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筆記



【シンイ二次】緑いづる11 ―身代わり―


「おーい、テホグン! こっちの道でいいのかあ?」

外で、エジが尋ねる声がする。
いつもより、少しばかり高いテホグンの声が、右手に折れる太い方の道だ、と答えているのが聞こえた。
チュモはもう何度目になるか、箱馬車の窓の布簾を持ち上げて、外をのぞく。
自分の乗る箱馬車を取り囲むように進む、三十ほどの騎馬が見える。
初夏の緑の濃い街道を、のんびりと揺られていると、いつもなら眠気が襲ってきそうなものだが、赤の着物の下に隠した剣の柄を握り締めているチュモはわずかに緊張しているのか、眠くなる暇もなかった。

「おーら、のぞくなって言っただろう!」

窓の横に馬を寄せたトクマンが、馬車の外から手をつつこうとする。
チュモはひょいと手を引っこめてそれを避けた。

「はいはい、テホグン殿。仰せの通りにいたしますよ」

位階はトクマンの方が上だが、于達赤で長く同僚として過ごしてきたので、いまだその仲は気安いものだった。
なんだその口の聞き方は、大護軍に向かって失礼であるぞ、とトクマンが言う。

「当の本人が言ってちゃ世話ねえや」

と小声で言い返すと、耳ざとく聞きつけたトクマンが馬車をドンと蹴った。
チュモは、自分の身体にまとわりつく、やけに柔らかい絹地をつまんで、そのへなへなとした感触に困惑してぽとりと落とす。

大護軍にこの赤い着物を見せられ、お前にはユ夫人の身代わりをして、囮になってもらうと言われたときは、しばらく木偶人形のように動けなくなった。
俺が、医仙?

――ユ夫人はこのような真っ赤で雅やかな衣など身につけていらっしゃらなかったではないですか!

あまりに艶やかな赤にうろたえて、そう言い募ると、大護軍は、権門の子女が着るような高価な衣でとにかく目立てばよいのだ、とぞんざいに言う。せめて空色か何かであれば、と考えて、いやどちらにしろ女の着物ではないか、と諦めた。

ため息をついて、うつむくと鬘の髪の毛が前にたれてくる。
チャンオッ(頭を覆うマント状のもの)をかぶるから、鬘はいらないと言い張ったが、皆して、いや敵はどこで見ているかわからない、用心の上にも用心が必要だとはやし立て、大護軍までが少し面白そうな顔をして、かぶっておけ、と言われたのだ。

「うあああ」
自分の女姿がどのように見えるのかを思い浮かべて、たまらずに呻いて大の字になって馬車の中に寝そべると、エジが外から布簾をわずかに持ち上げて中をのぞき見して、くくくと笑う。

「おい、高貴な女人はそんなことはしないぞ」

エジもさほど背が高くなく、チュモよりむしろ痩せぎすでウンスに背格好では一番似ていたのだが、顔の右側に刀傷があるからと難を逃れたらしい。
顔なんか隠して馬車に乗るんだから、あいつでよかったじゃないか、とチュモは口には出さずに頭の中で文句を言った。

「おいおい、奥方殿、もうお疲れですか」

外から大護軍の衣を借りたトクマンがからかうように声をかける。
大護軍の身代わりに選ばれたときには、有頂天になって鼻を高くしていたトクマンだが、お前が一番背が高いからそうしたまでだ、と大護軍に尻を蹴られていた。

「テホグン、何か見られてますよねえ」

チュモが大の字から身体を起こして、ため息をつきながら小声で尋ねると、トクマンが顔は馬車に向けず前を向いたまま、答える。

「さっきから尾根沿いに時折人影が見えている、後をつけてるんだろうな」

でも、二人か三人だ、数はいねえな、とトクマンの横に馬を並べて、タムが気の抜けた声で言う。
早く襲ってくりゃあいいのに、と光る頭を手で撫でながら、物足りなそうに言うのを、ちらとトクマンが眉をひそめて見る。

「あれか、多少の探りは入れてはいたが、手勢を連れて襲撃するほどの数はまだ送りこんでなかったか」

そう言われて、いや、夫人が戻られてふた月あまりもあったからなあ、とトクマンはかすかに首をかしげる。

「おまえも征東行省の役人連中が、コリョの選軍にゃ仙女だか妖魔がついて勝たせてるって噂してたのは知ってるだろう? 
あいつら領地も地位も失って大失態だからな。
仙女を捕まえりゃ、また勝てると思ってるふしがある」

断事官は四年前にユ夫人にじかに会ってその手業も見てやがるしなあ、とトクマンが言うと、ありゃ人外の美貌と色香だから妖魔と言われてもしかたあるまい、とエジがつぶやく。

「そんなこと、テホグンに聞かれたらぶっ飛ばされるぞ」

とトクマンがいもしないヨンを警戒するようにあたりを見回す。
タムが、いや見た目は傾国の麗人かもしれんが、思いのほか気やすい方だぞ、と庇うように言う。

「だからテホグンの気が休まらんのじゃないか」

自分が大護軍のはずのトクマンが、すっかり気を緩ませてそんな風に言った。

すっかり話に夢中な馬車の外の男たちをよそに、まさか大護軍たちの方を嗅ぎつけたんじゃないといいが、チュモは細く開いた窓から、もう一度尾根へと目を凝らしながらつぶやいた。





