ、また戻った。

「一武官の感傷を、慰めているひまなど、于達赤にはないのです。
お気持ちのおさまるのを待つ余裕など、俺たちにはない」

チュンソクは言葉が喉につかえそうになるのを、必死に押し出しているせいか、
声が掠れて、寒気だったように身体の芯が震えていた。
木刀を脇に構えた姿勢のまま、打ちかかる気迫のまま声を絞る。

「同情などと言えば、あなたは大層お怒りになるでしょうが、
一同みな、ウダルチだけではございませぬ、文官武官みな、
チェ・ヨン殿、あなたに同情いたしておりまする」

チェ・ヨンは同情という言葉にかっと頭に血が上るのを感じたが、
チュンソクの言わんとしていることがわかって、どっと情けなさがこみ上げて、
一度土についた手で顔をぬぐった。

「けれど、高麗にはその猶予がございませぬ…」

そこまで言った、チュンソクの顔はのぼせたように赤かった。
その紅潮が、周りにわかるほどみるみるうちに青ざめて、
構えを解くとだらりと木刀を手にぶら下げたまま、
棒立ちになった。

「言いすぎました」

言いすぎました、とチュンソクは、吠えるような口説の舌の根も乾かぬうちに、
蒼白になって繰り返した。




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by kkkaaat | 2014-01-28 15:21 | 蜃楼【シンイ二次】
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二次小説。いまのところシンイとか。
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