四人は頭を寄せ合って、赤子の上に四つの雁首を並べてじっと覗きこむ。
覗きこまれた赤子は、小さな口を開けてあくびを一つした。
話し声で目が覚めたのか、ほわと目を開ける。
「ど、どういうことだ?」
テマンが話を聞いてもわけがわからず、頭をぐしゃぐしゃと手でかき乱す。
「ユ先生が男ならともかく、ありえねえ」
それとも天界じゃあ天女が女に孕ますこともできるのか!?
とテマンが仰天したように言うと、不謹慎なことを言うでない、
とマンボ姐がテマンの頭をぴしゃりとはたく。
テマンは素直に口にした自分の考えを頭ごなしに叱られて、口を尖らす。
「赤子が親と似るのは、し、し、自然のことわりってもんだ」
テマンが久しぶりに、言葉を詰まらせつつ主張する。
もし王妃様がお産みになったこの赤子にユ先生とおんなじほくろがあんのなら、
それはこの赤子がユ先生と繋がりがあるってことだろ、そう言って、
したり顔で口の端を引き上げる。
「じゃあ何か、そんじゃあ、この子はユ先生の子ってかい?」
マンボ姐がテマンを馬鹿にするように鼻を鳴らす。
黙って赤子を見つめていたウンスがその目線は動かさないまま、
呆然とつぶやく。
「わたしの子じゃないわ。わたしが子の子なのよ…!」
テマンとマンボ姐が、あっけにとられたように目を合わす。
王妃様もそのようにおっしゃった、とチェ・ヨンは低い声で言い、
ようやく顔を上げて、ウンスを見る。
✽
「産まれて一刻ほどであったか、この子の身体を典医があらためておった折に、
赤子にしては珍しくほくろがある、と言い出しての。
それを見たとき、すぐには思い出せなんだ」
王妃は細い腕で自分の身体を支えたまま、夢見るような口調で話し続ける。
「けれど、確かに見覚えがあったのじゃ。
私はいつぞやこれを見たことがある、とチョナに申し上げると、
夜空の七つ星ではないか、誰でも見覚えがあろう、とチョナはおっしゃいました」
七つ星、腕に七つ星。
王妃は自らの言葉を噛み締める。
―ウンスの腕には星座があるね、って父が言って。同じものが空にあるから見てみようって望遠鏡を買ってくれたんです。
「そう言って、ウンスは私に、腕に七つ星があるのを見せてくれた。
北斗の七星の形に並んだウンスの腕の小さな星座を見せてくれたのです」
夫のそなたなら、ウンスの肌にあるほくろの一つ一つも知っておろう
と思って見せたのです、と言われて、チェ・ヨンはわずかに気まずそうに
顔を横に向ける。
王妃は頬を薄紅にして嬉しそうに少し声を上げて笑い、咳きこんだ。
王がすぐに王妃の背中に手を伸ばしてさすると、
崩折れるように横になる。
「これがどういうことか、そなたにはわかるか」
王妃は咳をこらえながら、チェ・ヨンに問う。
チェ・ヨンは、いえ、よくは、と小さく呟いた後、黙り考えこむ。
「私にはわかります」
王妃はそれをチェ・ヨンへと言うよりはむしろ、王に向かって言う。
「この子の口元、鼻ぶり、チョナにそっくり」
そう言うと、王は少しばかり照れくさそうに、それでいて誇らしげに微笑む。
「目は私に似ている」
横たわった王妃の目から、つうと涙が一筋、首を通り、寝床へ落ちる。
「子は親より身体を授かり、親と似て産まれる。
ならばなぜ、この子にはウンスと同じものを身体に持っているのか、
あきらかではないですか」
王妃の目から、また一筋ふた筋と涙が落ちるが、
涙とはうらはらに、その頬に口元に溢れるような喜びが輝いている。
「この子は産まれ、生き、子を産む。
その子がまた、人生を長らえ、また子を産む。
そうやって、何百年を経て、ユ・ウンスに繋がるのですよ。
私と王の子は、ただいたずらに死にはしないの」
―北斗七星はそのあかし。
チェ・ヨンよ、そう呼びかけて王妃はしばらく溢れくる思いに言葉を失って、
唇をかすかに震わせた。
「それを見たときに、私は心を決めたのです。
チェ・ヨン、そなたに託そうと」
そなたはこの子を命をかけて守りとおすでしょう。
王妃のその言葉は、これまでのそれとは違った種類の確信に満ちている。
うなずくチェ・ヨンの顔に現れた決意もまた、今日までの決意を超えている。
「この赤子が、子々孫々の代まで命の長らえるよう、
我が魂をとしてお守りいたします」
王と王妃と王女の前に悠然と膝をつき、チェ・ヨンはこうべを垂れる。
王は哀しげな顔で、口元をほころばせた。
この男を我が身に仕えさせてはや十年。
初めて、心の奥底から臣下の礼を取るチェ・ヨンの姿を目にしたのだ。
「頼むぞ」
王は、噛み締めるようにそう呟いた。
✽