チュモの懸念はいみじくも当たっていた。
その頃、もう一つの箱馬車を、五十人余りの男が取り囲む。
大きな街道を迂回して進む一行は、川沿いの細い道で待ち伏せに合ったのだ。
黒塗りの笠を目深にかぶり、柿茶の地味な着物をまとっているが、手に剣を構えるその様子は、商人にも農夫にも見えない。

「替え玉に引っかかると思ったか!」

小柄だが目の血走った男が、口から泡を飛ばしてがなる。
目立たぬようにと考えたのか、小ぶりの箱馬車に、四人の護衛が馬で付き従っているのみだった。
兵を見ると無言のまま、一人が馬を降りて槍を構え、一人が弓を、年かさの護衛二人が剣を構える。

「おとなしく医仙を渡せば、悪いようにはせぬ。楽に死なせて――」

馬上でそう告げはじめた男の舌をひゅうと矢が射抜くと、

「あ、まだ話の途中だった? ごめん、ごめん」

と少年のような護衛がぺろりと舌を出した。
射抜かれた男が馬からどうっと落ちるのと、兵がいっせいに斬りかかるのが同時だった。
剣の二人は馬の上から二、三人に切りつけたが、馬脚を攻められてすぐに馬から降りて戦いだす。
たちまちのうちに乱戦になる。

護衛たちは、箱馬車を囲むように戦いはじめたが、多勢に無勢、馬車の扉ががら空きになった。
大柄な髭だらけの男が、

「逃げ切れると思ったか!」

と言いながら扉を大きく開け放ち、狭い箱馬車に乗りこむ。
あっちは男が化けているのはお見通しなんだよ、さあ来てもらおうか、と下卑た声で言うと、馬車の隅で震えている女の赤みがかった髪をつかんだ。
その髪がずるりと抜けて、男は目をありえないほど大きく見開いた。

「あら、残念ね。こっちも男なの」

振り向いたハヤンは、嘲るように笑いながら、男に向かって刀身の長い剣をなめらかに差し出す。
白光りする刃は、やすやすとその身体に埋まった。
口の聞けなくなった身体からずるりと刃を抜くと、ハヤンは血しぶきで汚れた薄桃の着物を指でつまんで、チッと舌打ちをする。

「これ気に入ってたのにさあ」

立ち上がって凄みのある太い声でそうつぶやいているハヤンに、元兵と槍を合わせながらちょうど扉の前に立ったジホが中を覗きこんで怒鳴る。

「早く出てきておまえも戦えよ! 一人頭十人だぞ!」

思ってたより人数多いんだから、さぼるんじゃねえぞ、と言いながら、ジホは後ろから斬りかかる兵の顎を槍の柄で砕くと、その反動で前につき出して刺し通す。
その奥で、久しぶりの戦いにふうふうと息を荒くしているマンボ姐が見えた。
剣を受け止めて押し合いになり苦戦しているようだった。

「ちょっとこっちを手伝っとくれ、だれか」

と叫んだその背後から元兵が斬りかかるのが、箱馬車の高い位置から見下ろすハヤンには見えた。

「あっぶなーいっ!」

ハヤンが叫ぶのと、シウルが死体に突き刺さった矢を駆け抜けながら引っこぬき、弓につがえずにその兵の首に投じるのが同時だった。
見事に首を貫かれた男は、剣を振り上げた形のまま、動きが止まる。
マンボ姐の後ろで、息の根のとまった男が静かに膝を折り崩れ落ちるのを見て、ハヤンはほっと息を吐く。
シウルは、見たかいまの! と叫びながら駆け抜け、また素早く一人射抜く。

「礼は後で言うよ」

ようやく目の前の男を切り伏せたマンボ姐が、シウルの背中に言葉を投げた。
気づけばほとんど兵は切り倒され、最後に一対一でそれぞれ斬り結びはじめた男たちを横目に、マンボ姐は剣を地面に杖がわりに立てて、はあはあと息をきらせている。

「あら、これでおしまい?」

と三人目をやすやすと仕留めたハヤンが見回すと、すでに岩に腰掛けたマンボ兄が額の汗を拭っている。

「俺があらかたやっちまったよ」

とうそぶくのを、いや俺だ俺だと、ジホとシウルが戦いながら反論した。
お前らまだまだやってんのか、修行が足りねえよ、と言われて、師父が稽古をつけてくれないんじゃないか、と決着のついたジホが言い返すと、マンボ兄は聞こえぬふりで目をそらす。

「ヨンたちは、無事に行けているといいんだがねえ」

マンボ姐がようやく整ってきた息でそう言うと、こっちを本命だって追いかけてきたんだから、あっちは平気だろうさ、と兄が答えたところで、ようやく最後の一人をシウルが倒した。

「お前ら、しゃべってないで、手伝えよな! ほんと薄情なやつらだな」

なげくシウルの横でジホが、なんだまだ戦ってたのか、気付かなかったと、とぼける。

「じゃあこれで、あたしらはお役目を果たした、ってことね。
そんじゃあ、ヨンを追っかけるわよ!」

ぐったりと座りこんだシウルの横で、息ひとつ切らしていないハヤンが、元気よく手を振り上げてそう言った。






by kkkaaat | 2016-03-28 20:37 | 緑いづる【シンイ二次】
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二次小説。いまのところシンイとか。
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