人気ブログランキング |

筆記



【シンイ二次】緑いづる14 ―新米アッパと白い肩―


「ああ、大丈夫だから、そう、脇に手を入れて、がしっと持ち上げちゃって」

寝台の上で、服を脱がせたまま置いてある赤ん坊を目の前に、ヨンは立ちすくんでいた。
そっと横抱きで持ち上げようと手を差し伸べると、背中にウンスの声が飛ぶ。
ヨンはぎょっとしたように振り返り、ウンスを見た。

「まことに、そのような持ち方で…?」

もう首が座ってるんだから、大丈夫だってば、と言いながらウンスが少し呆れたように笑う。
今までは、わずかばかりの間、ウンスの腕から受け取って抱くことがほとんどで、どちらかと言えば抱かせてもらうものと思っている節があった。

「しからば」

赤ん坊に対して小さく頭を下げて近づくと、まるで猫の子のように抱き上げる。
自分の顔の高さまで持ち上げると、しばし見つめ合った。
赤ん坊は、持ち上げられて、遊んでいるとでも思ったのか、あぶく混じりの笑い声をあげる。

「たしかに」

ヨンはゆっくりと振り返ると、ウンスに向かって言う。

「たしかに身体つきがしっかりしてきております」

そう言いながら、たらいまでを運ぶ。腕を伸ばしたまま、もののように赤ん坊を捧げ持っている姿がおかしくて、ウンスはまた少し笑った。

「何かおかしいですか?」

ヨンが王命でも拝受しているような真面目な顔でそう尋ねると、ウンスは、ぷっと吹き出しながらかわいいから、と答える。

「ミョンソンがですか」

話の脈絡が見えずに、ヨンが首をかしげる。
ううん、あなたがよ、とウンスが赤ん坊を受け取りながらそう言うと、ヨンが眉をしかめた。

「俺が、ですか」

そうよ、新米アッパさん、とウンスがからかうように言うと、ヨンはようやく意図がわかって、困ったように額を擦る。
こうしたことは、何もわからぬゆえ、とヨンがつぶやくように言い訳する。
ウンスがためられた湯を手でかき混ぜて、赤ん坊をそっとつける。湯は赤ん坊の脚をようやく覆う程度の量だった。

「手ですくってかけてやって」

ウンスがそう言うと、ヨンが恐る恐る手ですくった湯を、身体にかける。
赤ん坊が気持ちよさそうに黙っているのを見て、ヨンはわずかに安堵したようだった。

「これでよいのですか?」

頭を寄せ合って、赤ん坊を見下ろしながら、ヨンが尋ねると、ウンスが首をひねる。

「ま、いいんじゃない」

大雑把なウンスの返事に、ヨンの眉間にまた皺が寄る。
正しいやり方があるなら、教えていただかないと、とヨンが言い返すと、ウンスは肩をすくめる。

「だって私だって正しいやり方なんて知らないもの」

え? とヨンの手が止まる。
どういうことですか、と声が大きくなりすぎぬように詰めよると、ウンスが、だってえ、と答える。

「私、赤ちゃんの世話なんてしたことなかったし、百年前の村で産んだとき、世話のしかたを教えてはもらったけど、悪いけど非衛生的で」

たぶん、ほんとは現代の正しいやり方があるんだろうけど、調べようもないし、と赤ん坊の身体を手をこすりながら続けるウンスをヨンは呆然と見つめた。

「でも、あなたは医員ではないですか」

ヨンがようやく一言そう言うと、ウンスは口をとがらせる。

「私、美容外科医よ。産婦人科医じゃないもの」

憮然としてその口から出る言葉の意味はよくわからなかったが、ウンスが手探りで赤ん坊の世話をしていることはわかった。

「不安では…ないのですか?」

ヨンは思わず、身体を拭く布を手渡されながら、ウンスに聞く。
んー、不安は不安よ? でもまあ衛生管理についての知識はあるし、なんとかなるでしょ、と答えるのを聞いて、ヨンは小さく息を吐いた。

