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筆記



2013年 12月 02日 ( 1 )


【シンイ二次】颶風 8



門前に着くと、テマンはチェ・ヨンよりも素早く馬から降りて、
屋敷へとヨンシクを呼びに入った。

「テホグンニムのお戻りだぞ。馬の世話を頼む」

と少しばかり先輩面のテマンの声が、門外のチェ・ヨンのところまで聞こえてきた。
ヨンシクが駆け出してきて、チェ・ヨンの馬首を屋敷の中へと回した。
門を入ると、戸脇の馬留めにテマンの馬はもうつながれていて、
テマン自身は裏庭からかけ戻ってくるとことだった。
このすばしこさには、未だに感心させられる。

「トギ、あ、トギ先生が来てます。ユ先生も、い、一緒にいます。片付けてこちらに来られます」

裏庭への小径を手で差しながら、テマンが報告する。
それほど密になんでもチェ・ヨンに言う必要などないのだと、
何度か教えたのだが、テマンはそれが自分の仕事だと固く信じていて、
チェ・ヨンはもうテマンの好きにさせていた。

「俺が行くゆえ、片付けずに続けてくれと」

チェ・ヨンがそう言うと、テマンは、はいっ、と言ってすっ飛んで行った。
テホグンが来なくていいとおっしゃってました、続けてください、
と告げるテマンの声が聞こえる。

馬を降りてヨンシクに預け、鎧を外させる。
身体を軽くして、それから屋敷横を周った。
いつもは姿が見える前から、声が聞こえてくるのだが、今日はやけに静かだ。
小径を抜けると、チェ・ヨンの予想通りの姿が見えた。

裏庭の屋敷寄りに置かれた物置台には、トギが持ってきた薬瓶やら薬包やらが
小山になっている。最初は綺麗に並べられていたのだろうが、きっと
二人で夢中になってざっと寄せたのだろう。
空いた台の上に、何冊か書冊を広げて書付けもいくつか並べて、
ウンスとトギは額を付き合わせて、読みふけっている。

「ねえ、ここ。やっぱり切除に効果はない、って書いてあるんじゃない?」

ウンスが書冊を押しやると、トギが熱心にその文字をたどる。
針で腫瘍を一つずつ潰す方法を、チャン先生は考えていたみたいだけど、
とウンスが付け加えると、トギが手を忙しく動かしてみせる。

「それがね、針が特別みたいなの。チャン先生がお考えになったものみたい
なんだけど、あなたわかる?」

ウンスはトギの手ぶり言葉をこの数ヶ月ですっかり飲みこんでしまって、
医科の話など、チェ・ヨンよりよほど詳しい話をしているようだった。
トギが少し興奮したように、うなずいている。小箱の形に手を動かして、
その中に何か並べるような仕草をする。
ウンスもパチンと手を叩いて、人差し指を立てて、あれね! わたし見たことあるわ、
と嬉しそうな声を出す。
チェ・ヨンは自分でも気づかぬうちに、朝からずっと強ばっていた顔を緩めて、
初めてゆったりと微笑んでいた。

立ち止まっているのをトギが見つけて、チェ・ヨンを指差すと、
ウンスも振り返って、手を振った。

「戻りました」

そう言いながら、近寄ると、ウンスは立ち上がって歩み寄って迎える。
顔が一時に明るくなって、ウンス言うところの、ご機嫌な顔になるのを、
チェ・ヨンはひとつ残らず見逃さぬように目に映す。

「ね、トギが来てるの」

チェ・ヨンは顔を上げて、トギに会釈をする。

「何かいいことや楽しいことはあった?」

最初にこう尋ねられたときは、チェ・ヨンは今までになく困惑した。
出仕に楽しいことなどあるわけもなく、ウンスが何を尋ねているのか皆目
見当がつかなかったのだ。
何をお知りになりたいのだ、問うとウンスは顎を上げて得意そうに説明した。

「家に戻ってきて、一番最初に思い出すのが、その日のミスじゃあだめなのよ。
戻ってきて、外での成功体験をまず思い出してから家に入る、そうすると、
家の中でも心地よい気持ちで過ごせる、というわけ」

あ、ほらわたし、心理学が第二専攻だからね、けっこう詳しいの、という
ウンスの説明を聞いても、チェ・ヨンにはさっぱり理解ができなかった。
が、そのように自分に尋ねるウンスの様子を好ましく思ったので、
わかったように曖昧にうなずいて、それをやめさせることはしなかった。