「ってことは、この子がユ先生のご先祖様ってことですか?」
テマンが頭をかき回すのも忘れて、ぽかんと口を開ける。
マンボ姐は、眉間に深い皺を寄せながら、チェ・ヨンに話しかける。
「あたしにゃ、天界のことや天門のしくみは、よくわからない。
何がどうなってかはわからないが、ユ先生とこの子にゃ、ふかあい縁がある、
そう思っていいんだね、ヨン」
チェ・ヨンは、そうだ、とゆっくりとうなずく。
「手裏房には、この子を見守ってほしい。だから、聞いてもらった」
大っぴらにできないから、裏からあたしたちに守れと言うんだね、
とマンボ姐は赤子の小さな指を撫で、思わず微笑みながら言う。
「高くつくよ」
マンボ姐がそう言うと、チェ・ヨンは真面目な顔を崩さずに言う。
「でかく儲けさせてやる」
ほほう、とマンボ姐は肩をすくめる。
子細を伝えずにどう守るか、知恵を貸してくれ、とチェ・ヨンは言うと、
今度はいまだ呆然と赤子を眺めているテマンに声をかける。
「テマン、さっきはすまなかったな」
チェ・ヨンがもう一度頭を下げると、テマンはぶるぶるとすごい勢いで
首をふった。
俺こそ事情もしらずに勝手を言ってすみませんでした、
とテマンが頭を下げると、チェ・ヨンはテマンの両肩に手を置く。
「女房に話すかは、お前が決めろ。立ち入れば危険も増す」
テマンは、こくりとうなずいた。
チェ・ヨンは大きくひとつ息を吐くと、両膝を叩き、
さて、といった様子で声を出す。
イムジャ、と言って顔を上げて、唖然とする。
「ほーら、あなたのオモニ(お母さん)ですよー、はじめまちて
かわいいベビーちゃんですねえ、お顔を見ちてくださいなー」
ウンスは赤子に顔を近づけて、惚れ惚れと見つめながら、
その手で自分の指を握らせている。
少しばかり深刻なチェ・ヨンらの様子などそっちのけだ。
普段とはまったく違う聞いたこともない言葉使いに、
チェ・ヨンは戸惑いを隠せない。
「イムジャ…、ちと、話の続きが―」
ウンスはチェ・ヨンが話しかけても、顔を向けもせずに答える。
「そんなのはあと、あとでいいわよ。ねえ、見てこのかわいいお手て」
あっけにとられて言葉を詰まらすチェ・ヨンに、
ウンスは畳み掛ける。
「ほーら、あの人が見えるかな? あなたを抱いてきた人よ」
ウンスは赤子の頬に手を当てて、顔を軽くチェ・ヨンに傾ける。
その時にようやくチェ・ヨンはウンスの目にたくさんの涙がたまっていることに気づく。
話はまた後にしよう、そう思って口をつぐむ。
ウンスは涙をこぼさぬように、チェ・ヨンを見つめて言う。
「あなたのアボジ(お父さん)ですよ。
立派な武士なのよ、とーっても強いの」
チェ・ヨンは、ウンスの言葉に、面食らって顔をかすかに赤くする。
「ほーら、ヨン。あんたもこれで立派な子持ちだよ。
テマン、子育てに関しちゃあんたの方が一日の長がある」
マンボ姐はチェ・ヨンの背中を強くひとつ叩く。
いろいろと教えてやるんだよ、と言われてテマンは、はいっと勢いよく答える。
ウンスが赤子を抱き上げて、チェ・ヨンに近づく。
「ほら、アボジ。ご挨拶して」
チェ・ヨンは渡されるままに赤子を抱くが、
戸惑ったままで、助けを求めるようにウンスの顔を見る。
「いや、この数日腹に抱いていたゆえ、挨拶はすませたかと思うが…」
言い訳するようにそう言うチェ・ヨンに、ウンスが微笑みかける。
「父親としては、してないでしょ?」
チェ・ヨンは助け舟を求めて、マンボ姐とテマンの顔を見るが、
二人ともにこにこと笑うばかりだ。
腹をきめて、チェ・ヨンは赤子と目を合わす。
赤子はまだよく見えぬ目で、それでもぼんやりとチェ・ヨンを
見つめ返す。
「俺が、そなたの父のチェ・ヨンだ。よろしく頼む」
チェ・ヨンがそう言うと、三人は思わず吹き出す。
マンボ姐はさっきよりも強く背中をばしばしと叩き、
ウンスは、そうじゃなくて、とひいひいと笑いながら言う。
そんな部下にするみたいじゃなくて、アボジだよーって、優しくね、
そう言われてチェ・ヨンは困り果てて、歯を食いしばり目をつむる。
目をつむったまま息をつくと、目をあけて天を仰いでから口を開く。
「お前の…アボジだよ」
チェ・ヨンは、顔を紅潮させながらも、なんとかもう一度赤子に言い直す。
それから、しっかりと抱き直して、自分の顔に赤子を近づける。
「そうだ、俺が、お前のアボジだ」
チェ・ヨンは今度こそ、低いがしっかりとした声で、赤子にそう告げた。
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