「すみませぬ、俺はそんなことも、気づかず」

ヨンが侘びの言葉を口にすると、ウンスはお湯から上げた赤ん坊と目を合わせると、にこりと笑いかけて、それから黙ったままヨンが手に広げ持った布の上に渡す。
慎重に受け取ると、普段の流れるような所作が嘘のように不器用な手つきで、ヨンは赤ん坊を拭いた。
手を脚を、まるで確かめるように拭うと、ウンスに指さされて、首元や耳の後ろも拭いてまわる。
気持ちよさそうに手足をばたつかせる赤ん坊に、

「はっ、はは」

と思わずヨンは声を出して笑いながらウンスを見た。

「かわいい?」

ウンスが尋ねると、ヨンはこくりとうなずいて、さっきよりもずっと器用に、小刻みに布を動かして髪の毛の水気をとる。
その様子を見て、ウンスは思わず顔をほころばせた。

衣を着せかけ、ヨンが腕の中で揺らしてやると、赤ん坊はうとうとと寝始める。

「これは、どういたせば」

それでもしばらくの間、うろうろと部屋を歩き回っていたヨンだったが、ぐっすりと寝入ったのを見て、ひそひそとウンスの耳元でささやく。

「そっと寝かせてあげて」

ウンスが言うと、ヨンは片方の寝台におっかなびっくり、赤ん坊を置いた。
ミョンソンは小さく何か呻いたが、口を鳴らしながら、そのまま寝入ってしまう。
ヨンとウンスは顔を見合わせて、ほっと一息をつくと、そこから離れる。
赤ん坊が寝てしまうと、することがなくなって、二人はまた顔を見合わせた。

「よく寝ています」

ヨンがそう告げると、ウンスが、旅で疲れたのかもしれないわね、と答える。
それからウンスはぱっと顔をあげて、たらいに歩み寄った。
数歩の間に髪を結っていた紐を外すと、頭を降る。
ほどけた髪を気持ちよさそうに指でほぐすと、おもむろに、チマの裾をまくりあげ、ソッパジを膝上まで引き上げて、片足を入れる。

「なにを」

するんですか、と言いながら、ヨンは目を見開いて慌てて背中を向けた。

「お湯が冷えてしまう前に、手足だけでも洗って、できれば身体を拭いてしまおうと思って」

まだ衣は脱がないから、大丈夫よ、お風呂じゃないから、と気楽な調子で言うのを聞いて、ヨンは目をつむってうつむいて、ウンスに気づかれぬようため息をつく。
それからそのまま窓に歩み寄って、外を見る。

「俺は、見張りをしますから、どうぞ気にせずに」

ヨンはそう言うと、窓の外に視線を集中させる。

そうさせてもらうわね、とウンスはヨンに言うと、身体を折って膝から下を洗うが、長めのソッパジ(ズボン状の下着)が邪魔になる。袖も丈も長いチョゴリの袖もすでに少し濡れてしまった。
顔を上げてヨンが背中を向けているのを見て、ウンスは思い切ってごそごそとソッパジを脱ぎ始めた。
チョゴリの紐も解いて、ばさりと寝台に投げる。
衣擦れの音がするたびに、ヨンはかすかに顔をしかめた。
衣が邪魔で、ウンスが脱ぎ捨てているのは見当がつく。
一枚脱いだ音がして、ほっと息をつくと、さらに一枚脱ぐ音が続いて、ヨンは窓枠に手をつくと、何かに耐えるように手の甲に額を押し付けた。

ウンスは椅子を引き寄せて、チマを少したぐりあげると、座ってたらいに脚をつける。
お湯はまだわずかに温く、硬くなった指先がほどけていくようだった。

「生き返るみたい」

そう言っても何も答えないヨンのかたくなな後ろ姿に、ウンスはちらりと視線をやる。
胸帯はウンスにしてみればチューブトップで、チマもはいているいま、見られて困るようなものは何もなかった。
ちょっとパンツスーツの足をまくっただけで、血相を変えて詰め寄ったヨンを思い出して、ふ、と笑う。

(高麗人ってほんと、慎み深いというか、行儀にうるさいっていうか)

子どももいる相手なのにね、とウンスは胸の中でぼやく。
戻ってから、ヨンが手を出してこないことについて、じれったさが頭に浮かぶときもあったが、それはすぐに赤ん坊の泣き声や世話で遮られる。
その気がないわけでないのは、こういったことには鈍いウンスでもよくわかった。
手を出してこようとしている空気も感じ取れるのだが、如何せん。