「総じて面倒ごとはなく。ああ、チョナの元によい知らせがあったようです」

よいだけではないが、と内心を隠しながら、チェ・ヨンは言う。
いつも詳しいことは喋らず、ウンスも聞かない。
よかったわ、と笑んで言ったかと思うと、ウンスが急にまくしたてはじめた。
それがひどいのよ、とウンスがチェ・ヨンの胸を拳で叩くようにして、
急に不満を言い出したので、チェ・ヨンは少々慌てた心持ちになった。
そうは見えなかったが、トギと何か揉め事でもあるのだろうか、
とヨギを見たが、そんな顔もしていない。

「あのね、薬で手に入らないものが、たくさんあったの。
トギが手を尽くしてくれたんだけど、元からの入荷が途絶えているものが
たくさんあるんですって」

そんなことか、と思ってすぐに、その言葉の意味するところに顔をしかめかけて、
チェ・ヨンはすんでのところで隠しおおせた。
トギに、そうなのか、と尋ねると、手振りで説明する。
夏前から元からの品物が届きづらくなっていて、事情を聞くと、薬草園が
焼き払われたり、交易のための街道の治安が悪くなっただの、いい話がない、
というような内容だった。

チェ・ヨンの頭にすぐ、開京に出没するという紅巾のことが思い浮かんだが、
口には出さない。
トギはひどく立腹した様子で、手振りでまくしたてていた。
ウンスは、わたしに怒ったって、わたしのせいじゃないんだから、と
言い返している。すると、トギはあんたに言ったんじゃないの! と
また腹にすえかねるという顔で手を動かした。

腹にすえかねる。

トギはウンスがいない皇宮で、チェ・ヨンと顔を合わせると、いつもそう言って怒っていた。
チャン侍医が書き残した最後の一年の書冊を、誰も理解ができないのだ、と。

チャン・ビンは、ずば抜けた、という言葉でも足りぬ、
誰もたどり着けぬほどの医才の持ち主で、彼の言うことやることを
理解できるものはいなかった。
ただ、トギだけが、薬科の知識を通じて、理解に近づこうとする者だった。

最後の一年、ユ・ウンスの現代医学の知識を得て、彼にとって極めてしまった
退屈な医学は、一気に形を変える。
抗生剤、開腹手術、血管縫合…、そう言った現代医学の片鱗と、
漢医学とを合わせた可能性を、寝る間も惜しんで書き綴っていたものが、
驚く程の量見つかったのだ。

であるのに、チャン・ビンの後継の典医たちは、それをどうしても理解できない。
トギはそれが、苛立たしいを越えて、腹立たしい、いやそんな言葉でも生易しい。
そうトギは激怒していたのだ。

「なぜ、医仙は戻らないか」

チェ・ヨンに会うと、皇宮を下がるまでの最後の半年は、詰めよるようだった。
あのやかましい女なら、この書冊の内容を読み解いて、チャン先生の
おやりになりたかったことがわかるはずなのだ、と。
お前にはわからないのか、とチェ・ヨンが問うと、目を釣り上げてトギは言った。
自分でわかるのなら、こんなことを言いはしない、と。

ウンスが天穴を通って戻ったことを知らせると、トギは大きな荷物を持って
チェ・ヨンの屋敷を訪れた。屋敷にウンスを住まわせるようになって、まだ
半月たっていない頃だった。

顔を合わせて、感激で目を潤ませるウンスを前に、トギはその目前に、
書冊を山と積み上げた。

さあ、読め、と。

それ以来、ひと月に一、二度、ウンスが頼む薬を作り、書冊を持ってやってくる。
漢字の苦手なウンスに猛烈に苛立ちながら、トギはウンスの漢字の指南役も
引き受けている。

「そうですか、もし必要なものがあれば、俺が典医寺か恵医局にかけあってみましょう」

チェ・ヨンがそう言うと、ウンスは目を見開く。

「あー、その手があったわね。いざとなったら王妃様にも頼んでみようかしら」

使えるコネはなんでも使わなくちゃね、と言いながら、ウンスはチェ・ヨンの
肩を小突く。
痛くも痒くもないが、やめてください、と呆れて言うと、ほらトギもお礼言っときなさいよ、
とウンスはその腕をつかんでチェ・ヨンの前に引き出す。
トギはウンスをじろりと睨んで、この女の図々しさには本当にいけ好かない、
と手振りで言う。

チェ・ヨンが思わず笑い出すと、ウンスは、今はもう、あなたの言うことは
全部わかるのよ! ちょっとわたし図々しくなんかないわよ、と言い返す。

肩を大げさにすくめる、トギの横で、チェ・ヨンが声を出して笑うと、
女二人は、なんて失礼なやつだ、とでも言うように、チェ・ヨンを睨みつけた。



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by kkkaaat | 2013-12-02 12:46 | 颶風【シンイ二次】

二次小説。いまのところシンイとか。
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