(いちばんの原因は、時間がないし、タイミングがあわなかったってことよね。
寝入った深夜に戻ってきてたし、ミョンソンは夜泣きするし。
無理に起こしてくれたっていいんだけど)

赤ちゃんっていったいいつごろから、夜ずっと寝てくれるのかしら?
そんなことを考えながら、ふうーと息を吐き、湯の中で足首を回す。

(いまは考えるのはやめよ、やめ)

つけた足に手を伸ばして、指の間やかかとを擦ると数日感の汚れが取れて、生き返るようだった。
手も腕も、洗えるところは全部洗って、ウンスははたと気づく。

「ね、ええと、手足を拭きたいの。布を取ってくれない?」

椅子の上にあるでしょ、とウンスが頼むと、窓際のヨンの背筋がぴしりと凍る。

「大丈夫、脱いだのはソッパジと上着だけだから」

嫌ならこっちを向かないで、投げてくれればいいわ、とウンスが言っても、しばらくの間ヨンは動かなかった。
別に遠慮するようななかじゃないんだし、とウンスが追い打ちをかけると、はあ、と大きなため息をついて、ヨンが天井を見上げる。
それから、目を伏せがちに椅子まで歩み寄って布を手に取ると、ウンスを直視しないように壁を見つめて、横に立つ。

「ありがとう」

布を渡そうとウンスの方へと手を伸ばすと、視線がわずかにそちらに流れる。
ウンスから伸びた手の白い肘から指先までが視界に入り、ヨンの顔は強い磁石に否応なく引き寄せられる鉄のようにそちらに傾いた。
やけに白い肩と下ろされた赤っぽい髪先が残像のように目に焼き付いたところで、無理矢理に顔を戻す。

「ね、布がほしいんですけど」

ヨンははっと我に帰ると、自分の手元に握り締めた布を見下ろした。
それから、目をぎゅうとつむると、ほとんど間をおかずにぱっと開いて、今度は身体ごとウンスに向き直って、布を片手でばさりと広げる。

へ、っとウンスが少し驚いて声を出すのと、ヨンが後ろに回りふわりと肩に布をかけるのが同時だった。
布をかけただけでは飽き足らず、ヨンはその布越しに、ウンスの肩に手を乗せる。
ウンスは身体を少しばかり強ばらせて、何も言えなくなってしまった。
右肩に乗せられた布の上に乗った指が、ゆっくりといなくなって、ウンスはほっとしたような少し残念なような、入り混じった気持ちで肩の緊張を抜く。

「あなたが遠慮なさらないなら、俺も遠慮はせぬ」

とたんに耳元でささやかれて、ウンスの顔が見る間に紅潮する。
今なら幸い時間もある、とヨンの息が髪にかかると、あの、そういうつもりじゃ、と消え入るような声でウンスが言う。
かまわずに、ヨンの唇が薄桃を散らした首筋に落ちた、その時。


「ヨンアーー!! お待たせええ!!!」


来たわよおお!!! という声と同時に、バーンという両開きの扉がいっぺんに開かれる音が、二階の二人の部屋にまで響き渡る。

首筋に触れた唇が動くと、ゆるさぬ、という地獄の底のように低い声が、ウンスには聞こえた。

「身支度を」

そう言うと、名残惜しそうに首に押し付けられる感触を最後に、ヨンの顔が上がる。
隣の部屋の扉がパーンと勢いよく開く音がすると、ウンスとヨンの部屋の前を階段に向かって軽いのと重いのと二つの足音が駆け抜ける。

「おいっ、お前たち、もそっと静かに頼む!」

階上からチュンソクが自分では声を潜めているつもりで、下に向かってわめいているのが聞こえる。階段をたたたと転げ落ちるように降りる音と、お、おまえら、テジャンに殺されるぞ、と言っているテマンの声も聞こえた。

「手はずはどうだったか、聞いてまいります」

少しお休みください、と言うヨンに、真っ赤な顔のまま、ウンスは小さくうなずいて見送った。





by kkkaaat | 2016-04-07 20:31 | 緑いづる【シンイ二次】
<< 【シンイ二次】火、狩人10 ウンスノート 4枚目 ―百年前ノ弍ー >>

二次小説。いまのところシンイとか。
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30
最新の記事
カテゴリ
記事ランキング
ブックマーク
以前の記事
検索
その他のジャンル